【完結】完璧上司の裏の顔~親の借金返済のため、内緒でエッチなコスプレで動画配信していたら、実は熱烈なファンだった上司に求婚された件

香月律葉

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14章

動き出す恋心

 千紗は、病院にいる母親のベッドの横で神妙な顔をしていた。
 もともと、お茶の先生をしていて、千紗にもしっかりとした教育を施したがっていた。千紗はオタクで音楽好きの父の影響をより強く受けてしまったが、母は真面目で厳格な人だった。
女子たるもの、折り目正しく、清らかに生きるべしという価値観を持っている古いタイプの人間だった。
 あいにく千紗はそういう大和撫子的な性格ではなかったが、母の前だと今でも背筋が伸びる。

 ──あんなカッコして動画出してるのバレるとかものすごい気まずい……。ものすごい叱られるんだろうな、それに病気が悪化しそう。親不孝しちゃったな。

「千紗。ニュースで動画出してる女の子が襲われたって見たの。顔は出てないけどすぐにあなただってわかったわ。母親だもの」
「はい。心配かけてごめんなさい」

 気まずい沈黙。母の悲しそうな顔を見て、胸が痛む。

「ごめんね……私が倒れてから、弁護士さんとのやりとりもあなたに任せてしまって。今回のことがあって聞いたの。あなたが月々の返済減らしてもらったから大丈夫だって言ってたの、嘘だったのね」

 千紗は母親が倒れてから、借金の整理を頼んでいる弁護士に頼んで、細かなやりとりは母親を通さないことにしていた。
 千紗は東京で正社員の仕事をして、少額ずつ返済できることになったから、父との思い出の自宅を売却せずに済むと嘘をついていた。
 何度も家を売って、借金は整理しようと母は言ったが、千紗が首を縦に振らなかった。

「あなたの動画、全部見たわ」

 穴がなくても掘って、地球の裏側まで逃げたい気分だった。人生でこれほどの辱めはあるだろうか。
 がっくりとうなだれた千紗を見て、母は意外な言葉を言った。

「素敵な演奏だった。お父さんとはタイプが違うけれど、聞いててワクワクした気持ちになったり、切なくなったり目が離せなかった。あんなに音楽に引き込まれたのは久しぶり」
「え?」

 衣裳のことを言われなくて、拍子抜けした。もともと父の影響でギターも幼少期から弾いていたが、母の勧めで小学生の時から三味線も本格的に習いだしたのだ。

「私ね、お父さんが死んでがっくり来ちゃって。それが体にも変調をきたしてこんなことになって、千紗が一人で頑張ってたのに、本当にだめね」
「いや、病気は仕方がないよ」
「ううん。あなたが襲われたのはショックだった。お金のことも背負わせてしまった。それは本当に後悔してるの。病は気からって言うしね。元気出さなきゃ」
「うん……心配かけてごめんなさい」
「あのね。もう家は売りましょう。それでお金は返せるでしょう。思い出は心の中にあるから、だからもう形にこだわらなくていいのよ。あなたもこっちでゆっくり暮らしたらいいじゃない」

 母の実家は北海道で牧羊業を営んでいて、千紗もしばらくこちらで世間の目から離れてゆっくりしたらいいということを言われた。広大な敷地があるので、人を忍んで暮らすことも可能だ。
 そのほうが母のためにもなるのかもしれない。会社でも千紗のことは噂になっていることだし。
 家を売ったら、父親の思い出も消えてしまうような気がしていた。
 父の部屋に寝転んで、父の好きなものを吸収した日々。幸せな記憶だった。
 母の言うとおりなのはわかっている。家を残しても父が帰ってくるわけではない。
 今までのようなしんどい生活をしないで、自分の食い扶持だけ稼げばいい。

 ──もしお金の心配がなかったら……。

 やっぱり音楽がやりたいな。別にエッチな格好しなくてもいいわけだし。でも家を売っちゃって本当に後悔しないのかな。
 縁側でした線香花火とか、庭で飼っているメダカとか、父の書斎にまだ残っている好きな漫画だとか、色々なものが目に浮かんだ。
 北海道にいたほうが、穏やかな暮らしができるのはわかっている。
 千紗はいつもの癖で田吾作に相談しようとスマホを取った。

 ──あ、でも田吾作さんは井村さんなんだった。
嘘をついて別人の振りして近づいてきたことには複雑な想いを抱いていたが、一緒にいるいちに彼の誠意が本物であることはわかってきた。
でなければ、身の危険を顧みず千紗を助けたりはしないはずだからだ。
──いい人だったな。夜は結構しつこいけど。
ちょっと、いやかなり変だけど、田吾作としても千紗のことをいつも心配してくれていた。
 ──電話、してみようか。

「あの、井村さんですか」
「うん。待ってた。無事着いた?」
「はい。なんか色々あって、帰ったらお話してもいいですか?」
「それって……期待していいのか? 待って、やっぱり聞くのはやめておく」

 声を聞いて気づく。この人が好きだ。もう一度会ってちゃんと自分の気持ちを確かめよう。

「ちゃんと言うから、待っててください」
「今なんて?」
「続きはオフラインで」
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