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絡まる思惑 04
コレールから侯爵家の屋敷がある領都レーネ市までは、行きと同じように汽車を使って戻る事になった。
「少しでも傷口に障るようなら教えて下さい」
アリスティードはネージュにそう声を掛けると、彼女を席まで誘導して座らせた。自身はその向かい側に腰掛ける。
往路と同じ個室席だが、ジャンヌが姿を消したので二人きりだ。かなり気まずい。
ネージュが謝罪を受け入れてくれたのは、アリスティードがマルセルの孫だからだ。
それを忘れてはいけないと、アリスティードは自分に言い聞かせた。
その後の話し合いで、屋敷に帰ったら、ネージュは女主人の部屋に戻ってくる事になっている。
ジャンヌによる改装工事が始まる前だったのは不幸中の幸いで、今頃連絡を受けた屋敷の使用人が、部屋を整えているはずだ。
それはいい。問題は夫婦の寝室である。
ネージュの怪我の完治を待って、そちらも使うことになったのだ。
話し合いの時の彼女の発言を思い出し、アリスティードはこっそりとため息をついた。
『レーネ侯爵家には後継者が必要です。それも、可能であればアリス様の血を引く子供が。……あなたに触れられるのは嫌ではありませんので、試してみませんか?』
淡々と告げられ、アリスティードは衝撃を受けた。
『私の体には傷がありますので……もしご覧になって夫婦生活が難しいと感じられたら遠慮なく仰って下さい。その時は別の女性に後継者を産んで頂くか養子を取るか……何か考えなくてはいけませんね』
レーネ侯爵家のためなら、好きでもない男と体を重ねても構わない。消えない傷痕があるから女としての価値が低い。
――彼女の発言からは読み取れたのはそんな意図である。
慌てて否定し、傷なんて気にしていないし、ネージュに女性としての魅力を感じている事を伝えたものの、今一つ伝わっていない気がする。
どうすれば目の前の女性の自己評価の低さを覆しつつ、自分の過ちを償えるのかが分からなくて、アリスティードは途方に暮れていた。
「――今回は残念でしたね」
ネージュに話し掛けられ、アリスティードは思考の中から現実に引き戻された。
「ルネ様にお会いできませんでした」
彼女の口から飛び出してきたのは、母方の祖父の名前だ。
「ルネはわかってくれると思いますよ。大雑把で細かい事を気にするタイプではないので」
「お祖父様を名前でお呼びになるんですか?」
「爺ちゃんって呼んだら怒るんですよ。そんな歳じゃないって。亡くなった祖母もそんな感じだったので、自然と名前で呼ぶようになりました」
ルネに会うのは実は少し怖い。
レーネ侯爵家に来る前、アリスティードは一度里帰りしていた。その時、ルネからは、『噂なんて話半分と思っておいた方がいい』と忠告されていたのだ。
当時の自分は、ナゼールに唆された『氷の悪女』の噂を信じ込んで、ネージュを追い出してやろうと息巻いていた。
ネージュを連れてルネに会ったら、間違いなく叱られる。
「アリス様は気が進みませんか?」
「いや、そんな事は……ちょっと気まずいだけです。侯爵家に入る前……ルネにはネージュを追い出すと言って出てきたので……」
誤ちを認める発言をする度に、恥ずかしさに消えてしまいたくなる。
「あの、ルネはネージュの事をそんな風には思ってないので……。むしろ窘められて! ……だから、気まずいんです」
ルネの印象が悪くなってはいけないと思い、慌てて弁解すると、ネージュはわずかに目を見開いた。
何故、常に無表情で、何を考えているかわからないと思い込んでいたのだろう。
よく見ると、ネージュの表情はちゃんと変化している。
これまで色眼鏡で判断し、ちゃんと彼女を見ていなかったから気付かなかっただけだ。
「ルネ様はどんな方ですか?」
「どんな……と言われても困りますね……。一見すると顔は怖いですけど、口を開くとそうでもないです」
身内を説明するのは難しい。良く言うのは照れくさいが、悪い印象も持たれたくない。
言葉を選びながら説明すると、ネージュは微笑ましげに目を細めた。
「少しでも傷口に障るようなら教えて下さい」
アリスティードはネージュにそう声を掛けると、彼女を席まで誘導して座らせた。自身はその向かい側に腰掛ける。
往路と同じ個室席だが、ジャンヌが姿を消したので二人きりだ。かなり気まずい。
ネージュが謝罪を受け入れてくれたのは、アリスティードがマルセルの孫だからだ。
それを忘れてはいけないと、アリスティードは自分に言い聞かせた。
その後の話し合いで、屋敷に帰ったら、ネージュは女主人の部屋に戻ってくる事になっている。
ジャンヌによる改装工事が始まる前だったのは不幸中の幸いで、今頃連絡を受けた屋敷の使用人が、部屋を整えているはずだ。
それはいい。問題は夫婦の寝室である。
ネージュの怪我の完治を待って、そちらも使うことになったのだ。
話し合いの時の彼女の発言を思い出し、アリスティードはこっそりとため息をついた。
『レーネ侯爵家には後継者が必要です。それも、可能であればアリス様の血を引く子供が。……あなたに触れられるのは嫌ではありませんので、試してみませんか?』
淡々と告げられ、アリスティードは衝撃を受けた。
『私の体には傷がありますので……もしご覧になって夫婦生活が難しいと感じられたら遠慮なく仰って下さい。その時は別の女性に後継者を産んで頂くか養子を取るか……何か考えなくてはいけませんね』
レーネ侯爵家のためなら、好きでもない男と体を重ねても構わない。消えない傷痕があるから女としての価値が低い。
――彼女の発言からは読み取れたのはそんな意図である。
慌てて否定し、傷なんて気にしていないし、ネージュに女性としての魅力を感じている事を伝えたものの、今一つ伝わっていない気がする。
どうすれば目の前の女性の自己評価の低さを覆しつつ、自分の過ちを償えるのかが分からなくて、アリスティードは途方に暮れていた。
「――今回は残念でしたね」
ネージュに話し掛けられ、アリスティードは思考の中から現実に引き戻された。
「ルネ様にお会いできませんでした」
彼女の口から飛び出してきたのは、母方の祖父の名前だ。
「ルネはわかってくれると思いますよ。大雑把で細かい事を気にするタイプではないので」
「お祖父様を名前でお呼びになるんですか?」
「爺ちゃんって呼んだら怒るんですよ。そんな歳じゃないって。亡くなった祖母もそんな感じだったので、自然と名前で呼ぶようになりました」
ルネに会うのは実は少し怖い。
レーネ侯爵家に来る前、アリスティードは一度里帰りしていた。その時、ルネからは、『噂なんて話半分と思っておいた方がいい』と忠告されていたのだ。
当時の自分は、ナゼールに唆された『氷の悪女』の噂を信じ込んで、ネージュを追い出してやろうと息巻いていた。
ネージュを連れてルネに会ったら、間違いなく叱られる。
「アリス様は気が進みませんか?」
「いや、そんな事は……ちょっと気まずいだけです。侯爵家に入る前……ルネにはネージュを追い出すと言って出てきたので……」
誤ちを認める発言をする度に、恥ずかしさに消えてしまいたくなる。
「あの、ルネはネージュの事をそんな風には思ってないので……。むしろ窘められて! ……だから、気まずいんです」
ルネの印象が悪くなってはいけないと思い、慌てて弁解すると、ネージュはわずかに目を見開いた。
何故、常に無表情で、何を考えているかわからないと思い込んでいたのだろう。
よく見ると、ネージュの表情はちゃんと変化している。
これまで色眼鏡で判断し、ちゃんと彼女を見ていなかったから気付かなかっただけだ。
「ルネ様はどんな方ですか?」
「どんな……と言われても困りますね……。一見すると顔は怖いですけど、口を開くとそうでもないです」
身内を説明するのは難しい。良く言うのは照れくさいが、悪い印象も持たれたくない。
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