亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

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5章:紅の並木道

43日目.屋根下

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 扉をノックすると、咲淋は慌てた様子で扉を開いた。

 「丁度良かった。見て欲しいものが……!」

 咲淋に部屋の中へと入れられ、俺は彼女がパソコンを準備するのを窓の外の雲の様子を見て待っていた。
 すると準備が終わったようで、彼女は普段観測結果を記録しているファイルを開いて見せてきた。

 「これは……!」

 「そうなの。雲が赤く染まった付近の時刻から、降水量が上がっているだけでなく、平均気温が下がっているの。そのうち息絶える動植物も出てくるかもね。……厄介なのは、原因が突き止められないこと。」

 「………。」

 摩訶不思議な事故こそ何度も起こってきたが、これほどまでに顕著なものは初めてだ。
 
 「ここまで頑張って調査してきたけど……そろそろ怖くなってきたわね。私達が海や宇宙について探索が進んでいないように、これも迷宮化している。何世紀も先の技術がないと手に負えないものだったのかも……」

 「……そんなことないよ。化学に基づいているはずなのに、不可解なことも起こったりする不思議なもの。それが咲淋にとっての天気だって言ってた。だけど、一歩も進まなかった訳じゃないでしょ。近づけてるよ、確実に。」

 「近づけてるのは私だって分かってる。これ以上触れていいものなのかが分からないの。好奇心で勝手に独り歩きしていいのかが……」

 彼女の心境は大体察した。不思議とは言っても、今の恒夢前線は前例の型から大きく外れているため、流石に恐怖心を煽られているのだろう。あまりにも現実とは思えない事態が目の前で発生しているため、下手に動けないと感じているはず。
 花の亡霊の存在を認知しているから未知の恐ろしさを感じていないだけであって、俺も現状には怖さを感じている。大多数は俺以上に恐怖心を抱いているはずだ。
 
 とはいえ、俺も恒夢前線と花の亡霊が関係していることが分かっているだけで、詳細は知らない。咲淋の力を借りたい場面はまだあるはず。
 
 「咲淋、実は………」

 俺は呪いのことについて、伏せるところは伏せつつも出来る限り詳細に話した。



 「花の亡霊………オカルトチックになってきたわね…。」

 「やっぱり信じられない?」

 「いいえ、目の前の景色が全部物語ってる。海外だと実際にポルターガイストとかあるからね。」

 どうやら信じてはもらえたようだ。

 「そうか。……多少なりとも危険が伴うかもしれないけど…大丈夫か?」

 「ええ。あの赤い雲は精神的にも良くない。原因が分からなければ、解決策も出せない。それにやっぱり……好奇心が勝る!」

 「咲淋はどんな時も咲淋だなぁ……」

 この状況でも彼女はブレない。だが、今はそれが頼もしい。

 「頼りにしてるよ。……さて、俺は夕焚や野村さんにもこの話をしてくる。引き続きよろしくね。」

 「行ってらっしゃい。」

 俺は部屋を後にして、夕焚の家に向かった。







 家に到着した後、俺は夕焚に今の状況を説明した。

 「なるほど……それが赤い雲の正体で、恒夢前線にも関係があると…。副作用とかは大丈夫なのですか。最悪の場合が想定されるのなら、本部を通して住民の避難要請を出しますが……」

 「場合によっては…な。まだ副作用の有無も分かっていないし、元々有害かもしれない。毒性とかみたいな直接的なものではないけど、見ての通り豪雨だ。気温も低下している。把握してるのはそれくらいだけど、これだけとも考えにくい。それも含めて、咲淋からの続報待ちだ。とりあえずは現状維持で、市長の判断に委ねる。」

 唐突伝えられた非現実的な事実に彼は驚きながらも、すぐに平常心を取り戻して対応策について訊ねてきた。
 理解が早いのは、俺としては助かる。

 「というか、すぐに信じてくれたね。現実主義者はもう過去の君か?」

 「…今は信じる他ありえない状況なだけです。恒夢前線が異常な停滞前線であることは前提として頭に入っています。これ関連の話なら、“呪い”も視野に入りますよ。実際、恒夢前線はある日突然姿を現したと聞いているでしょう。」

 「ああ。だけど、詳細な日時は闇の中。少なくとも、俺達の親世代に物心が芽生えた時には存在していたらしいけどね。」

 そうこう話しながら夕焚は片手でパソコンを準備しており、ネットワークが繋がったようだ。

 『やぁ、昨日ぶりだね。……今日は不穏な朝だ。』

 すると、野村さんとリモートで繋がったようだ。

 「やっぱりサイキッカーはお見通しですか?今の状況も……。」

 『勿論さ。この動きは全く想定出来なかったが、掴み所がない訳じゃない。ただ、少し時間が必要になる。それまでの間、待てる余裕はあるかい?』

 「余裕があるかは分かりません……。ですが、あれの効力を弱める術を俺は知っているかもしれません。それを試してみたいので、時間はあまり気になさらず。野村さんは、呪いの解明に尽力してください。」

 そう言うと野村さんは何か察したのか、急に瞑想をした。



 五秒ほどかかり、野村さんは目を開いて俺に伝えた。

 『君の探しているものへの鍵は、ショッピングモール跡地を横切る並木道にあるようだよ。早瀬君、頑張れ。』

 「はい。野村さんこそ。」

 そうして、野村はリモートを切った。
 すると、夕焚はパソコンを閉じて、俺に言った。

 「貴方達がそれぞれにしか出来ないことをやっている中、俺だけ何もしない選択肢なんてありません。蓮斗さん、何かお手伝いが必要なことはありますか?」

 「いいや、特別なことは望んでいない。皆これまで通りに動けばいいんだ。夕焚には引き続き、崩落事故のヒントを探ってほしい。それと……恒夢前線の生成時期の特定もお願いしたい。これは過去の情報量が豊富な君にしかできないことだ。」

 恒夢前線の所出にこそ、何かヒントが隠されていると俺は睨んでいる。クロユリの情報が少なすぎるため、それに何か繋がれば良い。
 
 「分かりました。解明に結び付くような出来事を見つけ出してみせます。」

 彼はやる気充分なようで、快く引き受けてくれた。

 「住民の様子はTCCが伺ってくれているはずです。彼らは我々にとっては弊害ですが、悪ではありませんから。なので心配せずに、我々は我々のすべきことをしましょう。」

 「そうだな。夕焚の言う通りだ。」

 TCCは自治の延長線上に位置していて、治安維持も担当している真っ当な組織だ。この状況に対するケアなどもしてくれているはず。
 聡も青空も、人間味はちゃんと残っているため、緊急時なら信頼しても大丈夫だ。

 「……じゃあ、お互い頑張るぞ。」

 「はい。健闘を祈ってますよ、蓮斗さん。」

 士気を上げるためにも俺達は拍手を交わして、その場を別れた。







 長く広い道路。そこから枝分かれした一本の並木道の入口に立ち、俺は呟いた。

 「ほぼ毎日のように通ってきた道だけど、帰郷後は行ってなかったから高校卒業以来かな…?……全部、色褪せてしまったけどね。」

 ロケットペンダントの中身をチラ見しては、俺の中で様々な感情が交差した。守れなかったという後悔と、三度は同じ過ちを繰り返さないという意志が。

 「那緒……君との再会を思い描いて、俺は戦うよ。」

 そう口に零して並木道へと一歩踏み出すと、枯れ木は紅葉に彩られた。
 後ろを確認すると、まるでバリケードのように瓦礫の山が立ち塞がっていた。これまで同様、後戻りはできない。後戻りする気もない。
 右足から前に出し、俺は紅の並木道を前進した。
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