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5章:紅の並木道

45日目.一区切り

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 家に到着した後、俺は自室で肩の力を抜いて情報を整理していた。

 「帰ってきたみたいね。」

 「…咲淋!いつの間に部屋に……」

 「集中して気がついていなかったのね……」

 ぼそっとそう呟いて、咲淋は床に腰掛けて楽な姿勢を取った。

 「突然、空が元通りになったのだけれど、蓮斗の推察は当たっていた感じ?」

 「行動が読まれてたか……。まぁ…そうだね。呪花が恒夢前線などが引き起こす力の源であることは、薄々感じていたよ。…ビンゴだった。」

 この摩訶不思議な事故の数々は、呪花が鍵を握っているということは、那緒の発言や夢堕ちから目覚めるトリガーであることから確信めいたものではあった。
 
 「呪花……その正体こそ未知だけど、花の亡霊に通ずる何かだとは思っている。俺が有力視しているのは、呪花イコール花の亡霊なんじゃないかなって。」

 「何故そう思うの?」

 「夢堕ち空間は、巻き込まれている人の心が反映されている。思い返してみれば、対応する呪花の意味もリンクしていたよ。……呪いは魂を喰らうことを目的としているようだけど、もう一つ、増殖も企んでいるように見えるんだ。」

 クロユリの行いには確かに愉快犯の一面もある。けれど、奴は那緒を取り込んだのにも関わらず、まだ完全に消え去っていないことを仄めかしていた。
 抵抗していると言っていることからも、そうであるに違いない。

 「増殖…ね……」

 すると、咲淋は思考を巡らせている素振りを見せた。



 「うん、まとまった。」

 しばらくして、咲淋は頭の整理が終わったらしい。

 「一個人の見解を聞いただけで理解できるものなのか……」

 「逆よ。理論で語れないからこそ、実体験のある人の感性が重要なの。蓮斗だって硬く考え過ぎずに調査をし続けてきたからこそ、ここまで情報が集まってきたのでしょ?」

 どこかで聞いたことがあるような彼女の言い回しに俺は頷き、ノートパソコンを開いた。

 「……じゃあ、そろそろ答え合わせがしたい。分かるよ、そのテンション高さは、納得のいくところまで解明できたってこと…だよね?」

 「流石、よく分かってるー!……リモートを繋げてくれる?」

 そう言って渡されたUSBを受け取って挿し込んだ。その後、夕焚と野村さんとリモートを繋げて、一同が集結する状態となった。

 「…見ての通り、空は戻った。俺が事故?…というか異変を解決したことが影響していると思う。それで、咲淋が恒夢前線についてほとんど解析が済んだっぽいから連絡を繋げた。」 

 すると、二人は少しだけど驚いた。

 『驚きました。我々が長い期間を経ても少ししかヒントを得られなかったというのに……天才は違いますね。』

 「決して私だけの成果じゃないよ。夕焚君達が基盤を整えておいてくれたから、スムーズに進んだの。ありがとう。」

 『いえいえ…貢献できたようで良かったです。』

 『それじゃあ聞かせてくれるかな?月輪さんの思う恒夢前線を。』

 野村さんがそう言うと、同じ空間に居ないながらも全体に真剣な空気が流れた。
 咲淋はファイルを開いて画面を共有しながら、話し始めた。

 「まず、雲が赤くなっていた原因なんだけど、恒夢前線の全ての層に舞っている微粒子の影響だってことが分かったの。今回に限らず、目に見えないだけでずっとあったっぽい。その濃度が上がった結果、雲が赤く染まって見えてたってこと。」

 『ちなみに、その微粒子は公式に存在が確認されているものなのですか…?』

 「私は見たことがないよ。蓮斗は知っている?」

 咲淋は微粒子の詳細がまとめられた資料を見せながらそう訊ねてきた。
 しかし、俺も知らないものだった。単に知識不足なだけかもしれないが、この現象の前例を聞いたことがない。

 「知らないな……。だけど、類似するものも分からない。単に俺の知識不足かもしれないけどね。」

 「……そこそこ化学をかじっている蓮斗でも知らないから、特有のものと割り切った方が早いと思う。」

 『はい。それで、その微粒子の及ぼす影響は何か分かっているでしょうか?』

 「ええ。この微粒子は水滴などにも含まれているようで、物体の強度を落とす効果が確認できている。また、これまでも雲に赤い膜が張られていたみたいで、これには催眠作用があったことが考えられる。雨が降り続ける理由は、この微粒子が大気中の水分を惹きつけて、水滴になったからだと思うよ。」

 どうやら、これで全てのようだ。まだ謎な部分も多いけど、多分これ以上は今は調べられないだろう。

 「微粒子が原因の大半を占めてるようだね……異常気象や雲の構造についての説明はできそうか?」

 「ううん、お手上げ。」

 「そこまで分かれば上出来だよ。この感じだと、異常気象も微粒子が関係していると無理矢理こじつけられる。」

 『肝心なのは、微粒子の正体…ですよね……』

 正直、言わなくても四人意見は満場一致だろう。花の亡霊による不思議な力によって呪われた気団こそが恒夢前線の正体だ。
 
 「天気は心の鏡。仮に呪われているのなら、条件なんて関係ない。気まぐれだよ……」

 しばらく沈黙が流れたが、咲淋がそう打ち切った。

 「そうだよね……真相を暴くためには、痕跡を辿るしかない。とりあえず、今日は一旦これで終わろうか。本格的に崩落事故の調査にシフトする。」

 『はい。そうしましょう。』

 「野村さん、呪いと並行して微粒子についてもお願いできますか?」

 『勿論。』

 「よろしくお願いします。」

 それから適当に近況報告をして、お開きとなった。







 「なんかごめんね。折角恒夢前線のことを沢山調べてくれたのに、あんまり活用してあげられなくて。」

 リモートも終わってパソコンを閉じ、俺は咲淋にそう謝罪した。

 「大丈夫よ。私が好奇心で調べたものだからね。……根本的な原因である微粒子の所在については全く掴めなかったけど、ちゃんとそれが現象が起こる理由になってることは分かったから!」

 「まぁ確かに。割と怪奇現象に近いのに、何処からともなく……っていう感じじゃないのは意外だったかも。………クロユリさえ祓えば、解決にも復讐にもなるか…」

 最後に小さな声でそう口に零して、目的達成へのロードマップを最認識するのであった。
 崩落事故の真相を解明することと、呪花を全て摘み取って再びクロユリに接触すること。この二つを達成する中で、恒夢前線を掻き消すヒントが見つかるかもしれない。
 
 「なんだか当初の目標から歪んでいってる気がするけど、別にいいか。謎が生んだ謎を解明するだけの話……。」

 俺はまた明日からに備えて、いつの間にか咲淋が去っていた自室で眠りに就いた。







 TCCの本拠地にて、聡と青空は空模様を伺っては焦りを感じていた。

 「住民に自宅待機指示を出して正解でしたね。食前に散歩をしてきましたが、水溜まりがまるで血溜まりみたいになっていましたよ。……それで会長、どう動きますか?空模様は普段通りになりましたが、同時にそれは兄さんがまだ追求することを意味します。」

 「………先輩なら、案外やってくれるか?……かと言って放置もできないか。引き続き彼らの動向を探らせろ。」

 「はい。」

 そうして青空が業務に戻り、聡が部屋で一人になって呟いた。



 「先輩も目をつけられましたか……“クロユリ”に………」




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    最終章:亡花の禁足地
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