Existence

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第十四話 疲労

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「あいつは何者なんだ?」
「さぁな、俺もわからん」
「リリー島にいたってことは、あいつはやっぱりユーリャ族なのか? それにしても容姿といい格好といい、見たこともない人間だったが。もしかしてヴァイテの民か?」
「……かもしれないな、最初は聞いたこともない言語で話していたからな」
「なぁ、俺は気が乗らないけど、不審者ってことは近いうち処刑にするのか? 規則だと捉えてから七日後に処刑だったろう。……だがあれはまだ子供だ」
「ただ島にいただけだからな。……処刑はしない。何か情報を持っているかもしれない、聞き出した後はそうだな……。追放すればいい」
「相変わらず、冷たい奴だな。用済みになったらすぐ捨てる、か」
「いつまでも持っていても、無駄なことだろう」
「まぁ確かにな。それと、あれはどうだった? 見つかったのか?」
「いや、駄目だった。すまない、勝手な行動につき合わせてしまって」
「勝手じゃないだろう。あんたの考え付いた方法は今まで誰も思いつかなかった、とんでもない奇策だ。今回は駄目だったが、次がある。その次だって、あんたがあれを見つけるまで俺は付き合うよ」
「……そう言ってくれると助かる」
「今度はどこを探すつもりだ?」
「……アリーシェだ」
「アリーシェだと!? あのアリーシェか?」
「あぁ、もうこうなればアリーシェに行くしかない」
「だけど、あの地はドラゴンの住処だろう」
「今は女王が不在だ。いるとしても、女王の僕である雄のドラゴンしかいないのだから。なんとかなるだろう」
「けどな、アリーシェは人が無断では入れない場所だ。入ったら最後、ドラゴンに食い殺されるぞ」
「ヨハンを巻き込むつもりはない。無論イノアもだ。次は一人で向う」
「駄目だ、付き合うと言っただろう? イノアだってそうするだろうさ。他の奴らもみんなそうするに決まってる」
「……皆でゾロゾロついてこられるのはご遠慮願いたいな」
「ははははっ!」

 ヨハンの肩を叩いて別れた後、レイヴィルは自身の小屋に戻る。扉を閉じて、壁際に置かれたいる樽の中の水を桶で掬うと一気に飲み干した。瞬間、レイヴィルは左胸を右手で強く押し付けた。眉を僅かに歪めている。柄杓を元の位置に戻すと、左の拳を壁に強く打ち付けた。鈍い音が微かに響く。

「どうして今になって現れたんだ。……なぜだ、今更何をしようというんだ。それにどうして、あれ一人なんだ。女王はなぜ戻らない!」

 今度は強く壁に拳を打ち付けた。

「しかも、なぜ男の姿なんだ。何を企んでいる?  ……まさかあの計画を悟られたのか……」

 ◇

 治癒の力を持つイノアによって、手首の傷は塞がり、殴られた頬の腫れも引いた。慧牙はルアグアーレという世界に来てからずっと、驚きの連続だった。

 こうして今もまた、イノアの力を目の当たりにして驚きいている。しかしまたかという思いも生まれていた。慧牙はこの世界のしくみに少し慣れたようであった。無理にでも慣れないとやっていけなかった。自分がいた世界とは全く違うルアグアーレ。

 治療が終わるとイノアは一度小屋を離れた。そして暫くすると再び戻ってきた。手には蓋のついている大きめの籠を持っている。

 先ほど火にかけていた小さな鍋を炉から外すと、籠から綺麗な丸い鍋を取り出し、先ほどと同じように雪をたくさんつめて炉にかけた。

 次にイノアは籠から見慣れないものを次々と取り出し、何やら料理を始めているようであった。香辛料のような類を次々と鍋の中に放り込み、その辺に生えているような草を次々と入れていく。最後に大きな肉の塊をナイフで切り分けると、それらも鍋に放り込んだ。

 そして籠から深めの木の器を取り出すと、怪しげな黄色い粉を入れて、小さな鍋に入っていた湯を木製のスプーンで器の中に流し込む。

「これを飲んで下さい。温まりますよ」

 差し出されたスープのようなものを怪しむように覗き込みながら、慧牙は恐る恐る受け取った。

 思えばここに来てから飲まず食わずだった。時間の感覚は分らないが、多分一日以上は経過してるだろう。

 慧牙は長い間水分も取らず、何も食べてなかったと思うと急激にお腹が空いてきた。何か発酵したような匂いが立ち上る器の中をマジマジと見ながら、恐る恐る慧牙はそれを飲んでみる。

「うっ…げほっ! なんだこれ!? すげぇ苦いっ」

「薬草とルピを粉にして混ぜ合わせたものです。冷えた体を温める時にも飲みますが、病気で食事が取れない時に飲むお茶です。栄養もあるので全部飲んで下さい」

「え、……でもほんと苦くて、全部飲むのはちょっと」

「駄目です。見たところ慧牙はとても痩せていますし、顔色も青白くて今にも倒れそうな状態ですよ? それに傷は癒しましたが、それは私の力で半ば強引に治癒させたもの。無理をすれば、すぐにそこが炎症を起こし始める。我慢してでも全て飲んで下さい」

 やさしそうなわりには結構きつい部分もある。微笑みながら全て飲み干すのを見守っているイノアから視線を逸らすと、慧牙は苦味を我慢しながらも黄色いお茶を飲み始めた。

 本当なら一気に飲み込んでしまいたかったが、お茶は熱くてそうもいかず、途中何度も顔をしかめながらも何とかお茶を飲み干した。飲み終えて器をイノアに返す時、炉の火で煮込まれている得体のしれないスープが気になった。

 これも苦いのか?

 見た目は普通の肉の入ったスープに見えるが、お茶と同じように発酵したような匂いが部屋の中に充満していた。慧牙にしてみればその匂いはそれほど臭くは感じなかったが、見知らぬ場所で会ったばかりのイノアから、よく分らない食事を出されるのはかなりの緊張を伴う。

 あまり好き嫌いはないほうだけど、まずかった場合でもお茶のように全て食べなさいと言われたら……困る。

「イノア、でいいのか?」

「えぇ」

「イノア、聞きたいことがあるんだ。聞いてもいいか?」

「どうぞ? 私に分ることでしたら、なんでもお答えしますよ」

 イノアの深緑色の瞳が鍋から出る湯気で揺らめいた。やさしい空気を纏う人物である。女性ぽい顔立ちで、雰囲気も柔らかい。けれど慧牙はよりもずっと背が高く、一見やせているように見えるが、よく見るといい体躯の持ち主のようであった。

 穏やかな雰囲気は何でも聞けるような気がした。これまで会った人達はいずれも一方的で、慧牙の話しを聞こうともしなかった。レイヴィルは特に有無を言わせないほどの性格で、イノアとはまるで真逆だった。

「まず、ここはルアグアーレって世界なんだろ? そしてイノア達はフレア族、島にいた兵士達はユーリャ族。ここまでは合ってるか?」

「えぇ、合っています」

 イノアは少しばかり驚いたような表情で慧牙を見つめながらも静かに答えた。慧牙をこの世界の人間だと思っているイノアからして見れば、そのようなことも知らない慧牙が不思議だったのであろう。

「それであんた達と島にいた奴らは、聖地っていう島をお互い自分達のものだと主張してるんだよな?」

「まぁ、そうですね」

 なぜこのような当然の事を訪ねるのかというような顔つきでイノアは答えた。やはりここの世界の人達は皆同じだ。島にいた兵士といい、レイヴィルといいイノアもまたこの世界の住人で、慧牙のいた世界のことは全く知らないという感じた。誰からもここは地球のどこどこの国だというような返事は返って来ない。慧牙は少し間を置いてから、再び口を開いた。

「俺は……気がついたら島にいたんだ。俺はこの世界の人間じゃない、違う世界の人間だ」

 慧牙はそう言い切るのには抵抗があった。けれども自分でもよく分っていないことをイノアに話しても、混乱させるだけだと思った。

「違う世界?」

「そうだ。でもこの話をしても多分、信じてもらえないだろうけど」

「信じますよ」

「ほ、本当か!?」

「世の中には不思議なことがたくさんあります。仮に慧牙の言うとおり、違う世界というのも、もしかしたら存在するかもしれませんし」

 すんなりとイノアに信じると言われて、逆に慧牙はイノアの事を疑った。実際慧牙自身もまだ半信半疑なのだ。ただ不審者の言葉に適当に合わせているだけかもしれないと。もしかしたら質問しても、嘘をつかれる可能性も考えられる。けれども慧牙はイノアにこの世界の事を聞く必要があった。帰る糸口を掴みたかった。

「いきなりこっちの世界に飛ばされて、そしたら島にいた兵士みたいな格好した奴に捕まった。でもなんとかしてそっから逃げ出したら、次はあのレイヴィルって野郎に見つかって、ここまで連れてこられたんだけど、なんでみんな俺を捕まえるんだ? 何も悪いことなんてしてねぇしただ島にいただけだ。それも俺の意思とは関係なしに気がついたら島にいたんだ。どうして俺が突然違う世界に飛ばされたのか、イノアはなんか知らないか?」

 慧牙の質問に、イノアは腕を組んで神妙な顔つきになる。

「……私にはなんとも……。ただ、あのリリー島は我々フレア族にとって、最も重要な場所なのです。……そしてユーリャ族にとっても重要な場所。あそこは現在ユーリャ族が支配していますが、昔はフレア族の……いや、私達の神であるドラゴンの土地だったのです。それをユーリャ族に奪われてしまい。それで今日までの間、幾度となくリリー島を奪還する為に私達は戦ってきました。その聖地に見ず知らずの人間がいたとなれば、ユーリャ族も私達フレア族も……、捕らえるでしょうね。ケイガ、あなたには悪いことをしてしまいましたが許してください。暫くの間ここにいてもらうことになると思いますが、レイヴィルは時期をみて、あなたを解放するでしょうから」

「あいつが!? そんな風には見えないけどな。それにイノアが謝ることはない、俺をここへ連れて来たのはあいつだ。…………俺はあいつが嫌いだ」

 イノアの言葉に過敏に反応し慧牙は声を荒げると、会ったばかりのレイヴィルのことを嫌いだと言い放った。イノアからあの男にこの事が伝わっても一向に構わなかった。そのことが伝わって更に今の状況が悪くなろうとも、そんなことはどうでもよかった。

「そう嫌わないで下さい、確かに冷酷な面も独善的な部分もありますが、レイヴィルに忠誠を誓う者達は多くいます。それにレイヴィルは私達ドラゴンファングのリーダーなのですから」

 苦笑しながらイノアはレイヴィルを擁護してきた。確かにあの暗闇の中で兵士をたった一発の弓矢で仕留めたり、空の上、人間らしからぬ跳躍力で敵の懐に飛び込んでいく果敢さは他の者を圧倒するかもしれない。強い人間の元には自然と人が集まるものだ。しかし無理矢理ここまで連れてこられて、空中から落とされそうになったり、慧牙から手を出してしまったものの腹にきつい一撃を喰らい、挙句の果てに裸にされた屈辱はそう簡単に消え去るものではなかった。

「なんだよ、ドラゴンファングって」

「レイヴィルをリーダーとする精鋭部隊の名称です。分りやすく言えば竜の牙ですね」

「ドラゴンは分るけど。そのドラゴンって、ここの奴らが乗ってた生き物のことか?」

「違いますよ、あれは竜だけれどドラゴンではない。飛竜という生き物です。言い方は悪いですが、ただの動物です。かなり獰猛で飼いならすのは至難の業ですけど。ドラゴンとは私達の神である竜神のことを指します。初代聖神アデレ、そのお方が私達の神です。そして今は三代目の女王が私達を守ってくださってる」

「神に初代だとか、三代目だとかあるわけないだろ? 神は神で代を継ぐ神なんているかよ。なんだよそれ? ていうか神に生きるとか死ぬとか関係ないだろ」

 イノアの言っていることが理解できなくなり、慧牙はすかさず思ったことを口にした。

「神であっても死は免れられない。そういう風に習いませんでしたか?」

「そんな話しは聞いた事がない」

「どうやら、ケイガは本当にこの世界のことを知らないようですね。いいでしょう、物心ついた子供達に初めに教える聖典を今から教えましょう」

 イノアは話している間に出来上がったスープを大きめの器に盛ると、慧牙に差し出し、「食べながら聞いてください」と言って食事を取るよう促すと、静かに話し始めた。

 それはルアグアーレという世界の初まりとフレア族の始まりを伝えるものだった。

 この世界を創造したのは聖霊とドラゴン。人間にとっては過酷な環境のルアグアーレは聖霊とドラゴンにとっては棲みやすい世界であった。けれどもこの地より突如生まれた人間にとってはあまりにも過酷な世界であった。弱い人間達はこの過酷な環境に耐え切れず、次々と死んでいく。だがその人間達に手を差延べる者が現れた。人間達を救った者は神である聖霊とドラゴンであった。聖霊とドラゴンのおかげでルアグアーレの民達は生きながらえることができたという。

 聖霊が助けた民達はのちにユーリャ族となり、ドラゴンが救いを差延べた民達はフレア族となり、この世界で繁栄できた。フレア族にとって唯一の存在。それがフレア族の神、聖神アデレである。そして神もまた人間や他の生き物と同じように生きており、寿命があるということであった。

 聖神アデレという神は既にこの世にはいない、けれども神は死んでからも自身の民達を見守り続ける。そして現在の神は三代目であるということであった。

 人よりも遥かに長い寿命。この先、三代目も死んでしまう前には必ず次の神が生まれるということになっていた。この先も神が増え続けるということである。けれども最初の神の名の中にそれ以降の神も含まれて、一応は神は一人ということにされていた。そして現在、生きている三代目も神であるが、区別する為に女王という呼び方がなされていた。

 慧牙はほとんどスープを口にすることなく、イノアの話に耳を傾けていた。イノアの作ってくれたスープがかなり脂っこくて口に合わない、という理由も含まれていたが。その後イノアの話は次第に暗い方向へと向っていった。

「…なので、このルアグアーレには聖神アデレを崇める私達フレア族と、聖霊を崇めるユーリャ族という二つの大きな民族がいるのです。そして二つの民族はもう百年近く戦いを続けている。原因はリリー島にある聖地です。昔、あの聖地は神であるドラゴンの住処でした。それがなぜか急にユーリャ族が侵入してきて、私達の神を追い出してしまったのです。私達フレア族は怒りました。当然でしょう? 私達の神の住処をユーリャ族が荒らしたのです。そしてそれから百年近くの間、私達フレア族とユーリャ族の戦いが続いているのです。この百年の間に一体どれだけの者が血を流したことか……。私の父親も兄弟もみなこの戦いで命を落としてしまった」

 ここで初めてイノアは表情を曇らせると、目を伏せた。同族の血が長きに渡って流され続けている。家族を戦いによって失ったイノア。戦いは今も続いていた。それらのどうしようもない感情がイノアに重く圧し掛かっているようであった。

 イノアは一通り説明し終えると、押し黙ったまま何も話そうとしなかった。重くなった空気に耐えきれず、慧牙は途中で手を止めていたスープを再び無理に食べ始めた。器を空にして地面に置くと慧牙はイノアに問いかけた。

「あの島はフレア族の、神であるドラゴンの住処だったんだな。知らなかったよ、イノア達にとっても大事な場所だってこともよく分った。俺はそんな重要な場所に飛ばされてたんだな……」

 何かおとぎ話を聞いているような感じではあったが、イノアの表情や口調からして今聞いた話は全て真実だと物語っている。

 ただやはりというか、ルアグアーレの話の中に地球に関係するような話は一切でてこなかった。関係するというべきかは分からないが、地球にもドラゴンや精霊などの伝説的な話はある。でもそれだけであった。やはりここは地球ではなく、どこか違う世界なのだろう。

「なぁ、イノア。……本当に俺はこの世界の人間じゃない……ようだな。地球っていう星の日本って国から、ここまで何らかの力で飛ばされたんだと思う。もうそれは信じられないようなことだけど、信じるしかないみたいだ。最初、俺は死んであの世というとこにでも来たのかと思ったけど、それも違うようだし。イノアは地球っていう星を聞いたことがないか? もう一度聞くけど、本当に何か知らないか? 俺が元の世界に戻れる方法じゃなくても、島に関係するなんか特殊な力とかさ」

 どうしても聞かずにはいられなかった。イノアから聞かされた二つの民族の長い戦いを聞いた直後に、自分の家に帰れるかと訪ねるのは少々冷たいかとも思われたが、慧牙もまた必死だった。

 特に元の世界に戻ってやらなければならないこともあるわけではなかった。高校を卒業してからフラフラと職を点々として、なんの目的もなく生きてきた。

 けれども帰りたかった。あの陽気な親父やちょっと恐い長兄の和哉、兄弟だけど同い年の将、そして弟の琉牙。これまでは特になにも感じていなかったが、今頃心配しているだろうかと考えると今すぐにも無事であることを知らせたかった。

 家族に心配される、ということが慧牙の中で最も嫌なことであった。

「申し訳ないけれど、私には分らない。地球という星も日本という国も聞いた事がない。……けれども、何かの力によって飛ばされたということはもしかしたら……いや、これは私の勝手な推測ですが」

「なんだ? なんでもいいから教えてくれ」

 微かな希望が見えたような気がして、慧牙は無意識に身を乗り出していた。

「ケイガの言う、何かの力でここまで飛ばされてきたのは黒曜石が関係しているのかもしれない。聖地の中心に位置する黒曜石。あれはとても神聖なもので、神である聖霊やドラゴンの力を持ってしても破壊できないという言い伝えがある。それに聖霊はあの黒曜石の周囲に自らを模した銅像を建立し、黒曜石を守っているようです。詳しい事はわかりませんが」

 慧牙は白い大きな岩を思い出していた。あの白い岩も島にあった黒曜石と同じ位の大きさであった。それに形も似ている。色は違うけれども、二つの岩には何か関係があるように思えてならなかった。もし関係しているのであれば、またあの黒曜石の所にいけば、今度は実家の裏にある雑木林のところまで飛ばされるのではないかと。

「イノア、あの島にまた戻りたいんだ。あの黒曜石の近くに行けば俺は元の世界に戻れるかもしれない。なぁ、お願いだ。俺をあの島まで連れて行ってくれ」

「……話したことは私の推測であって、確かな情報ではない。ただの憶測で行動するのは危険です」

「だけど、俺の世界にも同じような岩があったんだ。白い岩だったけど。その岩に行った時に、空中が黒く波打って吸い込まれたんだ。だから間違いないって」

 慧牙は興奮したようにイノアに近づくと、必死に島に連れて行ってくれるよう頼みだした。

「もし本当にそうであったとしても、島に行くのは、難しい。それにレイヴィルは首を縦にふらないでしょう」

「なら俺が直接レイヴィルに頼む、あいつは今どこにいるんだ? 案内してくれ」

 慧牙は立ち上がると扉の方へと駆け寄り、イノアに一緒についてくるよう言った。それに慌てた彼もまたすぐに立ち上がると、慧牙の腕を掴む。

「駄目ですよ、今は。島には簡単に近づけないんです。昨夜、レイヴィル達が島に行くことができたのは聖霊がいない間を狙って行ったのですから。既に島には聖霊が戻ってきているはずです。もし聖霊が島にいる時に私達が行けば、みんな殺されてしまう」

「え……そしたら次に聖霊が島からいなくなるのはいつなんだ?」

「多分、数ヶ月は先になるでしょう。それも確かなことではありませんが」

「それなら、島にぎりぎり近づける所まででもいいから。もしそれも難しいなら、船を貸してくれないか? 俺一人で島に向う」

「駄目です。ケイガ、お願いですから言う事を聞いてください。家に帰りたい気持ちは分りますが、少し時間をおいてください。一応、このことはレイヴィルに話しておきますから。…ですが、黒曜石から元の世界に戻れるかもしれないというのは私の単なる思いつきです。もしもそれが間違いだったらどうするんです? もしそうなれば、あなたは聖霊かユーリャ族に殺されてしまうかもしれないのですよ?」

「だけど、俺はここの世界の人間じゃない。それに俺はここの世界では不審者扱いだ。どこにいても殺されるかもしれないだろう?」

 慧牙の言葉にイノアの掴んでいた手が少し緩んだ。慧牙は不審者としてここに連れてこられてきた。多分、リーダーであるレイヴィルの判断次第で慧牙を生かすも殺すもできるだろう。

「ただ不審者だからといって、ユーリャ族ではないケイガを殺すことはないと思いますが……困りましたね。女王シューリア様がいれば慧牙を元に戻す方法を教えていただけるかもしれないのに」

「シューリア? シューリアというのは女王なのか? それって……神ってことか?」

 レイヴィルは何度も慧牙に対してシューリアの子であるか訪ねてきた。それはつまり、慧牙を神の子かと訪ねたのだと分ると、慧牙は眉を寄せて視線を泳がせた。

「シューリアは今いないのか?」

「えぇ、二十年前に起きた大きな戦いで、女王シューリアは亡くなられました、多分、リリー島で……」

「? そしたらさ、今生きてるイノア達の神っていないのか」

「そうですね、いません。けれども他のドラゴンはいます」

「なら、そのドラゴンに聞けばいいのか?」

「ドラゴンの中で神になれるのはたった一人です。初代聖神アデレも二代目も三代目シューリア様もみな女性でした。神も人間と同じように男性と女性がいるのですが、神になれるのは女性だけなのです。そして、ドラゴンは自分の死期が近づいた時にだけ、次の女王となる子を生むのです。他のドラゴンは女王のいわば護衛みたいな存在なのです。そしてそのドラゴン達は女王の許しがない限り、一切人間とは話をしない。なので多分無理でしょう」

「じゃあ、俺は一体どうすればいいんだ」

「とにかく、疲れも溜まっているでしょう。今日は一日ここで静かに休んでいてください。全く知らない世界に飛ばされたのであれば、いろいろと知らぬうちに疲れているかもしれませんし。私はもう少ししたらここを離れますが、小屋の前に護衛がいますので何かあればその者に伝えていただければすぐに参ります」

 これ以上イノアを困らせるわけにはいかなかった。傷を治してもらい、薬や食事を与えてくれた。それに不審者でどこの誰かも分らない人間に対して丁寧に接してもらったのだ。島に戻りたいという話もレイヴィルに伝えてくれると言ってくれたのだし、ここはイノアの言う事を聞いて一旦引き下がることにした。

 イノアが小屋から去って一人になった慧牙は再び毛布に包まると、炉に灯る炎を見つめながらぼんやりと考え事をしていた。

 あの白い岩から、島の黒曜石のほうへと飛ばされたことは間違いないだろう。あの声は岩が発したのか? それとも黒曜石が発したのだろうか。そしてどうして呼ばれたのだろう。確かに名前を呼ばれた。助けて、とも……。

 レイヴィルに言った言葉を思い出す。「シューリアの子か?」女王シューリア、ドラゴンであり神であるシューリア。なぜレイヴィルはそう訪ねたのか。それにどうして知らぬ間に左足に不思議な痣ができたのか。

 手が自然と痣のある左足に伸びていった。この痣が神の子の証とでも言うのか。

 馬鹿馬鹿しい。

 あまりにもいろんなことが頭の中に入ってきて、慧牙は考えをまとめることができないでいた。だんだんと視界が暗くなる。急激に襲いはじめた疲労が慧牙を眠気を誘う。いつしか慧牙は炎を見つめながら深い眠りに落ちていった。
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