【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

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第6章

§53‐2 変怪の暴威

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 ティラは集団をまとめ、残る民を救う隊と、ユーディア王国からやってきた民や暴徒を鎮める隊を振り分けていたところのようだ。


「思ったより民の避難が早くて助かりました。騎士だけでなく、東方領の冒険者ギルドや冒険者たちが訓練通りに動いてくれています」
「そうか……サノメとカウカを見たか?」
「はい。少し前にユーディア王国の方角へ飛んでいきました」
「分かった。じゃあティラはこのままここにいる騎士と冒険者たちの指揮を。ユーディア王国からやってきた民や暴徒が増えてくだろうが、ゼフィロスの民たちに被害が出ないように上手く誘導と鎮圧を頼む。この後フーベルとバノーテが連れた精鋭もやってくる。人手が足りなければそちらから援護を受けてくれ」
「御意。お二人はどうされるのですか」
「前線へ行く」


 グレンの言葉に、ティラがにわかに狼狽えたのを感じ取る。

 俺はティラの肩に手を置いた。俺の体温と覚悟が伝わるように。そして念じるように強く握る。


「こちらは任せてくれ。頼んだぞ」
「ッはい! ご武運を!」


 力を取り戻した瞳に頷く。スフェーンにいた頃より、さらに頼りになる腹心が誇らしい。

 感傷に浸る間もなくアリュールとウォルスが再び走り出す。

 街中を堂々と走り、時々逃げ遅れた民を見つけては逃げる方角を声を張り上げて示した。

 肌を撫でる風が、国境が近づいてくるにつれて薄ら寒い気配を強く運んでくる。

 同時に、ふたつの大きな気配も。彼らが力を使っているのが分かる。遠くの空気が魔力で揺らめいている。

 街の砦を抜けて国境へ続く広野に出る。視界が開けた瞬間、俺は言葉を失った。目に飛び込んできた光景に、慄然とする。

 それは、まさに地獄の扉が開いたかのようだった。人族も獣人族も、一緒くたに叫びながら逃げ惑い、阿鼻叫喚の渦。

 暴徒は武器を持って暴れ回っている。そしてドルゥーガは見境なく動くものに襲い掛かる。

 覚悟を決めた者たちが争う戦場とは似て非なる惨状。そこにあるのはただ、無秩序な死と破壊だけだ。とにかく酷い。

 蜘蛛型のドルゥーガは己が通った道を瘴気で汚染し、黒ずんだ大地が悲鳴を上げているようだった。それに触れて傷ついてしまった者たちもいるようだ。倒れ伏し、苦悶に顔を歪める人々が点在している。

 友であるサノメとカウカは龍の姿のままで奮闘してくれていた。

 紅蓮の炎と瑠璃の水飛沫が、絶望的な戦場で鮮烈に輝いていた。


「サノメ!」
「カウカ!」


 グレンと俺の声に気付いたふたりが目線を寄越す。巨大な瞳が、確かに俺たちを捉えた。


「あ! 思ったより早く来られたな! どうだよ、この地獄絵図!」


 サノメの声が裏返る。痛みの滲む、絞り出した声に、俺の胸も締め付けられる。隣でグレンがギリ、と歯ぎしりをしたのが分かる。

 そうだよな、誰も友にこんな光景を見せて、辛い思いをさせたくはない。

 灼熱のブレスが、ドルゥーガの群れを焼き払う。サノメは主にドルゥーガの足止めと、暴徒の鎮圧を行っているようだ。ドルゥーガに容赦はいらないが、暴徒に対しては手加減をしてくれているらしい。

 サノメの炎で身体の一部を炙られて負傷した暴徒がひとどころにまとめられている。


「ライゼル~! 早く! この後もどんどん来るよぉ」
「分かった!!」
「アリュールは僕がまとめた人達を街のほうまで移動させてよ」 
「言わんでも分かっておるわ。ウォルスよ、ドルゥーガには近づいてはならん。避難民の移動を補助せよ」
「ブルルッ!」


 カウカが凛とした姿に似合わぬ可愛らしい声で言う。

 きらきらと輝く水の壁が、人々の命を守っている。彼は避難民を集めて水魔法で防御壁を作ってくれていたらしい。

 また、逃げ遅れてドルゥーガや暴徒に襲われそうな人たちを個々の水膜で守り、移動させている。

 集団をまとめて守るよりも繊細な魔力操作が必要だ。巨大な龍の姿からは想像もつかないほどの緻密さだ。

 おそらく感知にも神経を割いているはずなので、相当に脳や体に負荷がかかっているはずだ。

 俺はアリュールとウォルスとともに、避難民の移動と動けない怪人の治療にあたる。今はただ、目の前の命を救うことだけを考える。

 グレンはウォルスの背を降りてサノメを手伝うようだ。


「グレン! すぐに戻る!」
「慌てなくていい。こちらは任せておけ」


 短く声を交わして互いに移動する。

 俺は避難民の集まる場所へ行って喉が張り裂けんばかりの大声を上げる。


「ユーディア王国の民よ! これから安全な場所へ案内する! 落ち着いて移動せよ! 暴れたら鎮圧するッ!!」


 俺の号令にユーディア王国の避難民はざわつく。悠長なことはしていられない。一刻も早くこの大勢を移動させねば。


「アリュール、頼む」
「分かった」


 アリュールが魔力を貯めて練り上げるのが分かる。そして彼の背に美しい白い翼が生える。身体も一回りほど大きくなり、土の神の眷属としての本来の姿を神々しく晒す。


「さあ、命が惜しくば立ち上がれッ!」


 神の眷属の力は、絶望した人々の心をわずかに動かした。アリュールの威光にたじろぎながらも、俺のさらに大きな怒声に気圧されたユーディアの民たちが立つ。水膜につつまれた彼らの足元の土が盛り上がり、ゼフィロスの街方向へ土を動かしていく。

 まるで巨大な揺りかごのように、優しく、しかし迅速に。

 彼らの足で歩く必要はない。アリュールが土を操作し、水膜を移動させているのだ。

 何が起こっているのか理解できていない避難民たちに説明することなく、さっさと移動させていく。そうしているうちにもまたカウカから次々と水膜に包まれた民たちが送られてくる。


「街に着いたら中心街まで自力で進めッ! 救援部隊が待っている!」


 さすがに石畳の操作までしている暇はなさそうだとアリュールが言うので、魔法で移動させるのは街の入り口までになる。

 ティラたちを前線の方へ出張らせるのは得策ではない。彼らには避難民の保護を第一優先に動いてもらいたい。

 恐らくバノーテとフーベルの後続部隊ももうそろそろ追いついてくるだろう。そうすればこちらが送る避難民を街の入り口で誘導するくらいまでは手が回るはずだ。


「思っていたよりも人数が多いな」
「あぁ。ドルゥーガから守るのにも労を要するから、カウカの負担が大きい」


 アリュールとふたりだけで聞こえる音量で話す。

 俺は避難民に声をかけながら、自力で動けそうにない怪我を負った者に治癒魔法をかけて回る。

 掌から伝わる、か細い命の脈動を辿る。鉄錆びた匂いが、ツンと鼻を刺す。血反吐を吐きながらここまで逃げてきたのだ。その生きようとする意志に応えたい。

 なんとか街までたどり着いて無事でいてほしいと願いをこめる。

 この広野に到着していた時点で溜まっていた人たちはあらかた砦まで送り出すことができた。避難民たちが恐慌状態になかったのが幸いしたわけだが……。


 ――――ほとんどの者たちが生気を失ってしまったような顔をしていた。

 ゼフィロス王国へ逃げてきたとしても安全ではなく、生き延びる望みは薄いとばかりに。


 俺はその表情を見て背筋が薄ら寒くなった。


「ライゼル、大丈夫か 」
「……あぁ」


 アリュールの気遣う声が、俺の意識を引き戻す。

 まだ断続的にユーディア王国から逃げてくる民がいるので対応を続ける必要はありそうだ。


「ウォルス。危ないから砦へ戻って、街でティラたちを手伝ってきてくれ」
「ブル……」
「ふふっ、大丈夫だよ。必ず、グレンと一緒に戻るから」
「……ブルルッ!!」


 低く嘶いたウォルスから心配する気配を感じたので、額と首を撫でて宥める。大丈夫、大丈夫だから。

 俺の気持ちが通じたのか、ウォルスは砦の方へ走り出した。

 ウォルスを見送っていると、それと入れ違いで集団の塊が轟轟と土煙を立てながらこちらへやってくるのが見える。

 バノーテ、フーベル率いる騎士団と冒険者の精鋭部隊が到着したようだ。


「ライゼル様!!」
「待たせた!!」
「フーベル、バノーテ、みんなもありがとう!」


 精鋭部隊の皆が「応!」と張りのある声を上げて気炎を見せてくれる

 避難民、そしてこの惨状を目の当たりにしても意気消沈しないあたりが精鋭たる証拠である。






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