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最初から用意されていた舞台の上にて青年は踊る
負け犬達
しおりを挟むあくまで凍ったと視覚で認知させたのは、ただの演出だともソフィアは語る。
確かにこんな惨いことをしておきながら演出を重視するなど、趣味の悪い自己愛を拗らせたこいつにはお似合いすぎて笑いすら出ない。
俺の体は焼けていくが、それでもなお完全に焼けることはない。何故ならば。
「それは呪力による防衛機能によるもの。『ゴースト』と言う呪力の塊の己が身に取り込んだのなら、当然のことでしょう? 彼らもあなたに斬られたときはこれ以上の痛みを感じていたそうですよ? ならこの程度は耐えていただかないと……と言いたいですが、もういいでしょう。全てを終わらせます」
そうして突然俺に向けられたソフィアからの処刑宣告——瞬間、凍てついた館が削れていく。
「“俗世と人は強欲に塗れ、己の欲を留める術など委細知らず”」
凍った屋敷全体の装飾は削れ、氷の膜は徐々に剥がれていく。まるでこの世の全ては己の物であるかのように。
そして引き剥がされた氷の欠片の数々は、さらに姿を変え、とうとう奴の手先へと生まれ変わる。
ソフィアは言った。
人は己の欲を留める術など知らないと。しかし、自分であれば欲を留める術それを知っていると。
極限まで高めた節制した理性と呪力は並大抵のものではないと肌で感じる。
「“故に鬼畜。見るに堪えないその様を、この世の泰平を担うことを私は赦すことが出来ない”」
続けてソフィアは本心現実を吐露していく突き付ける。
そんな欲塗れの人間に、世の泰平など築けると思い上がっては馬鹿にするのもいい加減にしろと。
自分はそんなことを一切認めない、執行人であるならば悪徳を裁く者となる。
紡がれていく詠唱が進むに連れ、分子の結合は強化されていく。そしてその強化された分子の結合部分に刃が当てられる。
刃は可視化出来ないものではあるが、俺はこのとき喉元になにかしらの刃先が当たったかのような感触を覚え、背筋が凍る。正にこれは恐怖と、この先俺がどうなるかと言う未来を示していた。
「“涅槃寂静こそ断罪人に相応しき法ならば、私は忠臣として刑を執行する”」
ソフィアは詠唱を紡ぎ続ける。その恐怖こそ罪人が受けるべきもの――そして分子の結合部分に当てられた刃は摩擦と言う重圧を掛けられ、表面を削られていく。つまり、それは何かを断つという現象に他ならない。
「“断罪刃を振り上げよ”」
『彼女』の忠臣——もとい悪食の狩人を裁く刑の執行官はここに断罪刃を顕現させる。
「ここに命を下す、“執行せよ”——“罪人の首を狩るは我が正義のため”」
刑の執行宣告と同時に、摩擦によって生み出された刃は容赦なく重力に従い、俺の首を断たんとばかりに振り下ろされる。
これは拙いと俺の本能がそう告げていた。
いくら『ゴースト』を体に埋め込んであったとしても、恐らく首の両断は絶対不可避。無慈悲かつあまりにも繁雑などない死へのカウントダウン。
しかし今の俺にこれをどうこう出来る術もなければ気力もない。ならば負け犬が出来ることなど1つだけ。
瞬間、俺の心臓は跳ね、体の内側に潜む『ゴースト』達が嬉々として嗤う。
ああ、そうか。死にたくないと? なら、お前に出来ることはただ1つだけだと。
惨たらしくその醜態を晒してもなお、生を掴むだけなのだと脳裏で告げた瞬間に、俺の体は内側から破裂する。
「——ッ!? まさかお前……自爆するつもりか!?」
ソフィアはそう言ったが、自爆なんてものじゃない。むしろこれは自死だ。
いいや、それとも『ゴースト』達の呪いかとも思うが、もうどうでもいい。
俺の心は折れてしまったし、マナの本当の気持ちを知った以上、今更生き永らえるつもりもない。
けれども現実をただ受け止めるだけなのは残酷で、とても心が痛くて涙が出そうになる。
いや、涙だけでなく俺の内側にあるもの全て——心臓から脳、五臓六腑に骨に至るまで。この苦痛と共に俺の身体から出て行こうとする。
肝心の肉体の持ち主である俺もまた、早くこの絶望をどうにかして欲しいと言う一心のみで、この自壊に抗うこともなく。
肉体だけではなく精神的にも抱え込んでしまった負の感情全てが、俺の喉からせり上がり、俺はそれを吐こうとした。
でも、吐けない。
俺の中に埋め込んだあらゆるものは多すぎて、喉奥から流れ出ることなど出来ない。だから呪力を含め、俺の体内にあるもの全てを膝をついた瞬間と同時に破裂させたのだ。
土壇場での俺の抵抗——もとい悪あがきが醜悪すぎるとソフィアは眉を顰めるが、こんな抵抗など奴にとってどうってこともないゆえに、奴が返したのは舌打ちだけだった。
「やはり汚らしい奴……ッ! しかし私の断罪刃はそんなものはいとも容易く両断する! 刃で裂けないのならば、焼いて消滅させるまでッ!」
そうソフィアが攻撃に転じた瞬間、俺の吐き出した呪力とソフィアの断罪刃は衝突する。無論ソフィアは宣言通りに俺自身を焼いて消滅させる一手に出た。
断罪刃を先程の氷炎と同じ原理で生成。触れたものを凍らせては燃やすという理不尽の暴力は完成し、さらにそれは俺を切断しようと迫る。
奴の言う通り、このままでは俺は高温に熱しられた断罪刃に触れ、そのまま蒸発するだろう。しかし、もうそれでいい。勝手にしろと、俺は無防備にも醜悪な様を晒したままだ。
あまりにも呆気なさすぎる結末。
汚物と呼ばれ、蔑まれた俺には似合いの終わり方。
さようなら、と一言呟こうと唇を動かした瞬間、屋敷内に響き渡ったのは肉の焼けた音ではなく、ソフィアの絶叫だった。
「なッ、なァアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!! 何故ッ、何故私がッ……!」
俺は目端で奴へと視線を向けると、そこには右半身に大きな穴が開いたソフィアの姿があった。
俺も一体何故――と思うも、ソフィアは眼孔を鋭くして俺を忌々しそうに睨む。
「そこまでして、彼女と心中したいと言うのか!? お前だけならまだしも、彼女を黄泉の国に送るなど無礼極まりないわッ、この蛮族がッ!」
気付けば奴の振り下ろした断罪刃は消滅し、内側から破裂したはずの俺の体も元通りとなっていた。
あまりにも滅茶苦茶すぎる事態に心身共混乱に陥り、そもそもまともに動かない頭で必死に現状を整理するも、俺はあることに気づく。
「そうか……。俺は、あいつを喰ったのか」
そう、俺は自身の体を断罪刃で裂かれる前に、あいつ自身を喰ったのだ。
『ゴースト』は基本可視化することは出来ない。それはソフィア自身も証言している。
しかし俺の場合、喰うと決めた以上、それ以外に特化したものはなにもなかった。つまり、喰うこと以外は出来ないが、喰えないものもまたないのだとこの土壇場で証明された。
なにより捕食と言う行為自体、自然に行われるものだ。
決してソフィアのように、凝りに凝った演出をせずとも、姿を消せて獲物を捕獲出来るなら、そのまま姿を消して餌に喰らいつけばいい。
結果、俺は静かに奴の喉元に牙を立て、奴はそれを見切ることなく、呆気なく俺に喰われてしまったと言う訳だ。
こんな事態など、ソフィアからすれば屈辱以外のものではない。既に奴は激痛と屈辱に耐え、歯を軋ませながら自身の呪力で開いた穴への修復に取り掛かっていた。
「づ……ッ! まだ、この程度の傷ならば……ッ!」
しかし、ソフィアがさらに呪力を放出して体の穴を修復しようとした瞬間、あいつは俺の眼前から消えてしまう。
突如敵を見失う俺だが、俺の体内から骨を噛み砕くような音が響き、骨を噛み砕く不吉な音が止んだ瞬間、喉に激痛が走る。
「——痛ッ! なん、だよッ、これは!」
そう悪態をついて、俺は喉の痛みに耐えかねてなにかを吐く。
すると、俺の足元には、鎖骨から上しか残っていないソフィアが転がっていた。
まさか今の一瞬で、またもや慈悲もなく無意識の内に奴を喰ったのかと思うと、俺はどこかやるせない気になった。
しかし、俺の口から出た言葉は同情ではなく、むしろその逆で。
「……お前、ダサいな」
「……え、ゆッ、る゛……さ……ァアア゛ッ」
俺は冷たくソフィアを切り捨てたが、まだ奴は俺と戦う心積りらしい。
いや、そもそもこれは戦いなんてものではなく、ただの暴走としか言えない。
ソフィアは最初自身が優位に立っていたはずなのに、気づかぬうちに俺に喰われて吐き捨てられ、首だけになるなど俺だったら絶対同じ目に遭いたくない。
しかし、俺は先程散々こいつから、罵倒やら不快な言葉を浴びせられたことについては腑に落ちていない。
だから無惨にも自慢の美貌だけが残ったソフィアに対し、こう返してやることにする。
「ああ言ったクサいことは、舞台の上でやってくれ。お前なら役者としては十分すぎるだろ」
そんな俺の一言に、首だけとなったソフィアは表情筋の筋繊維を千切らせたと錯覚するほどに口角を上げる。
「い、いいや……まだッ、だ………!」
「なんだって?」
そう聞き返した瞬間、俺の体に激痛と虚脱感が襲い、いつの間にか逆流した血をソフィアの顔へと吐き出す。
「!? ……お前を喰ったからか? いや、でも、おかしい」
俺はこの現状を気管などを傷つけた代償かと予測するが、そんな程度で終わるはずがないと真っ赤に塗られた首と化したソフィアが嗤っている。
瞬間、俺はさらに胃の内からせり上がる血をまた吐き出す。
明らかに致死量とも言える吐血量は、俺自身の血ではなく別のなにかであった。
既にあの中性的かつ美貌の影さえ見せないソフィアだが、未だ壊れたラジオのように、今俺が悶えている喉の痛みを可笑しいと嗤う。
そして再び俺の全身に激痛が走った瞬間、ソフィアは狂笑と共に今俺に起きている摩訶不思議な現象を口にした。
「全くを以て馬鹿な男だ! そもそもお前の能力は、自身の中に埋めた『ゴースト』ありきの話だッ! まともに操作も出来ないくせに暴走させるから、そのまま己の力に呑まれて――…ッ」
そう、ソフィアの言う通り俺はそのまま体内に埋め込んだ『ゴースト』の暴走によって逆に捕食されていたのだ。
自身では気づけないが、確かによくよく意識を体内にいる『ゴースト』達に向ければ、奴らは愉快だと俺の体で勝手に暴れ回っていた。
さぁ、そのまま本当に壊れてしまえ――と嗤いながら。
同時に悲しくもソフィアも俺の体に埋めた『ゴースト』に呑まれ、最期まで愉快に嗤って逝った。一方、俺はこれ以上体が持つことなく、体内に埋めた『ゴースト』共の流出を抵抗することなど出来ずに敗北を認めてしまう。
結果、俺達負け犬はこのまま仲良くあの世逝きの片道切符を切ると同時に、俺は重い瞼を閉じた。
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