【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

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第1章

§11-1 旅は道連れ世は情け

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 馬車に揺られ、2日と半日が経過した。車窓の外を流れる景色は、スフェーン王国の緑の深い山並みから、徐々に乾燥した大地へと変化していった。

 道中、宿に泊まりながら移動したが順調に進んでいる。

 ついに国境を越える砦に到着し、グレン様はそこで一度馬車を降りるようだ。俺もしれっとその後をついて降りようとした。

 しかしグレン様はそれを予想していたようで、馬車を降りるだけなのにしっかりエスコートされてしまった。これもなかなか慣れなさそうだ。

 砦にいた兵達がグレン様に向かって敬礼する。それに応じた彼の佇まいは精悍で美しい姿勢だ。

 俺もこの国に嫁いできたからには綺麗に敬礼できるよう練習せねば。棒立ちでは失礼だろうと思い、俺は軽く頭を下げた。

 一人の兵がスッと前に出て声を張る。


「王の御帰還である! 開門~ッ!!」


 ゴオォォォ、と大きな音を立てて砦の門が開かれた。重厚な軋みと地鳴りが身体の芯まで響く。開かれた門の向こうには、ゼフィロス王国の青く高い空が広がっていた。

 スフェーン王国の砦よりも重厚な作りに驚いている俺にグレン様が手を差し伸べる。


「ようこそ、ゼフィロス王国へ」


 低くて優しい声。周りの兵の雰囲気が少しだけ波立ったのを感じる。

 俺は差し出された大きな手に自分の手を重ね、軽く握った。厚く硬い掌の感触と温かな体温がじんわりと伝わってくる。


「不束者ですが、よろしくお願いいたします」


 グレン様の顔を真っ直ぐに見て言葉を伝える。覚悟は決まっている。どうか信じてほしい、そんな気持ちで。

 グレン様は俺の顔を見て少し目を開き、優しく笑ってくれる。

 その笑顔はさっきまでの威厳に満ちた王の顔から一変し、俺だけに向けられた、とても柔らかな表情だった。
 
 手を繋いだまま再度馬車へエスコートされる。砦の兵にも挨拶をして馬車の扉を閉めた。

 扉が閉ざされ、外界の喧騒と兵士たちの視線が遮断されると、馬車の内部は一気に二人だけの静かな空間になる。


「はぁ……」
「どうされました……?」


 何か不手際があっただろうかと心配になり、小さくため息をついたグレン様に問いかけた。


「砦の兵たちの雰囲気が少し変わったのに気付かれましたか?」
「あぁ、確かに少し」
「ライゼル王子の手前、殊勝な態度でしたが、兵たちは私の様子を見て面白がっているのですよ」
「えぇっ?」


 そんな風には見えなかったけれど……。確かに雰囲気が変わったが、喜びや嬉しさから来るものに感じた。


「皆さん嬉しそうだなと思いましたよ」
「それは、腕っ節しか能のない私が、あなたのような美しくて強く才能のある方を伴侶にできたのが奇跡だと言いたいのですよ」


 グレン様が口を引き絞って目を細める。眉間に皺が寄って相当嫌そうな顔をしている。

 その横顔は、王としての自信とは裏腹に、自分の魅力を素直に認められない不器用な一人の男の顔だった。その人間くさい側面に、俺は言いようのない親愛の情を抱いた。

 初めてお会いした日も、グレン様と俺を天幕で二人きりにする等、気安い態度で部下たちが接している様子は目にしていたが。決してグレン様を笑いたいのではないと思う。


「グレン様が兵士たちに慕われているのがよく分かりました」
「いいえ、完全に揶揄われているだけです」
「まあまあそんなことを仰らずに……。私はそんな風に接するグレン様に……好感を持っていますよ」
「……ッ!」


 そうですか、と言ったグレン様はスッと顔を窓の方へ向けてしまった。

 真正面に伝えすぎただろうか。急に不安が押し寄せ、手のひらに汗が滲む。

 全身が毛で覆われているので顔色が分からない。どうすれば彼の機微が感じ取れるのだろう?
 
 そんなことを思っていると、グレン様の尻尾がふわっと持ち上がり、先端の方がゆらゆらと揺れた。段々と俺の方へ近づいてきてふわり、腕を撫でた。


「ふふっ、くすぐったい」
「! すまない、無意識で」
「いえ、ふわふわで気持ちいいですね」


 本格的にもふもふと触りたい気持ちが湧いてきたが、獣人の尻尾はデリケートで親しい者にしか触らせないと聞いたことがあるのでぐっと堪えた。

 この一線を越えるには、まだ俺たちは旅の途中だ。逸る気持ちを抑え、胸の内で焦燥を宥める。


「……触っても構いませんよ」
「え!? でも……」
「あなたなら構わない」
「っ! では少しだけ……」


 太くて長い、毛並みの立派な尻尾は全体的に見るとアイアンブルーで根元は黒に近く、毛先は光に当たると明るい銀色に輝く。

 顔から胸元にかけては白っぽい灰色で、大きな手は濃い毛色でアイアンブルーなのが特徴的だ。

 わぁ……と感嘆しながら触らせてもらうとなんとも幸せな気持ちになった。

 グレン様はくすぐったくないのだろうかと見上げると、目を閉じ腕を組んでいる。耳がぴっぴっ、と横向きに動いている。感情が隠せない彼の小さなサインを見つけ、頬が緩む。


「くすぐったいですか?」
「えぇ、少し」
「すごく立派な毛並みで、手触りもふわふわで幸せな気持ちになります」
「それならば良かったです」


 微笑んでくれるグレン様に、自分も何かできることはないかと思いを巡らせたがなかなか思いつかなかった。

 ならば、直接訊いてみればいい。






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