92 / 95
第6章
§53‐2 変怪の暴威
しおりを挟むティラは集団をまとめ、残る民を救う隊と、ユーディア王国からやってきた民や暴徒を鎮める隊を振り分けていたところのようだ。
「思ったより民の避難が早くて助かりました。騎士だけでなく、東方領の冒険者ギルドや冒険者たちが訓練通りに動いてくれています」
「そうか……サノメとカウカを見たか?」
「はい。少し前にユーディア王国の方角へ飛んでいきました」
「分かった。じゃあティラはこのままここにいる騎士と冒険者たちの指揮を。ユーディア王国からやってきた民や暴徒が増えてくだろうが、ゼフィロスの民たちに被害が出ないように上手く誘導と鎮圧を頼む。この後フーベルとバノーテが連れた精鋭もやってくる。人手が足りなければそちらから援護を受けてくれ」
「御意。お二人はどうされるのですか」
「前線へ行く」
グレンの言葉に、ティラがにわかに狼狽えたのを感じ取る。
俺はティラの肩に手を置いた。俺の体温と覚悟が伝わるように。そして念じるように強く握る。
「こちらは任せてくれ。頼んだぞ」
「ッはい! ご武運を!」
力を取り戻した瞳に頷く。スフェーンにいた頃より、さらに頼りになる腹心が誇らしい。
感傷に浸る間もなくアリュールとウォルスが再び走り出す。
街中を堂々と走り、時々逃げ遅れた民を見つけては逃げる方角を声を張り上げて示した。
肌を撫でる風が、国境が近づいてくるにつれて薄ら寒い気配を強く運んでくる。
同時に、ふたつの大きな気配も。彼らが力を使っているのが分かる。遠くの空気が魔力で揺らめいている。
街の砦を抜けて国境へ続く広野に出る。視界が開けた瞬間、俺は言葉を失った。目に飛び込んできた光景に、慄然とする。
それは、まさに地獄の扉が開いたかのようだった。人族も獣人族も、一緒くたに叫びながら逃げ惑い、阿鼻叫喚の渦。
暴徒は武器を持って暴れ回っている。そしてドルゥーガは見境なく動くものに襲い掛かる。
覚悟を決めた者たちが争う戦場とは似て非なる惨状。そこにあるのはただ、無秩序な死と破壊だけだ。とにかく酷い。
蜘蛛型のドルゥーガは己が通った道を瘴気で汚染し、黒ずんだ大地が悲鳴を上げているようだった。それに触れて傷ついてしまった者たちもいるようだ。倒れ伏し、苦悶に顔を歪める人々が点在している。
友であるサノメとカウカは龍の姿のままで奮闘してくれていた。
紅蓮の炎と瑠璃の水飛沫が、絶望的な戦場で鮮烈に輝いていた。
「サノメ!」
「カウカ!」
グレンと俺の声に気付いたふたりが目線を寄越す。巨大な瞳が、確かに俺たちを捉えた。
「あ! 思ったより早く来られたな! どうだよ、この地獄絵図!」
サノメの声が裏返る。痛みの滲む、絞り出した声に、俺の胸も締め付けられる。隣でグレンがギリ、と歯ぎしりをしたのが分かる。
そうだよな、誰も友にこんな光景を見せて、辛い思いをさせたくはない。
灼熱のブレスが、ドルゥーガの群れを焼き払う。サノメは主にドルゥーガの足止めと、暴徒の鎮圧を行っているようだ。ドルゥーガに容赦はいらないが、暴徒に対しては手加減をしてくれているらしい。
サノメの炎で身体の一部を炙られて負傷した暴徒がひとどころにまとめられている。
「ライゼル~! 早く! この後もどんどん来るよぉ」
「分かった!!」
「アリュールは僕がまとめた人達を街のほうまで移動させてよ」
「言わんでも分かっておるわ。ウォルスよ、ドルゥーガには近づいてはならん。避難民の移動を補助せよ」
「ブルルッ!」
カウカが凛とした姿に似合わぬ可愛らしい声で言う。
きらきらと輝く水の壁が、人々の命を守っている。彼は避難民を集めて水魔法で防御壁を作ってくれていたらしい。
また、逃げ遅れてドルゥーガや暴徒に襲われそうな人たちを個々の水膜で守り、移動させている。
集団をまとめて守るよりも繊細な魔力操作が必要だ。巨大な龍の姿からは想像もつかないほどの緻密さだ。
おそらく感知にも神経を割いているはずなので、相当に脳や体に負荷がかかっているはずだ。
俺はアリュールとウォルスとともに、避難民の移動と動けない怪人の治療にあたる。今はただ、目の前の命を救うことだけを考える。
グレンはウォルスの背を降りてサノメを手伝うようだ。
「グレン! すぐに戻る!」
「慌てなくていい。こちらは任せておけ」
短く声を交わして互いに移動する。
俺は避難民の集まる場所へ行って喉が張り裂けんばかりの大声を上げる。
「ユーディア王国の民よ! これから安全な場所へ案内する! 落ち着いて移動せよ! 暴れたら鎮圧するッ!!」
俺の号令にユーディア王国の避難民はざわつく。悠長なことはしていられない。一刻も早くこの大勢を移動させねば。
「アリュール、頼む」
「分かった」
アリュールが魔力を貯めて練り上げるのが分かる。そして彼の背に美しい白い翼が生える。身体も一回りほど大きくなり、土の神の眷属としての本来の姿を神々しく晒す。
「さあ、命が惜しくば立ち上がれッ!」
神の眷属の力は、絶望した人々の心をわずかに動かした。アリュールの威光にたじろぎながらも、俺のさらに大きな怒声に気圧されたユーディアの民たちが立つ。水膜につつまれた彼らの足元の土が盛り上がり、ゼフィロスの街方向へ土を動かしていく。
まるで巨大な揺りかごのように、優しく、しかし迅速に。
彼らの足で歩く必要はない。アリュールが土を操作し、水膜を移動させているのだ。
何が起こっているのか理解できていない避難民たちに説明することなく、さっさと移動させていく。そうしているうちにもまたカウカから次々と水膜に包まれた民たちが送られてくる。
「街に着いたら中心街まで自力で進めッ! 救援部隊が待っている!」
さすがに石畳の操作までしている暇はなさそうだとアリュールが言うので、魔法で移動させるのは街の入り口までになる。
ティラたちを前線の方へ出張らせるのは得策ではない。彼らには避難民の保護を第一優先に動いてもらいたい。
恐らくバノーテとフーベルの後続部隊ももうそろそろ追いついてくるだろう。そうすればこちらが送る避難民を街の入り口で誘導するくらいまでは手が回るはずだ。
「思っていたよりも人数が多いな」
「あぁ。ドルゥーガから守るのにも労を要するから、カウカの負担が大きい」
アリュールとふたりだけで聞こえる音量で話す。
俺は避難民に声をかけながら、自力で動けそうにない怪我を負った者に治癒魔法をかけて回る。
掌から伝わる、か細い命の脈動を辿る。鉄錆びた匂いが、ツンと鼻を刺す。血反吐を吐きながらここまで逃げてきたのだ。その生きようとする意志に応えたい。
なんとか街までたどり着いて無事でいてほしいと願いをこめる。
この広野に到着していた時点で溜まっていた人たちはあらかた砦まで送り出すことができた。避難民たちが恐慌状態になかったのが幸いしたわけだが……。
――――ほとんどの者たちが生気を失ってしまったような顔をしていた。
ゼフィロス王国へ逃げてきたとしても安全ではなく、生き延びる望みは薄いとばかりに。
俺はその表情を見て背筋が薄ら寒くなった。
「ライゼル、大丈夫か 」
「……あぁ」
アリュールの気遣う声が、俺の意識を引き戻す。
まだ断続的にユーディア王国から逃げてくる民がいるので対応を続ける必要はありそうだ。
「ウォルス。危ないから砦へ戻って、街でティラたちを手伝ってきてくれ」
「ブル……」
「ふふっ、大丈夫だよ。必ず、グレンと一緒に戻るから」
「……ブルルッ!!」
低く嘶いたウォルスから心配する気配を感じたので、額と首を撫でて宥める。大丈夫、大丈夫だから。
俺の気持ちが通じたのか、ウォルスは砦の方へ走り出した。
ウォルスを見送っていると、それと入れ違いで集団の塊が轟轟と土煙を立てながらこちらへやってくるのが見える。
バノーテ、フーベル率いる騎士団と冒険者の精鋭部隊が到着したようだ。
「ライゼル様!!」
「待たせた!!」
「フーベル、バノーテ、みんなもありがとう!」
精鋭部隊の皆が「応!」と張りのある声を上げて気炎を見せてくれる
避難民、そしてこの惨状を目の当たりにしても意気消沈しないあたりが精鋭たる証拠である。
42
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。
竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。
万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。
女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。
軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。
「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。
そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。
男同士の婚姻では子は為せない。
将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。
かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。
彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。
口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。
それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。
「ティア、君は一体…。」
「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」
それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。
※誤字、誤入力報告ありがとうございます!
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる