【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

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第3章

§30‐1 月影に揺れる夜香木*

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 城に戻った後は夕食をとり、セントさんとの昔話や城下の話をゆっくりすることができた。

 そろそろ部屋に戻ろうか、という時に気恥ずかしさが顔を出す。今夜からグレンと一緒の部屋で寝るのだ。


「今日から一緒でいいんだよな……?」
「無理しなくてもいいんだぞ」
「大丈夫……一緒が良い」
「……そうか」


 昼間の気恥ずかしいやり取りをもう一度交わす羽目になった。

 食堂を出ると、グレンが手を差し出してくる。俺は大人しく自分の手を重ねる。

 もう夜なので係もそれほど歩いていない。護衛の兵が所々に立っているくらいだ。それでも手を繋いで回廊を歩くのは恥ずかしい。

 俺が元々使わせてもらっていた部屋からグレンの寝室まではそう離れておらず、大層な引っ越しにはならなかった。

 部屋に近づくと、俺たちに気づいた扉の前に控える護衛騎士たちが敬礼をする。グレンは「ご苦労」と一声かけて、扉を開けてくれる。

 部屋は濃紺とグレーを基調とした部屋で、落ち着いた雰囲気の空間が彼らしい。
 
 やり残した仕事を片付けることもあるのだろう、大きな机の上に資料や本がまとめてある。


「ライゼルの荷物も全て運ばせた。二人だと少し手狭に感じるかも知れないが」
「俺は特に気にならないな。元々、広い部屋はあまり落ち着かないし」
「なら良かった。だが足りない家具があれば遠慮なく言ってくれ」
「うん、ありがとう」


 今夜からこの部屋で過ごすことになるんだ。
 
 部屋は清潔なリネンと本の匂い、そしてグレンの匂いがする。

 人の家にお邪魔した時のような感覚で、どうやって寛げばいいか分からない。意味もなくきょろきょろと周りを見回す。

 グレンはいつも通り、といった様子で机周りの書類をサッと見て片付けている。そんな何気ない仕草でも様になっていて、かっこいいなと思う。


「もう遅い。先に風呂に入ってきたらどうだ?」
「あぁ……うん、そうだね。じゃあ先にもらおうかな」
「風呂はこの奥だ」
「え? 部屋続きなの?」


 グレンが手招きする先に扉があり、開けると洗面所だった。そしてもう一つその先の扉を開くと、この間使ったのとほぼ同じ大きさの風呂場がある。


「すごいね」
「部屋に戻るのが遅くなることもあるからな。こっちの方が気兼ねなく使える」
「なるほど」


 それからグレンはタオルや洗面用具の場所を教えた後に洗面所を出て行った。説明を受けた俺は着替えを洗面所に置き服を脱ぐ。
 
 風呂の扉を開けると、温かい湯気に包まれた。
 シャワーで身体を洗いながら、今日一日の出来事を振り返ったり、取り留めのないことを考えたりしてぼーっとする。

 髪を洗うために洗髪料を手に取ると、普段グレンの身体から香る匂いだと分かる。
 
 そこまで強くなく、柔らかい陽だまりのような香りだ。同じものを使って良いのか少し迷ったが、他に用意がないので選択の余地は無い。
 
 いつものように髪を洗っているのに、なんだか心がむず痒い。しかしそれも湯で流してしまえばすっきりして心地よいものに変わった。

 大きな丸型の湯船には湯が張ってあり、足先を入れるとちょうど良い温度だ。

 せっかくだし、と思って湯船に浸かる。するとやはり身体の強張っていたところがほぐれて気持ちがいい。

 ゆったりと過ごしてしまっているが、俺はなんとか心の準備を整えようと深呼吸を繰り返していた。

 昼間のキスを思い出して目尻がチリっと熱くなるような感覚がする。
 
 グレンから言われた言葉が耳の奥で繰り返される。


 ……もう、心積もりはできている。




 風呂から上がり、バスタオルで身体を拭く。
 着替えようと寝巻きを手に取ったが、洗面所に並べられた小瓶たちへ目が行く。

 女性が使うような化粧水や身体の保湿剤、香水が並べられている。
 もしかしなくても、ミレイが俺のために置いてくれたのだろう。

 しかしそういった類のものを使った経験があまり無い。物は試し、と化粧水を手に取ると優しい花の香りがする。

 顔に化粧水を塗り、身体に保湿剤を塗ってみる。カサついていた部分が保湿されて気持ちが良い。

 意外と良いかもしれないな、と思いながらふと鏡の中の自分を見る。
 

 ――そこに居るのは、よく見知った騎士だ。

 
 身体中に走る刀傷。火薬に焼かれ引き攣った皮膚。掌は武器や盾を持つことによりできた胼胝で固くなっている。
 
 剣を振るために鍛えた身体はそれなりに筋肉が付いている。身長も平均以上で華奢には程遠い。

 決してつるりとした綺麗な身体とは言えない。
 だが、後悔は全く無い。
 それに、グレンがこんな瑣末なことを気にするとも思えなかった。

 そのように考えられるようになったのは、きっとグレンのおかげだ。

 そう思うと、すでに俺の中身も少しずつ染められているのだろう。






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