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「ある寒い冬の日、おじいさんは町へたきぎを売りに出かけました。すると途中の田んぼの中で、一羽のツルがワナにかかってもがいていたのです。・・・・さてさて、じゃあゆうすけならこんな時どうする?」
「絶対助ける!」

ゆうすけはお母さんに読みきかせしてもらう鶴の恩返しが大好きだ。
優しい声で読んでくれるお母さん。

「ねぇ、おじいさん、あの娘は一体どうしてあんな見事な布をおるのでしょうね。・・・ほんの少しのぞいてみましょう・・・」
「ゆうすけならどうする? 覗いちゃう? それとも覗かないでおく?」
「うーん、覗いちゃうかも。だって気になるし、心配になるんだもん。」

ゆうすけのお母さんはそうやって時々絵本の読み聞かせをしながらも、ゆうすけを楽しませようと、自分がもし物語の世界にいたならどうするか、よく尋ねてくれる。
ゆうすけにはそれがまるで自分も物語の登場人物の一員になれたような気がして、考えるのがとても楽しかった。
そして鶴の恩返しを全て読み終えたあと、お母さんはゆうすけにこう言った。

「この物語を読んでね、お母さんはゆうすけに覚えておいて欲しいことがいくつかあります。」
「何?」
「まず一つ目。これから先、絵本のワナにかかった鶴のように困っている人がいたら、助けてあげれる人になってほしいということ。」
「うん。絶対助けるよ。」
「それと二つ目。私たちの家にはね、先祖代々ずっと受け継いでいる服のおり方があるの。それは小さい頃から一生懸命練習しないと、身につかないほどのとても難しいおり方。それをもうゆうすけには教えるつもりなんだけど、これは覚えておいて。」

お母さんが息を軽く吸ってそして続ける。

「それはそのおり方は家族以外の人には絶対に教えちゃだめってこと。鶴野家(つるのけ)だけの秘密。さっき絵本の鶴がおっているところを知られてしまったからもう家族でいられないって帰ってしまったでしょう?
そのくらい私たちのおり方も鶴のように知られてはならないの。そしてゆうすけはもし自分がおばあさんだったら約束を破ってのぞいてしまうって言ってたわよね、でも、約束だって破ってはいけないものなの。だからこの家族以外の人には教えてはならないっていう約束は絶対に守ってね。」
「分かった」

そうしてこの日からゆうすけはお母さんに、鶴野家だけに伝わる服のおり方を教えてもらうことになった。

ゆうすけの家は先祖代々服屋を経営していた。
お母さんは、いつか生まれてくるゆうすけの弟や妹の服をまだ生まれる前だというのに、よほど楽しみにしているのか毎日大事に大事におっていた。
そして一人っ子だったゆうすけも弟や妹が生まれてお兄ちゃんになるのがすごく楽しみだった。
ある日、その特別なおり方をお母さんに教えてもらいながら、ミシンを幼き手で動かしている最中、ゆうすけの横顔を見ながらお母さんは言った。

「お母さんは弟や妹が生まれて、いつかゆうすけがお兄ちゃんになるの、すごく楽しみよ。・・・ゆうすけも弟や妹に、自分がおじいさんとおばあさんだったらどうするか、いっぱい考えてもらって・・・いろんなこと、教えてあげてね。」
「うん!僕、いっぱい絵本読んであげて、いろんなことを教えてあげたいんだ。僕の弟や妹は困っている鶴を助けてあげれるいい子かな、約束守れるいい子かな。」
「きっとそうだといいわね。」
「それに僕もお母さんみたいに服をおる人になって、僕の服をいっぱい着せてあげたい!あとね、いつか弟や妹と鶴野家の服屋さんをするんだ!」
「うふふ。ありがとう。ゆうすけならきっと、その夢叶うわ。」

でもそんな夢が現実になることはなかった。

とある夏の海での出来事だった。その日は波が高く、ゆうすけは大きな波に完全に流されてしまい、お父さんお母さんよりも早く、楽しみにしていた弟や妹が生まれるよりも早く、あの世へ旅立ってしまった。
鶴野ゆうすけ、亭年9歳だった。

ゆうすけには、幼きながらも未練が残ってしまった。

火葬の日、お母さんはゆうすけの棺に、鶴野家の秘密のおり方を纏めた本と手紙を一緒に添えた。
あれだけ、おり方を教えると一生懸命になって練習していたゆうすけなんだ。
弟と妹のお兄ちゃんになって服屋さんをする、そんな夢は叶わなかったけれども、その代わり鶴野家の服屋さんのお兄さんになる夢をあの世で叶えてくれたらな。
そんな分かりもしない死後の世界でゆうすけの健闘と冥福を祈って。
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