GIVEN〜与えられた者〜

菅田佳理乃

文字の大きさ
105 / 129
手筋編

急がば回れで夢を叶える道を切り拓く

しおりを挟む
 春休み最後の岡本門下の研究会。内弟子の畠山京子は制服姿で兄弟子達を出迎えた。

「江田さん!どうですか?新しい制服」

 京子はくるりと一回転して後ろ姿も見せた。紺色のジャケットにスクールカラーのスカート。だが、よく見ると袖口や肘の部分は少しヨレていて着古した感がある。どう見ても今まで着ていた制服と同じ物だ。

「どこが変わったんだ?」

 三嶋が聞いた。

「三嶋さんには聞いてません」

 京子がいつも以上に突っ慳貪に言い返す。最近、ますます京子の三嶋への当たりがキツくなった。

 先日、棋道賞の授賞式があったのだ。

 京子は女流賞と最多対局賞のW受賞。去年授賞式で宣言した通り、二冠を果たしたのだった。

 一方の三嶋は相変わらず四段のまま。京子は『獲得賞金順位による昇段』で三段になった。来年は段位で京子に追い付かれる可能性があるのに、未だ三嶋は危機感が芽生えてこないらしい。これだけ京子が煽っても、のほほんとしている。


 江田は細い目をさらに細めて、食い入るように京子の制服を見ている。

「僕にも今までと同じに見えるけど……」

「そうですかぁ。では正解を教えちゃいます!正解は、ネクタイの色が変わった、でしたー!」

 京子は無い胸を張る。縦は伸びたのに横は伸びない。本人はスカイブルーからエメラルドグリーンに変わったネクタイを良く見せようと思っているのかもしれないが、あまり意味を為していない。

「今までと制服が同じ、って、どうなんだ?高校生になった感動とか、沸き起こらないだろ?」

 三嶋の言葉に皮肉がこもっている。

「これも家計に負担を掛けない、学校側の配慮です。これだから三嶋さんは」

「俺がなんなんだよ。言ってみろよ」

「言っていいんですか?」

 京子のニヤニヤヘラヘラ笑いに、三嶋にスッと冷たいものが流れる。その一言でいつものように押し黙る。

 武士沢も江田も慣れたもので、京子と三嶋のこのやり取りをスルーする。

「でも残念だな。入学式に参加できないなんて」

 武士沢が言った。

 明後日行われる洋峰学園入学式。同日とその翌日の2日間、ペア碁戦の世界大会が行われるのだ。場所は韓国。日程は琥珀戦が行われる前から決まっており、日程の変更は不可。世界戦の為、京子の我が儘で不参加、という訳にはいかず、強制参加だ。

「んー、新入生の半分は今までと同じ顔ぶれですから。3日遅れの新顔さん達との顔合わせは、私だけのイベントだと思って楽しみにしておきます」

 高等部では、中等部の倍の生徒数になる。3日も遅れたら女子独特のグループ作りの輪の中に溶け込むのは容易ではないだろうに、京子は淡々としていた。

「それよりも武士沢さんにお願いがあるんですけど」

「俺に?」

 珍しい。いつもは三嶋にするのに。

「明日、会社の仕事で日帰りで秋田に帰ります」

「は!?明日!?明後日韓国に行くんだぞ!事故とかあって、東京に帰ってこれなくなったらどうする!?」

 京子がいつも里帰りの時にお世話になっている赤い車体の新幹線のニュースが世間を騒がせてから、まだ日が浅い。

「それなんですよ、心配してるのは。タクシーを使ってでも飛行機のフライト時間までには帰って来るつもりですけど、もし間に合わなそうだったら、自費で韓国に行きますんで。対局には間に合うようにしますから!」

「……もしかして、まさかの時はそれを横峯に伝えておけ、と」

「はい。よろしくお願いします」

 京子が深々と頭を下げる。「兄弟子に言付けを頼む厚顔」の自覚はあるようだ。

「……わかったよ。でも京子。働き過ぎだぞ。今年に入ってもう30局近く対局をこなしてるんだろ?」

 前期は女流戦の番勝負に加えて七大棋戦のうち2棋戦は準決勝・決勝まで駒を進める活躍を見せた。しかも、京子の仕事は囲碁棋士としてのものだけではない。圃畦塾を経営する株式会社KーHO代表取締役としての仕事もある。それだけではない。今年は中学の卒業式もあった。生徒会副会長としての仕事もあった。明らかにオーバーワークだ。

「そうですけど、問題ないですよ。若いんで!一晩眠れば翌朝にはスッキリです!」

 いくら運動部で体力には自信があっても、精神的な疲労は貯まっているだろう。しかも内面的な疲労は目に見えないから、思わぬ病気を孕んでいたりする。40歳を過ぎ、身体のあちこちに痛みが出てきた武士沢は、「若いから大丈夫」で疲労をやり過ごす、この「体力無尽蔵」の妹弟子が心配だ。

 眉間に皺を寄せていたのだろう。京子が武士沢にこう言った。

「私も世界棋戦の優勝目指してるんで、体調をバッチリ整えておきますから!心配しないで下さい!それよりも、ちゃんと東京に戻ってこれるよう、祈ってて下さい」

 『京子が病気でぶっ倒れる』
 『新幹線が走行不能になる』

 この2つで可能性が高いのは明らかに後者の方だと、武士沢だけでなく岡本門下の面々も思った。



 ●○●○●○



 秋田市商工会議所2階大会議室に300人を越える建設業者・土木関係者、それから議員や行政の重役が集まった。

 株式会社KーHOケーホの本格的な秋田県進出プロジェクトの説明会である。平田も松山もかなり頑張ってくれたようだ。地元で名の通る名士達を集めてくれた。

 司会進行は県庁職員・平田賢吾。松山愛梨華はサポート役。平田のアナウンスで、京子はマイクを手に立ち上がった。

 《本日はお忙しい中、私共『株式会社KーHO』の事業説明会にお越し頂きありがとうございます。代表取締役社長の畠山京子と申します》

 京子はゆっくり深々と頭を下げ、再びゆっくり頭を上げる。

 会議場を見渡す。小娘の戯言に付き合わされて不愉快そうにしている年寄りが何人かいるかと思ったが、そんな頑固者はいなかった。この年で既に秋田の有名人となった京子の御尊顔を拝みに来た、という者も何人かいるようだ。が、それ以上にここにいる地元の重鎮が興味を引かれているのは、京子の隣に座っている世界屈指の大企業、江田グループ総帥・江田正臣だろう。

 おそらく京子の名前だけを出しても、ここまでの人数は集まらなかっただろう。今日ここに来た皆が、江田総帥とのコネクションを作ろうと目論んでいると思われる。

 ここに京子と共に並ぶ面々は、京子、江田正臣、顧問弁護士・新井雅美、秋田支部支店長を任された加賀谷伸行、そして秋田県知事だ。

 《まずは私共株式会社KーHOについてご説明いたします。お手元の資料……》

 京子は抑揚をつけずに淡々と読み上げる。事業内容、昨年度の決算報告。

 それから本題に入る。東京で子供食堂を併設する学習塾を経営するKーHOが、秋田に進出する目的だ。ごくシンプル。『地方の活性化』だ。その第一弾が『空き家の有効活用』だ。

 県内全ての空き家を買い取り、または借り受け、市街地であれば民泊施設に、僻地であればグランピング施設にリノベーションすること。老朽化が進み廃アパートとなったが取り壊す予算が無いために放置されているアパート数件は、ソロ旅行者向けの民泊に立て替えること。築100年以上の古民家はなるべく形をそのまま残し、耐震強化し、秋田の歴史風土の学習用に役立てること等を説明した。

 「秋田にそれほど多くの民泊施設は必要か?」という質問が出た。

 《それについては、後程ご説明いたします。まず先に……》

 と、京子は今日ここにこれだけの大人数を集めて貰った本題を話し始める。秋田の何処にノイシュバンシュタイン城を建てるかの相談だ。この為に無理なスケジュールを組んでまでも秋田に来たのだ。そして今日中に結論を出したい案件だ。

 当然のように「そこまで大きな施設は必要なのか」「採算は?」等の質問が出た。

 《この施設は、自然災害発生時には避難所として……》

 昨年末、松山に説明したのを繰り返す。面倒臭いと思いながら。事前説明の文章を送っておいたのに、目を通していないのか、それとも京子を試しているのか。

 京子がノイシュバンシュタイン城の必要性を淡々と説いた後、県議の一人が手を挙げた。

「しかし、自然災害にも強い建物となると予算も膨らむ。予算の確保はどうなっている?」

 《このプロジェクトに関する予算は、100億円を計上しております》

「100億!?何処からそんな金……おっと、金額を!?」

 《会議冒頭に私共株式会社KーHOの昨年度の決算報告書をご説明いたしましたが》

 説明だけではない。ちゃんと一人一人に配った資料の最初に載っている。

 現在の株式会社KーHOの総資産額は58億円。「10億ほどで」と社長のお達しだったのに、加賀谷がうっかりやり過ぎて儲けすぎてしまった有価証券の取引で得た利益だ。

《なまはげ銀行様より融資のお話も頂いております。このプロジェクトに関しては『人命を守る』を優先し、予算に糸目をつけずに進めて行く所存です》

 京子は心の中で(大人はみんな金カネ言って誰もやらないからね)と付け加える。

 金額を聞いた議員の大多数が頷き頬の筋肉を緩めている。

 (わかりやすくていいな)

 そう思いつつも、金をちらつかせたくらいで一喜一憂してくれる分かりやすい大人が為政者なんて、この国はこのままだと滅びるな、とも思う。


 大人達がやっと本題について語り合う。が、京子の思惑通りに進んでくれない。京子がノイシュバンシュタイン城の立地候補として挙げた大舘市長が難色を示したのだ。「もし事業に失敗したら、大舘の負の遺産となりかねない」と。

 そこで正臣の出番だ。

《ノイシュバンシュタイン城にて、各種イベントを企画しております。有名人・芸能人によるライブコンサートやトークショーなどを、江田グループ芸能部門の威信をかけて株式会社KーHOをサポートします》

 京子も続ける。

《人気芸能人が秋田に来れば宿泊施設が大量に必要になるでしょう。これだけの民泊施設があれば充分賄えると思われます。それからもし、事業に失敗しても負の遺産とはなりません。きちんと責任もって取り壊し更地にして県にお返しします。行政には一切負担をかけません》

 議員はお互い顔を見合わせる。首を横に振る者、縦に振る者、様々だったが、知事の鶴の一声で決まった。

《県としては、何もせず指を咥えて秋田が萎びていくのを黙って見ているより、例え失敗してもアイディアを出し行動を起こしてくれるこの若者に将来を託したいと思う。どうだろうか?》

 知事の決定に反論する者はいなかった。

 それから京子のこの会議での最大の目的「城を何処に建てる」のかの議題は、京子の思わぬ方向に進んだ。

 避難所としての機能を備えるなら、ひとつと言わず沢山建ててしまえ!という話しに発展したのだ。

 一番の問題は「金」なのだが、株式会社KーHOは優秀なトレーダーがいるお陰で資金面の心配は無い。だったら沢山建ててしまえば?と殿こと秋田県知事が暴言紛いの提案をしたのだ。

 京子も京子で、ここで発動しなくてもいい喧嘩魂に火がついてしまい、「ミニチュアサイズの城をそこらじゅうに建てて、一般人も借りやすい値段設定にして、動画撮影用スタジオとして貸し出すのもアリですね」と二つ返事でOKしてしまったのだ。

 ここで困るのは秋田支部長の加賀谷だが、この京子の暴走に、加賀谷はそれほど心配していなかった。むしろ想定内だった。この長い春休みに京子は、秋田での事業展開に伴い秋田支部事務所の開設、従業員増員していた。この民泊事業は、この新入社員達に任せることになる。


 2時間に渡る会議を終え、参加者は帰路につく。予想以上の大きな仕事が入り、工務店店長の何人かはほくほく顔で帰っていった。京子も要求がほぼ通り、満足している。


 京子達も会議室を後にすると、正臣の新しい秘書・早見克重が早足でやって来た。

「会長と畠山さんにお伝えしたい事が」


 早見から新幹線の事故を聞かされ、京子は急いでスマホを取り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...