91 / 95
第6章
§53‐1 変怪の暴威
しおりを挟む会議室を出ると焦燥感が背中を押すように、自然と足が速まる。
回廊の石畳を蹴るブーツの音が己の焦燥を示している。
サノメ、カウカ、アリュールが城の影から滑り出るように姿を現す。
研ぎ澄まされた空気の中、信頼する彼らの気配を感じていたグレンと俺が驚くことはない。
走りながらグレンが彼らに頼む。
「サノメとカウカは先に飛んで状況を見てきてくれないか。思ったよりも避難が遅れているようであればできる限りの足止めを頼む」
「あいよ! お前らは騎士団と冒険者の奴らと来るのか?」
「率いていくつもりではあるが、恐らく俺とライゼルは早めに到着するだろう」
俺を一瞥する。その空色の瞳に宿る覚悟。無言で頷き返した。
「分かったよぉ~ アリュール、二人を頼んだからね」
「言われずともそのつもりだ。さっさと行ってこい」
ちょうど話し終えたところで城の外へたどり着く。
眩い光と共に、ふたりは小さな竜の姿から本来の大きさへと姿を変える。
炎の揺らめきを体現したような炎龍サノメ。その鱗は燃え盛る紅蓮の如く。
恵みの水を司る水龍カウカ。その鱗は深海の静寂を映す瑠璃色だ。
いつも隣で笑う友として気軽に接してくれていた彼らが、神の眷属としての神秘的な威光を放つ。
清冽な神気が辺りに満ちる。背後の青空がやけに小さく見えるのだから不思議だ。
「じゃあ先に行くぜ」
「待ってるからねぇ」
その絶対的な存在感に圧倒された俺は、乾いた喉で頷くしかできない。彼らの残した笑みだけはいつもと変わらぬそれだった。
「すごくきれいだな……」
思わず漏れた吐息が秋の空気に溶ける。
「ああ。俺たちも行くぞ」
「応!」
厩舎に向かうとグレンの愛馬のウォルスが、主の覚悟に応えるように勇ましく嘶く。危機を悟っているのか、やる気に満ち溢れている。
「頼むぞ、ウォルス」
「ブルルッ!!」
「グレンよ、其奴に少し力を分けておく。いつもより早く走るくらいで後遺症は無いから安心せよ」
「助かる。ライゼルに置いて行かれるわけにはいかんからな」
アリュールが大地そのもののような温かくも力強い魔力を流すのを感じる。
肌を伝う魔力の奔流に、ウォルスが短く身震いした。その魔力に呼応したウォルスの筋肉がさらに張りを持ったように見える。
ウォルスに跨ったグレンは颯爽と駆け出す。
その背中を決して見失わないように、アリュールの背を借りてついていく。
グレンはまっすぐ城を出て、騎馬が使う道を進んでいく。
耳元でヒュウヒュウと風が泣いている。速度が上がり、体に受ける圧が増す。
砂塵の向こうに、程なくして別の騎馬集団を見つける。
「フーベル! バノーテ!」
グレンの声を聴いた騎馬集団が少し足並みを遅くする。
馬の嘶きと金属音が交錯する中、気付いた後列の騎士と冒険者たちが順々に通り道を空ける。
グレンと俺は空けてもらった道を通って先頭集団へ追いついた。
「グレン様! ライゼル様!」
「よお! さすが速いな」
先頭は予想通りフーベルとバノーテの獅子相組が率いていた。彼らは俺たちを「速いな」と言うものの、さすが精鋭の集まりといったところか、誰も息を切らさず速さを維持している。
フーベルとバノーテの後ろにブラスもいる。
「旦那ァ! ティラならもう着いている頃合いですぜ!」
「あぁ、分かっている!」
あの優秀な腹心の顔を思い浮かべる。早めに城を出たティラの脚であればすでに東方領へ到着しているはずだ。きっと避難民が早く逃げられるように最善を尽くしてくれている。
「先に行く! そっちの指揮は任せるぞ!」
「御意!」
「気をつけろよ二人とも!」
「ああ!」
激しく揺れる馬上で内臓が揺さぶられるの中でも、誰も舌を噛むことなく余裕の表情で言葉を交わす。
当然のように声が届いているが相当な大きさでないとここまではっきりとは聞こえないので、すごいことなのである。未知の戦場へ向かうとは思えないほど、彼らの瞳は研ぎ澄まされた刃のように澄んでいる。
土煙が上がる集団の横をアリュールとウォルスはスルスルと抜けて、まるで飛んでいるかのような速さで集団を置いていく。
秋のからりとした涼しい風を纏うようにして走る。早く、早く……!
握りしめた拳が白くなる。胸が張り裂けそうなほどの祈りを込めて。 少しでも多くの民を救うために、グレンと俺は休むことなく走り続ける。
王都から東方領へ行くにはどれだけ足の速い馬でも一刻はかかる。しかし、今日はアリュールと、力を分けられたウォルスの足だ。恐らく一刻かからずに東方領へは入れるはずだ。
走り続け、体感で半刻過ぎた頃、遠くから大きな音と人の声が聞こえてくる。
「グレンッ!」
「あぁ、そろそろだ!」
俺の焦燥が伝わったかのように、そこからさらに足を速めたアリュール。地を蹴る蹄が、俺の心臓の鼓動と重なる。ウォルスも負けじとついてくる。
どんどん人の声が大きくなり、騎馬用の道から少し離れた街道を逃げる人々が埃の向こうに見える。
避難している人たちは慌てることなく、騎士や冒険者たちの案内に従って移動してくれているようだ。統率の取れた動きに、よかったと、張りつめていた喉を僅かにゆるめ、安堵の息を漏らす。
街道の木々が少なくなっていき、ついに東方領の街へと到着する。
グレンと俺は街の外側をぐるりと回っていく道を使い、人々を避けて走る。最初の街を抜けて次の街へたどり着くと、随分と人の数が減ってきた。
道に残る轍や足跡が、つい先ほどまでの喧騒を物語っている。ティラたちの尽力のおかげで、東方領の民たちの避難は予想以上に上手くいっている。
王都からユーディア王国への直線上に位置する東方領の主要な街は3つだ。
俺たちは2つ目の街を通り過ぎ、ついにユーディア王国との国境近くへ迫る。
国境に面した街にはほとんど民がおらず、残っているのは緊張した面持ちの騎士や冒険者たちばかりだ。民がいないのでそのまま街中を走り抜けていくと、中心街に集まっている集団を発見する。その中心に、凛と立つ腹心がいた。
「ティラ!」
「ライゼル様! さすがにお早い」
「状況は」
32
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。
竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。
万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。
女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。
軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。
「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。
そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。
男同士の婚姻では子は為せない。
将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。
かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。
彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。
口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。
それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。
「ティア、君は一体…。」
「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」
それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。
※誤字、誤入力報告ありがとうございます!
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる