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青年は思い出を頼りに敵を葬る
その名は『ゴースト』
しおりを挟む確かに俺は凡人だが、3年間の兵役とその間で毎日積み重ねられた鍛錬と戦場で積んだ経験は、凡人であろうとある程度使いものになるまでは成長させてくれた。
また、こんなときに至ってようやく逃げ足の速さと言うのが役に立ったのも優勢に立てたファクターとも言える。
俺は常に自滅同然で奴らに挑み、命の危機を感じればここから脱し、ひたすら逃げ、勝機が見えれば止めを刺すと言う姿勢で応戦する。
最初こいつらと戦ったときは勘と臭いだけを頼りにしていたため、ある程度の仕組みを理解した今であれば、最初よりか幾分と戦いにげやすい。
正直こんな戦法がいつまでまかり通るかは運次第だが、それでもなおひたすら俺は剣を振るい続ける。
10体、20体、30体、50体——とひたすら奴らを斬っていくも、持久戦に持ち込まれてしまえば圧倒的に俺の方が不利になる。
「なら、狙うとすればあの魔方陣か?」
普通こんな状況下に置かれれば、嫌でも化け物共を喚んだ魔方陣が原因だと思うだろう。
しかし、どのような手であの魔方陣を消滅させえればいいか――そう思案した瞬間、9本の爪が四方から押し寄せる。
頭上から2本、下から3本、左右から4本と如何にもお粗末ではあるが、俺はどれも相手することなく前進。奴らの魔の手を振り切っては、そのまま左右から襲いかかってきた爪同士を衝突させる。
なんとか黒い爪を振り切ったが、俺はその瞬間、より濃い血の臭いを察知する。
血の臭いを察知した瞬間に俺は後方へと下がり、また踵を返して爪同士を合わせた化け物共と正面から向き合い、斬り伏せた後にさらに血の臭いから身を遠ざけた――その瞬間だった。
「さーて、さてさてさてさて。どういうことでしょうねぇ、これは! まさかこんな呪力を読む人間がいるなんて聞いてないんですけれどこっちは」
突然響いた謎の声は、俺の存在は明らかに予定外に現れた異分子だと言うが、俺からすればこいつの方が異分子だった。
ケタケタと壊れたオルゴールのような声が聞こえた瞬間、金属を擦り合わせたかのような音が声の後追って洞窟内に反響する。
そして奇怪な音が二重奏を奏でながら、洞窟から濁流の如く黒い爪が襲ってくる。
「嘘だろッ!? さっきまでこんな――ッ」
黒い濁流の隙間から視認みえたのは、1体の化け物。
ここから視認出来たぶんには、本体の目玉が黒い爪を腕のように生やしたその姿——至って今まで相手にしていた奴らと姿形は変わっていない。
しかし、こいつが纏う瘴気は先程まで相手にしていた奴らには感じられないものだった。それを現実であると思い知らせるためか化け物はケタケタと喉を鳴らして笑う。
「当然でしょうに。だってさっきこの村を襲った災厄などほんの指先程度ですよ? 私はあの方から直々に命令を受けてこの村を襲撃しているというのに」
そして俺はそのまま呆気なく洞窟から流れ込んできた爪の濁流に吞まれるが、すんでのところで剣を差し込み、なんとか首を断たれるのを回避する。
「にしてもですねぇ、あなた馬鹿なんです? あなたが先程魔方陣だと見立てたものは魔法円であっていますよ?」
「は……?」
すると、黒い爪はスルスルとほどかれ、洞窟の奥から直径2メートル弱の紅い目玉が浮かび上がった。
そしてその目玉は俺を見つめ、愉快そうに目を細める。
「呪力や呪術に関しての知識はゼロ、胎児以下とも言えますねぇ。ぜひとも母親の胎内からやり直していただきたい。しかし、技量と勘については満点と言ったところでしょうか」
「はは……ッ、そりゃあ確かにそんなものに関しての知識はないな。ってことは、元々あそこにあった魔方陣は、実は魔法円……結界だったと?」
「そうそう、そう言うことです。そもそもこの結界を破ったのはある小娘でして、その小娘がおイタした結果、この村は厄災に呑まれたのですよ。ざんねーんでしたー」
目の前に浮かぶ目玉は、所々腹立たしい挑発を浴びせてくるが、それでもこのまま距離を縮めて奴の本体を斬ってやろうとは思わなかった。
なにせこの目玉野郎が纏っている血の臭いは、あまりにも濃い。
先程まで判断材料と成り得ていた嗅覚も、このデカい目玉相手では役に立たない。しかし本体が視認できる以上、今まで相手にしていた奴らよりも楽かと言われれば、それも否。
「にしても本当に戦士? 剣士? ん? あれれ? どっちだ? ……んーまぁ、蛮族としては優秀ですねぇ。なにせ迂闊に私の懐に入ってこない……いや、入ってきた瞬間、五体がバラバラになるのが分かっていたら、それまたすごい優秀なことで」
「いいのか? 自ら弱点なんて明かして」
「いいえ? 弱点なんて早々ありませんよ? これだけ戦っていたら分かるでしょう? 弱点部分である目玉を狙えば、あなたは私の呪力で五体がパーンと弾けるんですから。私をどうにかしたいのならエクソシストでも呼んでくることですね」
「そりゃあ最悪な結果なことで」
そう。俺もこいつの言う通りだと思っていたし、こいつ自身嘘など吐いていないだろう。つまり俺に今できることはなにもない。
正に八方塞がり。それを俺が理解しているのがとても愉快だと言わんばかりに、こいつは相変わらずケタケタと笑う。
「……ああ、そうそう。なんだか化け物とか奴とか目玉野郎って呼ばれるのも癪なので、冥土の土産に私たちの種族名を明かしましょうか。私たちは『ゴースト』と呼ばれる存在」
「『ゴースト』……?」
「はい。再三言いますが、私たちは一種の災厄。つまり呪力を根源にこんな圧倒的な暴威を奮えるわけでしてねぇ! 私……俗に言われる土地神レベルですと、もうこのまま呑まれるかエクソシストを数名連れてこないと助かるはずもなくてですねぇ!」
『ゴースト』(土地神レベル)とやらの言葉を鵜呑みにするのであれば、呪術やなんやらに関しての知識がない俺にこの危機は乗り越えられないと言うことらしい。
俺自身、詰んだと内心思うが、それでもなおまだなにか助かる手立てはあるのではないかと逡巡し始める。
一方すっかりご機嫌な『ゴースト』(土地神レベル)は、嬉々としては一気に俺を飲み込むと言わんばかりに、再び黒い爪の濁流が顕現したのだが。
「ん? そう言えば、その剣……」
「剣?」
「あなた、その剣はどこで?」
「いや、なんで俺が答える必要が? つか殺さないのかよ、まぁ俺にとっちゃ好都合だが……」
なんて軽口を躱していれば、紅色の目玉は瞳孔が開き、悲鳴を上げた。
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