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青年は彼女のために鎮魂歌を謳う
忠臣は過去の自分を捨て、青年はただ敗北を認めて断罪刃を受ける
しおりを挟む魂を抜かれた心地を味わうと同時に、俺の生きる意味はここで閉ざされた。すると『原初の災厄』はクッ、と喉を鳴らして愉快だと嗤う。
今度こそ、リアムと言う男は終わる。
それこそ、今ここで手に握り締めたままの剣を喉元に突き立ててもおかしくない程に。
しかし、まだお前を殺すものかと『原初の災厄』は嗤う。
まだだ。まだ、まだお前達人間の不幸を見届けていない。
だからこそ、それ以上の悲劇と喜劇の撞着を見せてみろ――と細められた蒼瞳が訴える。
「なら、もう少し甚振ってあげましょう。儂もあなたに聞きたいことがあったので。……これは、マナとソフィア、そして『原初の災厄』が知りたがっていたことです」
「なんだよ……?」
「何故あなたは徴兵令に従ったのでしょう? 我々はずっと疑問に思っていたのです。ソフィアは逃げたと言うのに、同じく臆病なあなたは素直に徴兵令に従った。その理由は如何なるもので?」
「それは――……」
俺は言葉を継ごうとするも、その先が出てこなかった。
しかし、言い訳だけは出てきた。
そもそもソフィアの場合、爵位を持っているのだから兵役が免除されるのは当然だ。
いや、そう言った問題じゃない。
俺が徴兵令を受けて、戦場へ赴いた本当の意味——どうしてもその理由が思い出せない。
しかし、俺の表情から全てを理解したのか、『原初の災厄』はさらに口端を釣り上げる。
成程、なんて勝手に納得して愉快に笑いながら、俺に顔を近づけて俺が忘れた本心を口にした。
「答えなら分かりましたとも。あなたが徴兵令に従った理由は、英雄になりたかったからだ」
「……は?」
瞬間、俺は『原初の災厄』の言葉に思わず驚愕する。
英雄になりたかった? 俺が? ——そんな馬鹿な。
だって――とそう呟いた瞬間、幼い頃の記憶が脳裏に蘇る。
戦火に巻き込まれ、死んだ祖父母。
俺に生きることを譲っては、俺を守って死んでしまった母と兄と姉。
そして最後まで生きることを諦めなかった親父さえ、空腹で判断を見誤ったがゆえに、寄生虫に内臓を喰い潰されて死んだ。
挙句、俺自身も死にかける寸前だったのだ。
マナが助けてくれたからよかったものの、マナと出会わなければ、確実に俺は死んでいたし、当時の俺はひたすら俺を守ってくれなかった亡き祖父母達を恨んだ。
祖父母達は英雄なんて幻ものに憧れていたが、英雄なんてものを尊び、拝めることで一体なんの得があったと言うのか。
そんな幻は金にも食料にも水にもなりやしない。結局は過去の亡霊でしかない。
だと言うのに、俺が英雄になりたかった――だと?
今までそんなことは考えたことはなかったし、なにより戦場へ赴いてから俺は戦うことは2度と御免だと誓ったと言うのに、何故?
「その前ですよ。あなたが村人に虐げられ、徴兵令が下るまでの話です。あなたは村人達を恨んでいた。それに違いはないでしょうから追及はしません。ただ恨んでいたからこそ、見返したい気持ちがあった……違いますか?」
瞬間、俺の心臓は不規則に脈を打って、混乱状態にあることを報せる。
乱れた脈拍は強く心臓を打ち、俺をさらに狂わせ、奴の言葉が事実であることを嫌でも理解してしまう。
事実、俺の本能は奴の推測に同意するが、俺は認めまいと口だけでもと否定の言葉を吐いて絶望に抗う
「そんな訳ない。そもそも、俺なんかが英雄になれるわけがない……こんな、臆病で、どうしようもない自分勝手な人間が……」
「ええ、その通り。あなたは臆病者で自分本位な人間です。しかしあなたは村人達が憎いくせに殺せないと言う現実から逃げ、徴兵令と言う光に縋った。次に俺がこの村に帰って来たときは、きっとみんなが自分を英雄だと認めてくれるのを信じて」
「——ッ!」
「そして、これはソフィアからの遺言です」
追撃した瞬間、再び『原初の災厄』の手に断罪刃が顕現し、それは雑に横に薙ぎ払われる。
間一髪で断罪刃を受け流して避けきる俺だが、後方へ下がればつかさず奴はさらに俺へと追撃した。そして二撃目に振り払われた断罪刃を剣で受け止め、俺達の力関係は拮抗する。
「そもそもあなたも徴兵令に従わなくてよかったでしょうに。当時のあなたはソフィアより背が低かったし、身体検査の結果もギリギリ合格点に届いただけでしょう? 訓練を受けて体格が変わったとは言え、軍人としての適性は低かった……だと言うのに」
そう告げた瞬間、『原初の災厄』は自身の癖である歯ぎしりをする。そして力のみで強引に俺を押し切り、俺を後方へと弾き飛ばす。
そして後方へ飛ばされた俺を再び追撃。奴は先程の俺と同じように俺の顔面をめがけて突きを放ってはこう言った。
「それでも意地になったのは、あなたが英雄になりたかったからだ。表面上は英雄に焦がれていないと取り繕っても、結局意地には逆らえなかった。……繰り返しになりますが、あなたは村の人間が恨めしかった。その仕返しとして軍人として功績を挙げて見返すつもりだった。ただその憎しみを優先し、結果的に彼女を見捨てた――その事実に変わりはないッ!」
ソフィアの遺言は、代弁であったとしても明らかにソフィア自身の意思を孕んでいた。それを証明するように奴の放った突きはもはや剣術の技ではなく、ただの暴威そのものだった。
避けきれないと判断した俺は呪力で肉体を強化。顔面を呪力で強化させて、なんとか頭が砕けるのを防ぎきる。しかし、その瞬間、断罪刃は俺の首を断とうともう一刃追加された。
「——ッ! “喰いきれ”ッ!」
そう言って俺は断罪刃を喰ってはなんとか噛み砕く。しかし、奴の顔からは憎悪は消えない。
それどころか憎悪はさらに増し、もはやあの端正な顔立ちは醜悪くなって、とても見ていられるものではなかった。
俺は奴の顔と現実から目を逸らすが、過去からは逃れられなかった。
忘れてしまいたくなるような俺の原罪は鮮明にある記憶を呼び起こす。その記憶とは俺の兵役が決まり、それをマナへ伝えたときのことだった。
「マナ。申し訳ないんだけど、俺は戦場へ行くよ」
「え? リアムが?」
マナは俺の言葉を聞いて、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしていた。しかしその驚いた顔にはどこか悲しみも含んでいて、俺はそれに気づき、苦笑する。
そう、俺はマナの気持ちを知っていたのに、それを誤魔化してこんなことを言ってしまったのだ。
「大丈夫、必ず帰って来るから。君を置いて1人であの世になんか逝けないよ。ただこの命令は決して逆らえるものではないから」
とマナの頭を撫でてやるが、マナは俺へ反論して怒声を飛ばす。
「でも! 別に強制は出来ないはずよ! そもそもリアムが身体検査を受けたって、門前払いをされるのがオチだわ! ソフィアだって命令を断ってどこかへ行ったもの!」
「そんなの分からないだろ? そもそも、ここで命令を断ったって未来は変わらないよ。下手をすれば、この村もいつか他国の連中の手によって焼かれてしまう。死ぬのはどちらにせよ結果は同じなんだ。だったら俺は、少しでも君が生きれる時間を稼ぎたい」
そう俺は彼女を優しく諭す。しかしマナは落ち着くどころか俺に掴みかかってきた。
「そんなことリアムに出来るはずないじゃない! 私とそんなに背も変わらないくせにッ、ついこの間まで私におんぶされていたくせにッ!」
「マナッ!」
そう言って涙を零して駄々を捏ねるマナに対し、俺は彼女の名前を呼んで一喝する。
記憶にあった俺はマナを一喝した後はたどたどしく、どこかわざとらしく目を伏せた。
「……頼むよ、これが俺の最後の我侭だからさ。だからこの我侭を聞いてくれるなら、俺は絶対に生きて帰ってくることを約束する。知ってるだろ? 俺が逃げ足の速さは天性だって。それにマナに助けられたとは言え、幼い頃に地獄を越えたんだ。だから、約束する」
「リアム……」
そう、そうだった。
俺は自身のエゴを彼女へ押し付けて、彼女を1人あの村へと残したのだ。
徴兵令を無視して、マナを連れて村を出ると言う選択肢はあったのに、俺はそれを突っぱねて、君が生きれる時間を稼ぎたいなんて出来もしないことを建前にした。
逃げ足が速いとか、幼い頃に地獄を越えたからなんになる?
結局、俺は我侭を通しただけではないか。そう俺の原罪が今の俺へと訴える。
俺は弱虫とは違うぞ、と。俺は1人の男なんだぞとマナの前で恰好をつけただけ。それを正当化する? そんなものは絶対におかしいと俺は過去の自身を糾弾する。
「ほら見ろッ! お前は今確かに納得したぞ! 自分は村の人間を見返したいがためだけに、勝手に英雄になるだなんて思いあがったとッ! そのまま過去を辿れ、お前の罪はさらに奥にあるッ!」
俺の罪? 俺が犯した罪などこれ以上あっただろうか――そう思い、俺は記憶の海から最近俺の身に起きた悲劇を手繰り寄せる。
『ゴースト』が村を襲った際、村のみんなを守れなかったこと、マナの姉の友人に手をあげたこと、ルルを守れなかったこと――それ以外に一体なにがあっただろうか。
「違う! お前の罪はお前自身の本質にあるのだ! その本質は、既に『ゴースト』を体内に埋め込んだ時点で理解しているだろうッ!?」
そう糾弾され、つい先日の――『ゴースト』を自身の体内に埋め込んだときのことを思い返した。
「……そうだった」
俺はあのとき両目を失い、マナに助けられ、そのまま覚醒した。
呪力を、『ゴースト』を利用する術を手にして、ひたすら『ゴースト』共を斬り伏せていった。
しかし、そんな必要などあったのか。
本来の俺は臆病者で、戦いに巻き込まれたとしても逃げると言う選択肢を取るはずだ。
だと言うのに、力を与えられた瞬間、自身が強者であると勘違いをして、ひたすら戦い続けた。その事実に変わりなどなく。
「お前のあのときの顔など見るに絶えず、まるで悪鬼のようだった! 弱者を殺し、喰らい、嬲り、愉しんでいたのだッ! お前は結局、人を傷つけることでしか自尊心を満たせない! しかしその癖、逃げ腰の臆病者だから行動と言動に一貫性がない! しかし力を得れば別の話。嬉々としてゴーストを屠っていただろう!? 血の匂いだけを頼りにさ迷うなど、お前はまるで獣だ! 力に呑まれて敵を嬲る姿もなにもかもッ! ああ、醜いッ! 醜い醜い醜いッ! そんなお前がマナに釣り合うものかァアアア――ッ!!」
事実を暴いたこいつは俺を醜いと、愚かだと面と向かっては俺に罪を宛てがう。
本音を恥じることなく口にして、勇ましく戦う今のこいつは、ただの幻影であることを忘れかけてしまう程美しい。醜い俺なんかよりもずっと。
先程、あんな無惨な姿となって俺に敗北したと言うのに。あれだけ醜態を晒していたくせに、何故か目の前にいるソフィアこいつはずっと俺よりも格好いい。
これでは、マナに似合うのはこの男の方じゃあないか。
そして遺言を吐き散らすだけの亡霊は、高らかに吼えた。
「私はそうならない、そうなりたくない! だから、マナが『原初の厄災』の器となってしまったあのときも! マナを守るのだと、私の全ての智慧を捧げて、『原初の厄災』を完成体へと導いた! 例えそれで己が死のうが、どうなろうがどうでもいい! 私はどちらも愛してしまったから、例え今塵屑となろうが、この魂を使い古されるまで彼女の傍にいることを決意した! お前とはそもそも想いの重さが違うのだッ!」
そう猛る忠臣は、先程と同じように空間中に氷の球体を生成し、それを破裂させては針地獄を顕現する。
「“私は私を否定した、自身を卑小と卑下し暗がりを歩く”」
再び奴ソフィアの口から紡がれるのは必殺の魔の手。
ただ今奴が口にしたのは、決して人の欲深さを糾弾するものではなかった。
「“しかし私は再誕した、全ては我が主が神となったがゆえに” “ならば私は忠臣として、私の全てを主へと捧ごう。卑小な自分はもう必要ない”」
今一度だけ、自身の主の為だけに呪力を奮う――その姿は正に神に相応しき忠臣そのもの。
そして俺は不覚にも、その忠臣が顕現させた針地獄に貫かれては磔にされる。そして忠臣はその手を振り上げた。
「“断罪刃を振り上げよ”」
正にそれこそ、今まで振り返ってこなかった人生との離別宣言。
彼女以外に何もいらないが、それ以上にソフィアは自身の主である『原初の災厄』守りたいと言う一心がため、今1度断罪の刃を振り上げる。そして針地獄は徐々に成長しては針を伸ばしていく。
瞬間、この空間に冷気が満ち、また空間自体の温度が下がっていく。1秒が経つにつれ、空間の冷たさはさらに増し、また俺の体から熱を奪っていく。しかしそれだけでは終わらない。
熱どころか、俺の血液や肉片——いや、細胞1つすら残さないと超度級の呪力が練られる。恐らく先程とは比にはならない程の断罪刃による攻撃が放たれる俺は確信した。
「ここに命を下す! “執行せよ”ッ! “罪人の首を狩るは我が正義のため”ッ!」
忠臣の下した最期の命令は、正に一撃必殺であり威力ももはや並みの攻撃では返せない。
とうとう薄汚い負け犬の首は断たれる。
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