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2章:滑轍ハイウェイ
21日目.目撃
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本当なら笑ってもおかしくないくらいシンクロしたが、到底笑えなかった。僅かな沈黙を先に破ったのは、彼の方だった。
「何で居るの?兄さん。」
「仕事だよ。それよりも、もう三週間近く滞在しているけど、ようやく対面だよね。何処で何やってるの?青空。」
返すついでにそう質問を投げかけるが、彼の方は返す素振りを見せなかった。
「聞こえているか?」
「聞こえてはいる。……職業柄、詳しくは話せないね。別に怪しいビジネスに手を染めてるとかはないから。」
「誰もそんな風には思っていないよ。俺だって、仕事のことについてそんなに話していないし。」
「あーそう。なら良かった。」
そう言って、彼は気怠げにリビングに行って荷物を降ろしていた。
「相変わらず無愛想だな……。変な方向に捻くれてなくて良かったと言うべきか……。」
以前夕焚に言われた事を思い出して、そう呟いた。
青空もあの崩落事故以来、深い傷を負った人の一人。表向きでは元々あんな感じの性格ではあったが、芯は思いやりのある人だった。
__________________
早瀬青空。俺の二つ下の弟で、少し不憫な子だった。
彼は思いやりを持って人に接しられる心優しい子であった反面、感情表現がとても苦手で、いつも冷たい対応に見える言動をしてしまっている。
それがコンプレックスとなって人と関わる事を諦めて、小学二年にして早々に心を閉ざそうとした。
「……青空、ずっと引きこもっていても、未来は変わらないぞ。君の居場所を見つけにい………」
「兄ちゃん、頼むから構わないでくれ……。ここが自分の居場所、それで充分だから……。」
彼が不登校になって一週間した頃から、俺は彼を気にかけては部屋に訪れていたが、いつまで経っても開かずの扉のままで、すぐに払いのかれてしまう。
父は単身赴任で不在だし、母は家事も一人でこなして飲食店の経営もしていたので、この頃からお互いがあまり干渉しない生活を送っており、家族関係があまり良いとは言えていない。
仲が悪い訳でもないし、愛情を込めて育ててくれていることは伝わってくるのだが、何処か遠慮というか隔たりを感じていた。
環境は俺達を少々早く大人にした。あまりにも早すぎてしまったのだ。
ある日のこと。下校をしている時に二年生の子が俺に声をかけてきた。
「あの、青空君のお兄ちゃんだよね?」
「そうだよ。」
「先生が貯まったプリントを渡したいから兄弟によろしくって言っていたよ。」
「そう…ありがとう。」
渡されたプリントを受け取ると、その子は立ち去ろうとしたが、俺は一つ気になる事があったため、その子を引き留めて尋ねた。
「君は青空の事をどう思ってるの…?」
すると彼は立ち止まって振り向いて、こう返してくれた。
「友達になりたいと思ってるよ。だって今年になってからずっと顔を出してないんだもん。」
この時に確信した。この子の目に偽りや偽善は感じない。年相応の純粋無垢な子の中でも、特に純粋だって。
彼なら、青空の光になってくれると思った。
「なら、会ってみない?友達に。」
青空が小学三年生になった時、彼はあの子……光君とは親友という関係になっていて、他の友達も出来たようで充実した学校生活を送れていた。
相変わらず感情表現にはまだ違和感があるけど、彼を深く理解してくれた友達とは良好な関係が続いていた。
あの日、青空と光君を会わせて本当に良かったと心の底から思ったし、弟が楽しそうで一安心していた。
しかし、悪夢の日は訪れてしまった。何百人もの命を壊し、不特定多数の人々に衝撃を与え、脳を破壊したあの崩落事故の犠牲者に光君はなってしまった。
当時高二の俺が二十四まで引きずった出来事だ。中三の彼の心は木っ端微塵になっていた。
俺も相当…というには物足りないくらいのショックを受けていたが、青空のことが心配だったため意を決して自室から出て、彼の部屋の扉の前に立った。
しかし、手が震えて身体はいう事を聞かず、ノックすることなく立ち尽くしていた。
「………今なら分かるよ青空。居場所がないって、こういう事なんだな……。」
もう二度と戻らない。喧嘩をした時や絶縁しかけた時とは違っていくら謝っても、いくら探しても、絶対に戻ることはない。
少なくとも、俺が上京するまでの約二年の間、青空は冷え切っていた。
__________________
あの様子を見る限りだと歪んでは無さそうだが、希望を感じていないのはすぐに分かる。
青空との急な再開でそう色々と思い出してしまったが、そろそろ眠気を感じてきたため俺はリビングで用事を済ませて部屋に戻った。
シャワーを浴びて一段落した青空は自室に向かう時に玄関前を通った。その時、彼は靴の数が多いことに気がついた。女性向けの黒のワーク・ブーツだ。
「母さんの……では無さそう。愛と結にはまだ早い……誰か他に居るの…?」
疑問には思ったものの、“自分には関係のないこと”と考えて、彼は足早にその場を去った。
しかし、和室の部屋の扉の前に紙が落ちているのを目撃して、彼はそれを手に取った。
「兄さん関係の物なのかな?ええと……ッ!」
“兄が学者をしているのは知っているが、一体何をやっているのだろう”そんな好奇心で内容に目を通すと、彼の中で複雑な心情が生まれた。
「……偶然?…な訳がない。家族も友人も後輩も見捨て逃げるようなあの恥兄に恒夢前線を調べようと思える度胸があるはずが…!……そうとも言い切れないのかも。仕事関係とはいっても、精神状態がほぼ再帰不能に近かったあの兄なら破棄しそうだ。……なら、本当に決心したというのか……?」
自問自答を繰り返しているうちに、彼の頭の中で全てが繋がった。
「ん?これまでの一件の流れ……兄さんが関連しているとしたら色々と話が……」
まだ憶測には過ぎないがあまりにも辻褄が合いすぎてそうとした考えられなくなった青空は、すぐに蓮斗の部屋へ行った。
青空がそっと扉を開くと彼は既に就寝していた。
色々と物色すると勘付かれそうだと感じた青空はノートパソコンだけ持ち出して自室に戻った。
「なるほど……そういう調査を……」
仕事用と思わしきファイルの横に、明らかに不自然なファイルがあったため、青空はその内容を確認した。
それで確信に至った彼は会長に連絡を入れて後、眠りに就いた。
床に直敷きした布団で眠っていたはずだが、何やら柔らかい。自然に目が覚めると、そこは知らない天井だった。
「は…!ここ自室じゃない!」
辺りを見渡すとそこは知らない部屋。困惑の色を隠せず挙動不審になっていると、扉が開いてある人物が入ってきた。
「目が覚めましたか……兄さん。」
「青空……ここは何処だ。何を考えている。その口振りだと、お前が何かやったのは揺るがなさそうだが。」
「ここですか。そうですね……自分の職場というのが適切でしょう。」
「……一体それに何の意味があるのだか。青空、俺はお前を信用していた。お前もやっぱり壊れていたのか……。」
「“お前”…ですか……。兄さんからその言葉が出ることって、中々ないよね。今は完全に自分を怪しんでいるみたいだ。自分から言わせてもらうと、兄さんもだいぶ変わりましたよ。六年………人は変わるものだよ。良い方向にも、悪い方向にも。」
「お前は変わらなよな……今でも引きずっているようだ。」
「兄さん、それブーメランですよ。その場を離れたいくらい苦痛で色褪せた残りの高校生活を送っていたじゃん。」
「………はぁ…。」
このままでは埒が明かない。青空が変わってしまった事だけはよく分かった。夕焚が言っていた“心の壊れ方が尋常じゃない”ということの意味が今ならようやく理解できる。
「ひとまず、この状況を望んだ人と話がしたい。一対一じゃ不毛な会話にすらならな……」
すると、扉が開いてもう一人、見覚えのある人物が入ってきた。
俺は驚きを隠せなかった。まさかこの人がだなんて、記憶を遡っても思わなかったから。
「おいおい………脳裏にも浮かばなかったぞ。まさか君とは……聡。」
「六年間心配だったなぁ…。久しぶりの再会の味はどうですか?蓮斗先輩。」
西城聡はあの頃と変わらないような、それでいて意味有りげなような雰囲気でそう挨拶をした。
「何で居るの?兄さん。」
「仕事だよ。それよりも、もう三週間近く滞在しているけど、ようやく対面だよね。何処で何やってるの?青空。」
返すついでにそう質問を投げかけるが、彼の方は返す素振りを見せなかった。
「聞こえているか?」
「聞こえてはいる。……職業柄、詳しくは話せないね。別に怪しいビジネスに手を染めてるとかはないから。」
「誰もそんな風には思っていないよ。俺だって、仕事のことについてそんなに話していないし。」
「あーそう。なら良かった。」
そう言って、彼は気怠げにリビングに行って荷物を降ろしていた。
「相変わらず無愛想だな……。変な方向に捻くれてなくて良かったと言うべきか……。」
以前夕焚に言われた事を思い出して、そう呟いた。
青空もあの崩落事故以来、深い傷を負った人の一人。表向きでは元々あんな感じの性格ではあったが、芯は思いやりのある人だった。
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早瀬青空。俺の二つ下の弟で、少し不憫な子だった。
彼は思いやりを持って人に接しられる心優しい子であった反面、感情表現がとても苦手で、いつも冷たい対応に見える言動をしてしまっている。
それがコンプレックスとなって人と関わる事を諦めて、小学二年にして早々に心を閉ざそうとした。
「……青空、ずっと引きこもっていても、未来は変わらないぞ。君の居場所を見つけにい………」
「兄ちゃん、頼むから構わないでくれ……。ここが自分の居場所、それで充分だから……。」
彼が不登校になって一週間した頃から、俺は彼を気にかけては部屋に訪れていたが、いつまで経っても開かずの扉のままで、すぐに払いのかれてしまう。
父は単身赴任で不在だし、母は家事も一人でこなして飲食店の経営もしていたので、この頃からお互いがあまり干渉しない生活を送っており、家族関係があまり良いとは言えていない。
仲が悪い訳でもないし、愛情を込めて育ててくれていることは伝わってくるのだが、何処か遠慮というか隔たりを感じていた。
環境は俺達を少々早く大人にした。あまりにも早すぎてしまったのだ。
ある日のこと。下校をしている時に二年生の子が俺に声をかけてきた。
「あの、青空君のお兄ちゃんだよね?」
「そうだよ。」
「先生が貯まったプリントを渡したいから兄弟によろしくって言っていたよ。」
「そう…ありがとう。」
渡されたプリントを受け取ると、その子は立ち去ろうとしたが、俺は一つ気になる事があったため、その子を引き留めて尋ねた。
「君は青空の事をどう思ってるの…?」
すると彼は立ち止まって振り向いて、こう返してくれた。
「友達になりたいと思ってるよ。だって今年になってからずっと顔を出してないんだもん。」
この時に確信した。この子の目に偽りや偽善は感じない。年相応の純粋無垢な子の中でも、特に純粋だって。
彼なら、青空の光になってくれると思った。
「なら、会ってみない?友達に。」
青空が小学三年生になった時、彼はあの子……光君とは親友という関係になっていて、他の友達も出来たようで充実した学校生活を送れていた。
相変わらず感情表現にはまだ違和感があるけど、彼を深く理解してくれた友達とは良好な関係が続いていた。
あの日、青空と光君を会わせて本当に良かったと心の底から思ったし、弟が楽しそうで一安心していた。
しかし、悪夢の日は訪れてしまった。何百人もの命を壊し、不特定多数の人々に衝撃を与え、脳を破壊したあの崩落事故の犠牲者に光君はなってしまった。
当時高二の俺が二十四まで引きずった出来事だ。中三の彼の心は木っ端微塵になっていた。
俺も相当…というには物足りないくらいのショックを受けていたが、青空のことが心配だったため意を決して自室から出て、彼の部屋の扉の前に立った。
しかし、手が震えて身体はいう事を聞かず、ノックすることなく立ち尽くしていた。
「………今なら分かるよ青空。居場所がないって、こういう事なんだな……。」
もう二度と戻らない。喧嘩をした時や絶縁しかけた時とは違っていくら謝っても、いくら探しても、絶対に戻ることはない。
少なくとも、俺が上京するまでの約二年の間、青空は冷え切っていた。
__________________
あの様子を見る限りだと歪んでは無さそうだが、希望を感じていないのはすぐに分かる。
青空との急な再開でそう色々と思い出してしまったが、そろそろ眠気を感じてきたため俺はリビングで用事を済ませて部屋に戻った。
シャワーを浴びて一段落した青空は自室に向かう時に玄関前を通った。その時、彼は靴の数が多いことに気がついた。女性向けの黒のワーク・ブーツだ。
「母さんの……では無さそう。愛と結にはまだ早い……誰か他に居るの…?」
疑問には思ったものの、“自分には関係のないこと”と考えて、彼は足早にその場を去った。
しかし、和室の部屋の扉の前に紙が落ちているのを目撃して、彼はそれを手に取った。
「兄さん関係の物なのかな?ええと……ッ!」
“兄が学者をしているのは知っているが、一体何をやっているのだろう”そんな好奇心で内容に目を通すと、彼の中で複雑な心情が生まれた。
「……偶然?…な訳がない。家族も友人も後輩も見捨て逃げるようなあの恥兄に恒夢前線を調べようと思える度胸があるはずが…!……そうとも言い切れないのかも。仕事関係とはいっても、精神状態がほぼ再帰不能に近かったあの兄なら破棄しそうだ。……なら、本当に決心したというのか……?」
自問自答を繰り返しているうちに、彼の頭の中で全てが繋がった。
「ん?これまでの一件の流れ……兄さんが関連しているとしたら色々と話が……」
まだ憶測には過ぎないがあまりにも辻褄が合いすぎてそうとした考えられなくなった青空は、すぐに蓮斗の部屋へ行った。
青空がそっと扉を開くと彼は既に就寝していた。
色々と物色すると勘付かれそうだと感じた青空はノートパソコンだけ持ち出して自室に戻った。
「なるほど……そういう調査を……」
仕事用と思わしきファイルの横に、明らかに不自然なファイルがあったため、青空はその内容を確認した。
それで確信に至った彼は会長に連絡を入れて後、眠りに就いた。
床に直敷きした布団で眠っていたはずだが、何やら柔らかい。自然に目が覚めると、そこは知らない天井だった。
「は…!ここ自室じゃない!」
辺りを見渡すとそこは知らない部屋。困惑の色を隠せず挙動不審になっていると、扉が開いてある人物が入ってきた。
「目が覚めましたか……兄さん。」
「青空……ここは何処だ。何を考えている。その口振りだと、お前が何かやったのは揺るがなさそうだが。」
「ここですか。そうですね……自分の職場というのが適切でしょう。」
「……一体それに何の意味があるのだか。青空、俺はお前を信用していた。お前もやっぱり壊れていたのか……。」
「“お前”…ですか……。兄さんからその言葉が出ることって、中々ないよね。今は完全に自分を怪しんでいるみたいだ。自分から言わせてもらうと、兄さんもだいぶ変わりましたよ。六年………人は変わるものだよ。良い方向にも、悪い方向にも。」
「お前は変わらなよな……今でも引きずっているようだ。」
「兄さん、それブーメランですよ。その場を離れたいくらい苦痛で色褪せた残りの高校生活を送っていたじゃん。」
「………はぁ…。」
このままでは埒が明かない。青空が変わってしまった事だけはよく分かった。夕焚が言っていた“心の壊れ方が尋常じゃない”ということの意味が今ならようやく理解できる。
「ひとまず、この状況を望んだ人と話がしたい。一対一じゃ不毛な会話にすらならな……」
すると、扉が開いてもう一人、見覚えのある人物が入ってきた。
俺は驚きを隠せなかった。まさかこの人がだなんて、記憶を遡っても思わなかったから。
「おいおい………脳裏にも浮かばなかったぞ。まさか君とは……聡。」
「六年間心配だったなぁ…。久しぶりの再会の味はどうですか?蓮斗先輩。」
西城聡はあの頃と変わらないような、それでいて意味有りげなような雰囲気でそう挨拶をした。
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