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15.生徒
しおりを挟む午前中の授業を終えたリンは一人、食事の盛られた器を乗せたトレイを両手で持ちながら、食堂の二階で多くの生徒が賑う広いフロア内でキョロキョロと辺りを見回していた。食堂の二階は吹き抜けになっており、本来なら三階部分にあたるであろう清潔な白色の巨大な壁には大きなアナログ式の銀色の時計が掛かっている。リンはその時計の下にある生徒達で埋め尽くされたテーブルを順番に見ていると、ふと視界にこちらに向って大きく手を振る生徒が映った。リンはその姿を見つけると、それまでどこか不安そうな表情を一遍させると、笑顔で足早に手を振る人物へと向かっていった。
「リン、遅かったな。俺達はもう食べ終わっちゃったよ」
「早いね、まだお昼になってからそんなに時間経ってないのに?」
リンは、テスとその友達であるクリスとバートの食べ終わった器を見ながら少々驚いた様子で言った。
「昼になったら、速攻で食堂に来て一気に食べるんだ。それよりさ、リンは一応四年生になるんだろ? 最初四年のクラス覗きに行っていなくってさ、たまたま通りかかった先生にリンの事聞いたら指導室だって聞いて驚いたよ。あそこで一人で授業受けるの?」
テスは隣に座ってきたリンの顔を覗き込みながら尋ねると、向いに座っていたクリスとバートもリンを覗き込むような様子で見てきた。リンは三人に見られていると意識すると手に持っていたスプーンを皿に置いて話し始めた。
「四年生からってなったんだけど、まだそのレベルに達していない教科があって、とりあえず半年間は一人で授業受けることになったんだ。それで、半年後にまたテストを受けて、全ての教科を合格すれば四年生のクラスに入ることになった」
「へぇ~、そんなことできるんだな。それで先生はあのロルトが全部教えてくれるの?」
今まで一度も話しかけられたことのなかったバートが、落ち着いた声でリンに訪ねてきた。これまで何度か顔は会わせていたが、初めて話しかけられてリンはバートの癖のある髪を見ながら口を開いた。
「うん、ロルト先生が全教科教えてくれる」
「毎日朝から晩まであの髭親父の顔見なきゃなんねーの? 悲惨だな」
クリスが右手で顔を乗せたままの状態でゲッとしたような顔つきで言った。彼はロルトのことが気に入らない様子であり、その様子を見ていたリンはまだ知り合って間もないロルトを弁解するような発言をし始めた。
「でも、あの先生とてもいい人そうだよ。怒ったら恐そうだけど」
「そうそう、あの先生怒ると恐いんだよな。テスもさっき怒鳴られたんだろう? リン、気をつけろよ。いつも飄々としるけど、突然怒り出すからな」
「それはクリスやテスが怒らせるような事をしているからだろう。俺は怒られたことなんて一度もない。あの先生はリンの言うとおりいい人だよ」
「はっ、それはバートが先生の前で猫被ってるからじゃね? 影じゃ結構やりたいことやってるくせに生意気言うな」
「お前達が利口じゃないから、怒られるんだよ。少しはもすこし賢くなれ」
「んだと!?」
バートの言葉にカチンと来たクリスはテーブルを思い切り強く叩くと、今にも噛み付かんばかりの顔つきで唸った。
「まぁまぁ、お前達ケンカはよせよ。リンが飯食べれないだろ? それよりさ、リンが食べ終わったら校内案内しよう」
「え? 校内はもう案内してもらったよ」
リンは食べながら、テスの言葉に反応した。
「それは先生が案内した校内だろう? 俺達の校内案内とは別物だ。俺達しか知らない場所を案内するよ」
テスは、リンに耳打ちうすように小声で話すと向いにいたクリスとバートは意味深な表情でリンを見ていた。怪訝に思いながらもリンは"うん"とだけ言うと、食べるスピードを自然を速めていた。
「なぁ、リンってさ少食なわけ?」
トレイに乗ってる一つの皿のみで、その中に入っているのはトマトのスープのみ。それだけを食べていたリンの事が先ほどから気になっていたクリスは不思議そうに訪ねてきた。
「うん、少食なのかな? 前はもっと食べられたんだけど最近あまりたくさん食べれなくて」
「そうなんだ、なんか病気したのか? 今まで一度も学校行ったことないってテスから聞いてたけどさ。どんな病気? もう治ってるのか?」
矢継ぎ早に質問しだしたクリスに、なんて答えればいいか分らなくなったリンは困ってしまった。
「言っただろう? クリス、リンの病気はもう治ってるんだって。だから学校に来れるようになったんだし、答えづらい質問するなよ。いいじゃん、今は元気になったんだし。なっ? リン。お前みたいに大食いじゃねぇの」
「お前だって大食いだろうが、そんなたくさん栄養摂ってるくせに成績は悪いけどな」
「クリス、お前もう一度言ってみろ」
「何度でもいってやるよ、クラス最下位のテス・デュリィ君」
「てめっ」
「やめろって、クリスもテスも。そんなんじゃリンが落ち着いて食べれないだろう」
今度はクリスとテスの間で火花が散ったが、間に入ったバートが二人の火花を押さえ込んだ。先ほどはクリスとバート、今はテスとクリス。なんだか三人の関係がおもしろくなってきたリンは、羨ましくも思いながらその光景を見ていた。ほどなくして食事を終えたリンを連れて四人は食堂を後にすると、ひと気のない四階の中央にある音楽室に来ていた。昼食時間、ここ音楽室にいるものは一人もおらず鍵の掛かっていないドアを開けると、テスは音楽室前の細い廊下の斜め向かいにある楽器庫の中へとリンを連れて行った。
「ここは初めて入った。音楽室はこの前来た時みたけど、奥にこんな部屋があったんだね。それにこれらは楽器? すごい、初めて見るけどどれも光っていてすごい綺麗」
リンは楽器庫の中にある透明なケースに入れられている楽器類に目を奪われていた。
「ここは普通の楽器庫だ、誰でも入れる。俺が案内したいのはここじゃないんだ」
「そうなの?」
「あぁ、こっから俺達しか入ることのできない秘密の扉があるんだ、ちょっと待ってて」
テスはそう言うと、楽器庫の奥に置かれている背の高い丸椅子の上に上がると、天井にある四角い扉の鍵穴に手にしていた鍵をはめた。カチャリと音がすると、テスは鍵をポケットに仕舞い込み慎重に天井の扉を開けた。下に垂れ下がってきた扉をそのままに、テスは天井の四角い穴に両手をかけると、腕力だけで懸垂でもするように頭を穴の中に突っ込んだ。そしてそのまま上半身、下半身を穴の中に吸い込ませると、逆さの状態でテスの頭だけが天井からひょっこり現れた。
「リンも上がって来いよ」
「え…、でも」
「いいから、来いって」
「うん」
リンは自分の両腕に以前のような力が入らないと分っていながらも、それをテス達に言う事ができずテスに促されるまま丸椅子の上になんとか上がった。テスよりも身長の低いリンはそこから手を伸ばしてみたが。手は天井には及ばず真上から覗いているテスに向って言った。
「無理だよ、手届かない」
「ジャンプしたら届かないか?」
「ジャンプしても、無理だよ。もし天井に届いたとしても、そこまで上がれる力がないから」
リンは悲しそうな表情で、そう告げると左手で自分の右腕をそっと触っていた。悲しかった、自分と同じ歳の子達は自分よりも背が高く、力もある。それなのに自分は他の子達よりも身長が低く、あのときのせいで両腕の力は以前のように入らなくなってしまっていた。重たい物をもったり、ましてや自分の体重を支える筋力は失われていた。どんどん蘇ってきそうになる記憶に押しつぶされそうになったリンは、天井から手を伸ばしてくるテスに気づかずただずっと丸椅子の上で俯いていた。その時突然、自身の足が丸椅子からふわりと浮いた。びっくりしたリンが顔を上げて振り返るとバートの姿があった。
「上がれないなら、俺が上げてやるよ。ほら、手を伸ばして」
丸椅子の傍にもうひとつ同じ椅子を並べ、その上に乗っていたバートはリンの腰を両手で掴むとリンの身体を軽々と持ち上げていた。リンは驚きながらも再び天井を見ると、テスの手を掴むため両手を上へと伸ばした。そしてリンの両手をしっかりと掴んだテスは、そのままリンを上に引き上げるとリンを天井裏へと上げた。
「ありがと、ごめんね」
「気にすんなって。ここは一人じゃ普通来ないし、今度からリンがここに来るときは俺達がいつも一緒だから」
テスの表情は真っ暗で何も見えなかったが、笑っているような感じで特にリンが登れないということも気にしていない様子だったので、リンは安心した。その後バートもクリスも天井裏に上がってくると四人は真っ暗な中を歩いた。視界は0だったが、勝手知る三人は行く場所が分っておりリンはテスに手を繋がれたまま少しばかり歩くと、テスは突然立ち止まった。突然自分達の周りに明かりがついた。天井裏は低くリン以外の三人は背をかがめる様にしており、すぐ上にある天井にはライトが取り付けられていた。
「このライトは俺がつけたんだ。ライトはここにしかつけていない」
「ここって、天井裏だよね。なんか秘密基地みたい」
「そうさ、ここは俺達の秘密基地みたいなものなんだ。授業さぼったり、面倒な行事の時はここに隠れて昼寝したりできるんだ。いいだろう?」
「うん、でもどうしてここに来れる鍵をテスが持ってるの? まさか盗んだりしたの?」
「まさか! 俺は盗みなんてしたことないよっ、この鍵は落ちてたんだ。一年位前にさ、この学校の指導室全てを掃除させられた時に偶然見つけっ、ぐっ」
テスが言い終わらないうちに横にいたクリスが突然テスのわき腹に肘鉄を食らわせた。
「その鍵は俺が見つけたんだ。嘘つくな」
「だけど、その鍵がここの鍵だっていうのは俺が発見したんだから、いいだろう? それに俺が鍵を預かってるわけだし」
「でもな、ここは授業中ぐらいしか使えないんだ。放課後になると楽団の奴らが音楽室に来るだろう? そうなるとここへ来るのも出るのも困難になる。楽器庫でたむろしてる楽団も結構いるからな。なんで、ここを使うのは日中位かな」
「まぁ、寝過ごさなければここほど快適な場所はない。まぁ、大概来るのは昼の間位だと思うけど」
バートはそう言うと、床に無造作に置かれているクッションに座ると、大きなアクビをしながら言った。
「おい、バート寝る気かよ。まだここだけじゃなくてリンに案内してない場所があるんだぞ、ほら行くぞ」
「なんか、ここに来ると自然と眠くなるんだよな」
「おら、バート立てよ、行くぞ」
クリスは軽くバートを蹴って、立ち上がらせると四人は天井裏を後にした。その後テス達はリンを屋上に連れて行ったり、普段使われていない部室や、あまりひと気のない場所ばかりを案内していった。 お昼時間も終わりに近づいた頃、リンは四階のテス達の教室の前に来ていた。
「ここが俺達の教室だ、A11。反対側のほうは最上級生クラスで真ん中の三つは十二年の奴らの教室なんだ」
「さっきも思ったんだけど、ここ四階って他の階よりもかなり静かだね」
「そりゃあ、俺達は上級生のなかでも上の部類に入るからな。下の階のお子様達とは違うのさ」
「何言ってるんだクリス、お前も俺から見たらお子様だ」
遠くから声が聞こえ、リンは振り返った。そこにはこちらに向って歩いてくる長髪の髪をひとつに纏めた背の高い生徒と思われる人物であった。
「なんで、こんなとこに来てんだよ。お前はあっちの教室だろ」
クリスは物凄く鋭い目つきで近づいてくる背の高い生徒を見ながら、低い声で呟くように言った。
「クリス、別にお前に会いたくて来たわけじゃないんだ。残念だったな、俺の弟に用があって来ただけだ」
長身の生徒はリンのすぐ傍までくると、クリスをおもしろがるように返事をしてきた。
「おっ? このかわいらしい子はどうしたんだ? 珍しいな黒髪で、黒い瞳だ。俺はマルガ・ケージだ。最近転校してきたのかい? 四年生かな?」
マルガと名乗ってきた生徒は、リンの目の前でしゃがむと、子犬でも見るかのような顔つきでリンの頭を撫でながら質問してきた。あまりにも唐突に頭を撫でられたリンは驚きながらも、マルガの綺麗な顔立ちを見ながら何故か頬が赤くなった。
「え、えとリン・シェイドです、四年生です。今日からここの学校に通ってます」
「そっかぁ、やっぱり四年生か。かわいいね、リン」
「ちょっと! ケージさん、リンに勝手に触らないで下さい。それにリンは四年生だけど歳は俺達と同じ十四歳です」
「えっ? そうなの? 十四歳なんだぁ、それにしてはとても小柄で幼く見えるね。でもなんで十四歳なのに四年生なわけ?」
マルガは立ち上がると、不思議そうにテスに訪ねてきた。
「そんな事別にケージさんに関係ないですから、それより授業、もう少ししたら始まるから失礼します」
「なんだ、テスも相変わらず冷たいな」
「お前が気色わりーからだ」
「なんだい? クリス、また俺にいじめられたいわけ?」
「そんなんじゃねーよ! 行くぞリン!」
クリスはマルガの言葉が癇に障ったのか、リンの手を掴むと大股でその場を離れていった。それを見たテスとバートも慌てて、クリス達の後をついていった。
「何か困ったことがあったら、いつでも俺のとこにおいでね。クリス達よりは頼りになるよ」
マルガは遠ざかっていくリンに向って大声で言うと、軽く手を振っていた。
「クリス、もう手離して。痛いよ」
「あっ、わりー」
「ねぇ、なんでそんなに嫌いなの? なんかいい人そうだったけど」
「あいつが? そんなこと絶対ないね。いいか、リン。あいつは変態だ、絶対近づくなよ?」
「へっ? 変態? そうは見えなかったけど」
「いいからっ! 変態なんだよ、あれは。とにかく話しかけてきても無視しろ、無視」
クリスはまだ怒っている様子で吐き捨てた。
「リン、これは俺からも言っておくけど、ケージさんにはあんまり関わらないほうがいい。
見かけたら逃げるように」
「テスやクリスの言うとおりだ。あの人には関わらないほうがいいよ、リン」
「う、うん。みんながそう言うならそうするよ」
リンは、訳も分らないままとりあえず三人の言う事に反論せず素直にその言葉を聞き入れた。
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