【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい

吉川一巳

文字の大きさ
14 / 35

視察 04

 ネージュの出血は、圧迫止血でどうにか止まったように見えた。

 このままここに居るよりも、一刻も早く医者に診せた方が良さそうだ。
 そう判断すると、アリスティードは、ネージュを運ぶために使えるものがないか馬車の中を探し回った。
 そして、馬の手綱に目を付ける。

 頑丈なロープが一本あれば、背負って運ぶ負担がかなり減らせる。

 搬送や応急処置の知識は軍の訓練の中で身に付いたものだ。
 俸給に釣られての入隊だったが、今はその決断をした当時の自分を褒めたい気分だった。

 自分の外套やブランケットでネージュの体をしっかりと包むと、ロープで固定して背負い、アリスティードは町を目指した。
 その道すがら考えるのは襲撃者の素性だ。

 アリスティードを侯爵と認識し、ネージュを傷付けないように配慮していた。富裕層を狙った追い剥ぎではなく、狙われたのは自分に違いない。

(一体誰が何のために)

 首謀者が誰なのか考えた時、真っ先に頭に浮かんだのはネージュの顔で、アリスティードは慌てて打ち消した。

 アリスティードが死ねば彼女は得をする。自分を敵視して冷遇する夫を消したら、彼女は再び侯爵家の相続人に戻る。

 この国では女性の爵位継承は認められていないので、彼女自身が爵位を継ぐ事はできないが、夫を選び直す事はできる。

 しかし、襲撃者が現れた時の震え方や、アリスティードを護ろうとした姿が演技とはとても思えなかった。

 そして、気になるのは体の古い傷痕だ。
 あの痕跡は、間違いなく日常生活の中で付いたものではない。

 ネージュはマルセルではないと強く否定し、ダニエルに折檻を受けた時の傷痕だと告白した。
 そして、マルセルの血を引いているから、アリスティードを護ったと。

(マルセル爺さんがネージュを助けたって事だよな、たぶん……)

 彼女がマルセルを本気で慕っているのは恐らく間違いない。

 だが、そうなると、『あの男』の発言と矛盾が出てくる。

 『あの男』は侯爵家を荒らす悪女を追い出してくれとアリスティードに囁き、毒婦から身を守るための防波堤と、圧力をかける為の存在として、偽の恋人役ジャンヌを紹介してきた。

 ジャンヌは貧しいお針子で、恋人を演じている間の贅沢な暮らしに釣られてこの話に乗ったと言っていた。
 また、ネージュを追い出し、アリスティードが侯爵家の財産を自由にできる時が来たら、追加で報酬を支払うという話になっている。

 アリスティードとジャンヌの間に恋愛感情は一切ない。
 時々ジャンヌは『本当に手を出してもいいよ』と言ってくるが、アリスティードは受け流していた。

 ジャンヌは可愛らしく、からりとしていて付き合いやすい女性だが、そういう発言を気軽に異性に向かって発言してくるところが引っかかった。
 恐らく目的を達成したら、報酬を手切れ金として渡して、去ってもらう事になるだろうと漠然と考えていた。

 だが、『あの男』がアリスティードに嘘を吹き込んでいたとしたら、話は随分と変わって来る。
 早急に確認しなければ。
 男を問い詰める必要もあるが、その前に自分自身の目でネージュが一体どういう人物なのか、しっかりと確認し直すべきだろう。

 だが、その前に彼女の手当てが先決だ。

 アリスティードは一路、人家の明かりを目指した。



   ◆ ◆ ◆



「――ああ、今日も可愛く仕上がったね。君はいいよ。これまでに集めた人形の中で一番綺麗だ」

 化粧を施され、精緻なレースを贅沢に使用した最高級のドレスを身に着けたネージュは、これまた高名な職人の手による豪奢な椅子に座らされていた。

 目の前には、初老の紳士が立っている。

 彼――ダニエルは、ネージュの頭頂部から足の爪先まで鑑賞すると、満足気に目を細めた。

「少し首を傾げようか。……そう。その角度。いいよ。そのまま微笑んで」

 ネージュはダニエルの指示通り、顔を傾けて口角を上げる。
 しかし――。

 バシン!

 ダニエルは、ネージュの胴体を手にしていた鞭で叩いた。

「前に教えたはずだ。微笑む時の表情はそうじゃない。口の形が違う。どうして教えた通りにできないんだ」

 痛い。

 じわりと目に涙が滲んだ。それをネージュはまばたきを繰り返して必死に散らす。

 涙を流すと化粧が崩れるから、また鞭が飛んでくる。

「さあ、練習しようか。微笑わらいなさい、ネージュ」

 無理だ。
 じくじくと鞭で叩かれたお腹が痛むせいで、表情がどうしたって引き攣る。

 すると、また鞭が唸って体に激痛が走った。
 今度は堪えきれなくて、大粒の涙が目から零れる。

「……化粧が台無しじゃないか」

 今度は顎を強く掴まれ、強引に上を向かされた。

「お前は見た目は完璧なのに、表情を作るのが下手すぎる……」

 呆れた表情で深いため息をつくと、室内に控える女中に声をかけた。

「服と化粧が台無しだ。やり直しを」
「はい」

 女中に表情はない。
 ここでは彼に従順に従わねば、後々酷い目に遭うからだ。
 この屋敷には、主人のまともではない趣味に、粛々と従う人材だけが雇い入れられている。

「さあ、行きましょう、お嬢様」

 女中に促され、ネージュは椅子から立ち上がろうとした。しかし猛烈な腹部の痛みに悶絶する。



(――ああ、これは過去の夢だ)

 過去の、孤児院からダニエルに引き取られ、一緒に暮らしていた頃の夢。
 ネージュの夢は、基本的に色がついていないグレースケールだから、すぐにそれとわかる。

 最近は見なくなっていたのに、どうしてまた見てしまったんだろう。

 ネージュは、自分が夢を見ているのを自覚し、顔をしかめた。

(お願い。早く覚めて)

 願うのに、お腹の痛みがやけに鮮明である。

(そう言えば、私、お腹に怪我を――)

 と、思った瞬間ネージュはぱちりと目を開けた。
感想 21

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。