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青年は思い出を頼りに敵を葬る
青年が無意識下で見た少年の夢
しおりを挟むよく空腹は病と言うが、俺にとって空腹とは隣人であった。
まだ俺が10歳の頃、唯一の肉親であった親父が死に、とうとう俺は独りになってしまった。
この村に来たのはつい1週間前のことで、だと言うのに無責任にも俺の最後の身内は俺を置いて逝ってしまったのだ。
今なら親父のことを無責任だと糾弾出来るが、当時の俺からすれば、親父の死はただの理不尽であった。
と言うのも、親父がこの世を去った原因の1つが栄養失調によるものだったからだ。
俺の両親と祖父母は先祖が使っていた愛刀だけを持って、戦地を転々としていた。
祖父母は我々もご先祖様を見倣い、勇敢であろうと常々俺ら家族にまるで念仏のように聞かせては見知らぬ地を流離う。それが俺にとっての普通であり日常。
そんな高尚な信念だけを掲げ、特に戦う力もない凡人以下が戦場を転々とするなど自ら死にに行くも同然。無論、祖父母は戦地で喜んで死んで逝った。
次に姉が死に、兄が死に、母が死んだ。
何故なら、心優しい母と姉はいつだって末っ子の俺を大切にしてくれたからである。
1つ年上の兄もまた、腹を空かす俺に食い物を分けてくれた。
兄や姉も母も腹を空かせていると言うのに、それでも「食べろ」と俺へとなけなしの食料を俺に与える。
しかし、その姿を今になって思い返すと、兄達は俺に『生きること』を譲ったように見えた。
―私達はいいけれど、リアムだけは連れていかないで。
―リアムはきっと将来、大成するだろうから、絶対に死なせない。
肉親を病と栄養失調で亡くし、とうとう生き残ったのは親父と俺のみ。
親父は普段から無口で自分本位な人間だったから、姉達とは違い、俺を甘やかすようなことはしなかった。
1人で勝手に狩りに出て、自分の食料だけ確保して1人でそれを食う。それも俺にとっては普通であり日常茶飯事だった。
まだ姉達が生きていた頃、たまに父が食料を分けてくれたことがあったがそれも稀な話だ。
いつだってこの人は、俺達家族を見捨てては自分だけ生き残ろうとした。
しかし、それも今思い返せば親父は『生きること』を誰にも譲らなかっただけなのだと思う。
なにがあっても、自分は生きたい。
どれだけ高尚な信念を掲げても、それは一銭の価値にもならないことを親父は知っていた。
だと言うのに、残った鈍刀を普段から大事に手入れをしていたから、幼い頃の俺にとって親父は異常そのものだった。
そんな親父も寄生虫に内臓を食われ、苦痛と空腹の中で息を引き取った。
元々見た目のせいで村の連中から疎まれていた俺達家族だが、村の誰もが俺を救わない。
この村に来て早々、親父は自分のことを『東洋のある英雄の一族』と称したからだ。
そして古びた剣をまるで印籠のように村人へ掲げるが、村人たちからすればただの頭のイカれた一族が村に来た程度の認識である。
しかも親父が寄生虫に内臓をを食い破られて死んだことは、俺がこの村で生きて行くのには致命的な足枷となった。
親父の自分本位さは、やがて自分だけが生き残ることだけを優先し、とうとう親父は自らのプライドを捨てる。
内臓を喰われていく苦しみに悶えながら、村人達へと助けを求めたのだ。
実の息子である俺には目もくれず、ただただ親父は村のみんなへと「助けてください」と訴える。
しかし、そんな救いを求める行為は最初から無駄なものだった。
今の時代、寄生虫なんぞに内臓を喰われれば対処の仕様はない。
もしかしたらあるのかもしれないが、こんな辺鄙な村でそんな高等な医療技術を求めることなど一切叶わない。
村人達は、親父が寄生虫をまき散らすからと叱責し、弱り切っていた親父に止めを刺さんとばかりに蹴り飛ばした。
無論、親父が死んでからもその死体を埋めることすら許さなかったのだ。
親父の死体はそのまま村の外れで放置され、村を追い出された俺もまたそこに放り出された。
近辺には森があるが、木の実など食えるものはなに1つない。それどころか川も大分遠くにあった。
俺は1時間以上かけて離れた場所にある川に行き、そこで川の水を飲んでは命を繋いでいた。
最初はそれだけでも体は持ったが、徐々に水分だけでは体が動かなくなっていく。
やがて1時間も動く体力もなくなり、川へ行くことも困難になってしまったのだ。
空腹に犯され、死を待つだけの俺の隣にあったのは腐敗した親父の死体。
死臭に噎せ返りながら泣いて毎日を送り、やがて死んだはずの兄や姉の幻覚さえ見え始める。
そんなある日、俺は珍しく兄や姉ではなく、真っ赤な林檎の幻覚を見た。
当時の俺は極限状態にあったからきっとそのせいだと思っていて、俺は眼前にある幻覚へと手を伸ばす。
「林檎、美味しそう……」
そう言って伸ばした手を、林檎の幻影はそっと握り返す。
「私が林檎? …ふふっ、嬉しいけど違うよ。私は人間だもの」
「にん、げん……?」
「ええ、あなたと同じ人間よ」
すると自身を人間と名乗った幻影は、俺の手を掴んだまま俺を立ち上がらせる。無論立つことの出来ない俺はよろめくが、林檎の幻影——いや、少女は俺の体を支えて笑みを向けた。
「私はマナ。よろしくね」
これがマナとの出会い。
その後、マナは小さな体で俺を背負っては村まで案内し、自身の家まで連れて行った。
「どうぞ、あがって。今お母さん達がいないからチャンスなの」
そう言い、マナは俺を風呂場まで連れて行き、そのまま体を洗ってくれた。
風呂場まで連れて行かれた後、俺は1人で風呂に入れると粋がったが、マナは強引に俺の服を剥ぐ。
「大丈夫だって! 風呂ぐらい1人で入れる!」
「そんなの絶対嘘でしょ。どうみてもお風呂なんて入ったことのなさそうな顔してるもの、猫以下ね」
「誰が猫以下だよ! 俺だってちゃんとした人間だ!」
今に至るまで、この見た目やら事情のせいで嘲笑され差別を受けた俺にとって、種族とは命よりも重いものだった。
しかしそんなものは目の前にいる彼女には関係なく、どうでもいい事情ことだと思っていたのだが、マナの答えは違った。
「……そうね、ごめんなさい」
顔を曇らせ悲しそうに目を伏せる彼女の姿は、今でもよく覚えている。
なんにせよ、俺は彼女から風呂を借りるどころか体を洗ってもらったと言う借りが出き、借りはどんどん積もっていく。
食料を分けてもらった借り。彼女の姉が働き口を探してくれた借り。さらに10年後には家を借りるときにもマナは尽力してくれた。
「……俺、カッコ悪いよな?」
「うん、とても。哀れを通り越して滑稽よ」
そして、俺が3年の兵役を終え、家に帰ってきてからは俺の家族となってくれたのだ。
ゆえに俺はマナには頭が上がらず、それでも一生このままでもいいと思っていた。
なにせ、マナだけが俺を差別せずにいてくれた。それだけ。
俺を『小僧』だとか『疫病神』などではなく、たった1人の人間・リアムとして俺の尊厳を守ってくれたのだ。
だから例え足を怪我していようと、村へ帰ってきてから俺は積極的に家事をしていた。
今までの礼になんて到底及ばないけれども、少しだけでもマナの負担が減るなら、マナと共に過ごせるならそれでいいと。
しかし、そんな大事な存在さえ俺は失ってしまった。
「——ッ!」
悔恨に魘され目を覚ました俺は、倒壊した自分の家で休んでいたことに気づく。
小さいながらも、よくも自分たちを雨風から守ってくれた家は、数時間前黒い爪を持つ化け物達の襲来により、呆気なく壊れてしまった。
確かに、俺はあの化け物共を1匹残らず殲滅したが、その後ある異変が起こったのだ。
その異変と言うのが一瞬でなにかがこの村をを飲み込み、家屋ごと消え失せてしまったこと。
あれが一体なんなのかは理解できないが、あらかた建物を壊した後は、自然とこの不気味な事象も収まっていた。
まるで、もう満足だと言わんばかりに。
一方、異変が収まった後に俺はこの化け物達の襲撃に関する痕跡を辿っていた。
無論マナを探すのは第一なのだが、村が襲われた以上、村の外に出たマナの身も危険なのは自明だ。
さらにマナが失踪した理由の手がかりもあればと期待に縋って村を周った結果、奇跡的にこの地獄から残った人間がいた。それがマナの姉の友人だった。
マナの姉の友人は俺を見るや、村のみんなはどうなったかを聞き、自分が助かった喜びを噛みしめていた。
「良かった、あの化け物女が連れてきた災厄が去っていって……」
「おい」
瞬間、俺はその友人——いや、命知らずの口に靴先を突っ込む。
命知らずな女は目をひん向いて驚き、必死に抵抗するも、俺はさらに奥深く足を口へと入れようとする。
「口を慎めよ。俺の前でマナのことを言えば、そりゃあどうなるくらい分かるんじゃないのか?お前、マナの姉貴の友人だろ。俺は覚えてるぞ? ……まぁ、俺がマナをどう思ってたかなんてお前には関係ないか」
女はただただ声にならない声を上げ、必死に俺へと許しを乞う。
「いや、関係はあるのか。今お前がここで俺の機嫌を損ねればどうなるかぐらいは、なぁ?」
そのまま上顎を蹴り上げ、ようやく俺は命知らずもといマナの姉貴の友人を解放する。
無論彼女は驚く前に、痛みにのたうち回るが俺にとってはどうでもよく、痛みに悶えて地を這うこいつへこう尋ねた。
「災厄ってなんの話だ? 至極胸糞悪い話だが、どうやら今のことと関係あると予測してるんだろう?」
「あ゛っ、あの゛……ッ! マナは、あなたが帰って来る1年前からおかしかったんです!」
「おかしかった? どこがだ?」
「ずっとぼーっとしていて、到底あの子とは思えないぐらい、まるで抜け殻みたいで……。そこであの子の姉が……私の友達がマナに会いに来たのよ。そしたら、妹じゃないって言って……しばらくしてきっとそれはあの子が黒魔術をやっていたからだって村中で噂が立ったのよ」
「黒魔術?」
黒魔術と聞き、思わず俺は眉を顰めた。
俺はマナと過ごした10年を思い返すも、黒魔術なんてものは1つも心当りなどなかった。
そんな不気味なものなど記憶に一切ない。それどころか、何故マナが黒魔術をしていたと言う疑惑がデタラメにしか聞こえなかった。
「そんなワケないだろ。ホラ抜かすんなら、もう一発かますぞ?」
「待って! 本当にあの子はあなたが戦場に行ってからおかしくなっちゃったのよ! 夜に1人で村の外れの洞窟にこもって変な呪文みたいなのを唱えていたって村では噂になっていたんだから!」
「俺が、戦場に行ってから……?」
村人の間で噂となっていたと聞き、真実かどうか他の村民に確認したいと思うも、どうやら生き残ってる人間はそうもいないらしい。
あの女から話を聞いた後、俺は再度村を一通り回ったが、まともに会話が出来るのはマナの姉の友人のみだけだった。
その他は、生きてはいるが手の施しようもない状態——つまり、ただ死を静かに待つ肉塊と化してしまっている。
さすがの俺も、手当をしたところで助かるとは思えないほどだったから、生存者は俺を含めて2人だけだった。
そして俺はマナの話を聞き、認めたくはないが化け物共とマナにはなにか因果関係があるのではないかと仮説が生まれる。
今も生きているであろうマナには悪いが、口の中に足を突っ込まれたのにわざわざ嘘を吐くなんてことも考えられない。
「……なら、一応洞窟も見てみるか」
望み薄だが仕方ない――そうして俺は、村の外れにある洞窟へと向かった。
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