マナイズム・レクイエム

織坂一

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最初から用意されていた舞台の上にて青年は踊る

『あなた』にとってのマナ

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マナ、ごめんよ。結局俺は君の気持ちなんて1つも理解出来ていなかった。

勝手に君に心奪われて、君が世界一素敵な女性だと、大切な女性だと言って付きまとって、勝手に徴兵令に従って君を1人村に置いて戦場へ行くだなんて。

それが君の心を壊すきっかけだったなんてことも気づかず、俺は2年も能天気に暮らしていた。きっとこれはその罰なのだろう。

俺も、ソフィアも、結局どっちもどっちだ。
一方的に君に好意を押し付けて、分かりあえた気になっていたけど、結局俺達の想いは交わることなど一切なくて。

他人が下す罰など、贖罪の強制さえもあれだけ拒絶したのに、今の俺は君が下す罰ならばどんな形でも幸福だと受け容れられる。

しかしそんな独白と後悔は声にすらならなくて、言葉にならない声は暗澹の中に溶けていく。

そして俺は昏い深淵の底へ沈んでいく。
意識は徐々に薄れていき、視界は暗がり、息も出来ないこの有様。
こうして俺は地獄へ堕ちて逝き、やがて地獄への門は開かれる。

そうして、地獄の門は呆気なく開き、俺は黄泉を下る。そして次に目を覚ましたとき、目の前には見覚えのある姿が目に映った。


「リアム」


身の覚えのある姿は、それこそ俺が今まで必死に探していたマナ本人だった。
マナは屈んで俺の名前を呼び、いつの間にか床に伏せていた俺の名を呼んでいた。

俺はマナの声に驚愕し、反射的に顔を上げる。
一瞬寝ぼけているのかと思ったが、今1度俺は彼女の頭上からつま先までじっくりと凝望した。

黒い仮面の下に隠された白い肌。
そして彼女の特徴である赤い瞳と、艶やかに潤んだ唇。

いつも結っていた髪はほどかれており、流れる赤い髪は、ダリアの花が風に吹かれて揺れるように美しかった。

ただ以前のマナと違うとすれば、瞳に生気がないことぐらいで、それ以外はつい数日前に見たマナと全く同じ姿だったのだ。


「マナ……ッ!」


俺は今にもこみ上げそうな色んな想いを飲み込んで、マナの名前を呼ぶ。
すると、彼女はいつものように俺へと寄り添い、そのまま俺をそっと抱きしめる。

久しぶりに感じる彼女の熱に浮かされた上、鼻腔を擽るマナの匂いは立て続けの連戦で疲弊した俺を落ち着かせてくれた。


「……なぁ。なんで君は、『ゴースト』なんてものを生み出したんだ? なんで村を襲ったり、挙句には最期の女王なんて名乗ったりして……似合わないよ、そんなの」


戦うことも、抗うことも放棄した俺は、気づけばマナに消え入りそうな声で、今まで抱えていた疑問を投げかけていた。

しかし、マナは俺の問いかけには答えてくれない。なのに優しく背をさすっては「リアム」と俺の名を呼ぶ。


「何?」

「1つだけ、あなたに言うべき言葉があったの。聞いてくれる?」


マナの急なお願い。
俺はただ頷き、そのままマナの肩口へと顔を埋めては「聞くよ」と小さく唇を動かす。マナはそのまま俺の耳元に口元を寄せ、小さく吐息を漏らす。

俺は熱に浮かされ、一瞬だけ欲情が奥底からこみ上げて脈拍が早くなる。
正に色欲の悪魔からの誘惑。俺の鼓動が最高潮に達したとき、再びマナは俺の名を呼んだ。
そして――


「あなたのマナは、もうどこにもいないの」


まるで風が吹くように自然に、軽く、真実が告げられる。
マナから告げられた真実は、俺の心を射抜き、俺がここにいる意味さえも砕こうとした。

そんなはずはないと俺は必死にマナの言葉を否定しては、ただ平静を保つためだけの逃げ道を必死に探す。

だってマナはここにいるし、そもそもマナと俺は恋人関係ではない。
なんて形容する意味もなければ、そう出来ないはずなのに。

ただ俺がマナに好意を寄せていたのは事実だし、聖都の霊碑街でマナの本心も聞いた。
これで俺達の間にあった溝が多少埋まったとは言え、俺達が正式に結ばれたと言う確証は未だないのだ。

だからこそ余計に、と言う言葉の意味が理解出来ない。


「あっ、“あなた”のって、なんだよ? マナはここにいるだろ?」


俺の問いかけに、マナは静かに首を横に振る。


「違うの、リアム。私と彼女は同じじゃない。私は『ゴースト』達の生みの親で、『原初の災厄』ファースト・スカージとして再誕した別のなにかよ。彼女と一緒にしないであげて。とても、悲しいわ」


そして淡々と放たれた一言は、寂莫と憐憫をその赤い瞳に宿していることを顔を見ていない俺でも感じ取ることが出来た。

なにせマナは、本心から悲しいと強く俺へと訴えていたから。

しかしその訴えはマナ本人ではなく、別の誰かから聞いたかのような違和感が感じられたからこそ、俺は違和感それに逆らう。


「いや、違うもなにも、今ここにいるマナなのは俺がよく知って――……」


「知っているよ」と言い切る前に、俺は我に返っては口を噤む。
ああ、そうだ。ついさっき自覚したばかりだったろうに。

俺は一方的に好意を押し付けて、分かりあえた気になっていたけど、結局彼女と想いが交わることなど一切なかったのだと。また理解したと言っておきながら、誤解するところだった。


「……そもそも、最初から間違ってたのかな? 俺達って」


あまりにも悲痛な現実は、もはや痛みも冷たさも感じさせなかった。

ふと静寂の中で漏らした前提など、誰1人こうだったと答えさえ出してくれない。
それどころか、この先なにかを言うことなどさせないと言う強制の意だけを感じる。

静止した暗澹の空間で俺はこれ以上何も言えず、ただ俺は再び彼女の肩口に顔を埋めては泣き声を必死に押し殺す。

マナは相変わらず俺の言葉に答えてなどくれない。そして背に痛みを感じたことで、俺を抱き留める手のひらが俺の背に爪を立てていたことに気付く。


「なら、答え合わせをしましょう?」


マナはそう優しく俺に言い聞かせると、俺から身を引く。
涙で視界が揺らぐ俺だが、この瞬間のマナの顔ははっきりと鮮明に映すことが出来た。

俺の瞳に映ったマナの顔は、怒りと憎悪に満ちていて、あからさまに俺へと嫌悪を向けていたのだ。

それでもなお、優しく頬を緩めて嗤ってほほえんでいるから、その不気味さに思わず俺は無様にも小さく悲鳴を上げた。

“あなたのマナは、もうどこにもいないの”

明らかに真摯じゃあくすぎる微笑みは、先程俺が散々浮かべた否定を現実だと知らせるには十分すぎた。

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