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14.初登校
しおりを挟む「おはようございます」
「おはよう、待ってたよ。さぁこっちだ」
イオ教育学校、男子校であり四歳から十六歳までの子達が通う義務教育の学校に、この日リンは来ていた。自宅から学校までレノに車で送り届けてもらった後、少し心配そうに見つめるレノに笑顔で手を振ると、一人で校舎の中へと入っていった。時間は午前八時。多くの生徒達が登校する時間よりもかなり早く到着したリンは、この前ここの学校で会ったシーヴァー・ロルトという教師に挨拶をすると、多少緊張した面持ちでついて来るよう促すロルトの後についていった。
「今日から初登校だな。この前の試験の結果は郵送で送ったが、いやぁ本当に驚いたよ。君はかなり優秀な頭脳の持ち主だな、これまでたった二ヶ月しか勉強したことがないとは信じられなかった。気が早いかもしれないが、これなら飛び級も夢じゃあないな」
ロルトは少し後方から急ぎ足でついてくるリンを見ながら嬉しそうに話した。その表情は前回の時とうって変わって違い、屈託のない人の良さそうなロルトを見たリンは、安心したように笑顔を浮かべた。
「本当ですか? 僕、この前のテストとても難しくて分らない問題ばかりだったのに。結果も見たけれど、あまりいい点数じゃなかったと思うけど」
大股で歩くロルトに必死に追いつこうと、急ぎ足のままのリンは少し息を弾ませながら数日前に届いたテストの結果を思い出しながら言った。文字の読み書き、基礎的な算数や、社会、理科など一日かけて行われたテストの総合的な点数は半分を下回っており、評価もDランクというものであった。簡単な問題もあれば、リンの年頃の子達が習うレベルの問題も出題され、習ったことのない問題は全く手をつけられなかった為である。
「総合的な評価はよくなかったが、それは気にするところじゃないよ。君が習ったと思われる問題は全て正解していたし、読み書きも普通にできている。それに社会と語学は点数はずば抜けて良かったしな。君は歴史が好きなのかな?」
「はい、歴史は好きです。僕の知らない時代の事を知るのは、なんだろう、なんだかとてもおもしろいです」
ロルトに褒められた瞬間に足を止めたリンは、どんどん先へ進んで行く彼の後姿をぼうっと見つめた。だがすぐに走って彼のすぐ横まで行くと、とても嬉しそうにロルトの質問に答えた。
「面白い、か。いいね、俺も好きなんだ、特に旧エラン時代の歴史を調べるのがね。俺が本当に歴史に興味を持ち始めたのは大人になってからだが、歴史を知れば知るほど今の時代が見えてくる。そうすれば自ずと自分が次に取るべき行動が見えてくるものだ」
「歴史を勉強すれば、次の行動が分るようになるんですか?」
「そうだよ、自分という人間が生まれてから死ぬまでの間の考えや行動は時代がいつであれ、基本的には皆同じだ。自分の考えというのは、他の人間も過去に生きていた人達と大差ない。そういう人達の歴史を振り返り、検証するというのは自分の糧になるのさ。他人の過去から教訓を得るというところかな、まぁ普通に歴史を知るのはおもしろいと感じるだけでも充分にいいことさ」
「自分の糧、そういう風に考えた事なかった。先生ってすごいんですね」
いつの間にか二人は階段を上がり二階の廊下を歩いていたが、リンが感心したような口調で言い終えた所でロルトは立ち止まった。
「さぁ、まずはブラウン校長に挨拶だ。まだ会った事がなかっただろう? そんなに緊張しなくても大丈夫。のんびりした感じの人だから」
二階の職員室の向かいにある校長室に通されたリンは、ブラウンというここの校長と初めて会った。ロルトの言った通りのんびりした雰囲気を持つ初老の男性で、彼はゆっくりとした口調でリンに挨拶をした。校長との挨拶を簡単に済ませるとロルトはリンを連れて、元来た道を戻り始めた。廊下を歩いていると、先ほどまでは全く生徒達の姿を見かけなかったが、ちらほらと生徒達の姿が視界に入った。リンは自分よりもずっと年下の生徒達を見て、惑星G7に居た頃の事を思い出した。前回ここに来たときは緊張のせいか、自分が幼かった頃のことを思い出すことはなかった。生徒達のきちんとした身なりや活発そうな表情を見ていると、G7の子供達や以前の自分の姿を想像すると随分違うと思い複雑な気分になっていた。
「ここが今日から、リンが使う教室だ」
突然大きな声で言われたリンは、それまで頭の中に浮かんでいた過去を振り払われ目の前の茶色いドアを見た。そのドアは生徒達のいる教室のドアよりも小さく、なんだか古めかしい感じのものであった。
「ここは本来指導室なんだが、今日からはここがリンの教室になる。最初は理科と算数の成績から考えて二年生から初めてもらおうと会議で話し合ったんだが、それ以外の科目は三年生ほどの学力があるし社会は四年生並の学力があるという事を考えてな。おまけにリンは基本的に頭がいい。というわけで、今日から俺が一人でリンの授業を全て担当することになった。一応リンは四年生ということでこの学校に編入だ。全ての教科が四年生クラスまで上がれば、その時点で一般の四年のクラスのどれかに入ってもらうが、それまでは俺と一対一だ。よろしくな」
大きな窓が一つだけある、小さな指導室には机が二つありその机は向かい合うように配置されていた。壁にはリンが両腕をいっぱいに広げてもはみ出そうな位のホワイトボードが掛かっており、反対側の壁にはハンガーが掛かっており空っぽの棚が置かれていた。
「僕、一人で授業受けるんですか?」
「あぁ、暫くの間だけな。いきなり四年生のクラスに入ってもらってもついていけない教科があるから、とりあえずはここで普通の授業と、足りない分の授業を補完する形になる。普通の四年達より、授業料は増えるし覚えることがたくさんあるから大変だろうが、頑張ろうな」
「はい、よろしくお願いします。ロルト先生」
「こちらこそよろしくな。じゃあ早速席についてもらおう」
肩に掛けていた黒のショルダーバッグを机の上に置くと、リンはロルトに言われた通り席についた。するとロルトにバッグは机の横のフックに掛けるよう教えられ、リンがその指示に従うと机の上に今までに見たこともない黒く薄い板のようなものが置かれた。
「それは学校で使うノート型のPCだ。今度からは必ずそれを持って学校に来ること。あと、ノートと筆記具も毎日持ってくるんだぞ。あぁ、あと大事なものを渡すのを忘れていた」
ロルトはそう言うと、ズボンのポケットから無造作に学生証を取り出すと、それもリンの机の上に置いた。
「それは学校に来る時以外でも必ず携帯しておけ」
「家でもってこと?」
リンは長方形のカードを手に取ると、まじまじと見つめながら尋ねた。
「家の中では持ってなくていいが、出掛けるときは必ず持っておくんだ。財布とかに入れておけばいいだろう。それは学生証でもあるが身分証でもあるからな。何かあった時、学生証を持っていないと面倒な事になる」
「そうなんだ、でも僕財布持ってないからバッグの内ポケットに入れておきます」
財布を持っていないと答えたリンに信じられないというような感じで、ロルトはびっくりした口調で聞き返してきた。
「おいおいおい、財布持ってないのか?」
「え、うん。持ってないです、レノが持っています。僕、今まで買い物とか自分でしたことないし……」
「リンは、お坊ちゃんなのか……」
「?」
「ま、まぁいい。とりあえずPCを開いて起動してくれ。その中には全教科の教科書と時間割、他にもこの学校の規則など必要な情報が全て入っている。まだ一時限目までの時間までかなりあるが俺とリンだけだし、初めてしまおう。トイレとか大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ、始めよう」
学校の校則やこの学校の歴史、他にも生徒数の数やら年間行事など多くの事を聞き、これから半年先までの時間割を見たり授業で使用するPCに記憶されている教科書の見方などを教えてもらっていると、あっという間に一時限目の終了のチャイムが響いた。すると廊下から生徒達の声と足音が聞こえだし、リンはその音が聞こえる廊下のほうに顔を向けた。
「よし、一時限目はこれで終了っ。何か分らないことはあるか?」
「いえ、ないです」
「そうしたら、二時限目まで十分の休憩時間になるから今のうちにトイレに行っておくといい。俺はここ二階の職員室に一度戻るが、二時限目になったらまたここに戻ってくるからな。次はいよいよ授業開始だ」
無精ひげを手で触りながら、ニヤッと笑うとロルトは立ち上がり教室を出ようとしたときだった。
「リン! いるかー?」
突然、物凄い勢いでドアが開いたかと思うと、リンのいる教室にテスが大声でリンを呼びながら走りこんできた。
「テス、おはよう!」
テスはロルトの脇を挨拶なしに素通りすると、真っ直ぐにリンの傍まで駆け寄った。テスの突然の出現に喜んだリンは同じように元気のいい声で挨拶をした。
「今日はファレンズさんに送ってもらったんだよな? 明日からは俺と一緒に学校行こうなっ、バイクで迎え行くから。それと昼は食堂に二階の一番奥のところで俺達食べてるから、リンも今日から食堂来たら俺達のところに来るといいよ」
「おい、テス・デュリィ」
机に手をつきながら嬉しそうにリンに話しかけている背後から、ロルトの怒ったような声が聞こえてきた。リンは、テスに会えて嬉しいながらも、ロルトの事が気になりテスに苦笑いを浮かべながらロルトに呼ばれていることを教えようとした。
「テス? あの、後ろ」
「後ろ? 食堂の二階に上がってきて一番奥のところだよ。ちょうどでっかい時計が掛かっている真下辺りだからすぐ分かるよ」
「テス!」
「えっ? わっ、ロルト先生。気づきませんでした、おはようございます」
大声で自分の名前を呼ばれてやっとロルトの存在に気づいたテスは、慌てて振り返って挨拶をした。
「テス、お前は上級生なんだからまだ授業中のはずだろう? なんでこの時間にここにいるんだ?」
「あ、あの、一限目は生物で実験だったんですけど早く終わったんで教室に戻る途中だったんです」
「戻る途中であっても、まだ授業中に変わりないだろう。教室に戻ったあともまだ少し時間があるんだし、先生も教室で待っている。今すぐ教室に戻りなさい」
「いやぁ、今日リンが学校に来てると思うとなんかとても気になってですね……」
テスは、頭を掻きながらロルトの威圧感に耐えられず視線を逸らしながら冷や汗を掻いていた。リンは先ほどまでの人の良さそうなロルトが、突然恐い表情でテスに怒り出したのを唖然としながら見つめた。そして、怒ったら恐い先生なんだなとこれまでの認識を改めていた。
「聞いているのか? テス。早く教室に戻れ!」
「は、はい! じゃあリン、後で食堂でなっ」
「全く、あいつは相変わらずだな」
「ロルト先生は、テスの事知ってるんですか?」
「あぁ、テスだけじゃなくここの学校の生徒達の顔は全員覚えているよ。直接会話したことがない子もいるだろうがね。それにテスは去年まで私の受け持ちの生徒だったのさ。活発で良い子なんだが、時々規則を乱すのがな。しかもそれを自分で分っていないっていうのが面倒なところだ。まっ、俺も人の事言えないときもあるけどな」
「先生が? そんな風には見えないけど」
「昔、若い頃な。それより、トイレ行かなくていいのか?」
「あっ、行って来ます」
リンは急いで立ち上がると、教室から出るとトイレの方に向かっていった。ロルトはリンが居なくなると、フッと優しそうな瞳になると、自身のPC片手に足取り軽く職員室に戻っていった。
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