【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい

吉川一巳

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絡まる思惑 02

 アリスティードの態度がこれまで頑なだったのは、ナゼールがネージュの悪評を散々に吹き込んだからで、ジャンヌはナゼールが用意した偽の恋人役だった――。

 アリスティードとエリックからそう伝えられたネージュは、呆然とつぶやいた。

「そんな、嘘です。ナゼール卿が……?」

 親身に侯爵家の為に働いてくれた彼が、ネージュとアリスティードの関係を拗らせる為に暗躍していたなんて信じられない。しかも彼とは、彼の父の代からの付き合いである。

 襲撃から三日が経過し、ようやく熱が下がって体を起こせるようになった所だ。
 そこにもたらされた悪い知らせに、ネージュは目眩を覚えた。

 しかも、ジャンヌもナゼールも姿を消したという。

「……二人の行方は引き続き捜索中です。並行して、代替わりしてから、当家がナゼールに任せた法的手続きに問題がなかったかは再確認を。今の所問題は出てきていないようですが、どうしてこんな……」

 エリックは悔しげだった。

「あの男にある事ない事吹き込まれたとはいえ……世間の噂を信じ込んで、酷い態度を取って申し訳ありませんでした」

 アリスティードは深々と頭を下げてくる。

「えっと、世間での私の評判は承知しております。しかも、初めて出会った当家の関係者から悪評を吹き込まれ、私を憎むように誘導されたという事ですよね? でしたらあの態度も頷けますから……。どうか頭を上げてください。それに口調も普段通りで大丈夫ですよ。レーネ侯爵家の当主はアリスティード様ですから……」

「ですが……」

 顔を上げたアリスティードは、迷い子のような顔をしていた。
 それはネージュも同じだ。

「ジャンヌさんとアリスティード様は、とても仲が良さそうに見えましたが……」

「あなたを追い出す為に演技をしていました」

 ネージュのつぶやきに、アリスティードは気まずげに答えた。

「……あの女が持ち去った宝飾品の中に、あなたが特別に大切にしていたものがあると聞きました……。俺はそれを止められたはずなのに……」

 その発言に、ネージュはアクアマリンのブローチの事を思い出した。

「裏のマーケットに流れる可能性が高いのではないかと……。現在全力で捜索に当たってはおりますが……」

 そう発言したのはエリックだ。

「どうかお気になさらないで下さい。屋敷を出る時に、宝石は置いていくつもりでしたから……」

 起こってしまった事を、今更とやかく言っても仕方がない。
 ネージュはやり切れない思いを抱えながらも、アリスティードに向かって微笑んだ。

「時間はかかるかもしれませんが、ブローチは絶対に取り戻します。俺は諦めませんから」

「……ありがとうございます。そう仰って頂けて嬉しいです」

 ネージュの答えを聞くと、アリスティードは肩を落とした。

「俺はあなたに他にも酷い事を……。以前の発言は撤回します。もしあなたが嫌でなければ、侯爵夫人として屋敷に残って頂けませんか?」

 ネージュはその提案に、目を見張った。

「法律上離婚は難しいので……きっとネージュ……さんにとっては不本意だと思うんですが……」

「そんな事は……。ですが、良いのでしょうか……? 私は傷物ですし評判も悪いです……」

「傷物だなんて俺は思ってません! 噂だってそうです。あなたが嫌なら俺は指一本触れないと誓います。ただ、これまで通り屋敷で暮らして下さったら……」

「ええっと……正直混乱して……」

 ネージュは眉を下げた。

「でも……、そうですね。アリスティード様が望んでくださるのなら……喜んで屋敷に残らせて頂きます」

 そう告げると、アリスティードは目を大きく見開いた。

「本当に……?」

「はい。私で良ければ……」

 屋敷に残る事自体は嫌ではない。侯爵家の女主人を務めるのも。
 そもそもネージュは、アリスティードを支えてマルセルの遺したものを守りたいと思っていた。

 ネージュは一つ一つ思考を整理し、アリスティードの申し出を受けても大丈夫だと判断して頷く。

「あの、ネージュと呼び捨てにして頂いて大丈夫ですよ。あなたはレーネ侯爵家の当主でいらっしゃいますから……」

「……では、ネージュ……も、アリスと呼んで下さいますか?」

 どこか縋るような眼差しを向けられて、ネージュは目をわずかに見開いた。

「……はい。そうですね……。では、今日からはアリス様と呼ばせて頂きますね」

 自分の感情を分析すると、戸惑いが大部分を占めているが、愛称を呼ぶ許可を貰えたのは純粋に嬉しい。

「敬称はいらないです」

「そういう訳には参りません。侯爵家の正当な血を受け継ぐあなたと孤児の私では、そもそもの出自が違いますから……」

「…………」

 アリスティードは不服そうだ。
 
「どうかお許しください」

 重ねて告げると、彼は肩を落とした。

「……わかりました」

 ネージュは淡く微笑む。

「アリス様」

 改めて呼びかけると、じんわりと喜びが湧き上がる。

「慣れない口調はお疲れになるのではありませんか? 先程も申し上げましたが、普段通りの口調でお話頂いて大丈夫ですよ」

「……いや、これは、俺のけじめなので」

 アリスティードはきっぱりと言い切った。

「……私は席を外した方が良さそうですね」

 それまで沈黙を守っていたエリックがぽつりとつぶやいた。

「今後については、どうぞお二人でじっくりと話し合われてください。私は出立の準備をして参ります」

 そう告げると、彼は席を立ち、退出する。
 ようやくネージュが動けるようになったので、明日、この町を出て領都の屋敷に戻る予定になっているのだ。

 ネージュは、エリックの背中を見送ってから、ソファのはす向かいに座るアリスティードに向き直った。
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