15 / 95
第2章
§12 歓待の花吹雪
しおりを挟むゼフィロス王国へ入り小さな村をいくつか通った後、最初の街で一泊を過ごした。元から予定に組み込まれていたのだが、恐らくグレン様とミレイさんが俺の身体の疲れに気を遣ってくれたのだと思う。
スフェーンと比べると空気が少し乾燥しているように感じた。鼻孔をくすぐる異国の匂いに、新しい土地に来たのだと改めて実感する。
領主との食事会では緊張してろくに喋ることができなかったが、丁寧におもてなししていただいて心が温まった。
鷹獣人の領主は奥様と一緒に料理をするのが好きらしく、振る舞ってくださった手料理は全て美味しかった。
グレン様から俺がゼフィロスの食べ物や文化に興味を持っていることを領主に伝えてくださると、嬉しそうに料理に使っている食材について解説してくれたのもありがたかった。
その日の夜はグレン様とは別々の部屋が用意されていて、ちょっぴり拍子抜けした。
ミレイさんに「城に着いてからも最初は別々の部屋を用意していますのでご安心くださいね」と言われたが、どう返して良いか分からずモゴモゴと要領を得ない返事をしてしまった。
「嫌ではないです」と言うのが恥ずかしくて言えなかったなど……それを改めて言う方が恥ずかしいのではないか?と後になって気づく。時すでに遅しとはこのこと。
俺はその夜一人ベッドの上でのたうち回って思考を逃すのに必死だった。
その翌朝、街を出発してたっぷり4日かけて王都へ到着した。
道中で宿泊した街の領主の中にはグレン様の強さと統治について熱く語ってくれる方も多く、それだけグレン様と家臣の努力が認められているのが素晴らしいと思った。
グレン様はもうやめてくれと言って気まずそうにしていたけれど。
話を聞くたび、グレン様への尊敬の念が深くなっていく。
同時に、彼ほどの偉大な人物の隣に立つ自分は、果たして相応しいのだろうかと不安の影が差し込む。
王都に入ると驚きの光景が広がっていた。
「ライゼル王子~!!」
「お待ちしてました~!!」
「グレン様結婚おめでとうございまーす!」
「ライゼル王子、すごく綺麗~!」
スフェーンの民が見送ってくれた時と同じかそれ以上のお祭り騒ぎの歓待を受けた。
王都の道は石畳が続き、両脇に建ち並ぶ建物の壁は長い歴史を物語る色をしていたが、そのすべてが色鮮やかな旗や花で飾り付けられていた。
あまりに驚いたので馬車の窓から呆けた顔で手を振ることしかできなかったが、それだけでも歓声があがった。
耳をつんざくような人々の熱狂的な歓声と、胸の奥で高鳴る自分の鼓動とが混ざり合う。馬車の窓枠を握る手が、微かに震える。
一体どういうことかと思いグレン様の方を見る。
「あの、グレン様……何故ここまでゼフィロスの民は私のことを歓迎してくださるのでしょう……?」
「驚かせて申し訳ない。私もここまで準備しているとはいざ知らず。“花守の騎士”の異名はゼフィロスでも有名なのですよ。それこそミレイを助けていただいたこともありますが、それ以外にも王子だというのに気さくに農家と一緒に農作業に勤しんだり、市井で困ったことがないか話を聞いて回るあなたを見ていたのはスフェーンの民だけではなかったということです」
確かにそれはスフェーンでの俺の日常だった。ほぼ鍛錬の一環ではあったけれど。
子どもの頃から王都や周辺の村々へ足を運んでいたので、民たちも俺のことを恐れず色々と教えてくれた。そこで得られた情報は回り回って兄さんたちの役に立ったこともある。
また、自国の民と話すのはもちろん、商いでゼフィロスから足を運んでくれる商人達にも色々と話を聞かせてもらうのが楽しかったのだ。
「とても、嬉しいです……」
「何よりです。皆も喜びます」
上手く表現する言葉が見つからず両手で口許を抑える。そうしないと泣いてしまいそうな気がしたからだ。目頭が熱くなり、視界が滲んだ。
自分で望んだとはいえ、やはり心のどこかでゼフィロスで受け入れてもらえるのか不安だったのだと気づく。
たとえ受け入れてもらえずとも働きを見せていつか認めてもらえれば……と覚悟を決めていたが、こうして温かく迎えてもらえるのは素直に嬉しい。
ついに馬車は王城へ辿り着き、グレン様のエスコートで馬車を降りる。
ゼフィロスの城はスフェーンと比べると色が暗く、守りに重きを置いた造りに見える。そして高さもある。威風堂々たるその姿は、堅牢な意志を感じさせた。高い建物がいくつかあり、見上げた先には綺麗な春の青空が広がっている。
グレン様の瞳の色とよく似ているな、と思った。
「ライゼル様、ようこそゼフィロス王城へ」
スッ、と静かな足運びで前に出てきたのは黒豹獣人の男性。
背筋を伸ばした立ち姿には、寸分の隙もない緊張感が漂っていた。
グレン様とほぼ変わらない高い背に似合う膝元までのジャケットは毛と同じ漆黒で全体のまとまりが意識されている。
「初めまして。私は宰相のジェイド・ソノラと申します」
「! ではあなたがミレイさんの……」
「いかにも。ミレイの兄です。いつぞやは彼女の命を助けていただき、誠にありがとうございました」
ジェイドさんは深々と頭を下げてお礼を言ってくれる。
その動きは水が流れるように淀みがなく、顔を上げるように伝えると美しい所作で姿勢を正し、真っ直ぐにこちらを見てくれる。
顔や視線は正直に言えば近寄りがたい印象だが、その声色や雰囲気は柔らかい。
近寄りがたい見た目の下に、妹を想う優しい心があるのだろうと感じ取れた。
「初めまして。ライゼル・スフェーンと申します。これからお世話になります。至らぬところも多いかと思いますが何卒ご指導のほどよろしくお願いいたします」
挨拶と共に頭を下げると、王城に仕える者たちが小さくどよめく。
「ライゼル様、私どもに礼は不要です。貴方様はこれより我が主人の伴侶となる御方なのですから……!」
「ジェイド、そういった細かいことは良い。ライゼル王子にはのびのび過ごしてもらいたいのだ」
「しかしですね……」
「ライゼル王子は早く王城の者や民たちとの交流を持ちたいとお考えだ。それには慣習が邪魔になることもあるだろう。皆の敬意はしっかりライゼル王子に伝わっている。それで十分だ」
「……かしこまりました」
グレン様が微笑んで俺を見る。意向を汲んでジェイドさんに伝えてくださったのはありがたい。
「兄上、あまりライゼル様を困らせないでください」
「困らせるつもりなど……」
近くに来てくれたミレイさんからチクチクと小言を言われたジェイドさんは尻尾を垂らしている。その黒い尻尾が、ペタンと地面に落ちるのが見えた。
仲睦まじいきょうだいの様子に、改めてミレイさんをお守りすることができて良かったと思う。
そこで、ヒヒーンッ!!と甲高い馬の鳴き声が響いた。その声は、春の雷鳴のように突然に。
「アリュール! いい子にしていたかい?」
「ブルブルルッ!」
「いやぁ旦那、時々旦那を乗せて走りたかったのか、立ち上がって暴れるんで大変でしたよ」
「アリュールがなんと言っているかは知りませんが、あまり甘やかさないでください」
アリュールを連れてきてくれたのはブラスとティラだ。そう、なんとこの二人と一頭もゼフィロス王国へ着いてきてくれたのだ。
これもグレン様の計らいで、自分一人でゼフィロスへ行こうとしていた俺に、「好きなだけ私兵を連れてきていい」と言ってくれたのだ。
“好きなだけ”と言うのは文字通り好きなだけで、騎士団丸ごとでも一向に構わないと冗談混じりに言っていたが、あれは雰囲気から察するに本気だった。
そこで俺が頼んだのはブラスとティラだ。もちろん二人にはお願いしてみて断りたかったら遠慮なく断ってくれと伝えたのだが、即答で快諾してくれた。
そして相棒でもあるアリュールを連れていくことをグレン様にお願いしたところ、一向に構わないと許可をいただいた。
アリュールは知らない国に来たと言うのに体調を崩すこともなくもりもり食事を摂っていて、どこにも不調がないと報告を受けていた。
実際、身体に触れてみても違和感はなく、甘えん坊なところも変わっていない。アリュールの艶やかな毛並みに頬を寄せると、故郷の匂いがした。
「アリュール、これからはこの城でお世話になるんだよ。くれぐれも皆さんを困らせないようにするんだ」
「……ブルッ!」
「今、ちょっと間がありましたぜ。絶対言うこと聞かないですよ」
「同感です」
そんな俺たちのやりとりに、グレン様をはじめとしてみんなが笑ってくれた。
45
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。
竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。
万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。
女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。
軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。
「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。
そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。
男同士の婚姻では子は為せない。
将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。
かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。
彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。
口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。
それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。
「ティア、君は一体…。」
「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」
それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。
※誤字、誤入力報告ありがとうございます!
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる