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2章
地味子の日常
「高倉さん、これやっといて。私定時に帰るからさ」
「はい」
会社で大卒のキラキラ港区系女子、営業部の立花ミホに顎で使われるのにも、慣れた。
毎月ネイルやまつ毛エクステをして、日々ハイスペックな男子を追い求める肉食女子。根っから陰キャでコミュ障の千紗とは対極の──。
趣味は合コンとクラブ巡り。最近ではSNSでインフルエンサーなるものをやっているという。
──インフルエンサーだかインフルエンザだかなんだか知らないけど意地悪な性格をなんとかしてほしい……。
千紗は目立つのは嫌いだし、身バレを恐れて元から地味な服装を一層地味にして、伊達メガネまでかけている。
地味でダサく群れる仲間もいない千紗は、格好のマウント対象だった。
だが変に目立って目をつけられるよりは、馬鹿にされているほうが気楽というもの。
早く終わらせるため、仕事に集中していると、キラキラ女子軍団が遠巻きに話しているのが聞こえてきた。
「ちょっとー合コンだからって、バイトにあんな仕事任していいわけー?」
「いいの、いいの。 あの子にどうせ予定なんかないんだからさっ! どうせお金もないし、彼氏もいないでしょ。無駄に仕事は早いし文句言わないから便利だよね。今流行りのAIみたいだよね。あの子」
「言い過ぎだよー、あはは」
聞こえている。けれど気にしない。
なにせ、千紗には世界に20万人のリスナーがいる。演奏も認めてくれる。
人の目なんかもうどうだっていい──だからなんとでも言えばいいんだ。
自分に言い聞かせはしたが、悔しい気持ちは多少ある。
父親が急死しなければ、自分もあんなふうにキラキラした生活があったのだろうか。
いや、性格的にそれは絶対ないのだが、安定した暮らしができるのは羨ましい。
きっと立花は将来は、エリート男を捕まえて、六本木辺りのタマワンに住んでトイプードルを飼い、子供に凝った名前をつけて、たくさん習い事でもさせるんだろう。
僻み根性丸出しの妄想を膨らませながら、千紗は、仕事を終わらせた。
「あれ、その仕事高倉さんがしたの?」
「あ、はい。バイトがしたらまずかったですか」
声をかけてきたのは、この会社の部長の井村だった。
「それ立花さんに頼んだんだけど、高倉さん時間大丈夫なの? 契約五時までだよね」
「すぐ終わります」
部長といっても、ベンチャーだからまだ若い。年齢は三十そこそこ。千紗の十歳上だ。
整った顔に浮かぶ爽やかな微笑みは、テレビに出ている芸能人と比べても遜色ない。
すらりと背が高く物腰もスマートで、仕事もできる。甘い顔立ちに柔和な笑みを浮かべて、常に周りへの配慮を忘れない。
要するに誰しも認めるハイスペックなイケメンだった。おまけに人徳までついている。
神は平気で二物も三物も与える。この世は不平等だ。そんなことはとっくに知ってはいるが、いざ目の当たりにするとやるせなくなるし、やる気も失せるからあまり直視したくない。
健康的な色気があるし、話もうまく、いかにも順風満帆に生きてきましたみたいな顔をしている。こういうオールマイティに器用になんでもこなせるタイプには、不幸のほうが逃げていきそうな気がする。
千紗は、モテない女あるあるで、イケメンが苦手だった。
リア充が苦手な千紗は、井村部長や立花をなるべく視界から除外している。
「まずくないんだけどさ、残業させてごめんね」
「いえ時給分は頂きますし。もう帰るので」
千紗が一礼すると井村に呼び止められた。
「あのさ。よかったらどう。お礼に食事でも」
「私、帰ったらやることがあるんです」
この男がモテるのは、千紗のような地味なバイトにもこういう気遣いを欠かさないところだろう。
立花も狙っている。めちゃめちゃ狙っている。見るからに狙っている。
食事に誘うのもただのサービスなのだろう。口説かれているわけではないのはわかるが、周囲に誤解されては困る。
千紗が地中のモグラなら、立花はアマゾンにいるオオアナコンダである。正面から対峙しても、丸のみされるだけである。目をつけられたら大変だ。それに井村みたいなお人好しは、肉食女子に持っていかれるものだと相場は決まっている。
現実に王子様がいたとしても、おとなしく控えめなシンデレラより、ガツガツした姉にもっていかれるに違いない。日陰に咲く花など、誰も目にとめないのだ。
水と油のように決して交わることのない人生。
だから食事なんかしてバレたら怖いし、忙しいので断る。
それにこんな人と食事しても、なにを話せばいいかわからなくて味もしないことだろう。
今や動画配信者は星の数ほどいて、更新頻度が下がるとあっというまに忘れられてしまう。
動画を上げない日でも、演奏の準備をしたり、PCで音源を作ったり、コスプレの着こなしを考えたりで忙しいのだ。
千紗は絶世の美女ではないのだが、いわゆる男好きのするタイプで、昔から痴漢やストーカーなどの性被害には山ほど遭ってきたし、そのせいで女子に敵視されることも多かった。
女の嫉妬は、垢ぬけた美人がもてた時ではなく、冴えない地味女にラッキーが訪れた時に猛烈に向けられるのだ。
だから身バレ防止も兼ねて、一層地味にしている。
くわばらくわばら。
「はい」
会社で大卒のキラキラ港区系女子、営業部の立花ミホに顎で使われるのにも、慣れた。
毎月ネイルやまつ毛エクステをして、日々ハイスペックな男子を追い求める肉食女子。根っから陰キャでコミュ障の千紗とは対極の──。
趣味は合コンとクラブ巡り。最近ではSNSでインフルエンサーなるものをやっているという。
──インフルエンサーだかインフルエンザだかなんだか知らないけど意地悪な性格をなんとかしてほしい……。
千紗は目立つのは嫌いだし、身バレを恐れて元から地味な服装を一層地味にして、伊達メガネまでかけている。
地味でダサく群れる仲間もいない千紗は、格好のマウント対象だった。
だが変に目立って目をつけられるよりは、馬鹿にされているほうが気楽というもの。
早く終わらせるため、仕事に集中していると、キラキラ女子軍団が遠巻きに話しているのが聞こえてきた。
「ちょっとー合コンだからって、バイトにあんな仕事任していいわけー?」
「いいの、いいの。 あの子にどうせ予定なんかないんだからさっ! どうせお金もないし、彼氏もいないでしょ。無駄に仕事は早いし文句言わないから便利だよね。今流行りのAIみたいだよね。あの子」
「言い過ぎだよー、あはは」
聞こえている。けれど気にしない。
なにせ、千紗には世界に20万人のリスナーがいる。演奏も認めてくれる。
人の目なんかもうどうだっていい──だからなんとでも言えばいいんだ。
自分に言い聞かせはしたが、悔しい気持ちは多少ある。
父親が急死しなければ、自分もあんなふうにキラキラした生活があったのだろうか。
いや、性格的にそれは絶対ないのだが、安定した暮らしができるのは羨ましい。
きっと立花は将来は、エリート男を捕まえて、六本木辺りのタマワンに住んでトイプードルを飼い、子供に凝った名前をつけて、たくさん習い事でもさせるんだろう。
僻み根性丸出しの妄想を膨らませながら、千紗は、仕事を終わらせた。
「あれ、その仕事高倉さんがしたの?」
「あ、はい。バイトがしたらまずかったですか」
声をかけてきたのは、この会社の部長の井村だった。
「それ立花さんに頼んだんだけど、高倉さん時間大丈夫なの? 契約五時までだよね」
「すぐ終わります」
部長といっても、ベンチャーだからまだ若い。年齢は三十そこそこ。千紗の十歳上だ。
整った顔に浮かぶ爽やかな微笑みは、テレビに出ている芸能人と比べても遜色ない。
すらりと背が高く物腰もスマートで、仕事もできる。甘い顔立ちに柔和な笑みを浮かべて、常に周りへの配慮を忘れない。
要するに誰しも認めるハイスペックなイケメンだった。おまけに人徳までついている。
神は平気で二物も三物も与える。この世は不平等だ。そんなことはとっくに知ってはいるが、いざ目の当たりにするとやるせなくなるし、やる気も失せるからあまり直視したくない。
健康的な色気があるし、話もうまく、いかにも順風満帆に生きてきましたみたいな顔をしている。こういうオールマイティに器用になんでもこなせるタイプには、不幸のほうが逃げていきそうな気がする。
千紗は、モテない女あるあるで、イケメンが苦手だった。
リア充が苦手な千紗は、井村部長や立花をなるべく視界から除外している。
「まずくないんだけどさ、残業させてごめんね」
「いえ時給分は頂きますし。もう帰るので」
千紗が一礼すると井村に呼び止められた。
「あのさ。よかったらどう。お礼に食事でも」
「私、帰ったらやることがあるんです」
この男がモテるのは、千紗のような地味なバイトにもこういう気遣いを欠かさないところだろう。
立花も狙っている。めちゃめちゃ狙っている。見るからに狙っている。
食事に誘うのもただのサービスなのだろう。口説かれているわけではないのはわかるが、周囲に誤解されては困る。
千紗が地中のモグラなら、立花はアマゾンにいるオオアナコンダである。正面から対峙しても、丸のみされるだけである。目をつけられたら大変だ。それに井村みたいなお人好しは、肉食女子に持っていかれるものだと相場は決まっている。
現実に王子様がいたとしても、おとなしく控えめなシンデレラより、ガツガツした姉にもっていかれるに違いない。日陰に咲く花など、誰も目にとめないのだ。
水と油のように決して交わることのない人生。
だから食事なんかしてバレたら怖いし、忙しいので断る。
それにこんな人と食事しても、なにを話せばいいかわからなくて味もしないことだろう。
今や動画配信者は星の数ほどいて、更新頻度が下がるとあっというまに忘れられてしまう。
動画を上げない日でも、演奏の準備をしたり、PCで音源を作ったり、コスプレの着こなしを考えたりで忙しいのだ。
千紗は絶世の美女ではないのだが、いわゆる男好きのするタイプで、昔から痴漢やストーカーなどの性被害には山ほど遭ってきたし、そのせいで女子に敵視されることも多かった。
女の嫉妬は、垢ぬけた美人がもてた時ではなく、冴えない地味女にラッキーが訪れた時に猛烈に向けられるのだ。
だから身バレ防止も兼ねて、一層地味にしている。
くわばらくわばら。
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