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Collectors 本編 〜無職になった男はその目で何を見る〜

第3話 接触

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 和也が目を覚ますとそこは暗い闇の中だった。身体を起こして周りを見渡しても何も見えない。

「ここはどこだ? 階段を降りて行けって言ってたけど、降りられたのは確かか……」

 先程のように場所を移動して足を滑らせるのが怖いのだろうか、和也は今いる場所から動くことをしないように、その場に座り込む。

「どうなってるんだ、この店は……」

 そう和也が呟くと自分の周りが少しづつ明るくなっていくのに気付いた。段々と自分の周りの様子が見えてくる様子はどこか朝焼けに似ている。そんな和也の周りの様子は何もなかった。何もないわけではない。和也が座っている地面はある。コンクリートのようなネズミ色をした地面が自分の視線の先、水平線の向こう側まで続いている。また、和也の頭上には星が輝く夜空が広がっているのだが、東西の方に伸びているそれらは段々と黒から赤に変わって行くのが見える。

「な、なんだ? ここは」

 人間として地球に存在する限りこの神秘的な情景を目にすることは出来ないだろう。それぐらい綺麗な景色だ。和也はこの光景をどうにか写真に残そうとポケットから携帯を取り出す。何枚か写真を撮ったところで、空から何かが落ちてくるのが目に入った。しかも一つではない。二つもある。

「ん? 何か落ちて来るぞ」

 和也の頭上に広がる星々の海を記録に残そうとして見つけたそれらは、物凄いスピードで落ちて来ている。自分の頭上には落ちてきそうにないが、おそらく近い位置に落ちるだろう。野球選手が飛球をキャッチする時のように和也は真上を見ながらその場から離れる。しかし、謎の落下物は和也が移動した方向に進路を変更した。何度も移動してみるが、結果は同じである。まるでそれは和也を追跡しているようだ。

「なんでついて来るんだ!」

 そう言って終わりの無い地平線を走っていく和也の目の前に落下物が落ちてきた。それは巨大な白いウサギであり、後足二本で立っている。そしてそれらをよく観察すると、動物というよりは筋肉や皮にリアル感がなく、どちらかというと子供が持つ動物のぬいぐるみのようにも見えてくる。いや、ぬいぐるみである。少し薄汚れた体、目は穴が二つ付いた黒色の丸ボタンが眼球の代わりに付いている。前に和也はリリィの家で同じようなぬいぐるみに襲われる夢を見たことがあったが、このウサギはその時のものによく似ていた。

「お前はあの時の!」

 和也がそう声を上げると、ウサギは無言のまま彼の方に走り出した。ウサギは鈍器を持っておらず可愛らしい丸い手の中に埋め込まれていたのであろう針のように尖った爪を飛び出させると、その爪で和也を引っ掻いてくる。和也はどうにかしてその爪に引っ掻かれまいとボロボロになった身体をどうにかして動かし、ウサギと距離を取る。一つ救いだったことは、ウサギの動きがそんなに速くないということだろうか。
 和也は後方にいるウサギを見ながら距離をとって行く。段々とウサギが小さくなって行くのを確認した時、自分の身体が何かにぶつかり後方に跳ね返った。
「いててて」と目を瞑りながら和也は起き上る。占い師と出会ってから散々な目にしか合っていない

「障害物なんてなかったはずなんだが……?」

 障害物がないことは、暗闇から今いる場所に変化した時に確認した。では和也は何にぶつかったのか。
 恐る恐る和也は目を開けるとそこには先程後ろを走っていたウサギのようなぬいぐるみにそっくりなクマが立っていた。茶色のクマも後足二本で直立していて、首を傾げている。大きさもウサギと同じで二メートル近い大きさがある。
 和也は逃げようかと考え一度は身体を動かそうとするが、恐怖のあまり動けない。このまま突っ立っていたらクマに引き裂かれて確実に死ぬだろう。そう思った時に和也の口から自然と言葉が溢れ出した。

「そこのクマさん。可愛らしいお目々をお持ちでいいですね。プラスチック製の二穴ボタンですかね」

 和也がそう言った刹那クマは雄叫びをあげ、ウサギと同様にまん丸の手から鋭い爪を勢いよく飛び出させると彼に襲いかかった。

――もう駄目だ! 殺される!

 自分が死ぬと和也が確信し目を勢いよく瞑った時、自分の身体が何かにぶつかったような感覚に襲われた。その勢いで吹き飛ばされたのだろうか顔や体に風が当たる感覚がある。
 (ああ、あのクマに吹き飛ばされてこのまま地面に叩きつけられるんだ)
 和也はそう考えながら地面に落ちる、その時を待つ……が一向に落ちない。何かがおかしい。そう思った和也に何者かが話掛けた。

「もう大丈夫だ! お前は俺が守る」


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「遅いのですよ、BJ」

 バーラビリンスの店前に一台のハイエースが停車した。運転席に座るのはアフリカ系アメリカ人のような肌色のドレッドヘアのBJだ。

「ユメちゃんさぁ、頼むぜ。ボスから早く戻るように言われてるんだからさ」

 助手席の窓を開けてBJは猫耳が付いたニット帽を被るユメに言った。先程まで身体中を覆っていたピクチャード・ジャスパー色の電流は綺麗に無くなっている。また手にはノブクリークの瓶が握られている。その様子をみたBJは呆れた表情を見せると後部座席の自動ドアを開けた。

「Oh man! ノブなんて飲みやがって、俺なんてジャックダニエルしか飲んだことないぜ? てか酒を飲みに来たわけじゃないだろ?」

 頭に手を当てながら言うBJにユメは声を荒げる。

「五月蝿いのですよBJ! ここには私たちの敵がいるのです。早くここから立ち去りましょうなのです! ノブはうまくここから逃げきったら飲ませてあげるのですよ」

「ちゃんと後で飲ませろよ」とBJは言うと、ハイエースのアクセルを踏み込んだ。

 BJはバー、ラビリンスが完全に見えなくなるまで車を走らす。住宅街に入り、入り組んだ道をどんどんと進んで行くうちにBJ自身もラビリンスに戻る道を思い出せないくらいに複雑な道を選んで走っていった。

 ユメはニット帽を外し、額に埋め込まれた水晶に集中する。すると水晶がアゼツライトという宝石の色に変わり始める、彼女の目もアゼツライトのような白色に光り始めた。額の水晶が透明な色から白色に濁りだすと、ユメの体を白い電流が走り、全身を包んだ、
 BJはそんなユメの様子をバックミラーで確認すると、もう一度しっかり前方を見直す。
 ユメは数十秒間、その状態を続けると白かった額の宝石はファイブロライト・キャッツ・アイの様な色に変化する。白かった水晶は黒く濁り始め、闇の様な黒色に変化した後、水晶の真ん中辺りに縦長の白い模様が入った。その様子はまるで猫の眼のようで綺麗だが、この色が示す事象はユメとBJを恐怖のどん底に落とす未来への『警告』だった。

「BJ! 敵が来るみたいなのです!」

 黒色に縦長の白い模様が入ったキャッツアイが不気味に輝くユメの眼からは彼女の体を包み込むように電流が走り出す。
 

「さあ……どこからくるのですか……?」

 ユメは周りを見渡しながら戦闘準備に入る。車内から見える範囲を順番に見ながら神経を集中させる

「ユメちゃん! ユメちゃん!」
 
 そんな中BJはユメに話しかけた。

「何なのですか!」

「この先に人が立ってるんだけど! 曲がるとこねーから一旦停止しねーとよ、あいつを引くことになっちまう!」

 そう言うBJにユメは叫ぶ

「うるさいのですよ! 退かないのなら引くのです! 速度を落とさず走りつづけるのです!」

 BJはユメの言葉に驚いた。まさか人を引けと言うとは思わなかったからだ。ユメがヤバイ奴だということはこの仕事に関わる前から知っていた。しかしここまで狂っているとは思わない。ただユメの言うことを聞かないと自分の命がない。BJは素直に彼女の言葉を聞くしかなかった。

「OK……どうなっても知らねーからな」

 そう言うとBJはハイエースのアクセルを強く踏み込んだ。
 今走っているところは住宅街の中。正直道も狭く、ハイエース一台が道路を走ると対向車は横を走れない。そんな狭い道を速度制限を無視して走るBJは法を犯していることなどそんなことを考えている余裕などない。
 目の前には一人の女性がこちらを向いた状態で立ち尽くしているのだが一向に動こうとはしない。徐々に女性とハイエースの距離が縮まっていく。こうなってくると女性とBJのチキンゲームだ。どちらが先に動くか。チキンゲームという直接的な言葉の意味ではなく、BJが先にブレーキを踏むか、女性が動いて車を避けるか……どちらにせよ、ビビった方が負けなのだ。ハイエースの速度が上がり、あと数十秒で女性と車がぶつかるという状況までになった時、ハイエースの屋根の上から変な音がした。ユメはその音に気づきはしたが、そんなに気にしない。
 とうとう車のヘッドランプの明かりで女性の姿がハッキリと見えるほどの距離になった時、ユメとBJは彼女の姿に驚いた。女性は人間ではなかった。案山子のような布と古着で作られた、偽物の女性。服の中には大量に藁でも詰められているのだろう、いたるところから藁が顔を出している。

(やられた)

 そうユメが思った時、車が女性にぶつかった。女性はフロントガラスにぶつかると同時に身体中に積み込まれていた藁を辺り一面に飛び散らかせた。ハイエースのフロントガラスににも藁が飛び散り、降りかかったことで、BJは前が見えなくなる。そんな予期せぬ状況に驚いたBJは速度が出ているにも関わらずハンドルを勢いよく左に回転さる。車体が大きく傾き、ハイエースは横転した。住宅街の狭い道路を塞ぐように車体の右側面を下にした状態で停車した。

「派手に停車するねぇ」

 背の高い金髪の女性が横転している車の側まで来てそう言った。女性は黒いオーバーコートに身を包んだ女性は割れた窓ガラスの欠片を踏まないようにしながらゆっくり歩く。金髪の長髪からアクアマリン色の瞳が輝いている。

「こんなになるとは思わなかったんだけどねぇ」

 女性はただのおとりとしてこの偽物を道路の真ん中に設置しておいたのだが、想像していたもの以上の被害が出てしまったために正直驚いているのだった。しかし、そんな彼女の目つきが一瞬で変わる。

「まだ生きてるみたいだねぇ」

 そう言って女性はナイフを取り出すとハイエースに向かって構える。何か音が聞こえるわけではない。彼女は綺麗に整った鼻で周りの匂いを嗅いだ。車が横転した時のガソリン漏れの影響もあり、辺りはガソリンスタンドのような独特のにおいが漂っているがそんな中でも自分と同類の人間が発するドス黒い匂いを感知したのだった。

「匂いが残ってる」

 そう女性が言うとハイエース全体がピクチャード・ジャスパーの色に包まれ始めた。壊れた部品や割れたガラスが元の形に戻り始め、横転する前の完全な状態へと戻り始める。時が巻き戻されるような不思議な光景に鳩が豆鉄砲を食らったように辺りを見渡した。

「何よこれ……」

 横になっていたハイエースも横転する前の状態に戻り、おとりに使った案山子のような人形も元に戻っている。そして綺麗になったハイエースの自動ドアが開き、車内からボロボロになったユメが姿を現した。

「あんたがミロですね。話は聞いてるですよ」

 
続く

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