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13.学力テスト
しおりを挟む六月二十七日、あと数日で六月も終わる。日に日に暖かさが増していくようで、イオの住民達の服装には半袖姿が目立ち始めていた。四月に新しく入学した子供達は、学生生活にもある程度慣れてきており、放課後になると学生達のたくさんの笑い声や遊びまわる声が学校中に響き渡っていた。田舎町であるイオの学校は町と同じようにのどかで、都会の学校とは違い勉強の場というよりも、子供達の交流の場というほうが強い。そんな学校にレノはリンを連れてやってきていた。
「初めまして、レノ・ファレンズです。こちらがリン・シェイド、リンの実の両親はいない為、現在私が彼の保護者として同居しています」
「どうも、ロルトです。シーヴァー・ロルト、よろしく、ファレンズさん」
イオにある学校は男子と女子でそれぞれ別れている。町の西側にあるイオ教育学校は男子校となっており、四歳から義務教育として学校に通うことになっている。学校の一番西角にある一階の応接室、そこにボサボサ頭で無精ひげを生やした見た目を全く気にしないような感じの中年の男性が入ってくると、レノは立ち上がりシーヴァー・ロルトと名乗る男に挨拶をした。リンはレノが立ち上がるのを見て自分もまた急いで立ち上がると軽く会釈をし、初めて会うロルトの表情を伺っていた。
「君がリン君か。話は大体聞いているよ、ロルトだ、よろしく」
「リンです。リン・シェイド、初めまして」
ロルトの無精ひげを見ていたリンは、外見には全く無頓着そうな彼と目線があうと突然話し掛けられ、少し慌てたような声でなんとか挨拶を返した。挨拶を終えると三人は簡素なソファに座ると、ロルトは手に持っていた書類をテーブルで広げた。
「リン・シェイド、三七〇年二月十四日生まれ、年は十四歳か。本来なら十一年生のクラスに入ってもらう事になるんだが、君は今まで学校に行った事がなく、家庭教師に教わっていた期間も二ヶ月ほど。う~ん、とりあえずこれから学力テストを受けてもらうことになっているが。ファレンズさん、こういう言い方は良くないですけど、読み書きも最近覚えたばかりということですし、テストはせず一年生から順当に授業を受けてもらうほうがいいかもしれません」
ロルトは罰の悪そうな顔つきで書類に目をやりながら、二人に向かって説明した。リンはなんのことだかよく分からない様子で、ロルトとレノの顔を交互に見ていた。リンの学力がほとんどないと言われた事に対して、内心少し腹を立てていたレノであったが、そんな様子はおくびもださず静かな口調で話し始めた。
「リンはこれまでほとんど教育を受けることなく今まで来てしまいましたが、基礎能力はかなり高い。実際調べたことはありませんが以前二ヶ月だけ家庭教師がついて勉強をしており、その二ヶ月という短期間でリンの学力はかなり向上しました。それに勉強熱心で、意欲も高い。学力テストを行ったとしても今の年齢相応の学力がないのは確かだが、テストは受けさせてあげたい」
「こちらとしては、テストを受けてもらっても全く構わないんですが。変に誤解しないで下さい、これまでのリンの学歴がないのでそうしたほうがいいかと思ったんです。まぁ一年生からだと四歳の子達と混じって授業を受けるという事になってしまうからね。それは十四歳のリンにとっては多少屈辱的かもしれないが、それでもそのほうがリン君にいいかと思ったんです。一年から初めて、一年生の学力よりも上だと判断すれば、すぐに二年に上がれますし、それ以上の三年、四年にも飛び級できるので」
「ロルト先生の考えは、リンにテストを受けさせず一年生から始めさせたいということですか。私も一度そのように考えた事はありましたが、今まで一度もリンの学力を調べた事はないのでまずテストをしてもらいたい。この話はテストの結果を見てからでもいいのではないでしょうか?」
一年生から始めさせるべきと考えているロルトに負けじと、レノは強い口調で言った。ロルトはその強い口調に押されて無精ひげを手で触りながら、何やら一人で思案をしだした。そしておもむろにリンの方へ視線を向けた。
「リン君、君はテストを受けたいかな? それとも一年生から始めたい?」
その言葉にリンは、膝に置いていた手をソファに置きなおした。今日はテストを受けるつもりでやってきていたリンはテストをせず一年生から始めるという新たな選択肢を前に困ってしまったが、一呼吸置くと口を開いた。
「僕は、テスト受けたいです。一年生から始めたほうがいいのかもしれないけど、早くテスに追いついて同学年になりたいから。テスト受けても全然駄目かもしれないけど、それでも受けたいです」
真っ直ぐな目でそう訴えたリンの顔を見たロルトは、突然口角を上げるとそれまで暗かった口調が一転して明るくなった。
「分った、リン君がそういうならテストを受けてもらおう。早く追いつきたいか、いいことだよ。そういう気持ちがあるってのは。よし、それじゃあテストの準備をしてくるから、ここで待っていてくれ」
ロルトは明るく言うと、書類を勢いよく閉じて立ち上がった。リンはホッとした表情でレノを見ると、レノも安心した様子でリンに微笑みかけた。
「あ、ファレンズさんちょっといいですか?」
応接室を出る直前、ロルトは振り返るとレノにこちらに来るように促した。呼ばれたレノはロルトとともに廊下にでると問いかけた。
「なんでしょうか?」
「リン君のいる前ではちょっと話しにくくてね。彼の病歴欄には特にこれといった病歴はないのだがどうして今まで学校に行ってなかったのか気になってね。一応心因性による虚弱体質とは書かれているが、これだけだと漠然としすぎているし、別に詳しく生徒の情報を嗅ぎまわるという訳ではないが、これからこの学校を卒業するまで接していくのだから、極力言える範囲でいいんだが教えて頂けるとこちら側としても対応できるので」
多分、聞かれるだろうと予測していた。数日前に学校へ連絡し必要な書類を学校へ郵送しただけで、その書類にはごく簡単にしかリンの経歴を書いていなかったからだ。当然、学校に来たときに保護者であるレノになぜ今まで義務教育である学校にリンが行っていなかったか、聞かれるのは当然であった。
「私がリンを引取ったのは去年の十二月のことで、出会ったのはそれよりも半年ほど前です。今は大分良くなりましたが、頻繁に熱を出すことが多くてここに来たばかりの頃は話すことも、食事を摂ることも全くできない状態でした。今は熱を出す頻度も減り、食事もあまり多くは食べる事はできませんが学校に行ける位の体力は回復したと判断したので、今日ここに来たのです」
「うーん、というこはファレンズさんもリン君がなぜ今まで学校に通っていなかった理由は分らないということですか?」
「そう受け取ってもらって構いません。ただ、私がリンと知り合ってからの二ヶ月間は毎日家に家庭教師がきて、朝から晩までリンは勉強をしていました、熱心にね」
応接室から少し離れた廊下で二人が話していると、授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。そのチャイムを合図に、教室にいた子供達が一斉に廊下に飛び出し今まで静かだった校内は突如騒がしくなっていった。
「なんだかいろいろと事情があるんですね。あなたがどうしてリン君の保護者となったかの経緯も全くもってわかりませんが、お二人はとても仲がよさそうだ。今見たところリン君も元気そうだし、いやすみません変なことを聞いてしまって」
「いえ、構いませんよ。ロルト先生の心遣いに感謝します」
「いやいや、それじゃテストの用意してきますので応接室で少しばかり待っていてください。あと、トイレは東側の突き当りにありますから。用意できたら呼びにいきますので」
学力テストの準備ができ、応接室で待っていたリンはレノを残して二階にある進路指導室の一室で学力テストを受けた。テストは初め、ロルトとの面談の形をとった方式で行われ読み書きができるかの確認と、以前習った事の内容を詳しく聞き取ったり、簡単な質問などが行われた。リンは最初緊張しており、紙に書く文字が手の震えで上手く書けなかったりしたが、途中歴史についての質問になった辺りから次第に緊張が溶けて、面談によるテストの終盤ではリラックスした様子ではきはきと質問に答えていた。
「よし、じゃあこれで面談方式のテストは終了だ。午後十三時からは一般的なテスト用紙に答えを記入していってもらう方法で行うよ。お昼は食堂で食事をとりなさい、一階の応接室には一人で戻れるかな?」
「はい、一人で戻れます。十三時なったらまたここに戻ればいいですか?」
「そうだな、ここに来てもらおう」
リンは席を立つと、ロルトに軽くお辞儀すると進路指導室を後にした。一階の応接室に戻りレノと合流したリンは、廊下に出るとたくさん生徒達が応接室の前の廊下から西側にある食堂へと繋がる廊下を楽しげに歩いていた。リンはそんな様子を嬉しそうに見ながら、レノと一緒に生徒達の流れに乗って食堂へと向かって行った。今までに一度もこんなにも楽しそうな子供達の姿を見た事がなかったリンは、自分がこれからここに毎日通えるんだと思うと居ても立ってもいられなくなり、レノの服を掴んで興奮した様子で話し始めた。
「すごいね、こんなにたくさん子供達がいる。それにとっても皆楽しそう、僕これから毎日ここに通えるんだね」
「良かったな、リン。同年代の子達がたくさんいるし、ここはとても良さそうな学校だ。皆明るい表情をしている。テスもここの学校にいるし、七月からはこれまでと忙しくなるな」
「明日からもうここに通いたいな」
「気が早いな、あと三日間待てばリンはここの正式な生徒だ」
「あと三日が長く感じるよ。―わぁ、すごい広い食堂だね」
校舎と食堂を繋ぐ渡り廊下を抜け、吹き抜けの二階建ての食堂に入ったリンは歓声を上げた。開放的で光を多く取り込む為テーブルが並んでいる側の壁は一面ガラス張りになっていて、食堂は眩しい位明るい光に溢れていた。その中で多くの生徒達がお喋りしながら、食事をしており二階部分は半分吹き抜けになっていてもう半分は柵が設けられており、そこにも多くの生徒達が食事を取るスペースが広がっていた。レノは食堂脇にあるトレイを二つ取り、一つをリンに渡すと生徒達の列に並んだ。
「あれぇ? 君、この前公園で会った子だよね?」
突然後ろから声が聞こえてきた。リンはその声に聞き覚えはなかったが、その声が自分に向けられたと思い後ろを振り返ってみた。リンのすぐ後ろにいた生徒は祝祭の日にテスと一緒にいた友達の一人だった。ストレートの金髪が印象的なその生徒は生意気そうな顔つきで振り返ったリンの顔を見ると続けて話し始めた。
「やっぱり、あの時の子か。リンだっけ? なに、今日から学校なわけ?」
「今日はテストを受けにきたんだ。確かクリス? だよね。学校は来月からなんだ」
「へぇ、そうなんだぁ。俺とテスとバートは同じクラスなんだけどさぁ、リンも俺達と同じクラスになれるといいなぁ。まっ、でも俺達のクラスが一番人数少ないから、当然俺達とおんなじになると思うけど」
クリスは独特な話し方で、ストレートの髪を右手でサッとかき上げながら言った。リンはその言葉にちょっと詰まり、言いにくそうにしていた。
「リンは、今まで学校に通ったことがないんだ。ちょっと事情があって、これまでちゃんと教育を受けることができなかったので、来月から学校へ通うことになっても十一年生にはなれないんだが仲良くしてあげて欲しい」
答えられないリンに代わって、傍で話を聞いていたレノが口を開いた。
「ふうん、そうなんだ。まっ、あんたが心配しなくてもリンはテスの友達だから、そうなるとさ、俺もリンの友達なわけだし問題ないよ。それよりさっ一緒に飯くわね? テスとバートは二階にもういるはずなんだ。一緒にくおーぜ」
「うん、一緒に食べたい。レノ、いいでしょ?」
「私は全然構わない。一緒に食べよう」
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