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青年は彼女のために鎮魂歌を謳う
マナと言う少女の本音を『原初の災厄』は語る
しおりを挟む面白げに笑う、『原初の災厄』は余裕綽々と言った様子だった。
このままでは消耗戦となり、体力が削れた反動に捕食行動が発動する可能性もある。しかし、まだ俺はある一線を踏み越えられない。
もうマナはいないと『原初の災厄』は言うが、はたしてそれは本当なのかと言う疑いが拭えない。
そもそもマナと俺の目の前に立つこいつが別人であるならば、マナはどこかにいるはず――そんな僅かな可能性を捨てきれなかったのだ。
まだ本物のマナが生きているのなら、俺は彼女に会えるまで死にたくはない。だからこそ捕食行為と言う選択を選ぶ覚悟がなかった。
すると『原初の災厄』は、俺の葛藤を察したのか薄く笑う。
「よろしい。ならば、奴の口を借りることになりますが、何故マナが村を襲うきっかけとなったのか、そして彼女の失踪の理由を明かして差し上げます」
「何?」
『原初の災厄』はそう言葉を継ぐと、断罪刃を消滅させる。次瞬、奴は物語を紡ぐようにゆっくりと俺の知らない真実の裏側を語っていく。
「全ての始まりは、あなたが戦場へ駆り出された後……5年前まで遡ります。マナはあなたが軍人として戦地に赴いてからは非常に不安定でした。理由はもはや自明でしょう?」
ああ、と俺は小さく首肯する。
普通戦場へと赴いてしまえば、帰って来ることなど考えられない。つまりマナは5年前の時点で、俺から今生の別れを告げられたのも同然だった。
そこに俺の気持ちなど酌量されない。
例え俺がマナに絶対に死なないと約束したところで、俺が無事に帰郷する未来が不確かなのだ。だから俺の思いなどあっても意味がない。
「彼女はあなたが無事に戻ってくると信じていましたが、時が経つにつれ、それはただの妄執なのだと気づいた。それでもなお、あなたが無事でいて欲しいとあの洞窟で神に祈り続けた結果が今に繋がるのですよ」
「待て。あの洞窟にあったのは結界だろう? 神が祀られているなんて話は聞いたこともない」
かのレッドスカージというやつも、あの場所にあるのは魔法円と言う結界だけで、神なんて存在がいるとは言っていない。
レッドスカージ自身、自分を土地神なんて称していたが、あくまでそれは奴らの基準値の話。決して奴は神なんかじゃない。
しかし、そうではないと『原初の災厄』はゆっくりと首を横に振っては目を伏せた。
「神がいないと分かっていても、彼女は奇跡を望んでいた。つまり、村を守る結界があなたを守る盾となるよう祈り続けただけのこと。余談ではありますが、あの結界は村を災厄から守る最後の砦。それを知っていた彼女は結界を利用し、とうとう罪を犯した」
「罪、だと……?」
ドクン、と一際大きく心臓が跳ねる。
そうだ。レッドスカージも言っていたが、マナには唯一犯した罪があるのだ。
「彼女の原罪はですね、村人全員を供物に捧げるのと引き換えに、あなたの帰還を願ったこと。そしてその悲願は成就されますが、彼女が2度とあなたに会うことはなかった」
「どういう意味だよ……?」
このとき、俺の本能はこう告げていた。
この先だけは絶対に聞くな。聞けば今度こそお前は発狂すると。
そう本能が警告していても、俺は真実が聞きたかった。
マナにとってはあの洞窟にあった結界が唯一の救いであったように、今の俺にとっての運命を拓く言葉は、『原初の災厄』の知る真実だけなのだ。
覚醒してから渇くことのなかった喉が、緊張から必死に水分を求める。
せめて唾を飲み下そうと必死になるも、今の俺には難しい話だった。だが俺は唾と恐怖、本能からの恐怖を無理に飲み込む。
『原初の災厄』も、俺が真実を聞く覚悟は出来たのだと察し、いよいよその先を口にした。
「マナはあなたの無事と引き換えに、自身の命を失った……と言うより、喰われてしまったのですよ。自分の負の感情に」
「な、に……?」
自身の命を失ったと言うことは、つまりマナは死んだと言うことになる。
そんな事実に胸が押し潰されそうになるが、まだ膝をつくわけにはいかない。
まだ俺は、『原初の災厄』がこの世界に顕現した理由を聞いていない。それにマナが自身の負の感情に喰われた理由も、村を壊滅させた理由もだ。だから震える声で『原初の災厄』へこう問う。
「負の感情に呑まれると……人は、どうなる?」
そう喉奥から必死に絞り出した俺の問いかけに対し、『原初の災厄』はただ淡々と答えていく。
「あなたもここまで戦い続けたなら分かるでしょう? 負の感情から練られた呪力は、『ゴースト』を生むのに十分すぎた。つまり彼女は自身で『ゴースト』を生んで、それに喰われたと言うことです。それが、あなたがあの村に戻ってくる1年前の話」
「なら、彼女が死んだ後は誰がマナの体を動かしていたんだ?」
「それこそ『原初の災厄』本人……と言いたいところですが、マナの意識が体を動かしていたのも事実」
「マナの意識が体を動かしていた……? マナは死んだって言うのにかッ!?」
そんな都合の言い話などあり得ないと、俺は『原初の災厄』を問い正す。しかしそれでも『原初の災厄』は再びゆっくりと首を横に振った。そして憂いのある表情を浮かべて一瞬だけ目を伏せた。
「いつかソフィアが言っていたでしょう? 事情こそ複雑ではあるが、彼女らは一貫していると。確かにマナは『ゴースト』に喰われて死にました。それは覆ることのない事実です。しかし、マナが生んだこの『ゴースト』が彼女自身であったなら?」
マナが生んだ『ゴースト』がマナだと仮定した場合——いや、この仮定は事実だ。それを今更『原初の災厄』が隠す必要も、俺を惑わす材料にする必要もないはず。
この前提があれば、マナが生んだ『ゴースト』自体もマナと言う解釈で間違いない。そして『原初の災厄』も話を深掘っていった。
「マナは自身が生んだ『ゴースト』に喰われてしまいましたが、その『ゴースト』を媒介に儂を喚んだ。つまり、『ゴースト』化したマナと儂は一時的な同化と言う共存を果たしていたと言うこと。なにより儂が人化するには依り代が必要ですからね」
そして俺は今1度先程『原初の災厄』から聞いた話を思い返す。
『原初の災厄』と彼女は同じじゃない――と。
『原初の災厄』はマナを喰った『ゴースト』を媒介に現世に召喚された。
だがマナと共存している以上、完全に交じり合えない人格は2人を別人と定義するには十分すぎる。
だから、俺が村に帰って来てから一緒に過ごしていたのは間違いなくマナ。
しかし、あの村に災厄を呼び、俺の人生を狂わせたのも間違いなくマナなのだ。
さらに、俺に知らされる真実はこれだけではない。
「マナはあなたを愛していましたが、同時に恨んでもいたのですよ。どうして私を置いていったのか……と。その憎しみはあなたと毎日過ごすことで積り、やがて愛憎は均衡を取れずに『原初の災厄』に意識の主導権を奪われた。そして来たるべきあの日、マナが村を失踪したと見せかけ、周囲の村全てを『ゴースト』に襲わせた。……これが全てです」
「マナが俺を、恨んでいた……?」
信じたくない事実の羅列に、俺は言葉を失いかけていた。
こいつは嘘を言ってはいないし、それどころか先程からこいつの言葉はやけに真摯だ。
だからこそ、マナが俺を恨んでいたと言う事実を否定しても、マナが俺に抱いた憎悪は正史となっている。
別段、これはおかしなことではない。人格1つで二面性を有するのならば、それは感情論においても同じこと。
なにより、お前が真実を知ったそのときは、自分が下手に嘘を吐くよりもずっと心にくるはずだと言う奴の本心が透けて見える。
もはや言い訳など不要。
ゆえにソフィアは――いや、『原初の災厄』はまるで目の前にご馳走が広がっているかのように目を輝かせる。何よりもこの不幸は自分にとっては美味しいものだと。
「はい、とても。ゆえに彼女の憎しみは、至高の供物でした。たった1人で何千人もの絶望と悲鳴に釣り合うほどですから、余程の憎しみだと言うことは理解出来るでしょう?」
ソフィアの口を借りて『原初の災厄』から聞かされた真実は、ここ数日間の中で俺が目の当たりにした絶望の中で1番重く、俺の心を折るのには十分過ぎた。
あまりにも多すぎる情報量に、変えられない過去。
これらの重さはもはや形容出来ず、ただこの身に降りかかった絶望の重圧は無慈悲にも俺の膝を折った。
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