【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

文字の大きさ
43 / 95
第3章

§30‐2 月影に揺れる夜香木*

しおりを挟む
 





 俺は持っていた瓶を元の場所に戻した。すっかり迷いは消えて、望むのはグレンと向き合うことだけだ。さっと寝巻きを身に付ける。

 清々しい気持ちで部屋に戻ると、グレンが目を丸くする。


「髪がびしょ濡れじゃないか!」
「え? いつも通りなんだけど……」
「風邪を引いたらどうする。こっちに来るんだ」
「これくらいで風邪引くほど柔じゃないよ」
「いいから。座れ」


 言われるがまま椅子に座るとグレンが後ろに立つ。少し待っていると、髪が温かい風で揺れ始めた。


「すごい! こんな使い方が!」
「獣人は割とすぐに毛が乾くが、これが手っ取り早いんだ」


 グレンは風属性と炎属性魔法を融合して、温風を作り出していた。思い返せば、ギル兄とアド兄は風魔法が使える係に髪を乾かしてもらっていた気がする。

 俺は城よりも砦や農村にいる時間の方が多かったから、すっかり髪を乾かす習慣を忘れてしまっていた。

 グレンは片手で温風を作り、反対の手で俺の髪を梳く。この手で髪を梳かれるのが好きだ。
 
 思っていたよりも短い時間で髪が乾いて、グレンが櫛も通してくれる。おかげで髪がさらさらになった。


「すごい。さらさらだ」
「これからは俺が手入れする」
「えぇ、悪いよ」
「俺がやりたいんだ。これに関しては譲るつもりはないから諦めてくれ。風呂に入ってくる」
「う、うん、行ってらっしゃい」


 変なところで強情なのが面白い。随分と俺の髪を気にしてくれているようだ。

 グレンが風呂場へ行き、俺は先にベッドへ入る。俺が使っていたベッドよりひと回り近く大きいだろうか。しかしグレンと一緒に寝るとなれば、必要な広さだ。

 ベッドからは微かにグレンの匂いがする。誰かの匂いでこれほど気持ちが凪ぐなど、知らなかった。
 
 思った以上の心地よさに、少し瞼が重くなる。けれど、絶対寝ない。

 ふと、スフェーンを出るときにアド兄から持たされた荷物のことを思い出した。

 運び込んでもらった俺の荷物がある棚の引き出しをいくつか引くと、目的の箱が見つかる。
 
 綺麗な装飾が施されている箱で、中身はゼフィロスで開ければいいと言われて、今の今まで忘れていた。

 ローテーブルに箱を置いてソファに腰掛ける。

 箱を開くと、中には見慣れないものばかり。

 首を傾げながら中を漁ると、ペラリと紙が一枚出てきた。開いてみると、書かれていた文字はアド兄の筆跡だった。

 懐かしい筆跡を指でなぞり、内容を読む。


「ライゼル。この箱を開いたということは、グレン様と仲良くできているようだね。まずは安心したよ。さて、中身の説明をしようか、……」


 手紙と物を見比べながら、俺はどんどん顔が熱くなった。

 どれもこれも、獣人との性行為に必要な(と、アド兄が考えている)物ばかりのようだ。


「これをどうしろって言うんだ、アド兄……」


 額を手で押さえ、とりあえず手紙以外の中身を箱に戻す。手紙を書類と一緒にまとめながら、箱の処理をどうするべきか考える。

 いい案が浮かぶ前に、風呂場の方からドアの音がする。グレンが風呂から上がったようだ。
 
 箱のことを相談するのは恥ずかしいのだが……俺としてはグレンと関係を進めたいという気持ちの方が大きい。

 これほど自分が欲に振り回される時が来るなんて思ってもいなかった。

 不安なこともあるが、それ以上にこの気持ちを抑え込むのは無理だということを知っている。

 ……もういい、箱の中身はグレンに相談しよう。

 俺は箱周りを軽く布巾で綺麗にして、ベッドに持って行く。グレンが出てくるまで日課の柔軟体操でもして時間を潰しておこうと思った。

 数分後、洗面所の扉が開き、洗髪料の香りが舞い込んでくる。


「いつもこのくらいの時間しか入らないのか?」
「日によるな。今日は早めに出た」
「なんで、もっとゆっくりしたら良かったのに」
「……お前を待たせたくなかったんだ」


 グレンの瞳がすうっと俺に焦点を当てた。まるで獲物にされる小動物のような気分だ。

 赤面した俺を他所に、先ほどと同じ魔法であっという間に身体を乾かしてしまう。
 しかし普段見ているよりもふわふわ度合いが増していて、干したての羽毛布団のようだ。


「ふわふわだ……櫛は?」
「俺のか?」
「うん」


 グレンが洗面所に戻り、大きな櫛を持ってくる。俺の拳より大きい。


「俺もグレンの毛梳きがしたい」
「何も面白くないぞ」
「いいから!」


 グレンにベッドの端に座ってもらい、俺は背後で膝立ちになる。首の辺りから優しく櫛を通していく。引っ掛かったらきっと痛いよな。


「痛くない?」
「もっと思い切りやって大丈夫だ」
「そうなの?」


 頷いたグレンが言う通りに今度は少し力を入れて梳いてみる。ところどころ引っかかる場所があったが、痛くなさそうだった。

 段々と背中の方へ移ると、グレンの尻尾がふわりふわりと虹の軌跡のように揺れる。


「どう?」
「気持ちいいな。背中は自分じゃやりずらい」
「じゃあ俺は明日からグレンの背中を毛梳きする」
「ありがたいな」
「ふふっ」


 明日から、なんて何気ない約束が、心をくすぐる。

 こんなに楽しく満たされた日々が続くなら、それ以上の幸せはないだろう。

 一通り背中全体に櫛を通せた。仕上がりは上々。ふわふわで綺麗なアイアンブルーと毛先の繊細な銀色が輝いている。

 俺は思わずその柔らかい毛に包まれたくなって、グレンの背中に抱きついた。


「あー……ふわふわで気持ちいい……」
「……ライゼル」
「ん?」
「……他の奴の身体には抱きつくなよ」


 グレンの身体の前に回した俺の手を掴み、小さく呟く。俺はもふもふを堪能するのを中断し、グレンの前に移動する。

 俺がグレンを見下ろすという珍しい格好になり、その広い肩に両手を置く。しかし瞳は合わない。


「グレン」
「……」
「グレン?」


 問いかけに返事は無く、視線も逸らされたままだ。少し黙って様子を見ていると、グレンが俺の腰に腕を回して抱きついてくる。
 
 これもまた珍しいというか、初めてのハグの仕方で心臓が脈打つ。基本的にいつも俺から甘えるような格好が多いので新鮮だ。

 黙ってグレンの頭や耳周りを撫でてみる。すると、グレンはごしごしと俺の腹に顔を擦り付けてくる。……可愛い。


「……グゥ」


 喉を低く鳴らす音。これは完全に……






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。

竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。 万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。 女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。 軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。 「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。 そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。 男同士の婚姻では子は為せない。 将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。 かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。 彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。 口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。 それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。 「ティア、君は一体…。」 「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」 それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。 ※誤字、誤入力報告ありがとうございます!

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@書籍化進行中!
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。 その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー? 十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。 転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。 どんでん返しからの甘々ハピエンです。

クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび
BL
公爵家の次男ウィルは、王太子殿下の婚約者に手を出したとして犬になる魔法をかけられてしまう。好きな人とキスすれば人間に戻れるというが、犬姿に満足していたウィルはのんびり気ままな生活を送っていた。 そんなある日、ひとりのマイペースな騎士と出会って……? 「僕、犬を飼うのが夢だったんです」 『俺はおまえのペットではないからな?』 「だから今すごく嬉しいです」 『話聞いてるか? ペットではないからな?』 果たしてウィルは無事に好きな人を見つけて人間姿に戻れるのか。 ※不定期更新。主人公がクズです。女性と関係を持っていることを匂わせるような描写があります。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

処理中です...