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第3章
§29‐2 お忍びデート
しおりを挟む「婚姻の贈り物として、ライゼルに剣を贈りたい。頼めるか」
「な、な、なんじゃと~~!? おま、お前、本当に言ってるんか」
「あぁ」
「ぜひ、お願いします。セントさん」
「顎が外れそうじゃ……ほーかほーか……ん゛? お前今、婚姻の贈り物って言わんかったか?」
「言ったな」
「結婚式はもう1ヶ月なかったんじゃねえか……?」
「そうだ」
「まさか、間に合わせろってか……?」
「可能なら間に合わせてくれ」
納期に関しては俺も聞いていなかったので、思わず「えっ」と声をあげてしまう。いくら腕のいい鍛治職人でも三週間ほどでは難しいのではないか。
「結婚式で俺たちはダンスの代わりに剣舞をする。間に合ったらその剣でライゼルが舞うぞ」
「花守の騎士が、剣舞を……? しかも、オレの鍛えた剣で……?」
「そうだ」
セントさんの動きが止まった。目の焦点が合っていない気がするが大丈夫だろうか。
俺はグレンの顔を見て、そんな無茶を言うなと止めに入ろうとした。
しかしその前に雄叫びが上がる。
「引き受けるに決まっとるじゃろぉぉぉぉ~~~!!」
ものすごい気迫で、セントさんが叫んだ。思わず一歩後ろに下がる。
「オレの鍛治職人人生で一番の大仕事になるかもしれん……ッ! ぜひ! やらせてくれ!」
「よろしく頼む」
「でも、グレン、そんな無茶な納期で」
「ライゼル様ッ、そんなことはどうでもええから! まずは今持ってる剣を見せてくんろ!」
「は、はいっ」
俺はセントさんに言われるがまま腰に下げていた剣を渡す。目玉が飛び出るのではないかと思うほど、まじまじと剣を見ている。
そのまま工房の方へフラフラと歩いて行ってしまうのでついていく。
グレンが全く驚いていないので、これがセントさんの通常運転なのかもしれない。
工房の机に剣を置いて、ぶつぶつと何かを呟きながら紙にペンを走らせる。それを数分行なって、急にぐるりと首を俺に向けて言う。
「ライゼル様! ちょっと振ってみてくれんか!」
「ここでですか?」
「庭があるでな、そっちに行こう、ほれほれ」
セントさんに背中を押されて庭に案内される。工房の後ろに広めの庭があるのはよくあることだが、ここの庭はとても広い。
俺が素振りをしようと構えたら、グレンが黙って俺の前に立ち、剣を抜く。相手役がいた方が分かりやすいだろうという心遣いだ。
その心遣いをありがたく受け取ることにして、俺は思い切り剣を振る。
剣を振る時は、霧のような心の雑念が一気に晴れていく気がする。
俺は稽古や自主練習の時、必ず基本的な練習の型で身体を慣らす。原点に立ち返るという意味でも大事な習慣なのだ。
練習の型なので変則的な動きはない。一太刀一太刀を丁寧に振る。
それを受けるグレンも基本を意識した足腰の運びで無駄がない。やはり惚れ惚れする。
一通り型を振り終わってセントさんを見ると、静かに涙を流していた。
「セントさん!? 大丈夫ですか?」
俺は慌ててセントさんに駆け寄るが、ぼうっとしていたセントさんがハッ!と瞬きをする。
「すまんすまん、あんまり美しい剣捌きだったもんで、涙が出てしもうて」
「そんな、俺の剣なんてまだまだです」
「いんや。グレンが惚れ込むのも頷けるわ」
「そうだろう」
なぜかグレンが誇らしげに笑う。
心配して損したな、と思いつつ、改めて剣をセントさんに渡す。
「どんな剣がいいかの?」
「重さや長さはあまり変わらないと助かります。あとはお任せします」
「ちなみに、ライゼルは剣に魔法を纏わせることもできるからな。そのあたりも考慮してくれ」
「相分かった! 遅くとも式の前日までには完成させよう」
「よろしくお願いします」
セントさんは早速設計に入るようで、挨拶もそこそこに工房へ篭ってしまった。
俺たちは工房を出て、帰路につく。目指すのは行きも通った隠し通路に続く林だ。
城下に来た時よりも陽が低くなり、ほとんど日没の時間帯になった。俺たちはまた手を繋いで歩く。
「すごく面白い人だった」
「あぁ、出会った頃から変わらない。腕のいい職人は変わっているのが相場だろう?」
「ははっ、違いないね」
それから城下を歩きながら他愛のない話を交わす。
露店の商品や屋台の食べ物を見て、酒場の楽しそうな声を聞く。子どもも大人も老人も、皆活気に溢れている。
その様子を見るだけで、どれだけグレンが民を大切に思い、務めを果たそうと奔走してきたのかが分かる。
もし、俺たちが今の立場じゃなかったら。こんな風に街中を二人で歩いて、家に帰ったらそれぞれの仕事の話をして温かい布団で眠りにつくのだろうか。
けれど俺たちはこれまでの生き方があったからこそ、出逢えたのだろう。
そんなことを考えていると、グレンが振り返って立ち止まる。
「何か気になるものでもあったか?」
「ううん、大丈夫。ただ……民を見ていると、グレンがどれだけ頑張ってきたのか知れた気がして嬉しかったんだ」
にわかに見開かれた目。グレンは気恥ずかしそうに笑う。
「今の言葉だけで、これまでしてきたこと全てが報われた。ありがとう」
「そんな、大袈裟だよ」
俺の言葉にグレンは首を横に振り、もう一度「ありがとう」と言った。
もう一度引くことはなく、その言葉を素直に受け取った。
グレンの声が、少しだけ震えていた気がした。
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