亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

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4章:想疎隔エレベーター

42日目.侵蝕

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 運命なんて誰にも分からない。それはいい意味でも“悪い意味”でも。
 その日も何事もない日常の風景だった。まさか、その日が最期になるなんて微塵も思うはずがなかった。



 部活が延長されたため、気付けば日が沈みかけ、交通量も多い時間帯になっていた。しかし普段と変わらずに、俺と那緒は一緒に帰宅していた。

 「けっこう長引いたな……どのくらい待ったの?」

 「私も延長だったしそんなにだよ。三十分くらいじゃない?」

 「ちょっと申し訳無い……。」

 「全然大丈夫。一分でも多く蓮斗と居られるなら待てるよ!」

 「那緒……一年前から変わったな…発言も反応もね。」

 「流石に慣れたよ。隙あらばいじわるしてくるからね~。」

 一年前の入学当初と比べて、彼女は明らかに耐性が出来ている。だけど、その分貴重な表情となったので攻めがいがある。
 
 「あぁ、今更だけど俺やばい奴かもしれない。」

 「周知の事実だよ!」

 「ですよね……」
 
 ふと過去を思い返して、笑い合った。遠い記憶からの付き合いだけど、俺と那緒はずっと仲良しだ。時にはトラブルもあったものの、今となってはそれも人生の糧だ。
 一喜一憂、色々な経験を積み重ねてきた。これからもそのノートに新しい経験が書き足されていくものだと思っていた。

 「全体像が見えてきたよね。ショッピングモール!」

 そう言って彼女が指差したものは建設中のショッピングモールだった。
 この町の玄関口を駅とするならば、ここはハブとなるだろう。住宅地と商業地を繋ぐ大通り。こんな時間だと、少し渋滞している。
 
 「この広さなのに渋滞してるのすごいよね。利便性の欠片もない。まぁ、ここ使わないと遠回りになるからどっちもどっちか。」

 大通りを経由しない場合、複雑な道を進んでいく必要があるため、所要時間自体はあまり変わらない。
 
 「私達はこっちを使った方が早いけどね。」

 高校の位置は住宅地から少し外れた場所であり、この大通りを通学路とする学生が非常に多い。
 開発が進んでいるこっちの方は色々な設備が充実しているが、住宅地の方は割と田舎だ。なのでこの道にはお世話になっている人も多いだろう。

 「あれ?ちょっと建物が傾いてきていない?」

 そんな事を考えながら歩いていると、那緒はそう指摘した。

 「……確かに。…ッ!離れよう!」

 「う、うん!」

 異変に気付き、俺達はすぐさま後退った。その二秒後、バランスが崩れたショッピングモールは倒壊した。それも、渋滞中の道路の方へ。
 
 「きゃぁー!」 「うわぁぁ!」

 ものすごい音を立てて、破片や砂埃が飛び散る。それらが周囲の人々を襲い悲鳴が木霊する。まさに地獄絵図だった。
 下敷きになった人々に救いがないのは言うまでもなかった。

 「……ッ!那緒!」

 すぐに離れたため下敷きになるという最悪の状況は免れることが出来た。しかし、倒壊した反動で飛び散ったけっこう太い鉄パイプが那緒の下半身を巻き込んだ。

 「蓮斗……私は大丈夫……」

 「大丈夫な訳ないだろ!待ってろ、すぐにそいつをどかして……」

 「貴方なら分かるよね……あのスピードで飛んできた金属に轢かれたら致命傷だって……」

 「……くっ!」

 正直、無理だとは分かっていた。だけど諦める訳にはいかなかった。
 鉄パイプが邪魔で見えないが、恐らく那緒は相当出血した。しかも、そんなに長くは保たない上に被害者はこの量だ。第一に優先されるのは救われる可能性が高い命だ。
 状況から考えても、間に合うはずがない。

 「……蓮斗…これは誰のせいでもない。生きていたら、そういうこともあるよね……!」

 瀕死の状態にも関わらず、那緒はそう笑いかける。俺の不安を払拭するためだろうか。情がない。

 「……ごめん、本当にごめん!…守ることが出来たのなら、君はこうならなかった。」

 「……結果論だよ、そんな事。蓮斗…私の事はもういいから、生きて。……生涯、貴方の隣にいるのが私だったら……良かったんだけどなぁ…………」

 「ッ!那緒!那緒!…那…緒……?」

 すると、那緒の温度は失われた。俺はその場に膝を着き、手を地面に叩きつけて嘆いた。

 「ふざけるなよ……本当にふざけるなよ!俺達はただ、平穏な日常を送れればそれでいい。余計なことは求めていないんだよ!………あぁ、神様。何故、俺じゃないのか。俺だったら何回死んでも構わない。だけど、俺一人遺すのだけはやめろよ……。“何故、運命は残酷に邪魔をするの……?”」

 その日、何の予告もなく那緒は亡くなった。俺の精神は壊れ、終いには関係が壊れた。
 人生を狂わせた岐点日。それからしばらくしないうちに、心も思い出も色褪せた。

__________________


__________________




 「はっ!……最悪な悪夢を見た…あんなこと、追体験したくない。」

 フラッシュバックという名の悪夢からは目覚めたが、まだ夢の中に居るようだ。
 すると、那緒が姿を現した。

 『先日はお疲れ様。』

 「そちらこそ。」

 既にどこかくたびれた様子の那緒にエレベーターでの事について訊こうとしたが、彼女が先にその名を口にした。

 『花の亡霊「クロユリ」。そいつが呪いの正体だよ!……ッ!』

 「那緒!」

 刹那、先日見た異形の影が現れて、鎖で那緒を拘束した。

 『ようやくだ。ようやく鬱陶しい影を捕獲できた。少しずつ侵蝕していって正解だった。お陰でお前は自ら私の名を呼んだ。私の名を呼ぶのは、私と同じ“呪花のみ”だ。』

 『うぅ………あああ!…れん…と……』

 「那緒!」

 鎖から禍々しい光が発せられ、人影は塵となり花弁が一枚舞い落ちた。
 眩しさで伏せていた目を開くと、天使とも悪魔とも言い表せるような神々しくも禍々しい人の形をしたものが、異形の居た場所を羽ばたいていた。

 「那緒を何処にやった……」

 『邪魔者は消えた。これで私の積年の想いが……』

 「答えろ!」

 そう強く叫ぶと、そいつは黙り込んだ後に口を開いた。

 『あの女なら、何処かに咲いているはずだ。だが、まだ身体に馴染まない。なお抵抗するとは愚か者だ。花の亡霊胡蝶シザンサス。』

 「……那緒はお前について話すことを拒んでいた。それでも、俺に伝えて散って行った…いや、俺に託した。……お前が呪いの元凶なのは知っている。お前は何者だ“クロユリ”。」

 『いい質問だ。今のお前になら話す価値に値するだろう。私はシャドードロップを束ねる亡霊。憎悪などの浄化されず地上に留まり続けた魂を喰らい生誕した。お前達が恒夢前線と呼んでいるものこそが、私の主砲だ。』

 「何故…俺達を引き裂いた。俺達だけじゃない。他の人々も、だ。」

 『より多くの魂を喰らい、力を増幅させるためだ。お前達に執着した理由は二つ。吸収を逃れた挙句、私を浄化しようとしたこと。“幸福の破壊”こそが唯一の娯楽だからだ。二度も約束を守れなかった滑稽な人間が。』

 「……おい。言いたい放題言っていいのか。俺はお前を消すぞ。那緒も本来行くべき場所に見届けなければならないし。」

 こいつを野放しにする選択肢はない。発言の一つ一つや行いから、そう感じざるをえなかった。
 すると、クロユリは  ふっ  と笑って応えた。

 『早瀬蓮斗。お前をターゲティングした。元よりしているが、集中的に狙ってやろう。呪花は残り三本。どちらが先に消えるか、見ものだ…。』

 すると空間が歪み、夢から追放された。

__________________

 目が覚め、すぐさまカーテンを開いた。すると、真っ赤に染まった雲から強い風雨が吹き付けるという異質な光景を目の当たりにした。

 「シザンサス……那緒、君らしいよ……。」

 そう口に零して、俺は咲淋の元へと向かった。
 クロユリの発言からしても、崩落事故はあいつ自身が引き起こした、もしくは関係しているとみて間違いない。
 やる事自体は何一つ変わらないが、これからは一筋縄ではいかせてくれないだろう。
 
 「受けて立つよクロユリ。最後には、“全部”解明して、好き放題できなくさせてあげるから。」

 静かな怒りを心に留めて、俺は改めて目的達成を強く誓った。
 
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