【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

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第1章

§4 月下の邂逅

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 俺はブラスとティラを探しに騎士団本部へ向かう。


「ブラス! ティラ!」


 扉を潜って目当ての二人を大声で呼ぶと、くぐもった声の返事が聞こえる。

 声を辿って部屋を見に行くと、食事を口に詰め込んでいる二人を見つけた。まるで飢えた獣のように、彼らは料理を貪っていた。身体のところどころに包帯を巻かれている。手当はしっかり受けられたようでよかった。


「旦那も食べましょうぜ!」
「んぐんぐ」
「砦に戻るぞ」
「はい!?」
「詳細は歩きながら話す。とにかく今は急いでいるんだ」


 真剣な俺の声に何かを察したのかすぐに立ち上がる二人。やはりこの二人は頼りになるな……と思ったが、この二人とも別れが近いことを思い出した。
 
 今はそんなことを考えている場合ではないのに、どうしても寂しい気持ちで溺れるような思いがする。


「ライゼル様……?」
「……すまないっ、行こう」
「……?」


 俺は二人を連れて厩舎へ行きアリュールを探す。明るい栗毛のアリュールは俺の気配に気付いたのか耳をピンと立て、自分の居場所を知らせるように鳴いた。


「アリュール! 良い子で待ってくれていたかい」
「ぶるるっ」
「ははっ、ダメじゃないかイタズラしちゃ」


 アリュールが目を逸らしたのと、厩務員が少し疲れた様子なのを見て察する。やんちゃな相棒に苦笑する。


「さて、あまり休ませていなくて悪いが砦まで戻ってくれるかい?」
「ブルルルルッ!!」
「ありがとう、助かるよ」


 元気が有り余っている様子に笑う。

 ブラスとティラは行きとは別の馬たちに乗るようだ。スフェーン王国の馬たちは肥沃な大地の恩恵を受け、とても丈夫な子たちが多いが無理をさせるのは良くない。懸命な判断だろう。


「二人ともいいか?」
「……はい」
「……あいよ」


 厩舎に歩いて来るまでの間にゼフィロス王国の援軍の交換条件について話した。

 二人とも「ライゼル様がゼフィロス王国へ嫁ぐなんて必要ありません!」と大声で反対していたが、最終的には俺の決断を尊重してくれた。そうは言っても狼狽えているようだ。慕ってくれる部下がいるというのはありがたいな。

 行きと同じように砦へ戻る帰りの道もアリュールは全速力で走ってくれた。

 そのおかげか、急変した事態に追い付かない心の靄が少し晴れたように思えた。







 砦に戻ったら騎士団長と隊長たちを集める。

 皆一様にゼフィロス王国からの援軍に驚き、瞳に宿る炎が大きくなった。疲弊していた砦の空気が、一気に熱を帯びるのを感じた。


「しかし、何故ゼフィロス王国が協力を?」
「ん? ああそれは、交換条件があるからだ」
「なるほど……金貨ですか?」
「いいや、俺だ」
「……今、なんと」
「俺がゼフィロス国王のもとへ嫁ぐことになった」


 騎士団長のドノヴァンはそれを聞くやいなや竜巻のように暴れ出し、五人がかりで押さえ込む羽目になった。彼の怒号は、砦の壁をも揺らすほどだった。
 
 彼は俺の剣の師匠でもある。もちろん兄二人も鍛えられた。

 ドノヴァンから言わせれば、兄二人が末弟をみすみす差し出すなど言語道断!ということなのだが、俺も望んでいることだと言ってなんとか宥めた。

 俺は作戦内容を皆に伝達した。夜明けの作戦開始までは戦いに備え休息、そしてゼフィロスの兵たちを迎える準備をするようにと。追加の物資は後ほど城から送られてくる予定だ。






 ゼフィロスの兵が到着したのは、日が暮れて一刻ほど経った時だった。空は深い藍色に染まり、星が瞬き始めていた。


「旦那! ご到着のようですぜ」
「そうか!」


 準備をしている中、ブラスから声がかかり慌ててアリュールのもとへ行く。

 気を利かせて前片足を後ろに曲げて鐙がわりに使わせてくれる。早く乗れ!と言わんばかりの様子に思わず笑みが溢れる。
 
 俺は砦を飛び出す。元々出迎えは俺が一人ですると皆にも伝えてあったので誰も着いては来ない。

 「万が一があったらどうするんだ!」とドノヴァンはまた怒っていたけれど、城にソノラさんを使者として向かわせてくれたゼフィロス王国側が下手なことをするとは思えなかった。

 日が暮れたのにも関わらず黒々と光る馬が先頭に見える。とても大きな馬だ。騎乗しているのは筋骨隆々の肉体を持つ獣人。


 ――――彼が、ゼフィロス国王。


 確信めいたものを感じ、近づいていく。冬が過ぎたとはいえ、まだまだ夜は冷える。頬を冷たい風が引っ掻いていく。
 
 国王がわざわざ先頭で兵を率い、近づく俺に対して兵はぴくりとも動かない。俺が信頼されているのか、はたまた兵の練度の高さがなせる技か。周囲の静寂が、一層彼の威厳を際立たせていた。

 少し距離をとってアリュールの背を降りる。

 ゆっくりと近づいていくと、相手も馬を降りて俺の方へ歩みを進めてくる。互いの足音が、冷たい土の上に響く。

 言葉を交わす前に、その圧倒的な気配を感じて背中が粟立つ。全身の毛穴が開くような、野生的な感覚。
 
 その体躯は俺よりも高く、見上げるほどだ。

 特徴的な耳から腕にかけてアイアンブルーの毛並み。顔から胸元にかけては白っぽい灰色だ。灰色は月に照らされると毛先がちらりと輝く。

 真っ青な空色の瞳が俺のことをとらえた。


「貴殿がスフェーン王国第三王子、ライゼル・スフェーン王子か」
「いかにも。この度は援軍を派遣していただき、誠にありがとうございます」
「歓迎、感謝する。……しかし供も連れずお一人で出迎えとは」


 言葉尻に「あまり感心しない」という空気を感じ、俺は思わず言葉を返してしまう。
 

「ゼフィロス国王も兵の先頭を率いているではありませんか」
「……」


 俺の言葉に無言で目を細めるゼフィロス国王。その沈黙は、威圧ではなく、驚きを含んでいるように見えた。後ろの方で何人かの兵が吹き出した音を耳が拾った。気のせいだろうか。


「……グレン・フローライトだ」
「どうぞよろしくお願いいたします」


 差し出された大きな右手と握手を交わす。

 その掌は厚く、力強い。温かい手だ。人を守る力を持った者の温かさ。

 俺は胸が高鳴る音を感じ、まっすぐゼフィロス国王の瞳を見つめた。この出会いが、俺の全てを変える予感がした。



 これが、俺とグレンが出会った日のこと。

 そして生涯忘れることのない瞬間だった。









 グレンside


 

 ――――花守の騎士。
 


 王子でありながら、戦の前線で剣を振るう男の異名。

 側近のミレイが彼に命を救われたことで、ゼフィロスにもその異名は広まっている。

 宰相と側近に言われるがまま、スフェーン王国に対し、“一番腕っぷしの強い”王子を俺の伴侶にという援軍の条件を出した。

 百歩譲ってその条件はいいだろう。しかし、相手と相対さないことには俺の腹も決まらない。

 ミレイには散々文句を言われたが、援軍の指揮は俺が執ることになった。


「グレン様、そろそろ砦に着くと思われます」
「分かった。おい、お前達! くれぐれも失礼の無いようにするんだぞ!」


 背後の兵達に大声で釘を刺しておく。スフェーン王国との将来がかかっているのだ。しょうもない事で信用を落としたくない。


「お、一騎近付いてきますな」


 側にいる兵が前方から向かってくる気配に気付く。どれどれ、と砦の方向を見ると軽快に走る馬が近づいてくる。夜風を切る馬の足音が、遠くからでも鮮明に聞こえた。伝令だろうか。

 砦からなかなかの距離があるはずだが、その馬はあっという間に我々の視認できるところまで到着した。

 騎乗していた人物が馬を降り、ゆっくりと近付いてくる。俺の脇を固める兵士は万が一に備えて剣の柄に手を置いている。

 こちらに警戒させないよう気遣ったのか、少し離れたところで馬を降りて歩いてくる相手に倣い、俺も馬を降りた。



 月から注ぐ淡い光でも、ありありと分かる美しい金の長髪。黄味が薄く白にも近いその髪を無造作に掻き上げた人物は、軽い足取りでこちらへ歩いてくる。


 足運びを見るだけで、相当の手練であることを察する。地面を蹴る一歩一歩に、無駄な力が一切ない。


 顔が見える位置まで歩み寄り、ついに対峙する。

 
 精悍な顔つきにスフェーンの豊かな緑をたたえたような瞳は、光の加減で月光と見紛う黄金がちらつく。その瞳には、戦場を生き抜いた者の、鋭い輝きがあった。


 柔らかな褐色肌の上に纏う素朴な麻のシャツと薄手のコートが夜風に靡く。見た目より厚い筋肉が隠れているのが分かる。


 まさかとは思ったが。ミレイから聞いていた“花守の騎士”の特徴そのままだ。


 俺は息をするのも目の玉を動かすことも忘れ、その姿に心まで縛り付けられた。


 数秒の間でようやく頭が冴えてきて、務めて冷静に挨拶をする。
 
 
「貴殿がスフェーン王国第三王子、ライゼル・スフェーン王子か」
「いかにも。この度は援軍を派遣していただき、誠にありがとうございます」


 見た目の美しさに反する男らしい声。しかしよく通りそうな声質で、戦場でも兵たちの道標になりそうな声だ。

 彼は供を一人も連れず出迎えに来たらしい。いくら予定をしていた援軍だとて、警戒心が薄いのではないだろうか。

 
「歓迎、感謝する。……しかし供も連れずお一人で出迎えとは」
「ゼフィロス国王も兵の先頭を率いているではありませんか」
「……」


 返す言葉がない。言われてみればその通りだ。理路整然とした反論に、思わず口元が緩みそうになる。当たり前になって忘れていたが、一国の王がわざわざ他国の援軍に同行しているだけでなく、先頭で率いるのは然う然う無い事だ。

 常日頃兵たちにも指摘されており、後ろで数名が笑いを堪えられず喉を鳴らしたのが分かる。


「……グレン・フローライトだ」
「どうぞよろしくお願いいたします」


 指摘を聞かなかったことにした俺へ文句を言うことなく、美しい顔を破顔して握手を交わしてくれる。

 しなやかな手にはところどころ乾いて硬くなった皮膚があり、彼のこれまでの戦いの痕を垣間見る。
 


 これがライゼルと初めて会った日のこと。

 ――――運命が動き出した日だ。
 






 
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