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シャルロッテの長い長いプロローグ
そのいちのじんせー シャルロッテ・グローリーロード
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これは、千五百年前帝国が築かれて以来、最も愚かとされた令嬢の話である。数多の貴族が彼女に期待し、またそれは全て儚く散った。
才能はあるが、彼女がそれを発揮することは無かった。
そしてついに起こされた、帝国をも揺るがす愚かなる行動。そうして彼女は歴史家、貴族、様々な部門の者達から批判され――、ついには、帝国から存在自体を消され、処刑される。
しかし、全ての行動は本当に小さな、彼女の望んだ幸せのために。ほんの少し不器用でワガママで、愛されたかった少女の、周りに自分を見てほしかったがために起こした行動。
これは―――、悪役令嬢シャルロッテ・グローリーロードの残した日記である。そして、帝国直々に揉み消された少女の、誰にも知られることのなかった内心である。
〇
帝国歴1568年 X年X日
わたくしは九さいのたんじょうびをむかえましたの。
けど、お母さまはわたくしのいもうとをうんでくださるといって、式には出てくださいませんでしたわ。
悲しかったけれど、しかたありませんの。
だって、うまれたいもうとはとてもかわいかったんですもの。
名前は、ヴィクトリア・グローリーロードといいますの。なんか、きれいなひびきですのね。
ヴィクトリアっていうのは、うつくしいとか、かわいらしいとか、そんないみがありますの。
わたくしのなまえは、シャルロッテは……聖女、らしいですわ。
でもわたくしは……聖女よりも、かわいらしい女の子だっていわれたかったですわ。
だってみんな、わたくしをへんな目で見るんですのよ。
ちょっとめずらしいステータスだからって、なんですのよ。
わたくしは人間なんですのよ。帝国の道具でも、兵器でもないんですわよ……!
ヴィクトリアのように、ふつうがよかったのです。
ヴィクトリアのステータスは平均よりも高かった。それくらいでよかったのですわ。
政治的な目はこわいのですわ。
ちがうんですの。わたくしが欲しいのはやさしい目なんです。
ただ、あいされたいだけなんですの。
帝国歴1575年 ▽年 ◇日
妹は七歳になりましたわ。わたくしも十六歳になりましたの。
十八歳が成人ですから、わたくしももうすぐ大人。魔術学院の……期待の的。
ずっと日記が書けなかったのは、ずっと大人たちに振り回されていたからですわ。
昨日は、魔物を倒しに行っておりました。
どう見ても、侯爵家令嬢にさせる事ではございませんわ。
けど……皇太子さまにお会いできましたわ。とてもとても、麗しきお姿でした。
もしかしたらわたくしは、一目惚れしてしまったのかもしれません。
わたくしは、類稀なるステータスを持っている……お近づきになれるかもしれませんわ。
このステータスを誇りに思ったのは、人生で初めてかもしれませんわ。
でも……兵器として使われるなんて、嫌ですわ。
もしわたくしが皇太子さまとご一緒になれるのだとしたら、憧れの王妃様になれるのだとしたら、穏やかに、静かに、過ごしたいですの……。
もう、疲れましたわ。皇太子さまだけが癒しですのよ。
帝国歴1580年 ×年 X日
隣国が兵を起こしましたわ。我が大帝国アルファは決して揺らぎませんのよ。
返り討ちにされるに決まっていますわ。さほど心配はしておりません。
唯一気がかりなのは、わたくしが戦場に駆り出されるかもしれないという事です。
もちろんさすがに戦えとは言われないでしょうが、わたくし、治癒魔術が使えるのです。
もしかしたら後方支援に回されるかもしれない。
本当に政治的道具としか見られてないのですわね。
わたくしの妹は―――、ヴィクトリアは、愛されているのに。
そうそう、ヴィクトリアも成長しましたのよ。くりっとした可愛らしい目が印象的ですわ。
もう幼馴染とか魔術学院の男たちにモテモテですのよ。
適度に成績も優秀だし……わたくしみたいに、バケモノみたいな成績じゃ、ないし……。
いけないですわ、妹に嫉妬はよくありませんの。
でも、この前皇太子さまとお話しているのを見かけましたわ。仲がよろしいのかしら。
また、奪われるのですか。
ヴィクトリアが生まれる前はわたくしにも笑ってくれた家族が奪われて。
ヴィクトリアが生まれる前は笑いかけてくれた友達さえも、奪われて。
ヴィクトリアが生まれる前はよく笑い合っていた幼馴染も、奪われて。
ほんの少し前まで一緒に任務をこなしていたわたくしの癒し、皇太子さまさえも、奪われるのでしょうか。
最も、そもそも所有してなどいないのですが……わたくしは、おかしいのでしょう。
ああ、ヴィクトリア……あなたにあるものは、わたくしにはないのです。
帝国歴1581年 ―――。
戦争が長引いておりますわ。そろそろわたしも後方支援に行かされそうですわ。
でも、皇太子さまが戦争に出ることになったのです。
ならば、むしろ後方支援に行きたいくらいですわ。
ところでわたくし、こんな出来事を見かけたのです。ヴィクトリアが皇太子さまとお話しているときでした。
『えぇっ!? そんな、危険ですよ!』
『いいや、大丈夫さ。僕はこれでも、戦争にはニ、三回程行っているからね。それで実績を積んで、皇太子まで上がって来たようなものだ』
『でも、私は貴方が怪我をされるのは嫌です! 私を後方支援に回してください!』
『本当かい? あぶないぞ、貴族の令嬢が行っていい場所ではない』
『いいえ行きます! 私は確かに突出した才能はありませんが、この間ヒーリングを扱えるようになったんです!』
『おや、本当かい? きみは才能があるかもしれないね。じゃあ……任せようかな……でも、もう一度忠告するけど、危険だよ?』
『それでも行きます! 例え皇太子さまが何と言っても譲りません! 安心してください、死んだりしませんから。皇太子さま前で戦ってる限りは!』
『それは……無事に戻ってこないときみに怒られそうだ』
素直に、いいなあと思いました。まるで先輩と後輩と言われてもいいくらいに親しかったのです。勿論、その会話は人気のないところで行われていましたわ。
でもそんなのどうでも良かったのですわ。わたくしは、わたくしは。
なんでもヴィクトリアに譲ってきましたわ。家族の中での立ち位置も、友人も、大切だと思っていた僅かなものさえ、全て。
けど、皇太子さまは、嫌……。わたくしだって、もっと仲良くなりたいのです。
わたくしは、わたくしは……! ヴィクトリア……皇太子さま……。
帝国歴1590年
戦争が終わらない。
戦争が終わらない。
戦争が終わらない!
わたくしは連日後方に駆り出されております。貴族の令嬢だろうがなんだろうがもう関係ないのでしょう。
我が大帝国の領土を求めて、今度は様々な国が団結して攻め込み始めているのですわ。
皇太子さまによると、もう十年は続くのではないか、だそうです。
わたくしはもう成人。
大人にならなくてはならない。
皇太子さまとの任務は増えた。たぶん、九年前のヴィクトリアくらいには仲良くなったんじゃないかなあとは思いますわ。
けど、ヴィクトリアは既に敬語を使っておりませんでしたの。いつだって、彼女はわたくしの先を行く。
彼女が文武両道の普通の天才美少女だとすれば、わたくしは戦闘のために生まれた化け物であります。
わたくしはあくまで国を救える機械。けど彼女は、大帝国の華。
―――わたくしの方が、才能はあるのに。
帝国歴1591年
なんだか変な薬が撒かれているようですわ。感染すると脳が変になるらしいのです。
他にも能力阻害や、魔術が使えなくなったり、動きが鈍ったりする効果の薬も戦場に撒かれました。
不思議と、敵側には効果がでない薬なのです。
皇太子さまが動きの鈍る薬に感染されたそうです。わたくしはエリクスヒーリングという最上級の治癒魔術をかけましたが、直せませんでした。
どうやらこれは妖術というもので、同じ妖術でしか解けない魔術なのだそうです。
皇太子さまの傷は日ごとに増えていきましたが、妖術による傷は治らず、出来ることは包帯を巻くことのみ。
そして皇太子さまの『癒し』は―――、ヴィクトリア、なのでした。
ヴィクトリア。
ヴィクトリア。
うつくしく、かわいらしいわたくしの妹。
わたくしは、貴方になりたく存じますわ。
帝国歴1592年
皇太子さまが大変な薬に感染なさりましたわ。動くことも困難らしいですの。
わたくしの力が不足しているのが、悔しい……。
ですから、こう思いましたの。
だったら妖術を身に着ければいいと。幸いわたくしは才能が……嫌という程の才能が、ある。
だからそれくらい容易いものでしたわ。
世界の禁忌だろうが知るものですか。皇太子さまを救えるのなら構いませんわ。
学ぶほど三カ月、わたくしはついに皇太子さまを治すことができたのですわ。
ですが、皇太子さまのお部屋におかゆを運びに行く途中――、ヴィクトリアと彼の声が聞こえてきました。
なんでいつもわたくしばかり、こんな声が聞こえてしまうのでしょう。
『無茶をするから、こんなことに……。最初から、あなたを行かせるんじゃなかった!』
『怒って、いるのかい……?』
『怒ってるよ! だって殿下が無茶するか―――』
『ごめんね、ヴィクトリア』
『ひぁ!? で、殿下! 私のようなものを抱き締めたりするのは!』
『ヴィクトリア、自分なんかって言わないで。きみが僕のために怒ってくれて嬉しかったんだ』
『で、殿下』
『フランって呼んで』
『ふ、ふらん……?』
『うん、それでいい……今は、このままでいさせて……好きなんだ、きみの、ことが……』
『え? 殿下? 殿下ーっ!?』
わたくしは、おかゆを落としてしまいそうでしたが、平静を装ってなんとか乗り切りました。
今まではごまかしていたのですが、もう無理なようですわ。
ヴィクトリア、わたくしはあなたが羨ましい。
だから、わたくしを恨まないでくださいまし。
だって、皇太子さまとわたくしの仲は、あなたの次にいい。
あなたさえ、あなたさえいなくなれば!
―――だって、わたくしにはもう何もありませんの……。
友達も、家族も、信頼も、愛情も、何もかも―――、あなたのために、捨ててきたのだもの。
だから、返してくださる?
1593年
あはは。
妖術って、ほんとーに、凄いんですのね。
お水に入れたら、あの子、凄く苦しんでましたわ。わたくしだって、きっと知らないでしょう。
死にはしないですわ。
けどもう二度と……二本足では立てませんわよ。ヴィクトリア……。
わたくしは明日、戦場に出ることを申し出る。
だって皇太子さまが戦争に復帰するなんて言うんですもの。だから、一緒に―――。
ヴィクトリアは立ち上がれない。なら皇太子さまと一緒に居られるのは、わたくしですわ!
1595年
うそ、でしょう。
なんとか、国外を制圧したのに……内乱が、起きてしまいました。
おまけに首謀者は皇太子さまのお気に入りの臣下ですのよ。
最低ですわ、最低ですわ、最低ですわ!
皇太子さまを、わたくしのフランさまを―――ッ!
傷つける奴はみんな、みんな、皆殺し……ですのよ。
妖術は最強なのです。
1596年
あはは、あはは。
ぜーんいん、殺しちゃいましたわ。
妖術ってほんとーに凄いのね。
妖術はあたまをむしばむって書いてあったけど、ほんとーなのね。
だってなんかすっきりしますもの。
何も考えられませんの。
殺すことしか。だって殺すことが、皇太子さまを守る唯一の術だから。
皇太子さま。
皇太子さま。
ヴィクトリアなんかいらないでしょ? だってわたくし、頼りになりますでしょう?
なんで、にげるの?
1597年
ばかみたい、ばかみたい! どうして? どうして?
どうしてヴィクトリアにかけた術が治っているの?
神の加護なんて信じられませんわ!
ねえ。
ねえ。
皇太子さま―――! わたくしを信じてくださいまし。
あなたも。
あなたも。
あなたも―――! わたくしを裏切るんですのね――――!
なら全員殺しつくしてやる。
皇太子さまも、ヴィクトリアも、全員!
1597 V月 N日
しっぱい、しましたわ。
わたくし、こーたいしさまに、やいばなんて、むけられません、でしたわ。
にげかえって、しまいました。
だって、こーそくされちゃったから。
こーたいしさまはおうさまになるんだって。
だって、おーさま、わたくしがころしちゃったから。
わたくし、しぬんだって。
『きみがそんな人間だとは思わなかったよ、失望した』
だって。
あははは。あはははははは。
わたくしだって思いませんでしたわ。
あはははははははははははははははははは―――――――――――!
たすけて
〇
こうして、帝国の民の殆どを殺しつくした令嬢の人生は幕を閉じた。
フラン皇帝はその後、反乱国を統一し新帝国を築き上げた。
多くの国の反乱を退け己の力としたフラン皇帝。そして、愛の力で妖術をはねのけ皇帝と一生を終えた民の母ヴィクトリア皇妃。
二人はずっと先の未来まで讃えられ、時には神話として語られるほどとなった。
では、シャルロッテは。
名を消され、存在を消され。ついには捻じ曲げられ。
ついには、二度と名を挙げられることなどなかった。
才能はあるが、彼女がそれを発揮することは無かった。
そしてついに起こされた、帝国をも揺るがす愚かなる行動。そうして彼女は歴史家、貴族、様々な部門の者達から批判され――、ついには、帝国から存在自体を消され、処刑される。
しかし、全ての行動は本当に小さな、彼女の望んだ幸せのために。ほんの少し不器用でワガママで、愛されたかった少女の、周りに自分を見てほしかったがために起こした行動。
これは―――、悪役令嬢シャルロッテ・グローリーロードの残した日記である。そして、帝国直々に揉み消された少女の、誰にも知られることのなかった内心である。
〇
帝国歴1568年 X年X日
わたくしは九さいのたんじょうびをむかえましたの。
けど、お母さまはわたくしのいもうとをうんでくださるといって、式には出てくださいませんでしたわ。
悲しかったけれど、しかたありませんの。
だって、うまれたいもうとはとてもかわいかったんですもの。
名前は、ヴィクトリア・グローリーロードといいますの。なんか、きれいなひびきですのね。
ヴィクトリアっていうのは、うつくしいとか、かわいらしいとか、そんないみがありますの。
わたくしのなまえは、シャルロッテは……聖女、らしいですわ。
でもわたくしは……聖女よりも、かわいらしい女の子だっていわれたかったですわ。
だってみんな、わたくしをへんな目で見るんですのよ。
ちょっとめずらしいステータスだからって、なんですのよ。
わたくしは人間なんですのよ。帝国の道具でも、兵器でもないんですわよ……!
ヴィクトリアのように、ふつうがよかったのです。
ヴィクトリアのステータスは平均よりも高かった。それくらいでよかったのですわ。
政治的な目はこわいのですわ。
ちがうんですの。わたくしが欲しいのはやさしい目なんです。
ただ、あいされたいだけなんですの。
帝国歴1575年 ▽年 ◇日
妹は七歳になりましたわ。わたくしも十六歳になりましたの。
十八歳が成人ですから、わたくしももうすぐ大人。魔術学院の……期待の的。
ずっと日記が書けなかったのは、ずっと大人たちに振り回されていたからですわ。
昨日は、魔物を倒しに行っておりました。
どう見ても、侯爵家令嬢にさせる事ではございませんわ。
けど……皇太子さまにお会いできましたわ。とてもとても、麗しきお姿でした。
もしかしたらわたくしは、一目惚れしてしまったのかもしれません。
わたくしは、類稀なるステータスを持っている……お近づきになれるかもしれませんわ。
このステータスを誇りに思ったのは、人生で初めてかもしれませんわ。
でも……兵器として使われるなんて、嫌ですわ。
もしわたくしが皇太子さまとご一緒になれるのだとしたら、憧れの王妃様になれるのだとしたら、穏やかに、静かに、過ごしたいですの……。
もう、疲れましたわ。皇太子さまだけが癒しですのよ。
帝国歴1580年 ×年 X日
隣国が兵を起こしましたわ。我が大帝国アルファは決して揺らぎませんのよ。
返り討ちにされるに決まっていますわ。さほど心配はしておりません。
唯一気がかりなのは、わたくしが戦場に駆り出されるかもしれないという事です。
もちろんさすがに戦えとは言われないでしょうが、わたくし、治癒魔術が使えるのです。
もしかしたら後方支援に回されるかもしれない。
本当に政治的道具としか見られてないのですわね。
わたくしの妹は―――、ヴィクトリアは、愛されているのに。
そうそう、ヴィクトリアも成長しましたのよ。くりっとした可愛らしい目が印象的ですわ。
もう幼馴染とか魔術学院の男たちにモテモテですのよ。
適度に成績も優秀だし……わたくしみたいに、バケモノみたいな成績じゃ、ないし……。
いけないですわ、妹に嫉妬はよくありませんの。
でも、この前皇太子さまとお話しているのを見かけましたわ。仲がよろしいのかしら。
また、奪われるのですか。
ヴィクトリアが生まれる前はわたくしにも笑ってくれた家族が奪われて。
ヴィクトリアが生まれる前は笑いかけてくれた友達さえも、奪われて。
ヴィクトリアが生まれる前はよく笑い合っていた幼馴染も、奪われて。
ほんの少し前まで一緒に任務をこなしていたわたくしの癒し、皇太子さまさえも、奪われるのでしょうか。
最も、そもそも所有してなどいないのですが……わたくしは、おかしいのでしょう。
ああ、ヴィクトリア……あなたにあるものは、わたくしにはないのです。
帝国歴1581年 ―――。
戦争が長引いておりますわ。そろそろわたしも後方支援に行かされそうですわ。
でも、皇太子さまが戦争に出ることになったのです。
ならば、むしろ後方支援に行きたいくらいですわ。
ところでわたくし、こんな出来事を見かけたのです。ヴィクトリアが皇太子さまとお話しているときでした。
『えぇっ!? そんな、危険ですよ!』
『いいや、大丈夫さ。僕はこれでも、戦争にはニ、三回程行っているからね。それで実績を積んで、皇太子まで上がって来たようなものだ』
『でも、私は貴方が怪我をされるのは嫌です! 私を後方支援に回してください!』
『本当かい? あぶないぞ、貴族の令嬢が行っていい場所ではない』
『いいえ行きます! 私は確かに突出した才能はありませんが、この間ヒーリングを扱えるようになったんです!』
『おや、本当かい? きみは才能があるかもしれないね。じゃあ……任せようかな……でも、もう一度忠告するけど、危険だよ?』
『それでも行きます! 例え皇太子さまが何と言っても譲りません! 安心してください、死んだりしませんから。皇太子さま前で戦ってる限りは!』
『それは……無事に戻ってこないときみに怒られそうだ』
素直に、いいなあと思いました。まるで先輩と後輩と言われてもいいくらいに親しかったのです。勿論、その会話は人気のないところで行われていましたわ。
でもそんなのどうでも良かったのですわ。わたくしは、わたくしは。
なんでもヴィクトリアに譲ってきましたわ。家族の中での立ち位置も、友人も、大切だと思っていた僅かなものさえ、全て。
けど、皇太子さまは、嫌……。わたくしだって、もっと仲良くなりたいのです。
わたくしは、わたくしは……! ヴィクトリア……皇太子さま……。
帝国歴1590年
戦争が終わらない。
戦争が終わらない。
戦争が終わらない!
わたくしは連日後方に駆り出されております。貴族の令嬢だろうがなんだろうがもう関係ないのでしょう。
我が大帝国の領土を求めて、今度は様々な国が団結して攻め込み始めているのですわ。
皇太子さまによると、もう十年は続くのではないか、だそうです。
わたくしはもう成人。
大人にならなくてはならない。
皇太子さまとの任務は増えた。たぶん、九年前のヴィクトリアくらいには仲良くなったんじゃないかなあとは思いますわ。
けど、ヴィクトリアは既に敬語を使っておりませんでしたの。いつだって、彼女はわたくしの先を行く。
彼女が文武両道の普通の天才美少女だとすれば、わたくしは戦闘のために生まれた化け物であります。
わたくしはあくまで国を救える機械。けど彼女は、大帝国の華。
―――わたくしの方が、才能はあるのに。
帝国歴1591年
なんだか変な薬が撒かれているようですわ。感染すると脳が変になるらしいのです。
他にも能力阻害や、魔術が使えなくなったり、動きが鈍ったりする効果の薬も戦場に撒かれました。
不思議と、敵側には効果がでない薬なのです。
皇太子さまが動きの鈍る薬に感染されたそうです。わたくしはエリクスヒーリングという最上級の治癒魔術をかけましたが、直せませんでした。
どうやらこれは妖術というもので、同じ妖術でしか解けない魔術なのだそうです。
皇太子さまの傷は日ごとに増えていきましたが、妖術による傷は治らず、出来ることは包帯を巻くことのみ。
そして皇太子さまの『癒し』は―――、ヴィクトリア、なのでした。
ヴィクトリア。
ヴィクトリア。
うつくしく、かわいらしいわたくしの妹。
わたくしは、貴方になりたく存じますわ。
帝国歴1592年
皇太子さまが大変な薬に感染なさりましたわ。動くことも困難らしいですの。
わたくしの力が不足しているのが、悔しい……。
ですから、こう思いましたの。
だったら妖術を身に着ければいいと。幸いわたくしは才能が……嫌という程の才能が、ある。
だからそれくらい容易いものでしたわ。
世界の禁忌だろうが知るものですか。皇太子さまを救えるのなら構いませんわ。
学ぶほど三カ月、わたくしはついに皇太子さまを治すことができたのですわ。
ですが、皇太子さまのお部屋におかゆを運びに行く途中――、ヴィクトリアと彼の声が聞こえてきました。
なんでいつもわたくしばかり、こんな声が聞こえてしまうのでしょう。
『無茶をするから、こんなことに……。最初から、あなたを行かせるんじゃなかった!』
『怒って、いるのかい……?』
『怒ってるよ! だって殿下が無茶するか―――』
『ごめんね、ヴィクトリア』
『ひぁ!? で、殿下! 私のようなものを抱き締めたりするのは!』
『ヴィクトリア、自分なんかって言わないで。きみが僕のために怒ってくれて嬉しかったんだ』
『で、殿下』
『フランって呼んで』
『ふ、ふらん……?』
『うん、それでいい……今は、このままでいさせて……好きなんだ、きみの、ことが……』
『え? 殿下? 殿下ーっ!?』
わたくしは、おかゆを落としてしまいそうでしたが、平静を装ってなんとか乗り切りました。
今まではごまかしていたのですが、もう無理なようですわ。
ヴィクトリア、わたくしはあなたが羨ましい。
だから、わたくしを恨まないでくださいまし。
だって、皇太子さまとわたくしの仲は、あなたの次にいい。
あなたさえ、あなたさえいなくなれば!
―――だって、わたくしにはもう何もありませんの……。
友達も、家族も、信頼も、愛情も、何もかも―――、あなたのために、捨ててきたのだもの。
だから、返してくださる?
1593年
あはは。
妖術って、ほんとーに、凄いんですのね。
お水に入れたら、あの子、凄く苦しんでましたわ。わたくしだって、きっと知らないでしょう。
死にはしないですわ。
けどもう二度と……二本足では立てませんわよ。ヴィクトリア……。
わたくしは明日、戦場に出ることを申し出る。
だって皇太子さまが戦争に復帰するなんて言うんですもの。だから、一緒に―――。
ヴィクトリアは立ち上がれない。なら皇太子さまと一緒に居られるのは、わたくしですわ!
1595年
うそ、でしょう。
なんとか、国外を制圧したのに……内乱が、起きてしまいました。
おまけに首謀者は皇太子さまのお気に入りの臣下ですのよ。
最低ですわ、最低ですわ、最低ですわ!
皇太子さまを、わたくしのフランさまを―――ッ!
傷つける奴はみんな、みんな、皆殺し……ですのよ。
妖術は最強なのです。
1596年
あはは、あはは。
ぜーんいん、殺しちゃいましたわ。
妖術ってほんとーに凄いのね。
妖術はあたまをむしばむって書いてあったけど、ほんとーなのね。
だってなんかすっきりしますもの。
何も考えられませんの。
殺すことしか。だって殺すことが、皇太子さまを守る唯一の術だから。
皇太子さま。
皇太子さま。
ヴィクトリアなんかいらないでしょ? だってわたくし、頼りになりますでしょう?
なんで、にげるの?
1597年
ばかみたい、ばかみたい! どうして? どうして?
どうしてヴィクトリアにかけた術が治っているの?
神の加護なんて信じられませんわ!
ねえ。
ねえ。
皇太子さま―――! わたくしを信じてくださいまし。
あなたも。
あなたも。
あなたも―――! わたくしを裏切るんですのね――――!
なら全員殺しつくしてやる。
皇太子さまも、ヴィクトリアも、全員!
1597 V月 N日
しっぱい、しましたわ。
わたくし、こーたいしさまに、やいばなんて、むけられません、でしたわ。
にげかえって、しまいました。
だって、こーそくされちゃったから。
こーたいしさまはおうさまになるんだって。
だって、おーさま、わたくしがころしちゃったから。
わたくし、しぬんだって。
『きみがそんな人間だとは思わなかったよ、失望した』
だって。
あははは。あはははははは。
わたくしだって思いませんでしたわ。
あはははははははははははははははははは―――――――――――!
たすけて
〇
こうして、帝国の民の殆どを殺しつくした令嬢の人生は幕を閉じた。
フラン皇帝はその後、反乱国を統一し新帝国を築き上げた。
多くの国の反乱を退け己の力としたフラン皇帝。そして、愛の力で妖術をはねのけ皇帝と一生を終えた民の母ヴィクトリア皇妃。
二人はずっと先の未来まで讃えられ、時には神話として語られるほどとなった。
では、シャルロッテは。
名を消され、存在を消され。ついには捻じ曲げられ。
ついには、二度と名を挙げられることなどなかった。
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