意地悪王子様に逆襲を

吉川一巳

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04 王妃陛下のお茶会

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 社交界デビュー前の令嬢は、親戚や隣人の邸に招かれ、お茶会や小さな舞踏会に参加し、社交の練習をする。
 ほとんどの招待は、近しい仲の方が主催されるので、特に緊張することも無いのだが、アーサー殿下の母上である王妃陛下のお茶会だけは別だった。
 お父様に敵対する派閥の令嬢や、アーサー殿下の妃の座を狙っていた令嬢も参加するからである。

 王宮のお茶会は戦場、ドレスは武装。
 私は侍女レディース・メイドのノエリアに手伝ってもらい、念入りにドレスアップをした。
 茶色の髪は前日から巻いてもらい、社交界デビュー前のため、半分だけ編み込んでまとめてもらう。
 髪を全てまとめあげるのは社交界デビューの後であり、大人の淑女になった証なのだ。
 ノエリアはとても器用なので、どういう構造になっているのかさっぱり謎だが、いつも可愛らしくまとめてくれるのでとてもありがたかった。
「髪飾りはどうなさいますか?」
「これにするわ」
 私が選んだのは、昨年アーサー殿下から誕生日に送って頂いた、パールのあしらわれたコームだった。
 小さなパールで作られた小花が愛らしく、清楚でどんな服装にも合うので重宝しているものである。
「今日もお綺麗ですよ、お嬢様。だから自信をお持ちになって下さいね」
「ありがとう、ノエリア」
 私は鏡に向かって気合を入れた。
 鏡の中には、茶色の髪に緑の瞳の、可愛いと言える顔立ちの令嬢の姿が映っている。
 私はメリッサ・リグニエット。
 財務大臣ダグラス・リグニエット侯爵の娘で王太子殿下の婚約者。いずれこの国の象徴として王冠を戴く立場なのよ。
 だから、誰にも隙を見せてはいけない。
 例え影で何を言われようとも。



 王妃陛下のお茶会は、王宮内の小広間で行われる。
 小広間の一番目立つ場所には、先々代の女王陛下の肖像画が飾られ、白を基調とした室内は明るい雰囲気でまとめられている。
 今日のお茶会は、私が王太子妃となった時の為の予行演習を兼ねている為、私はお茶会の始まる時間よりも早めの時刻に王妃陛下のもとへと向かった。

 アーサー殿下をお産みになっただけあって、王妃陛下は大変な美女だ。エリック殿下もアーサー殿下も、王妃陛下がお産みになった二人の王子はどちらもお母様似なのである。
 けぶるような豪奢な金髪に夢見るような青い瞳の持ち主で、年齢は四十を超えているはずだが、いつまでも少女めいた雰囲気を持つ女性だった。
 隣国フランドールの王族の出身で、見た目どおり、ふんわりおっとりとした方である。

「今日の招待客の一覧は頭に入っていますか? メリッサ嬢」
「はい、王妃陛下」
 私は頷くと、王妃陛下の隣の席へとついた。
 今日は招待者ホスト側として、来られた令嬢方を王妃陛下についておもてなしするのだ。

 招待された令嬢は、伯爵位以上の上位貴族と呼ばれる名家の方々ばかり。
 お茶会の場に到着した令嬢は、まず王妃陛下に挨拶に来られ、各々の席に案内される。
 王妃陛下と私の席につくのは、王妃陛下の気遣いだろう。私の友人であるマイア・コートニー伯爵令嬢とサラ・ラファティ伯爵令嬢だった。
 マイアはふわふわとした茶色の髪と釣り目がちの瞳が猫のような印象の令嬢で、サラは黒髪が神秘的な穏やかな令嬢だ。

 次々と来られる令嬢の中で、一際強い視線を私に送る令嬢がいた。
「お招きありがとうございます、王妃陛下」
「ごきげんよう、コレット嬢。どうぞ楽しんでいって下さいませ」
 コレット・シーウェル侯爵令嬢。
 アーサー殿下をお慕いしている令嬢は多いのだが、中でも一番私にあたりがきつい方である。

「メリッサ嬢、アーサーとはうまくいってるのかしら?」
 令嬢達の挨拶を一通り受け終わり、皆が席についたのを確認すると、王妃陛下は私に尋ねてきた。
「はい。殿下にはよくしていただいております」
 私はにこやかに、当たり障りなく答える。
「陛下、私、メリッサ嬢から先日ガラスペンを頂いたって自慢されましたわ」
 余計な口を挟んだのはマイアである。普段は私をメルと呼ぶマイアだが、王妃陛下の前なので正式名称だ。
「あら、そう言えば先日イーハンからの貿易商が来ていたわね。何か買ってると思ったら、そういう事だったのね」
 王妃陛下の目がきらりと光った。王妃陛下は恋のお話が大好物なのだ。
 私とアーサー殿下には期待されている甘やかなものなんて存在しないのに。
「そうそう、イーハンといえば、今日のお茶はイーハンのものなのよ」
 王妃陛下が女官に目配せをした。
 すると、各テーブルに、ガラスのポットを載せたワゴンが運ばれてきた。
 給仕の女官がお湯を注ぐと、それぞれのテーブルから感嘆のため息が漏れる。
 茶葉が、お湯を注いだ瞬間、花の形にふわりと開いたからだ。
「花茶と言うのですって。目でも楽しめるような加工がされているのよ。皆様、どうぞ召し上がって」
 王妃様の号令で、皆期待に満ちた眼差しでカップを手に取った。
「これは、ジャスミン、でしょうか?」
「そうよ。ジャスミン茶をベースにお花のように開く茶葉をブレンドしているみたいなの」
 王妃陛下は感嘆する令嬢達を前に、にこにこと上機嫌だ。
「さあ、事前の打ち合わせ通り、今日の各テーブルへの挨拶はメリッサ嬢にお任せするわ。頑張ってみてね」
 来た。
 王妃陛下からの課題に、浮き立っていた私の心は沈むのだった。



「ご機嫌よう」
「楽しんでいらっしゃいますか?」
「お祖父様のお加減が良くないと聞いております、どうぞご自愛くださいとお伝えくださいね」

 無難な言葉をかけながら各テーブルを回り、皆様が楽しんでいるか、お茶やお菓子に不足がないか確認をするのは招待者ホストの役目だ。
 国の要職につく侯爵家の娘であり、未来の王太子妃の私に、真正面から喧嘩を売って来られる方はそうそういない。
 大抵のテーブルは穏やかに、つつがなく終わるのだが、胃がしくしくと痛むテーブルもあった。

 私への敵意を隠そうとしない、コレット・シーウェル侯爵令嬢のテーブルである。

「ご機嫌よう、コレット嬢、楽しんでいらっしゃいますか?」
《ええ。王妃殿下の趣向はとっても素晴らしいです。お花のお茶だなんて初めて見ました》
 ――来た。
 フランドール語で返答をされ、私の顔が引きつった。
《それは、よかったです。おうひへいかにも、そう、つたえておきますね》
 つたないフランドール語で返答すると、テーブルから失笑が上がった。
[いつまでもフランドール語がマスターできない方が次の王妃だなんて]
 今度はヴァイマール語。
 語学に堪能なコレット嬢とその取り巻きは、いつもこうやって私を貶めようとするのだ。
[がんばっては、いるのですが、ことばは、とてもむずかしいです。でも、アーサーでんかが、はげましてくれるので、もっと、がんばろうとおもっています]
 表情を崩すな。
 能力の足りない自分が悔しくてとても腹立たしいけど、殿下が選んだのはこの私。コレット嬢ではないのだから。
[どうしてあなたのような方が次の王妃なのか……恥をかく前に辞退なさったらよろしいのに]
「辞退できるものならとうにしておりますわ。でも、殿下が私がいいと仰られるから……」
 ああ、もうめんどくさい。
 私はアルビオン語で応対する事にした。
 わざとらしく物憂げに首をかしげ、コレット嬢の怒りをわざと煽ってやる。
 ぎりぎりともの凄い目で睨まれた。
「では、私はこれで失礼致しますね。次のテーブルにも行きませんと」
 にこやかにコレット嬢に一礼すると、私は次のテーブルへと早々に逃げ出す事にした。



「コレット嬢に何か言われたのかしら?」
 一通りのテーブルを回り終え、王妃陛下のテーブルに戻ると、早速突っ込まれた。
「語学の習得が遅れていることを指摘されてしまいました」
「まあ!」
 正直に答えると、王妃様は目を見張った。
《そうねぇ……もう少し頑張らなくてはねぇ。でも、メリッサ嬢は十分努力されていると思うわよ。聞き取りはちゃんと出来ているし、ゆっくりとなら話せているじゃないの》
 ネイティブの王妃様のフランドール語は、さすが淀みがない。
《きけて、はなせても、どうしても、はやくはなせません。ごめんなさい、おうひへいか》
「私の耳から聞くと、メリッサ嬢のフランドール語は、舌たらずでとても可愛らしいわ。それはそれで魅力として見えないこともないから、あまり気にしない事ね」
 王妃陛下の優しさには涙が出そうになる。
 マイアとサラからの気遣わしげな視線が心に突き刺さった。



 お茶会は午後四時にはお開きになった。開始が一時だったので、およそ三時間王宮にいた計算になる。
「王妃陛下がいたから言えなかったけど、コレット嬢の事は気にしないほうがいいわよ、メル」
 マイアが声をかけてきたのは、返り際、馬車の昇降口についた時だった。
 コレット嬢と私は、家格も容姿も同等くらい、頭の良さなら彼女の方が上だ。
 なのにアーサー殿下に選ばれたのは私だった。だから、それが彼女の中では消化できていなくて、私に対するあたりがきついのだろう。
「例えメルが選ばれなかったとしても、あの方がアーサー殿下の婚約者になる事はございませんわよ。だってあの方のお父様、ヴァイマールに近すぎなんですもの」
 そう言ったのはサラである。穏やかに微笑みながら平然と毒を吐く彼女は結構腹黒い。

 隣国ヴァイマールは近年、民族浄化を謳う極右政党が政権を握り、何やら不穏な空気を漂わせている。

 我が国、アルビオン王国には『王は君臨すれども統治せず』という言葉がある。
 この国は長い歴史の中で、絶対君主制から立憲君主制へとその体制を変えた。
 何故そうなったのかを説明すると長くなるため割愛するが、国を動かすのは議会と内閣であり、王族の公務は政治ではない。
 とは言え、どのような主義の家が王家に嫁ぐかで、政治の世界での発言権にも影響があるらしい。
 そこで、穏健的保守派と言われる派閥の中から婚約者を選ぶことになり、白羽の矢が立ったのが私という訳だ。

「ご本人が理解されてないってのが困りものよねぇ。それでいて、自分はメルより賢いつもりなのよ、笑っちゃうわ」
 猫目のマイアは見た目どおり、とても気が強い。

 大丈夫。私は傷ついてなんていない。
 だって私にはちゃんと味方だっているもの。
「気にしてないわ。ありがとう、マイア、サラ」
 私は二人に、心からの感謝を込めて微笑んだ。



「あれ、メル? どうして王宮に?」
 アーサー殿下に遭遇し、声をかけられたのは、二人と別れて待たせていた馬車に乗り込もうとしたときだった。
 パブリック・スクールから戻られた所なのだろう。アーサー殿下は制服姿だった。
「王妃陛下にお招き頂きました。ちょうど今、帰るところです」
「なんだ。じゃあもう少し王宮のどこかで待ってくれていたらよかったのに」
「申し訳ありません、あまり遅くなると家のものが心配致しますから」
「そうか。じゃあ引き止められないね。……また三日後、会いに行くから」
「はい」
 私たちの週に一度の交流は、殿下のパブリック・スクールがお休みの、土曜日に基本的に行われている。
「もうすぐロイヤル・アスコットだからね。その打合せをしよう」
 ロイヤル・アスコット――それは、王家が主催する、競馬の催しである。
 私は、殿下と一緒に観覧をする約束をしていた。
「ではまた、三日後に」
 私はそう告げると、ずっと待たせていたリグニエット家の馬車に乗り込んだ。
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