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最終章:亡花の禁足地
48日目.覚悟
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「…げほっ………ものすごい勢いだった……」
夕焚が叫んでくれたお陰で、すぐに動けて間一髪のところで巻き込まれずに済んだ。
突風が止み後ろを振り向くと、そこには“あの日”見た地獄絵図が広がっていた。
「嘘……だろ…?嘘だと言ってくれよ……!」
雪崩れてきた瓦礫から飛び出す複数人の手足。よくよく周囲を見渡してみると、二十人程度は居たはずのTCCの職員の姿は片手で数えられるほどしか居なかった。
すると、瓦礫の下でまだ辛うじて意識がある青空が目に入った。
「青空…!」
俺はすぐさま青空に駆け寄り、瓦礫を持ち上げようとした。しかし、人が出せる力では到底持ち上げられそうになかった。
「そうだ、付近を掘削して少しでも軽く………」
「……気にしないで兄さん………いいんだ…これで…」
今にも息絶えてしまいそうな弱々しい声で、彼はそう言った。
「はは…放っておけるわけないだろ………対立こそしていても、これは戦争じゃない。死ぬなんてあり得ないんだよ……。…君はこれから、変わらないといけない。だから、未来を繋ぎ留めないと……!」
「兄さん……道具を準備している時間はあるの……?」
「………くっ…」
肺より下が完全に埋もれている。まだ喋ることはできるようだが、それも時間の問題だ。掘削が終わるより前に息絶えてしまうだろう。
目の前でまだ生きているのに、命の砂時計が落ち切るのをじっと待つことしかできない自分の無力さを痛感した。
「……何故?運命はいつもいつも………」
気付けば、そう言葉を漏らしていた。
「怒らないで………運命は、いつも微笑んでは……くれない…兄さん、ブーメランだよ。二人とも…被害者だ……」
__________________
兄ちゃんは、部屋に閉じ籠もって出てこない自分に、友達を紹介してくれた。それからは徐々に登校することに抵抗が無くなって、楽しい学校生活を送ることが出来ていた。
数はそれほど多くないけど、友達も少しずつ増えていき、中学校に上がる時には人間関係が理由で不登校だったことなんてすっかり忘れてしまうほど、人間関係も良好だった。
最初の友達だった光君は、ずっと親友として、一番の良き理解者として傍に居てくれた。
だけどある日、崩落事故が起きた。光君や他の友達は部活が延長だったので、一人で帰って家に居た。
リビングでくつろいでいると、少し離れた場所から何やら轟音が聴こえた。
「……何事?」
慌てて外に出て、音のした方を見渡した。目に入ったのは、通学路としてお世話になっている大通りから砂煙が昇っている光景だった。
「山火事?…そうには見えない……何だろう、何かが足りない感じ……」
目に見える光景と記憶の中の光景を比較してみた。すると、その違和感にすぐ気付いた。
「あれ…ショッピングモールが……無くなっている……?」
確かショッピングモールには時計塔のようなものがくっついていて、この住宅地の方からも見えていた。
今はそれが見えない。砂煙で隠れているだけかもしれないけど、位置関係が合わない。
すると答え合わせの如く、スマホに緊急メールが入ってきた。
『午後五時四十七分、建設中ショッピングモールが倒壊する事故が発生しました。また、付近の山で雪崩が起きていることも確認出来ています。関連性は現在調査中ですが、付近にお住まいの方々は避難することを推奨いたします。』という内容であった。
「あれが…その……皆大丈夫かな……」
仮に部活が五時半くらいまで延長だったとすると、タイミングによってはあの大通りの丁度ショッピングモール前の辺りを歩いていることになる。
強い不安を抱きながらも、そんな運命に見放され過ぎたことなんて起こるわけないと上から塗りつぶして、家の中に戻った。
午後七時。兄さんが中々帰ってこないことに悪寒を感じていた。
「兄さん遅い……大丈夫かな…?」
そう口に零してソファでじっと座っていると、当時三才の愛と結が心配そうな顔をして駆け寄って来た。
「二人とも……大丈夫。兄さんは粘り強いか…ら……」
二人の不安を払拭しようとそう言うけど、自信がなくて声が落ちていってしまった。自分自身も不安だから。
「母さん……少し散歩してくる。」
「大通りの方には行っちゃ駄目よ?雪崩の危険があるからね。」
「安心して……行かないよ。」
そう言って、靴に履き替えて外に出た。別に大通りの様子を見に行こうとしているわけじゃない。そんな度胸なんてない。
ただただ不安で気持ちが悪いから外の空気を吸いたいだけだ。
およそ三十分程度散歩をして、家に帰って来た。途中で兄さんに鉢合わせることもなく、ただ歩いてきただけだった。
勿論、家に帰ってきても兄さんの姿は無かった。
「本当に大丈夫……?」
思わずそう呟き、不安が膨れ上がってきた。そんな感情を抱いたまま夕食、風呂を済ませて眠りに就いた。
夜一時頃、物音に気が付いた自分は起きてしまった。
「…誰か居る……もしかして…」
物音がしたのは兄さんの部屋からだ。彼の部屋をそっとノックしてみた。しかし、反応が無かった。
「兄さん…居るの…?」
恐る恐るそう声を掛けると、扉が少しだけ開かれて、顔を見せずに声だけが返ってきた。
「俺は生きてるよ。……しばらくは放っておいて。」
「……母さんには伝えておく?」
「今はいい。気持ちが整理できたら…自分で伝える。」
「…分かった。」
事情を察した自分は、すぐに自室に戻って眠りに就いた。
翌日、中学校に行っても光君の姿はなくて、放課後にメッセージを送ったけど既読はつかない。
「……きっと体調を崩して寝込んでるだけだ。きっと…きっと……」
既に嫌な予感しかしていなかったけれど、自分にそう言い聞かせていた。安否確認が取れていないけど、まだ死んだと決まったわけじゃない。
何処かで今も生きている。そう信じていた。
不安に刈られた日々をしばらく過ごしたていた。崩落事故発生から六日後の朝、未だに消息不明だった光君の行方は確定した。
「は……?…そう……やっぱりそうだったんだね………」
新聞に記載されていた死亡者・行方不明者の名簿。その中には、光君の名前も含まれていた。
正直、分かりきっていた。だけど、僅かな可能性を信じ続けていた。その可能性すらも今、途絶えた。
あれから、以前と同じように心を閉ざした。就職するために高校と大学には進学してしっかり通っていたけれど、心の底からの友好関係は一切築かなかった。
最早、卒業するために単位を取りにいくだけの機械と化していた。
そんなある日、兄さんの後輩だった聡さんが訪問してきた。
「ちょっと話さない?」
「…はい……」
彼が自分の元を訪れてきた理由は、彼が運営する組織TCCで働いてほしいというお誘いをするためだった。
「……という業務内容だ。地域公認の組織で、優秀な人材を欲している。…夢があるなら是非それを叶えてほしいけど、こんな就職先もあるんだと候補に入れてくれると嬉しい。」
あまりのプレゼン上手さに、心を惹かれていた。彼は自分と同じような境遇でありながらも、自分にはないものを持っていた。
家族を充分に養えるだけの収入があり、特に目指しているものも無かったので、TCCで働くことを決意した。
それからの凄まじい成長によって半年近くで空席だった副会長に選ばれた。
地域管理という仕事は想像よりも楽しくて、ここに就職して本当に良かったと思っている。
__________________
「……二人とも被害者…か……そうだな。青空の言う通りだ。思わず、ブーメラン発言をしてしまったよ。」
そう言いながら俺は作り笑いをする。既に青空の呼吸は苦しそうになっていて、時間があまりないことを示している。
そんな中、彼は最後の力で声を出した。
「……自分は今から、光君の元へ向かいます。兄さんは…何十年か後に来てください。自分が言えることではないけど……信じた道だけを…進ん……で………」
そして、青空は息を引き取った。俺はそっとその場を離れて、拳を握りしめた。
「蓮斗さん……」
夕焚が待っている解錠された扉の方へ歩み、夕焚に対して俺は言った。
「またしても崩落事故は起きた。でも………次は永遠にこない。何故なら……俺達で全部暴くから。…しつこいかもしれないけど、もう一度訊く。覚悟はいいな?」
「はい。そう言っておきながら、蓮斗さんの方はどうなんですか?」
「俺?当然俺は……覚悟なんてとっくに決まっている!」
もう、悲劇は繰り返させない。今も起きたということは、あの頃から変わらない原因があるはず。
それを暴き出し、あの崩落事故に説明がつくようにすること。それが、“使命”だ。
俺達二人は、真相の眠る禁足地へと足を踏み入れた。
夕焚が叫んでくれたお陰で、すぐに動けて間一髪のところで巻き込まれずに済んだ。
突風が止み後ろを振り向くと、そこには“あの日”見た地獄絵図が広がっていた。
「嘘……だろ…?嘘だと言ってくれよ……!」
雪崩れてきた瓦礫から飛び出す複数人の手足。よくよく周囲を見渡してみると、二十人程度は居たはずのTCCの職員の姿は片手で数えられるほどしか居なかった。
すると、瓦礫の下でまだ辛うじて意識がある青空が目に入った。
「青空…!」
俺はすぐさま青空に駆け寄り、瓦礫を持ち上げようとした。しかし、人が出せる力では到底持ち上げられそうになかった。
「そうだ、付近を掘削して少しでも軽く………」
「……気にしないで兄さん………いいんだ…これで…」
今にも息絶えてしまいそうな弱々しい声で、彼はそう言った。
「はは…放っておけるわけないだろ………対立こそしていても、これは戦争じゃない。死ぬなんてあり得ないんだよ……。…君はこれから、変わらないといけない。だから、未来を繋ぎ留めないと……!」
「兄さん……道具を準備している時間はあるの……?」
「………くっ…」
肺より下が完全に埋もれている。まだ喋ることはできるようだが、それも時間の問題だ。掘削が終わるより前に息絶えてしまうだろう。
目の前でまだ生きているのに、命の砂時計が落ち切るのをじっと待つことしかできない自分の無力さを痛感した。
「……何故?運命はいつもいつも………」
気付けば、そう言葉を漏らしていた。
「怒らないで………運命は、いつも微笑んでは……くれない…兄さん、ブーメランだよ。二人とも…被害者だ……」
__________________
兄ちゃんは、部屋に閉じ籠もって出てこない自分に、友達を紹介してくれた。それからは徐々に登校することに抵抗が無くなって、楽しい学校生活を送ることが出来ていた。
数はそれほど多くないけど、友達も少しずつ増えていき、中学校に上がる時には人間関係が理由で不登校だったことなんてすっかり忘れてしまうほど、人間関係も良好だった。
最初の友達だった光君は、ずっと親友として、一番の良き理解者として傍に居てくれた。
だけどある日、崩落事故が起きた。光君や他の友達は部活が延長だったので、一人で帰って家に居た。
リビングでくつろいでいると、少し離れた場所から何やら轟音が聴こえた。
「……何事?」
慌てて外に出て、音のした方を見渡した。目に入ったのは、通学路としてお世話になっている大通りから砂煙が昇っている光景だった。
「山火事?…そうには見えない……何だろう、何かが足りない感じ……」
目に見える光景と記憶の中の光景を比較してみた。すると、その違和感にすぐ気付いた。
「あれ…ショッピングモールが……無くなっている……?」
確かショッピングモールには時計塔のようなものがくっついていて、この住宅地の方からも見えていた。
今はそれが見えない。砂煙で隠れているだけかもしれないけど、位置関係が合わない。
すると答え合わせの如く、スマホに緊急メールが入ってきた。
『午後五時四十七分、建設中ショッピングモールが倒壊する事故が発生しました。また、付近の山で雪崩が起きていることも確認出来ています。関連性は現在調査中ですが、付近にお住まいの方々は避難することを推奨いたします。』という内容であった。
「あれが…その……皆大丈夫かな……」
仮に部活が五時半くらいまで延長だったとすると、タイミングによってはあの大通りの丁度ショッピングモール前の辺りを歩いていることになる。
強い不安を抱きながらも、そんな運命に見放され過ぎたことなんて起こるわけないと上から塗りつぶして、家の中に戻った。
午後七時。兄さんが中々帰ってこないことに悪寒を感じていた。
「兄さん遅い……大丈夫かな…?」
そう口に零してソファでじっと座っていると、当時三才の愛と結が心配そうな顔をして駆け寄って来た。
「二人とも……大丈夫。兄さんは粘り強いか…ら……」
二人の不安を払拭しようとそう言うけど、自信がなくて声が落ちていってしまった。自分自身も不安だから。
「母さん……少し散歩してくる。」
「大通りの方には行っちゃ駄目よ?雪崩の危険があるからね。」
「安心して……行かないよ。」
そう言って、靴に履き替えて外に出た。別に大通りの様子を見に行こうとしているわけじゃない。そんな度胸なんてない。
ただただ不安で気持ちが悪いから外の空気を吸いたいだけだ。
およそ三十分程度散歩をして、家に帰って来た。途中で兄さんに鉢合わせることもなく、ただ歩いてきただけだった。
勿論、家に帰ってきても兄さんの姿は無かった。
「本当に大丈夫……?」
思わずそう呟き、不安が膨れ上がってきた。そんな感情を抱いたまま夕食、風呂を済ませて眠りに就いた。
夜一時頃、物音に気が付いた自分は起きてしまった。
「…誰か居る……もしかして…」
物音がしたのは兄さんの部屋からだ。彼の部屋をそっとノックしてみた。しかし、反応が無かった。
「兄さん…居るの…?」
恐る恐るそう声を掛けると、扉が少しだけ開かれて、顔を見せずに声だけが返ってきた。
「俺は生きてるよ。……しばらくは放っておいて。」
「……母さんには伝えておく?」
「今はいい。気持ちが整理できたら…自分で伝える。」
「…分かった。」
事情を察した自分は、すぐに自室に戻って眠りに就いた。
翌日、中学校に行っても光君の姿はなくて、放課後にメッセージを送ったけど既読はつかない。
「……きっと体調を崩して寝込んでるだけだ。きっと…きっと……」
既に嫌な予感しかしていなかったけれど、自分にそう言い聞かせていた。安否確認が取れていないけど、まだ死んだと決まったわけじゃない。
何処かで今も生きている。そう信じていた。
不安に刈られた日々をしばらく過ごしたていた。崩落事故発生から六日後の朝、未だに消息不明だった光君の行方は確定した。
「は……?…そう……やっぱりそうだったんだね………」
新聞に記載されていた死亡者・行方不明者の名簿。その中には、光君の名前も含まれていた。
正直、分かりきっていた。だけど、僅かな可能性を信じ続けていた。その可能性すらも今、途絶えた。
あれから、以前と同じように心を閉ざした。就職するために高校と大学には進学してしっかり通っていたけれど、心の底からの友好関係は一切築かなかった。
最早、卒業するために単位を取りにいくだけの機械と化していた。
そんなある日、兄さんの後輩だった聡さんが訪問してきた。
「ちょっと話さない?」
「…はい……」
彼が自分の元を訪れてきた理由は、彼が運営する組織TCCで働いてほしいというお誘いをするためだった。
「……という業務内容だ。地域公認の組織で、優秀な人材を欲している。…夢があるなら是非それを叶えてほしいけど、こんな就職先もあるんだと候補に入れてくれると嬉しい。」
あまりのプレゼン上手さに、心を惹かれていた。彼は自分と同じような境遇でありながらも、自分にはないものを持っていた。
家族を充分に養えるだけの収入があり、特に目指しているものも無かったので、TCCで働くことを決意した。
それからの凄まじい成長によって半年近くで空席だった副会長に選ばれた。
地域管理という仕事は想像よりも楽しくて、ここに就職して本当に良かったと思っている。
__________________
「……二人とも被害者…か……そうだな。青空の言う通りだ。思わず、ブーメラン発言をしてしまったよ。」
そう言いながら俺は作り笑いをする。既に青空の呼吸は苦しそうになっていて、時間があまりないことを示している。
そんな中、彼は最後の力で声を出した。
「……自分は今から、光君の元へ向かいます。兄さんは…何十年か後に来てください。自分が言えることではないけど……信じた道だけを…進ん……で………」
そして、青空は息を引き取った。俺はそっとその場を離れて、拳を握りしめた。
「蓮斗さん……」
夕焚が待っている解錠された扉の方へ歩み、夕焚に対して俺は言った。
「またしても崩落事故は起きた。でも………次は永遠にこない。何故なら……俺達で全部暴くから。…しつこいかもしれないけど、もう一度訊く。覚悟はいいな?」
「はい。そう言っておきながら、蓮斗さんの方はどうなんですか?」
「俺?当然俺は……覚悟なんてとっくに決まっている!」
もう、悲劇は繰り返させない。今も起きたということは、あの頃から変わらない原因があるはず。
それを暴き出し、あの崩落事故に説明がつくようにすること。それが、“使命”だ。
俺達二人は、真相の眠る禁足地へと足を踏み入れた。
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