【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

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第2章

§20 温かい契約

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 俺はしょんぼりとしているアリュールの額から鼻先にかけて何度も撫でながら、過去のことを思い出した。
 
 スフェーン王国の王族は、基本的に何がしかの精霊と契約を結んでいる。

 兄二人も例外ではなく、ギル兄は森の精霊と、アド兄は雲の精霊と契約している。契約は特に強制されることはなく、仲良くなった精霊から提案されることが多い。
 
 しかし俺には精霊たちが全くと言っていいほど寄り付かなかった。

 子供の頃は、存在は感じるのに兄たちと同じように精霊と話せなかったのが悲しかった。

 物心ついた頃にはアリュールがいたし、大人になるにつれてその悲しみは薄れていったけれど、どこかでしこりのように心の隅に残っていた。

 自分は王族として何かが欠落しているのではないかと。

 兄たちが精霊に聞いてくれたが明確な答えは返って来ず、「時が来れば分かる」としか教えてもらえなかった。

 俺は事情を知らないグレンにも分かるように話した。

 それを聞いたグレンは内心で、どこか自分を卑下しているようなライゼルの様子に得心がいった。


「そりゃあ精霊たちは言えないよねぇ。自分たちより上位の存在がすでに仮契約をしているのに、なぜか本人にそれを伝えていないんだから。近づくことも伝えることも怖かったんだろうなぁ~かわいそうに~」
「こんの水トカゲが……ッ」
「そんなことより! ライゼルに言う事があるでしょ~?」
「う゛……」


 アリュールはカウカ様に諭されて、俺の前へ歩み出る。

 翼が生えていて言葉を話すけれど、俺にとってはアリュールはアリュールに違いない。


「ライゼル、今まで黙っていて悪かった。俺と契約してくれるか……?」
「……当たり前じゃないか、相棒」


 アリュールのつぶらな瞳がキラッと輝いた。ブルルルゥと甘える声はいつもとなんら変わらない。
 
 温かい黄金色の光がアリュールから漏れ出し俺のことも包む。

 光が霧散すると同時に俺の魔力とアリュールの魔力が強く繋がる感覚がした。

 アリュールは俺の様子を甲斐甲斐しく確認し、問題なく契約ができたとホッとしているようだ。
 
 横で見守ってくれていたグレンが近づいてきて俺の頭を撫でる。

 無事に契約が終わったことを労うのとあわせて、恐らく俺の過去を知って気遣ってくれているのだろう。

 意図せず過去を知られることになったが言うタイミングも、言うかどうか自体も迷っていたからちょうど良かったのかもしれない。


「万々歳って感じになっているけど、僕との契約は終わってないんだけど~」
「この期に及んでまだ言うか!」
「当たり前じゃない! 僕だってライゼルと契約したいんだから」
「うわぁ、三角関係の修羅場ってやつ? 俺ちゃん初めて遭遇したかも!」
「お待ちくださいカウカ様。これ以上神の眷属と契約してはライゼルの身体に差し障りがあるのでは」


 グレンからナイスな助け舟が出たが、カウカ様は綺麗に首を横に振った。


「普通の人間ならね。でもライゼルの器は常人離れした大きさがあるから平気だよぉ~。ね、土の?」
「……残念ながら嘘ではない」


 またアリュールが上目遣いで俺のことを見る。可愛いからやめなさい。

 神の眷属から契約を結ぼうと求められるなんて信じられないほど光栄なことだ。おかげで、小さな頃の自分が救われた気もする。

 俺は決意を固め、ゆっくり息を吸う。


「カウカ様、アリュール。俺はふたりと契約をすることに意義はありません。国を、民を……王を守るため、お力をお貸しください」
「ライゼル……」


 俺はグレンの瞳を見つめて頷く。心の底から俺の身を案じてくれているのが痛いほど伝わってくる。

 仕方ないな、と半ば諦めたように、しかし柔らかい笑顔でグレンが一歩下がる。
 
 今度はカウカ様が俺に近づき、先ほどと同じように手を重ねる。アリュールとやり方が違うのは恐らく付き合いの長さが違うからだろう。
 
 青、そして鮮やかな水色の魔力が光る。まるで海の水面だ。その輝きに魅入っている間に契約は終わり、身体に新しい魔力が巡るのが分かる。乾いた喉を潤す時のような爽快感が血管を流れている。


「さてと、これで契約は完了だよ~」
「具合はどうだ?」
「大丈夫です。少し不思議な感覚はするけれど」


 グレンから差し出された手を自然に取り、体温を感じられる距離まで近づく。ふわふわした手が頭を撫でてくれるのを待つのが心地良くなってきている。


「はー……俺の可愛いライゼルが嫁入りしたなぞ、未だに信じられん……おい、ゼフィロスの現王よ。ライゼルを泣かせたらただじゃおかんからな。即刻スフェーンの兄たちの元へ連れて帰る!」
「肝に銘じます」
「ふん」
「あ! そういえば、今、俺の夢が一つ叶いました」
「どんな夢だ?」
「アリュールといつか話してみたいと思っていたんですよ。叶って嬉しいです」


 俺の言葉に四人が俯く。あれ、なんか変なこと言ったかな。


「……フー」
「大丈夫かグレン。しっかり息しろ~。こんな純粋なエネルギー、俺ちゃん久々に浴びたかも」
「さすが水の神が見込んだだけのことはあるよね~」
「可愛いライゼル可愛い」


 この日の出来事は、ゼフィロス王国の歴史の1ページとして脈々と語り継がれることになった。 

  






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