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定石編
洋峰学園文化祭 1日目
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文化祭一日目は学園関係者のみで行われるプレオープン。いわゆる予行練習みたいなものだ。
京子も一日目の午前中はクラスの出し物の裏方に徹し、明日から外部の客を迎えるための段取りの最終チェックに余念がない。
そして今日は午後三時からが本番だ。
洋峰学園では体育祭に部対抗戦が行われるのだが、文化祭でも部対抗戦が存在する。
五つある体育館のうち一番大きい第一体育館で行われる、クイズ研究部とゲーム攻略部のコラボ企画だ。
《部対抗『リアル救出ゲーム』‼︎》
クイズ研究部部長の声がマイクを通して第一体育館だけでなく全校内に轟いた。この『リアル救出ゲーム』の模様はリアルタイムで全校舎内に放送される。
三人一組、同じ部内であれば中高男女混合OKで何チームでも出場可能。
バスケ部は協議の結果、男女混合チームは作らず男女別にし希望者のみでチームを結成することになった。京子は中等部女子バスケ部一年三人で出場する。女子の先輩達は高等部二年の司令塔矢島玲衣鈴を筆頭に二チームが参加する。男子は中高混合で十三チーム出るそうだ。他は体育祭で頑張ってくれたので(ということにしておく)不参加だ。
《ルールを説明します。我々クイズ研究部が出題する謎を解いて、とある場所で軟禁されている先生を救出して、この第一体育館に連れて来て下さい!優勝商品は栄養補助食品一週間分です!》
体育系の部のチームから「うおーっ!」という歓声と拍手が沸き上がる。体育系の部にはたとえ一週間分でもこの優勝賞品は部費軽減にも繋がるありがたい賞品だ。
「頑張ろうね!ケイ!リカ!」
中等部女子バスケ部一年で一年生三人のまとめ役、大森詩音が京子と稲川梨花に、バスケの試合時さながらにハイタッチで士気を高める。
「知識が必要な問題は任せて!」
ケイこと畠山京子がドンと胸を叩く。
「ヒラメキ系なら私だね」
リカこと稲川梨花がウインクした。
この三人、この日のためにバスケの練習の合間にスマホゲームで特訓したほど気合いが入っている。
《ひとつだけ注意事項です。スマホによるカンニングはペナルティがありますので注意して下さい。それではさっそく始めましょう!最初の謎はこれだ!》
ステージの緞帳が下され問題が現れた。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第一問 この場所はどこ?
1.推古天皇の摂政で、冠位十二階や十七条の憲法を制定した人物は?
2.裁縫で、重ねた布が動かないよう、仮止めの役割を果たす針は?
3.外国に定住している中国人を何と言う?
4.カッコ内の?を埋めよ
憲法第九条【?の放棄】日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる【?】と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
5.tanθ=sinθ/cosθ
上記の公式で表される数学用語は?
6.遺伝情報であるDNAなどの保存・伝達を行う、細胞小器官のひとつを漢字三文字で何という?
7.首都ワシントンD.C.。人口約3億人。50州と特別区からなる連邦共和国は?
8.優れた才能の持ち主は、やたらにそれを見せびらかせないという意味の諺、「何を隠す」?
答え
- - - - - - - -
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ⁉︎なにこれ!」
「謎じゃないだろ、これ!」
「ただの試験問題じゃん!」
中学生のみのチームからは、「まだ習ってないよー!」と、抗議の声が飛んだ。
《中学生の抗議はごもっともです!そこで中学生のみのチームにはヒントを出します。受付で各チームのリーダーには『リアル救出ゲーム』専用アプリをダウンロードして頂きましたが、今から十分後にヒントが出ます!》
クイズ研究部部長とともにステージに上がった、机に置かれたノートパソコンを操作する係の部員が手を振った。
「えーっ⁉︎高校生がいるチームにはヒント出ないのー⁉︎」
高等部のみのチームからブーイングが起こったが、司会者は、
《答えを解答用紙に書き込んだら僕の所に持って来て下さいねー!それでは頑張って下さい!》
と、雑音をシャットアウトした。
「ああ。それで受付でチーム全員の学年まで聞いてたのか」
ブーイングが飛び交う中、京子が冷静に状況を把握する。受付ではアプリのダウンロードだけではない。一問目の解答用紙と赤と青の二色鉛筆も渡された。アプリにはスマホによる不正防止プログラムも組み込まれているのだろう。なかなか大掛かりだ。
京子のチームリーダー大森詩音ことシオが、ステージ上の問題と持っていた一問目の解答用紙とを交互に見つめた。
「でもさ、これ、謎じゃないんじゃない?みんなが言う通り、ただのテスト問題だよ」
「そんなことないよ。ほら、問題文の一番下に『答え』はひとつしか無いし。まず、一問づつ問題に答えて、その問題の答えから謎の答えを導き出すんだよ」
「まさかケイ、もう謎が解けたの?」
「えっ⁉︎えーと、5番の問題の答えはちょっと……」
ケイがお茶を濁す。ケイの悪い癖だ。
ケイの頭の良さはバスケ部全員が知っている。でもケイは何故か自分の頭の良さをひた隠そうとするきらいがある。たぶん、子供の頃からその頭脳のせいで嫌な思いばかりしてきたのだろう。同級生から仲間外れにされたり、大人からも理解されなかったり、気味悪がられたり。
「ケイ。誤魔化さなくていいから。ケイが頭良いのはみんな知ってるんだから、私達チームメイトに遠慮なんかしなくていいの!何のために謎解きの特訓してきたと思ってるの?」
とどのつまり、負けず嫌いの詩音はどんな手を使ってでも勝ちたいのだ。
「でもさ、どんなヒントが出るのか見てみたくない?」
「はぁ⁉︎答えわかってるのにヒント見たいぃ⁉︎モタモタしてたら先越されるじゃん!早く次に行こうよ!」
せっかちな梨花が京子を急かした。
「ほらケイ、答え書いて!」
詩音は持っていた解答用紙と鉛筆を京子に押し付けた。
「え~。私がサクッと解いちゃったら二人とも、つまんなくない?」
「いいから!」
「早く書け!」
こんな押し問答しているうちに、ヒントなどなくとも謎を解いてしまったチームが現れステージに上がった。
《おっとぉー!どうやらもう謎を解いたチームが出たようです!》
ステージ上にいるクイズ研究部部長に高等部の男子三人が駆け寄り、持っていた解答用紙を見せた。部長は受け取ると、パソコン係と二言三言言葉を交わし、解答用紙にスタンプのようなものを押したようだ。
《科学部Aチーム、正解!一抜けです!》
「早っ!」
「すげー!」
体育館内に感嘆の声がこだまする。教室棟にいる生徒たちにも校内放送を通して聞こえているだろう。
《では、科学部Aチームは次の場所へ向かって下さい!》
一抜けした三人は、一問目の解答用紙を持って第一体育館を出て行った。
「ほらぁ!先越されたじゃん!ケイ!早く答え書いて!」
「う~。わかったよ……」
京子は平仮名で解答用紙に一問一問、問題の答えを青鉛筆で書いていった。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第一問 体育館 出題 解答用紙
しょうとくたいし
まちばり
かきょう
せんそう
さんかくかんすう
さいぼうかく
あめりかがっしゅうこく
のうあるたかはつめ
答え
- - - - - - - -
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そして赤鉛筆でいくつかの文字を丸で囲んでいき、答えの欄に青鉛筆で赤丸をつけた文字を書き込んだ。
「え?なんでそうなるの?」
梨花が京子に聞いた。
「リカ、それは後で聞こう!私達も行くよ!」
詩音が二人を連れ、ステージに上がった。しかし、ステージ上には京子が答えを書いている最中に三組のチームが先に並んでいた。
《茶道部Bチーム、正解!》
《野球部Fチーム、正解!》
《囲碁将棋部Aチーム、正解!》
「わー、中竹先輩、すごーい!」
「ケイ!なんで敵チームの正解を喜んでるのよ!ケイがモタモタしてるから、三チームに先越されたじゃん!」
負けず嫌いの詩音はお冠だ。
「まぁまぁ、始まったばかりなんだから、いくらでも挽回できるよ」
梨花が京子をフォローしてくれた。
京子達のチームの番がきた。詩音が解答用紙をクイズ研究部部長に渡す。
《バスケ部Pチーム、正解!なんと中学生チームです!ヒント無しで解きました!》
「おおー!」と歓声が上がった。
「よくやった!」
女子バスケ部の矢島玲衣鈴が飛び上がって喜んでいる。
「よっしゃー!えらい!」
男子バスケ部からも拍手が起こっている。
「鉛筆は回収します。一問目の解答用紙は持って行って下さい。それでは『答え』の場所に行って下さい」
パソコン係からこう告げられ、詩音は『よくできました』のスタンプを押された解答用紙を持ってステージから降りた。
「行くよ!リカ!ケイ!」
三人は走って体育館から出て行った。
●○●○●○
「ねぇ、ケイ。さっきの答え、なんでああなったの?」
廊下を早歩きしながら、梨花は京子に聞いた。梨花はどうしても答えが気になるらしい。
「問題文の最初に番号が書いてあったでしょ?その番号は、問題の答えの何文字目かを示していたんだよ。1問目は答えの1文字目。2問目は答えの2文字目、3問目は3文字目……っていうふうにしていくと……」
「おおーっ!本当だ!【しちょうかくしつ】になる!」
特別教室棟五階にある視聴覚室。三人が今向かっている先だ。
視聴覚室の扉は開いていた。『バスケ部Pチーム』が中に入ると、受付らしき人物に声をかけられた。
「一問目正解したチームですか?こちらで受付を済ませて下さい」
受付係はもう一人いて、そちらはどうやら二問目の解答の受付らしい。
詩音は持っていた一問目の解答用紙を受付係に見せると、受付係はパソコンに『バスケ部Pチーム』と打ち込み、今度は黒の鉛筆と消しゴムと二問目の問題兼解答用紙を渡した。詩音は受け取ると二人を連れて視聴覚室の一番後ろの席に陣取った。
視聴覚室にも第一体育館と同じように問題が張り出されてあったが、今回の問題は解答用紙にも問題が書かれてあった。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第二問 視聴覚室 出題 問題兼解答用紙
質問に答えよ
せんしまたねたけせんんにあたるしせんじみのせんぎょたかくせんりょうにたほんたせんいたちのみせんずうたせんたたみは?
答え
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今回は文字だけではない。なにやら解答用紙の右下隅に絵が描いてある。しかしその絵はピカソやダリも驚くであろう出来だった。
「何この絵?ヒントじゃないの?パンダ?……が団扇?を持ってる?」
机の上に解答用紙を置いた詩音の日本語が辿々しくなっている。
「この絵、美術部とか漫研とかに頼めなかったのかな?もしかしてこの絵の謎を解くところから始めないといけないの?」
梨花のこの一言に、後からやってきたチームが吹き出した。
この独特な画風のイラスト。他のチームもこの絵に同じ感想を持ったらしい。
「おい、運営。この絵、何が描いてあるのか、さっぱりわかんねーよ!ヒントは出るのか?」
一抜けした科学部Aチームが答えの受付係に詰め寄っていた。
「二問目のヒントはこの絵です。この絵が何を表してるのかも考えながら解くということで……」
「だからその肝心の絵が何描いてあんのかわかんねーっつってんだよ!そんな謎解き、聞いたことねーよ!」
視聴覚室にいるほとんどが科学部Aチームと同意見だ。
「しょうがない。なんとか勘で当ててみよう。リカ、こういうの得意だよね」
チームリーダーの詩音は勘のいい梨花に丸投げした。
「うーん……。えーと、私が思ったのはこの問題やたら「せん」が多いなって……」
「私もそう思った!……ねぇ、これってさ、特訓でもやった文字を消す暗号じゃない?まず「せん」を消してみよう!」
「あっ!そうか!これ、団扇じゃなくて栓抜きだ!「せん」を抜くんだ!ならさ、このパンダっぽいの、タヌキじゃない⁉︎」
「そうか!「た」も抜いてみよう!」
詩音が持っていた黒鉛筆で「せん」と「た」に線を引いていく。
「出来た!えーと、【しまねけんにあるしじみのぎょかくりょうにほんいちのみずうみは?】。島根県にあるしじみの漁獲量日本一の湖は?だ!」
「で、答えは?」
「私が知ってるわけないじゃん」
二人が同時に京子を見た。
「あ、はいはい」
視聴覚室に来て初めて京子が口を開いた。京子は詩音から鉛筆を受け取ると解答用紙の答えの欄に『宍道湖』と書き込んだ。
「よし!行こう!」
三人は来た時とは違う、もう一人の方の受付係に解答用紙を渡した。係はパソコンに何やら打ち込むと、『よくできました』と書かれたスタンプを押した。
「バスケ部Pチーム、正解です!三位通過です」
イラストの事で揉めている最中に、後からきた『新聞部Bチーム』と『吹奏楽部Eチーム』に追い抜かれてしまった。科学部Aチームはまだイラストの謎解きに梃子摺っているようだ。
「次はここへ行って下さい」
係から渡されたのは、この洋峰学園の校舎の見取り図だった。図の左上には『3F』と書いてあり、赤でX印のついた所に行けばいいらしい。
「三階のこの辺って、理科室だよね?」
今いる視聴覚室の二階分下にある。
「でもこれだと、理科室じゃなくて、理科室の廊下じゃない?」
「とにかく理科室に行ってみよう」
詩音は見取り図だけを持って視聴覚室を出ようとすると、係に呼び止められた。
「一問目と二問目の解答用紙を持って行って下さい」
●○●○●○
三人が三階に着くと第三理科室の前の廊下で、机に『リアル救出ゲーム受付』の看板を掲げた受付係が待っていた。
詩音は二問目の解答用紙を見せると、受付係はパソコンに『バスケ部Pチーム』と打ち込み、三問目の解答用紙と鉛筆と消しゴムを渡して理科室の中に入るよう指示した。
詩音が扉を開け三人が中に入ると、先にここに来ていたチームのメンバー六人が、黒板に貼り出された紙を食い入るように見ていた。京子達も近づきよく見てみると、百を超えるだろうこの洋峰学園の教師の名前がぎっしりと書かれてあった。
そしてその紙の上にはこう書かれてあった。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第三問 問題
君達が救出する先生は誰?表の中から選べ。
答え
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「えっ?この数、まさかうちの学校の先生、全員の中から探し出せってこと?」
京子達三人は中等部の一年生。入学してから半年経ったとはいえ、高等部の教師の名前までは覚える機会はなかなか無い。
この問題はどう考えても高校生が有利だ。
梨花は詩音が持っていた解答用紙を覗き込んだ。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第三問 廊下 出題 解答用紙
答え
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「これだけしか書いてないの⁉︎残念な絵とかは?ヒントは無いの?」
何気に失礼だ。梨花の心の声が漏れてしまった。
「ヒントは入室から十分後に出ます」
理科室の中にいた係が言った。
「十分⁉︎どうしよう⁉︎何も思い浮かばないよ!」
勘のいい梨花が匙を投げた。
「なんとかしないとまた先を越される!」
負けず嫌いの詩音はとにかく一番でないと気が済まない。
「「ケイ!なんとかなんない?」」
二人同時に振り向くと、さっきまで死んだ目をしていた京子が目を輝かせていた。
「私もわかんない!」
「なんでそんなに嬉しそうに言うのよ!」
「ケイにもわかんないなんて、一大事だよ!」
「だってテンション上がるじゃん!難しい問題って」
さっきまで京子がつまらなそうにしていたのは、問題が簡単すぎたからのようだ。
「……まぁ、さっきまでの死んだ目のケイよりいいか」
「そだね……」
「えー、そんな目してた?ごめんごめん。んーじゃあ、今わかってる事から整理して考えてみようか。ヒントは絶対どこかにあるはずだよ。
例えば解答用紙。受付しなきゃいけないから、解答用紙を持って移動するっていうのはわかるんだけど、どうして三問目の問題が発表される場所に一問目の解答用紙を持って行かなきゃならなかったんだろう?二問目のだけでよくない?」
「あっ!そうか!」
詩音は持っていた三枚の解答用紙を理科室の机の上に広げた。
「あと、なんで三問目の受付は廊下だったんだろう?一問目は第一体育館の中だったし、二問目も視聴覚室の中に入ってから受付したよね?」
この京子の疑問を聞いた梨花が大きく息を吸った。
「そういえば、一問目の答えも二問目の答えも『場所』だ!」
梨花は机の上に広げられた三枚の解答用紙を指差した。
「そうだ!一問目の解答用紙もなんか違和感あったんだよね。普段、第一体育館のことを「体育館」って誰も呼ばないじゃん。「第一体育館」「第二体育館」……ってみんな呼んでるから。
それにほら、この三問目の解答用紙!『理科室の廊下』じゃなくて『廊下』って。これ、怪しくない?」
「はあっ!リカ、すごい!あっ!もしかしたら私、答えわかったかもしんない!ほら、一問目の問題みたいに一問目は一文字目、二問目は二文字目っていう感じで読んでいくの!
だから、一問目は体育館の『た』。二問目は視聴覚室の『ち』。三問目は廊下の『か』。……あれ?『たちか』なんて名前の先生、いないよね?」
京子が先生の名前が書かれた表をざっと見渡す。
「無いね。……うん。ちょっと難しく考えすぎたのかもしれない」
「え?考えすぎって?」
詩音が解答用紙に書き込んだ文字を消しゴムで消しながら京子に聞いた。
「そのまま最初の文字を読んでいけばいいのかも」
「そのまま?えっと……体育館の『た』、視聴覚室の『し』、廊下の『ろ』。『たしろ』になる!数学の田代先生⁉︎」
「あったよ。田代先生の名前」
表を見ていた京子が田代の名前を見つけて詩音に報告した。
中等部・高等部ともに担当している数学教師の田代朔だ。
ここで詩音のスマホが鳴った。
「『リアル救出ゲーム』から【ヒント1】が来たよ!【あなた達がいた場所、今いる場所はどこ?】だって!」
「うん。田代先生で合ってると思う」
「よし!行こう!」
三人は席を立ち、理科室の中にいる係に解答用紙を渡した。
詩音は手を合わせて祈っている。
梨花はゴクリと唾を飲み込んだ。
京子は自信満々な表情で係を見つめる。
「『バスケ部Pチーム』正解です!一抜けです!」
「「キャーッ!やったぁー!」」
詩音と梨花は京子を抱きしめて喜んだ。
「どっ、どうしよう⁉︎私達、一抜け⁉︎」
負けず嫌いの詩音は、一位になったらなったで不安になるようだ。
《ただいま情報が入りました!どうやら最終三問目の謎を解いたチームが出たようです!しかも中等部一年生のみの『バスケ部Pチーム』です!》
校内放送が流れた。クイズ研究部部長の声だ。パソコンから通達を受けたのだろう。
「すごい!本当に私達、一抜けなんだ!」
梨花は両手で顔を押さえて興奮している。
受付係は『よくできました』のスタンプを押した三問目の解答用紙を渡してこう言った。
「鉛筆と消しゴムを回収します。それでは軟禁されている先生の救出に向かって下さい」
「えっ?それだけ?」
「場所はどこ?」
「先生はいつもの所にいます」
「ヒントは?」
「ヒントは【いつもの所】です」
詩音と梨花は首を傾げている。しばらく二人は三枚の解答用紙を見ながら、ああでも無いこうでも無いと言っていたが、チラッと京子の方を見ると、また目が死んでいる。
「……ケイ。なんで答えわかったのに黙ってるの?」
「えっ⁉︎私、答えわかったなんて一言も言ってないよ」
「だったら、もうちょっと考えてることを顔に出さないようにしようか。また目が死んでたよ」
詩音と梨花が腕を組んで怒っている。
「あ……はい。では行きましょうか」
今まで金魚の糞のように一番最後についてきた京子が、今度は先頭を歩いて理科室を後にした。
●○●○●○
京子が二人を連れてきたのは、職員室だった。職員室を覗くと田代先生がいた。そしてクイズ研究部部員と思われる人もいる。連れてこられた二人はあまりにも当たり前すぎてガックリと項垂れた。
「だよね。先生が【いつもの所】にいるって言ったら、教室かここだよね……」
詩音は相当恥ずかしいらしく、両手で顔を隠している。
「だね……。なんですぐに思いつかなかったんだろう?」
梨花は遠い目をしている。
「『救出する』っていうキーワードが強烈すぎて、頭が固くなっちゃったんだよ」
「あー、確かに。どこか物置みたいな所に縛られて監禁されてるとか思ってたもん」
詩音が火照った顔を手であおぎながら言った。
「で、ここで問題です」
「「なんでケイが問題出すのよ?」」
「これは『軟禁されてる先生を救出する』ゲームじゃない?軟禁されてる先生は田代先生だってわかったけど、肝心の『田代先生を軟禁している人』は誰?」
「あっ!そうか!」
「犯人は誰か?ってこと?」
「そう。それがわからないと、たぶん……」
「追いついたぞ!バスケ部の一年トリオ!」
たった今、京子達が来た方向から早歩きでやってくるチームがいる。科学部Aチームだ。どうやらあの絵の謎を解いたらしい。
「なぜ中に入らない?はっはー!ここに来て怖気ついたか?ならばそこで俺達の勇姿を見ているがいい!」
バスケ部一年トリオが目配せする。
シオン(どうするケイ?)
ケイ(ちょうどいいカモが来たから先に行かせて様子を見よう)
リカ(キャラ濃いね、この人)
三人は同時に頷いた。この間0.5秒。
職員室の前に立っていた三人は道を開け、科学部Aチームに譲った。
「失礼します!田代先生!助けに来ました!」
キャラの濃い科学部Aチームのリーダーは職員室にズカズカと入り、なんの捻りも無くストレートに田代先生に告げた。
「なんだ?助けに来たって。私は君達に助けてもらわなければならないほど困ってないぞ」
「たぶん軟禁してる人がそう言えって、田代先生に命令してるんだよ。きっと」
職員室入り口から見ていた梨花が言った。いわゆる『そういう設定』だ。
「いや、軟禁されてるんですよね?」
「誰に?」
「「「誰に?」」」
どうやら今、自分達のミスに気づいたらしい。
「『科学部Aチーム』、『軟禁している犯人は誰なのか』謎解き不十分でアウト!十分のペナルティです!」
「ええっ⁉︎まだ謎があったのか⁉︎」
科学部Aチームと田代先生のやり取りを見ていた係が出てきて、三人の肩にコースターぐらいの大きさの『ペナルティ』と書かれたシールを貼り付けた。
「あっぶな!ペナルティ十分だって!」
「やばい!あれと同じこと、私もやるとこだった!どうしよう、ケイ?……あれ?ケイはどこ?」
間違いなくさっきまで詩音の隣にいた京子がいない。二人は辺りを見回すと、京子は職員室の隣の理事長室の前にいて、手招きしている。そしてその目は輝いていた。
二人が理事長室の前に来ると、理事長室の真正面の廊下に、三問目の問題の時に黒板に張り出されていた教師の名前が書かれた紙と同じ物があった。
「シオ、三枚の解答用紙見せて」
京子がここにきてやっと自分から謎を解く素振りを見せた。どうやら本気を出すようだ。詩音が一問目・二問目・三問目の三枚の解答用紙を京子に渡す。
「今回ここにあるのはこの三枚の解答用紙と教師の名前の書かれた紙だけ。だからこれがヒントになるはず。二人とも、これ見て何か違和感ない?」
「んー……。これといって……」
「あ!待って!三問目のスタンプが一問目・二問目と違う!」
見つけたのはまたもや勘のいい梨花だった。
「どこが?一問目・二問目と同じ『よくできました』ってスタンプじゃない?」
小学校でよく目にした桜の花びらのような形に囲まれた『よくできました』のスタンプだ。京子にも一問目・二問目のと同じに見える。
「ほらここ、よく見て。何枚か花びらが塗り潰されてる」
「あれ?本当だ!」
梨花の言う通り、三問目の解答用紙にだけ三枚の花びらが塗り潰されていた。
京子が何かに気づいたらしく、花びらの数を数えている。
「この花びら、七枚ある!なんかおかしいと思ってたんだよ!」
「え?なんで七枚だとおかしいの?」
数学のテストはいつも赤点ギリギリの梨花が聞いた。
「360を7では割れないから」
「そっか!この『リアル救出ゲーム』の謎解き、やたら学校の勉強系の問題が多いなと思ってたけど、ここでもか!」
詩音はおかしいのに気づいたらしいが、梨花は相変わらずポカンとしている。
「『よくできました』って七文字だ!きっと花びらに文字を当てはめて、塗り潰されたのを読めばいいんだ!……ろうけど、どこから文字を当てはめればいいの?」
花びらは文字を丸く囲んでいる。当てはめる場所を間違えると違う答えになる。
「ここに隙間が出来てるから、たぶんここから時計回りでいいんじゃないかな?」
京子はスタンプの下側を指差した。他と違って花びらと花びらの間隔が広い。7で割り切れなかったぶんの隙間だ。
鉛筆は無いので、頭の中で花びらに文字を当てはめる。すると……。
「『きまた』になるよ。そんな名前の先生、いないよね?」
詩音は目の前にある教師の名前の書かれた表を見る。
「もしかしたらアナグラムになってるのかもしれない。並べ替えてみよう」
京子と詩音でブツブツ言っていたが、ある先生の名前がピタリと当てはまった。
「いた!牧田先生!牧田昌彦先生?……って知ってる?何の教科の先生?」
京子も梨花も首を横に振った。
「えーっ⁉︎どうすんの⁉︎顔も知らない先生をどうやって探せばいいの⁉︎今度こそ詰んだ!」
《♪ピンポンパンポーン♪》
これからどうすればいいのか途方に暮れている三人には、このタイミングでのこの音は神経を逆撫でするものでしかなかった。
「誰ー?こんな時に何の用ー?」
負けず嫌いの詩音が放送にツッこんだ。
《先生のお呼び出しを致します。牧田先生、牧田昌彦先生。至急美術室までお越し下さい》
すると職員室から出て行く人物が一人いる。どうやらこの人物が牧田昌彦先生のようだ。
おそらくこの放送は、職員室に来る前に三問目の解答用紙のスタンプの謎を解いたチームの仕業だろう。スタンプを見た瞬間に違和感を覚え、謎に気づき、答えを導き出し、職員室に来る前に放送室へ行き、牧田先生を職員室から追い出し田代先生から遠ざけるため、呼び出したようだ。
三人は顔を見合った。
「そっかー!そんな手があったのか!」
「ごめん。これは私も思いつかなかった」
梨花と京子が肩を落とした。
「でもよくやったよね、私達」
「だよね。来年頑張ろう」
京子と梨花がお互い慰めあった。そんな二人を見た負けず嫌いの詩音はこう言った。
「ちょっと待って。なんかもう負けた感じになってるけど、まだ牧田先生を呼び出したチームは職員室に着いてないよね?このゲーム、救出するまでがゲームなんじゃない?だったらブザービーターを狙おうよ!」
●○●○●○
放送直後、職員室にやって来たのは男子二人・女子一人の混合チームの『新聞部Bチーム』だった。ネクタイの色から高校生だとわかる。悠々とした足取りから、あの放送をしたチームで間違いないだろう。
「お。よしよし。牧田先生、行ったな」
背の高い方の男子が職員室を覗き込んで言った。やはりこのチームで間違いなさそうだ。
「じゃ、行こっか」
女子が男子二人を連れて、職員室に入っていった。
「田代先生、助けにきました。牧田先生が戻ってこないうちに行きましょう」
「ああ。行きたいのは山々なんだが、牧田先生に「俺が戻るまで座ってないとどうなっても知らないぞ」と脅されてるんだ」
「「「えっ?」」」
まさか、ここまで来てまだ解かなければならない謎があったとは!
「どういうこと?もうヒントなんてないよ?」
『新聞部Bチーム』は何も案が思い浮かばないようで、その場で固まってしまった。
その様子を職員室の入り口で見ていた梨花は突然、中に入っていった。
「田代先生、失礼します!座ったままでいて下さい!」
すると梨花は田代先生が腰掛けているキャスター付きの椅子の背もたれを押して出入り口に向かって歩き出した。
「シオ!ケイ!手伝って!」
「そうか!『座って』いればいいんだ!」
「さすが『閃きのリカ』!」
二人は職員室に入り、梨花と一緒に田代先生を乗せた椅子を押し始めた。このまま第一体育館まで運ぶのだ。
「ちょっと!横取りしないでよ!私達が先よ!」
当然の主張だ。誰の目から見ても後から来た梨花が横取りしてるようにしか見えない。が。
「ストップ!横取りを認めます」
クイズ研究部の係員が間に入り、梨花の横取りを認めた。
「えっ?いいの?」
「はい。こうなることも想定済みです。こうなった場合、『一番先に椅子ごと移動する行動をとったチームを優先する』と取り決めてましたので」
そう言うと係員は持っていたファイルを開いて『職員室』の要項を見せた。確かにそう書いてある。
『新聞部Bチーム』は顔を真っ赤にして京子達を睨んだ。
「あの、先輩。放送ありがとうございました。私達、牧田先生を知らなくて、どうしようかと思ってたんです。放送で呼び出すなんて方法、全然思い浮かばなかったんです。では失礼します」
梨花は律儀に礼を言うと、田代先生を乗せた椅子を押して職員室を出た。
●○●○●○
「へぇー!そうだったの」
リアル救出ゲーム表彰式後、第五体育館で京子達三人は、バスケ部の先輩達と一緒に明日からのバスケ部の出し物の最終準備をしながら、ゲームについて語り合っていた。
「すごかったんですよ!リカの勘が冴えまくって!」
「そうそう!私がここ変じゃない?って言ったとこ、ビシバシ当てまくって!」
「いやぁ、それほどでも……」
梨花が頬を赤らめて頭を掻いている。
「で、レイ先輩はどうだったんですか?男子は?」
梨花は京子と詩音から両脇腹に肘鉄を食らった。京子と詩音も先輩達のゲーム達成度はどの程度だったのか気になったが、気を使って聞かずにいたのに。
京子達三人が第一体育館に田代先生を連れて帰ってくると、バスケ部男子チームの殆どはまだその場にいた。中高混合チームにしたせいで、一問目のヒントがもらえず、早々に諦めたそうだ。
バツが悪い男子は「さーて、準備を急ぐかー!」と、その場を離れた。
「私のチームは三問目の理科室まで行ったんだけどねー。三問目、全然わかんなかった。でもすごいよね。中学一年のみのチームでの優勝は史上初だって」
レイこと矢島玲衣鈴が言った。いい先輩だ。嫌な顔せずにこんな質問にも答えてくれるなんて。
「「「光栄です!」」」
三人の息がピッタリと合った。
いいトリオだ。この三人がいれば、女子バスケ部はしばらく安泰だろう。
手にした優勝賞品『栄養補助食品一週間分』は、「バスケ部の出し物の景品にして欲しい」と三人が申し出て、ありがたく使わせてもらう事になった。
「来年も優勝しようね!」
「もちろん!」
「そのためには今から謎解きの特訓を……」
「えー?今からぁ?」
第五体育館は笑いに包まれた。
しかし、この謎解き訓練は一年後、全くの無駄に終わる。
年が明け、正月気分が抜けきった頃、海外で爆発的人気を博したパズルゲームが日本でも大流行し、文化祭部対抗戦はこのパズルを模したゲームで戦われることを、今はまだ誰も知らない———。
京子も一日目の午前中はクラスの出し物の裏方に徹し、明日から外部の客を迎えるための段取りの最終チェックに余念がない。
そして今日は午後三時からが本番だ。
洋峰学園では体育祭に部対抗戦が行われるのだが、文化祭でも部対抗戦が存在する。
五つある体育館のうち一番大きい第一体育館で行われる、クイズ研究部とゲーム攻略部のコラボ企画だ。
《部対抗『リアル救出ゲーム』‼︎》
クイズ研究部部長の声がマイクを通して第一体育館だけでなく全校内に轟いた。この『リアル救出ゲーム』の模様はリアルタイムで全校舎内に放送される。
三人一組、同じ部内であれば中高男女混合OKで何チームでも出場可能。
バスケ部は協議の結果、男女混合チームは作らず男女別にし希望者のみでチームを結成することになった。京子は中等部女子バスケ部一年三人で出場する。女子の先輩達は高等部二年の司令塔矢島玲衣鈴を筆頭に二チームが参加する。男子は中高混合で十三チーム出るそうだ。他は体育祭で頑張ってくれたので(ということにしておく)不参加だ。
《ルールを説明します。我々クイズ研究部が出題する謎を解いて、とある場所で軟禁されている先生を救出して、この第一体育館に連れて来て下さい!優勝商品は栄養補助食品一週間分です!》
体育系の部のチームから「うおーっ!」という歓声と拍手が沸き上がる。体育系の部にはたとえ一週間分でもこの優勝賞品は部費軽減にも繋がるありがたい賞品だ。
「頑張ろうね!ケイ!リカ!」
中等部女子バスケ部一年で一年生三人のまとめ役、大森詩音が京子と稲川梨花に、バスケの試合時さながらにハイタッチで士気を高める。
「知識が必要な問題は任せて!」
ケイこと畠山京子がドンと胸を叩く。
「ヒラメキ系なら私だね」
リカこと稲川梨花がウインクした。
この三人、この日のためにバスケの練習の合間にスマホゲームで特訓したほど気合いが入っている。
《ひとつだけ注意事項です。スマホによるカンニングはペナルティがありますので注意して下さい。それではさっそく始めましょう!最初の謎はこれだ!》
ステージの緞帳が下され問題が現れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第一問 この場所はどこ?
1.推古天皇の摂政で、冠位十二階や十七条の憲法を制定した人物は?
2.裁縫で、重ねた布が動かないよう、仮止めの役割を果たす針は?
3.外国に定住している中国人を何と言う?
4.カッコ内の?を埋めよ
憲法第九条【?の放棄】日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる【?】と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
5.tanθ=sinθ/cosθ
上記の公式で表される数学用語は?
6.遺伝情報であるDNAなどの保存・伝達を行う、細胞小器官のひとつを漢字三文字で何という?
7.首都ワシントンD.C.。人口約3億人。50州と特別区からなる連邦共和国は?
8.優れた才能の持ち主は、やたらにそれを見せびらかせないという意味の諺、「何を隠す」?
答え
- - - - - - - -
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ⁉︎なにこれ!」
「謎じゃないだろ、これ!」
「ただの試験問題じゃん!」
中学生のみのチームからは、「まだ習ってないよー!」と、抗議の声が飛んだ。
《中学生の抗議はごもっともです!そこで中学生のみのチームにはヒントを出します。受付で各チームのリーダーには『リアル救出ゲーム』専用アプリをダウンロードして頂きましたが、今から十分後にヒントが出ます!》
クイズ研究部部長とともにステージに上がった、机に置かれたノートパソコンを操作する係の部員が手を振った。
「えーっ⁉︎高校生がいるチームにはヒント出ないのー⁉︎」
高等部のみのチームからブーイングが起こったが、司会者は、
《答えを解答用紙に書き込んだら僕の所に持って来て下さいねー!それでは頑張って下さい!》
と、雑音をシャットアウトした。
「ああ。それで受付でチーム全員の学年まで聞いてたのか」
ブーイングが飛び交う中、京子が冷静に状況を把握する。受付ではアプリのダウンロードだけではない。一問目の解答用紙と赤と青の二色鉛筆も渡された。アプリにはスマホによる不正防止プログラムも組み込まれているのだろう。なかなか大掛かりだ。
京子のチームリーダー大森詩音ことシオが、ステージ上の問題と持っていた一問目の解答用紙とを交互に見つめた。
「でもさ、これ、謎じゃないんじゃない?みんなが言う通り、ただのテスト問題だよ」
「そんなことないよ。ほら、問題文の一番下に『答え』はひとつしか無いし。まず、一問づつ問題に答えて、その問題の答えから謎の答えを導き出すんだよ」
「まさかケイ、もう謎が解けたの?」
「えっ⁉︎えーと、5番の問題の答えはちょっと……」
ケイがお茶を濁す。ケイの悪い癖だ。
ケイの頭の良さはバスケ部全員が知っている。でもケイは何故か自分の頭の良さをひた隠そうとするきらいがある。たぶん、子供の頃からその頭脳のせいで嫌な思いばかりしてきたのだろう。同級生から仲間外れにされたり、大人からも理解されなかったり、気味悪がられたり。
「ケイ。誤魔化さなくていいから。ケイが頭良いのはみんな知ってるんだから、私達チームメイトに遠慮なんかしなくていいの!何のために謎解きの特訓してきたと思ってるの?」
とどのつまり、負けず嫌いの詩音はどんな手を使ってでも勝ちたいのだ。
「でもさ、どんなヒントが出るのか見てみたくない?」
「はぁ⁉︎答えわかってるのにヒント見たいぃ⁉︎モタモタしてたら先越されるじゃん!早く次に行こうよ!」
せっかちな梨花が京子を急かした。
「ほらケイ、答え書いて!」
詩音は持っていた解答用紙と鉛筆を京子に押し付けた。
「え~。私がサクッと解いちゃったら二人とも、つまんなくない?」
「いいから!」
「早く書け!」
こんな押し問答しているうちに、ヒントなどなくとも謎を解いてしまったチームが現れステージに上がった。
《おっとぉー!どうやらもう謎を解いたチームが出たようです!》
ステージ上にいるクイズ研究部部長に高等部の男子三人が駆け寄り、持っていた解答用紙を見せた。部長は受け取ると、パソコン係と二言三言言葉を交わし、解答用紙にスタンプのようなものを押したようだ。
《科学部Aチーム、正解!一抜けです!》
「早っ!」
「すげー!」
体育館内に感嘆の声がこだまする。教室棟にいる生徒たちにも校内放送を通して聞こえているだろう。
《では、科学部Aチームは次の場所へ向かって下さい!》
一抜けした三人は、一問目の解答用紙を持って第一体育館を出て行った。
「ほらぁ!先越されたじゃん!ケイ!早く答え書いて!」
「う~。わかったよ……」
京子は平仮名で解答用紙に一問一問、問題の答えを青鉛筆で書いていった。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第一問 体育館 出題 解答用紙
しょうとくたいし
まちばり
かきょう
せんそう
さんかくかんすう
さいぼうかく
あめりかがっしゅうこく
のうあるたかはつめ
答え
- - - - - - - -
—————————————————————
そして赤鉛筆でいくつかの文字を丸で囲んでいき、答えの欄に青鉛筆で赤丸をつけた文字を書き込んだ。
「え?なんでそうなるの?」
梨花が京子に聞いた。
「リカ、それは後で聞こう!私達も行くよ!」
詩音が二人を連れ、ステージに上がった。しかし、ステージ上には京子が答えを書いている最中に三組のチームが先に並んでいた。
《茶道部Bチーム、正解!》
《野球部Fチーム、正解!》
《囲碁将棋部Aチーム、正解!》
「わー、中竹先輩、すごーい!」
「ケイ!なんで敵チームの正解を喜んでるのよ!ケイがモタモタしてるから、三チームに先越されたじゃん!」
負けず嫌いの詩音はお冠だ。
「まぁまぁ、始まったばかりなんだから、いくらでも挽回できるよ」
梨花が京子をフォローしてくれた。
京子達のチームの番がきた。詩音が解答用紙をクイズ研究部部長に渡す。
《バスケ部Pチーム、正解!なんと中学生チームです!ヒント無しで解きました!》
「おおー!」と歓声が上がった。
「よくやった!」
女子バスケ部の矢島玲衣鈴が飛び上がって喜んでいる。
「よっしゃー!えらい!」
男子バスケ部からも拍手が起こっている。
「鉛筆は回収します。一問目の解答用紙は持って行って下さい。それでは『答え』の場所に行って下さい」
パソコン係からこう告げられ、詩音は『よくできました』のスタンプを押された解答用紙を持ってステージから降りた。
「行くよ!リカ!ケイ!」
三人は走って体育館から出て行った。
●○●○●○
「ねぇ、ケイ。さっきの答え、なんでああなったの?」
廊下を早歩きしながら、梨花は京子に聞いた。梨花はどうしても答えが気になるらしい。
「問題文の最初に番号が書いてあったでしょ?その番号は、問題の答えの何文字目かを示していたんだよ。1問目は答えの1文字目。2問目は答えの2文字目、3問目は3文字目……っていうふうにしていくと……」
「おおーっ!本当だ!【しちょうかくしつ】になる!」
特別教室棟五階にある視聴覚室。三人が今向かっている先だ。
視聴覚室の扉は開いていた。『バスケ部Pチーム』が中に入ると、受付らしき人物に声をかけられた。
「一問目正解したチームですか?こちらで受付を済ませて下さい」
受付係はもう一人いて、そちらはどうやら二問目の解答の受付らしい。
詩音は持っていた一問目の解答用紙を受付係に見せると、受付係はパソコンに『バスケ部Pチーム』と打ち込み、今度は黒の鉛筆と消しゴムと二問目の問題兼解答用紙を渡した。詩音は受け取ると二人を連れて視聴覚室の一番後ろの席に陣取った。
視聴覚室にも第一体育館と同じように問題が張り出されてあったが、今回の問題は解答用紙にも問題が書かれてあった。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第二問 視聴覚室 出題 問題兼解答用紙
質問に答えよ
せんしまたねたけせんんにあたるしせんじみのせんぎょたかくせんりょうにたほんたせんいたちのみせんずうたせんたたみは?
答え
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今回は文字だけではない。なにやら解答用紙の右下隅に絵が描いてある。しかしその絵はピカソやダリも驚くであろう出来だった。
「何この絵?ヒントじゃないの?パンダ?……が団扇?を持ってる?」
机の上に解答用紙を置いた詩音の日本語が辿々しくなっている。
「この絵、美術部とか漫研とかに頼めなかったのかな?もしかしてこの絵の謎を解くところから始めないといけないの?」
梨花のこの一言に、後からやってきたチームが吹き出した。
この独特な画風のイラスト。他のチームもこの絵に同じ感想を持ったらしい。
「おい、運営。この絵、何が描いてあるのか、さっぱりわかんねーよ!ヒントは出るのか?」
一抜けした科学部Aチームが答えの受付係に詰め寄っていた。
「二問目のヒントはこの絵です。この絵が何を表してるのかも考えながら解くということで……」
「だからその肝心の絵が何描いてあんのかわかんねーっつってんだよ!そんな謎解き、聞いたことねーよ!」
視聴覚室にいるほとんどが科学部Aチームと同意見だ。
「しょうがない。なんとか勘で当ててみよう。リカ、こういうの得意だよね」
チームリーダーの詩音は勘のいい梨花に丸投げした。
「うーん……。えーと、私が思ったのはこの問題やたら「せん」が多いなって……」
「私もそう思った!……ねぇ、これってさ、特訓でもやった文字を消す暗号じゃない?まず「せん」を消してみよう!」
「あっ!そうか!これ、団扇じゃなくて栓抜きだ!「せん」を抜くんだ!ならさ、このパンダっぽいの、タヌキじゃない⁉︎」
「そうか!「た」も抜いてみよう!」
詩音が持っていた黒鉛筆で「せん」と「た」に線を引いていく。
「出来た!えーと、【しまねけんにあるしじみのぎょかくりょうにほんいちのみずうみは?】。島根県にあるしじみの漁獲量日本一の湖は?だ!」
「で、答えは?」
「私が知ってるわけないじゃん」
二人が同時に京子を見た。
「あ、はいはい」
視聴覚室に来て初めて京子が口を開いた。京子は詩音から鉛筆を受け取ると解答用紙の答えの欄に『宍道湖』と書き込んだ。
「よし!行こう!」
三人は来た時とは違う、もう一人の方の受付係に解答用紙を渡した。係はパソコンに何やら打ち込むと、『よくできました』と書かれたスタンプを押した。
「バスケ部Pチーム、正解です!三位通過です」
イラストの事で揉めている最中に、後からきた『新聞部Bチーム』と『吹奏楽部Eチーム』に追い抜かれてしまった。科学部Aチームはまだイラストの謎解きに梃子摺っているようだ。
「次はここへ行って下さい」
係から渡されたのは、この洋峰学園の校舎の見取り図だった。図の左上には『3F』と書いてあり、赤でX印のついた所に行けばいいらしい。
「三階のこの辺って、理科室だよね?」
今いる視聴覚室の二階分下にある。
「でもこれだと、理科室じゃなくて、理科室の廊下じゃない?」
「とにかく理科室に行ってみよう」
詩音は見取り図だけを持って視聴覚室を出ようとすると、係に呼び止められた。
「一問目と二問目の解答用紙を持って行って下さい」
●○●○●○
三人が三階に着くと第三理科室の前の廊下で、机に『リアル救出ゲーム受付』の看板を掲げた受付係が待っていた。
詩音は二問目の解答用紙を見せると、受付係はパソコンに『バスケ部Pチーム』と打ち込み、三問目の解答用紙と鉛筆と消しゴムを渡して理科室の中に入るよう指示した。
詩音が扉を開け三人が中に入ると、先にここに来ていたチームのメンバー六人が、黒板に貼り出された紙を食い入るように見ていた。京子達も近づきよく見てみると、百を超えるだろうこの洋峰学園の教師の名前がぎっしりと書かれてあった。
そしてその紙の上にはこう書かれてあった。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第三問 問題
君達が救出する先生は誰?表の中から選べ。
答え
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「えっ?この数、まさかうちの学校の先生、全員の中から探し出せってこと?」
京子達三人は中等部の一年生。入学してから半年経ったとはいえ、高等部の教師の名前までは覚える機会はなかなか無い。
この問題はどう考えても高校生が有利だ。
梨花は詩音が持っていた解答用紙を覗き込んだ。
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リアル救出ゲーム
軟禁されている先生を救出せよ!
第三問 廊下 出題 解答用紙
答え
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「これだけしか書いてないの⁉︎残念な絵とかは?ヒントは無いの?」
何気に失礼だ。梨花の心の声が漏れてしまった。
「ヒントは入室から十分後に出ます」
理科室の中にいた係が言った。
「十分⁉︎どうしよう⁉︎何も思い浮かばないよ!」
勘のいい梨花が匙を投げた。
「なんとかしないとまた先を越される!」
負けず嫌いの詩音はとにかく一番でないと気が済まない。
「「ケイ!なんとかなんない?」」
二人同時に振り向くと、さっきまで死んだ目をしていた京子が目を輝かせていた。
「私もわかんない!」
「なんでそんなに嬉しそうに言うのよ!」
「ケイにもわかんないなんて、一大事だよ!」
「だってテンション上がるじゃん!難しい問題って」
さっきまで京子がつまらなそうにしていたのは、問題が簡単すぎたからのようだ。
「……まぁ、さっきまでの死んだ目のケイよりいいか」
「そだね……」
「えー、そんな目してた?ごめんごめん。んーじゃあ、今わかってる事から整理して考えてみようか。ヒントは絶対どこかにあるはずだよ。
例えば解答用紙。受付しなきゃいけないから、解答用紙を持って移動するっていうのはわかるんだけど、どうして三問目の問題が発表される場所に一問目の解答用紙を持って行かなきゃならなかったんだろう?二問目のだけでよくない?」
「あっ!そうか!」
詩音は持っていた三枚の解答用紙を理科室の机の上に広げた。
「あと、なんで三問目の受付は廊下だったんだろう?一問目は第一体育館の中だったし、二問目も視聴覚室の中に入ってから受付したよね?」
この京子の疑問を聞いた梨花が大きく息を吸った。
「そういえば、一問目の答えも二問目の答えも『場所』だ!」
梨花は机の上に広げられた三枚の解答用紙を指差した。
「そうだ!一問目の解答用紙もなんか違和感あったんだよね。普段、第一体育館のことを「体育館」って誰も呼ばないじゃん。「第一体育館」「第二体育館」……ってみんな呼んでるから。
それにほら、この三問目の解答用紙!『理科室の廊下』じゃなくて『廊下』って。これ、怪しくない?」
「はあっ!リカ、すごい!あっ!もしかしたら私、答えわかったかもしんない!ほら、一問目の問題みたいに一問目は一文字目、二問目は二文字目っていう感じで読んでいくの!
だから、一問目は体育館の『た』。二問目は視聴覚室の『ち』。三問目は廊下の『か』。……あれ?『たちか』なんて名前の先生、いないよね?」
京子が先生の名前が書かれた表をざっと見渡す。
「無いね。……うん。ちょっと難しく考えすぎたのかもしれない」
「え?考えすぎって?」
詩音が解答用紙に書き込んだ文字を消しゴムで消しながら京子に聞いた。
「そのまま最初の文字を読んでいけばいいのかも」
「そのまま?えっと……体育館の『た』、視聴覚室の『し』、廊下の『ろ』。『たしろ』になる!数学の田代先生⁉︎」
「あったよ。田代先生の名前」
表を見ていた京子が田代の名前を見つけて詩音に報告した。
中等部・高等部ともに担当している数学教師の田代朔だ。
ここで詩音のスマホが鳴った。
「『リアル救出ゲーム』から【ヒント1】が来たよ!【あなた達がいた場所、今いる場所はどこ?】だって!」
「うん。田代先生で合ってると思う」
「よし!行こう!」
三人は席を立ち、理科室の中にいる係に解答用紙を渡した。
詩音は手を合わせて祈っている。
梨花はゴクリと唾を飲み込んだ。
京子は自信満々な表情で係を見つめる。
「『バスケ部Pチーム』正解です!一抜けです!」
「「キャーッ!やったぁー!」」
詩音と梨花は京子を抱きしめて喜んだ。
「どっ、どうしよう⁉︎私達、一抜け⁉︎」
負けず嫌いの詩音は、一位になったらなったで不安になるようだ。
《ただいま情報が入りました!どうやら最終三問目の謎を解いたチームが出たようです!しかも中等部一年生のみの『バスケ部Pチーム』です!》
校内放送が流れた。クイズ研究部部長の声だ。パソコンから通達を受けたのだろう。
「すごい!本当に私達、一抜けなんだ!」
梨花は両手で顔を押さえて興奮している。
受付係は『よくできました』のスタンプを押した三問目の解答用紙を渡してこう言った。
「鉛筆と消しゴムを回収します。それでは軟禁されている先生の救出に向かって下さい」
「えっ?それだけ?」
「場所はどこ?」
「先生はいつもの所にいます」
「ヒントは?」
「ヒントは【いつもの所】です」
詩音と梨花は首を傾げている。しばらく二人は三枚の解答用紙を見ながら、ああでも無いこうでも無いと言っていたが、チラッと京子の方を見ると、また目が死んでいる。
「……ケイ。なんで答えわかったのに黙ってるの?」
「えっ⁉︎私、答えわかったなんて一言も言ってないよ」
「だったら、もうちょっと考えてることを顔に出さないようにしようか。また目が死んでたよ」
詩音と梨花が腕を組んで怒っている。
「あ……はい。では行きましょうか」
今まで金魚の糞のように一番最後についてきた京子が、今度は先頭を歩いて理科室を後にした。
●○●○●○
京子が二人を連れてきたのは、職員室だった。職員室を覗くと田代先生がいた。そしてクイズ研究部部員と思われる人もいる。連れてこられた二人はあまりにも当たり前すぎてガックリと項垂れた。
「だよね。先生が【いつもの所】にいるって言ったら、教室かここだよね……」
詩音は相当恥ずかしいらしく、両手で顔を隠している。
「だね……。なんですぐに思いつかなかったんだろう?」
梨花は遠い目をしている。
「『救出する』っていうキーワードが強烈すぎて、頭が固くなっちゃったんだよ」
「あー、確かに。どこか物置みたいな所に縛られて監禁されてるとか思ってたもん」
詩音が火照った顔を手であおぎながら言った。
「で、ここで問題です」
「「なんでケイが問題出すのよ?」」
「これは『軟禁されてる先生を救出する』ゲームじゃない?軟禁されてる先生は田代先生だってわかったけど、肝心の『田代先生を軟禁している人』は誰?」
「あっ!そうか!」
「犯人は誰か?ってこと?」
「そう。それがわからないと、たぶん……」
「追いついたぞ!バスケ部の一年トリオ!」
たった今、京子達が来た方向から早歩きでやってくるチームがいる。科学部Aチームだ。どうやらあの絵の謎を解いたらしい。
「なぜ中に入らない?はっはー!ここに来て怖気ついたか?ならばそこで俺達の勇姿を見ているがいい!」
バスケ部一年トリオが目配せする。
シオン(どうするケイ?)
ケイ(ちょうどいいカモが来たから先に行かせて様子を見よう)
リカ(キャラ濃いね、この人)
三人は同時に頷いた。この間0.5秒。
職員室の前に立っていた三人は道を開け、科学部Aチームに譲った。
「失礼します!田代先生!助けに来ました!」
キャラの濃い科学部Aチームのリーダーは職員室にズカズカと入り、なんの捻りも無くストレートに田代先生に告げた。
「なんだ?助けに来たって。私は君達に助けてもらわなければならないほど困ってないぞ」
「たぶん軟禁してる人がそう言えって、田代先生に命令してるんだよ。きっと」
職員室入り口から見ていた梨花が言った。いわゆる『そういう設定』だ。
「いや、軟禁されてるんですよね?」
「誰に?」
「「「誰に?」」」
どうやら今、自分達のミスに気づいたらしい。
「『科学部Aチーム』、『軟禁している犯人は誰なのか』謎解き不十分でアウト!十分のペナルティです!」
「ええっ⁉︎まだ謎があったのか⁉︎」
科学部Aチームと田代先生のやり取りを見ていた係が出てきて、三人の肩にコースターぐらいの大きさの『ペナルティ』と書かれたシールを貼り付けた。
「あっぶな!ペナルティ十分だって!」
「やばい!あれと同じこと、私もやるとこだった!どうしよう、ケイ?……あれ?ケイはどこ?」
間違いなくさっきまで詩音の隣にいた京子がいない。二人は辺りを見回すと、京子は職員室の隣の理事長室の前にいて、手招きしている。そしてその目は輝いていた。
二人が理事長室の前に来ると、理事長室の真正面の廊下に、三問目の問題の時に黒板に張り出されていた教師の名前が書かれた紙と同じ物があった。
「シオ、三枚の解答用紙見せて」
京子がここにきてやっと自分から謎を解く素振りを見せた。どうやら本気を出すようだ。詩音が一問目・二問目・三問目の三枚の解答用紙を京子に渡す。
「今回ここにあるのはこの三枚の解答用紙と教師の名前の書かれた紙だけ。だからこれがヒントになるはず。二人とも、これ見て何か違和感ない?」
「んー……。これといって……」
「あ!待って!三問目のスタンプが一問目・二問目と違う!」
見つけたのはまたもや勘のいい梨花だった。
「どこが?一問目・二問目と同じ『よくできました』ってスタンプじゃない?」
小学校でよく目にした桜の花びらのような形に囲まれた『よくできました』のスタンプだ。京子にも一問目・二問目のと同じに見える。
「ほらここ、よく見て。何枚か花びらが塗り潰されてる」
「あれ?本当だ!」
梨花の言う通り、三問目の解答用紙にだけ三枚の花びらが塗り潰されていた。
京子が何かに気づいたらしく、花びらの数を数えている。
「この花びら、七枚ある!なんかおかしいと思ってたんだよ!」
「え?なんで七枚だとおかしいの?」
数学のテストはいつも赤点ギリギリの梨花が聞いた。
「360を7では割れないから」
「そっか!この『リアル救出ゲーム』の謎解き、やたら学校の勉強系の問題が多いなと思ってたけど、ここでもか!」
詩音はおかしいのに気づいたらしいが、梨花は相変わらずポカンとしている。
「『よくできました』って七文字だ!きっと花びらに文字を当てはめて、塗り潰されたのを読めばいいんだ!……ろうけど、どこから文字を当てはめればいいの?」
花びらは文字を丸く囲んでいる。当てはめる場所を間違えると違う答えになる。
「ここに隙間が出来てるから、たぶんここから時計回りでいいんじゃないかな?」
京子はスタンプの下側を指差した。他と違って花びらと花びらの間隔が広い。7で割り切れなかったぶんの隙間だ。
鉛筆は無いので、頭の中で花びらに文字を当てはめる。すると……。
「『きまた』になるよ。そんな名前の先生、いないよね?」
詩音は目の前にある教師の名前の書かれた表を見る。
「もしかしたらアナグラムになってるのかもしれない。並べ替えてみよう」
京子と詩音でブツブツ言っていたが、ある先生の名前がピタリと当てはまった。
「いた!牧田先生!牧田昌彦先生?……って知ってる?何の教科の先生?」
京子も梨花も首を横に振った。
「えーっ⁉︎どうすんの⁉︎顔も知らない先生をどうやって探せばいいの⁉︎今度こそ詰んだ!」
《♪ピンポンパンポーン♪》
これからどうすればいいのか途方に暮れている三人には、このタイミングでのこの音は神経を逆撫でするものでしかなかった。
「誰ー?こんな時に何の用ー?」
負けず嫌いの詩音が放送にツッこんだ。
《先生のお呼び出しを致します。牧田先生、牧田昌彦先生。至急美術室までお越し下さい》
すると職員室から出て行く人物が一人いる。どうやらこの人物が牧田昌彦先生のようだ。
おそらくこの放送は、職員室に来る前に三問目の解答用紙のスタンプの謎を解いたチームの仕業だろう。スタンプを見た瞬間に違和感を覚え、謎に気づき、答えを導き出し、職員室に来る前に放送室へ行き、牧田先生を職員室から追い出し田代先生から遠ざけるため、呼び出したようだ。
三人は顔を見合った。
「そっかー!そんな手があったのか!」
「ごめん。これは私も思いつかなかった」
梨花と京子が肩を落とした。
「でもよくやったよね、私達」
「だよね。来年頑張ろう」
京子と梨花がお互い慰めあった。そんな二人を見た負けず嫌いの詩音はこう言った。
「ちょっと待って。なんかもう負けた感じになってるけど、まだ牧田先生を呼び出したチームは職員室に着いてないよね?このゲーム、救出するまでがゲームなんじゃない?だったらブザービーターを狙おうよ!」
●○●○●○
放送直後、職員室にやって来たのは男子二人・女子一人の混合チームの『新聞部Bチーム』だった。ネクタイの色から高校生だとわかる。悠々とした足取りから、あの放送をしたチームで間違いないだろう。
「お。よしよし。牧田先生、行ったな」
背の高い方の男子が職員室を覗き込んで言った。やはりこのチームで間違いなさそうだ。
「じゃ、行こっか」
女子が男子二人を連れて、職員室に入っていった。
「田代先生、助けにきました。牧田先生が戻ってこないうちに行きましょう」
「ああ。行きたいのは山々なんだが、牧田先生に「俺が戻るまで座ってないとどうなっても知らないぞ」と脅されてるんだ」
「「「えっ?」」」
まさか、ここまで来てまだ解かなければならない謎があったとは!
「どういうこと?もうヒントなんてないよ?」
『新聞部Bチーム』は何も案が思い浮かばないようで、その場で固まってしまった。
その様子を職員室の入り口で見ていた梨花は突然、中に入っていった。
「田代先生、失礼します!座ったままでいて下さい!」
すると梨花は田代先生が腰掛けているキャスター付きの椅子の背もたれを押して出入り口に向かって歩き出した。
「シオ!ケイ!手伝って!」
「そうか!『座って』いればいいんだ!」
「さすが『閃きのリカ』!」
二人は職員室に入り、梨花と一緒に田代先生を乗せた椅子を押し始めた。このまま第一体育館まで運ぶのだ。
「ちょっと!横取りしないでよ!私達が先よ!」
当然の主張だ。誰の目から見ても後から来た梨花が横取りしてるようにしか見えない。が。
「ストップ!横取りを認めます」
クイズ研究部の係員が間に入り、梨花の横取りを認めた。
「えっ?いいの?」
「はい。こうなることも想定済みです。こうなった場合、『一番先に椅子ごと移動する行動をとったチームを優先する』と取り決めてましたので」
そう言うと係員は持っていたファイルを開いて『職員室』の要項を見せた。確かにそう書いてある。
『新聞部Bチーム』は顔を真っ赤にして京子達を睨んだ。
「あの、先輩。放送ありがとうございました。私達、牧田先生を知らなくて、どうしようかと思ってたんです。放送で呼び出すなんて方法、全然思い浮かばなかったんです。では失礼します」
梨花は律儀に礼を言うと、田代先生を乗せた椅子を押して職員室を出た。
●○●○●○
「へぇー!そうだったの」
リアル救出ゲーム表彰式後、第五体育館で京子達三人は、バスケ部の先輩達と一緒に明日からのバスケ部の出し物の最終準備をしながら、ゲームについて語り合っていた。
「すごかったんですよ!リカの勘が冴えまくって!」
「そうそう!私がここ変じゃない?って言ったとこ、ビシバシ当てまくって!」
「いやぁ、それほどでも……」
梨花が頬を赤らめて頭を掻いている。
「で、レイ先輩はどうだったんですか?男子は?」
梨花は京子と詩音から両脇腹に肘鉄を食らった。京子と詩音も先輩達のゲーム達成度はどの程度だったのか気になったが、気を使って聞かずにいたのに。
京子達三人が第一体育館に田代先生を連れて帰ってくると、バスケ部男子チームの殆どはまだその場にいた。中高混合チームにしたせいで、一問目のヒントがもらえず、早々に諦めたそうだ。
バツが悪い男子は「さーて、準備を急ぐかー!」と、その場を離れた。
「私のチームは三問目の理科室まで行ったんだけどねー。三問目、全然わかんなかった。でもすごいよね。中学一年のみのチームでの優勝は史上初だって」
レイこと矢島玲衣鈴が言った。いい先輩だ。嫌な顔せずにこんな質問にも答えてくれるなんて。
「「「光栄です!」」」
三人の息がピッタリと合った。
いいトリオだ。この三人がいれば、女子バスケ部はしばらく安泰だろう。
手にした優勝賞品『栄養補助食品一週間分』は、「バスケ部の出し物の景品にして欲しい」と三人が申し出て、ありがたく使わせてもらう事になった。
「来年も優勝しようね!」
「もちろん!」
「そのためには今から謎解きの特訓を……」
「えー?今からぁ?」
第五体育館は笑いに包まれた。
しかし、この謎解き訓練は一年後、全くの無駄に終わる。
年が明け、正月気分が抜けきった頃、海外で爆発的人気を博したパズルゲームが日本でも大流行し、文化祭部対抗戦はこのパズルを模したゲームで戦われることを、今はまだ誰も知らない———。
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