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第1章
§11-2 旅は道連れ世は情け
しおりを挟む「グレン様はどこか私の身体に触れてみたい部分はありますか?」
「……なんでもかんでも交換条件にしなくて良いのですよ」
「確かに、そう、ですよね……」
言葉を詰まらせたグレン様。ああ、間違ってしまったと悟る。
グレン様にどのように思われるか、気にしてしまう自分がいることを認めざるを得ない。できることならば、嫌われたくないと。
ゆっくりと深呼吸をして次の言葉を探す間の沈黙。先に破ったのはグレン様の方だった。
「いいですかライゼル王子。あなたの身体はあなたのものです。他の誰のものでもない。伴侶となる私にも触れさせたくなければはっきりと言っていいのです。私はあなたを大切にしたいと思っているし、あなたの気持ちを尊重します。あなたに触れたいと思った時は、言葉はもちろん表情や仕草、雰囲気など何らかの方法で必ず確認します。……だからどうか、私の前では無理をしたり取り繕ったりしないでほしい。王子自身を蔑ろにすることは、私の気持ちを踏みにじることと同義とお考えください」
グレン様の言葉が、まるで嵐の後の静寂のように、俺の心の奥底に染み渡っていく。
これまで自分は、国や民を守るための道具であり、他者の評価によってのみ価値を見出すものだと信じて疑わなかった。それは、王族としての義務であり、俺の存在意義そのものだったからだ。
しかしグレン様は、そんな俺の凍てついた心を、太陽のような温かさで溶かしていく。
グレン様の言葉は、まるで新しい世界への鍵だった。
彼にとって俺は、王子でも騎士でもなく、ただ一人の人間として、尊重するべき存在なのだ。
凍土を突き破って咲く花が陽の光を求めて根を張るように、俺の心は、この温かさに引き寄せられていく。
この瞬間、俺の胸に宿った感情は、もはや「好意」などという生温いものではなかった。
それは、すべてを投げ打ってでも手に入れたい、狂おしいほどの「恋」だった。
俺の心はこの日から、グレン様のために存在すると決まったのだ。
グレンside
ライゼル王子から落とされた爆弾発言に叫ばなかった自分を、誰か褒めてほしい。
俺の尻尾に触ってご機嫌な様子を微笑ましく眺めていたらさっきのあれだ。どんな脈絡から先ほどの発言に行き着くのかが理解出来ない。
叫びたい声を我慢して喉にグッと力を入れている俺のことなどお構いなく、王子はキョトンとした顔で首を傾げている。
「……なんでもかんでも交換条件にしなくて良いのですよ」
考えに考えて口を出た言葉がこれだった。なぜもっと格好の良い言葉が出ないのか。情けない。どうか間違っていませんようにと王子の表情を伺う。
「確かに、そう、ですよね……」
王子の眉が八の字になって視線が下へ落とされる。その顔を見て心臓がズキリと痛んだ。彼を傷つけたいわけではないのに、どう見ても間違った方向に捉えられている気がする。
やはり、言葉を尽くすことを忘れてはならない。
「いいですかライゼル王子。あなたの身体はあなたのものです。他の誰のものでもない。伴侶となる私にも触れさせたくなければはっきりと言っていいのです。私はあなたを大切にしたいと思っているし、あなたの気持ちを尊重します。あなたに触れたいと思った時は、言葉はもちろん表情や仕草、雰囲気など何らかの方法で必ず確認します。……だからどうか、私の前では無理をしたり取り繕ったりしないでほしい。王子自身を蔑ろにすることは、私の気持ちを踏みにじることと同義とお考えください」
全身の毛が彼に対する真剣さゆえに微かに逆立っているのを感じた。これは王としての言葉ではなく、一人の男としての真摯な願いだ。
「……はい」
大きな目が見開かれ、グリーンとイエローの混ざった瞳に魅せられる。これだけ言ったのでよく分かってくれると良いのだが。
王子という立場に生まれ、民のために生きてきた方だ。そう簡単に生き方を変えられるとは思わないが、自分を蔑ろにすることだけはやめてほしいので強い言い方になってしまった。
これまでの自分ならば絶対口にしないであろう言葉がこの人の前だとスラスラと出てくるのが不思議でならない。伴侶になるから、なのだろうか。
俺はもう1つ思い出して付け足した。これだけは伝えておかなければ。
「あぁ、それと。私はあなたのことを美しく強いお人だと思っているし、あわよくば距離を縮めたいと思っています。ですがこう見えて雰囲気を大事にするタチなので、馬車ではなく二人きりでゆっくり過ごせる場所に着いてからお伺いを立てさせてください」
「……はいぃ」
柔らかな褐色肌でもよく分かるほどに頬を染めた王子。その顔は、まるで熟れた果実のように艶めかしく、食欲がそそられる。少しは先ほどの自分の気持ちを思い知ってくれることを願った。
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