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第1部 目指せゲームオーバー!

第2話 エマージェンシー

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「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 絶叫をほとばしらせ、オレは落下していた。
 元々ジェットコースターやフリーフォールの類が大嫌いなのだ。当然今もすっげー怖い。
 何度でも言うけどフザけんなマダナイ。
 などと思っていると、地面が近付いてきた。
 ここで問題。
 運動不足な陰キャオタクに、高度50メートルから落下しても無事なくらい上手な受け身がとれるか。
 答えはもちろんノーだ。

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬし」

 悲鳴を上げた数秒後、再び意識が暗黒にちた。

 ◇

「……生きてる」

 目が覚めて最初のセリフだった。
 立ち上がって周りを見ると、落ちる前に見降ろしていた草原にいた。
 正直、異世界に転生したという実感はない。
 周りに広大な草原が広がっているだけで、上空をドラゴンが飛んでいるわけでもない。
 軽く息を吐いて、自分の体を見下ろす。
 見慣れた黒学ランに傷や汚れはない。怪我をした感覚もない。
 50メートル上空から落ちて無傷というのは、むしろ不気味というか何というか。

「なんか自動で復活する魔法でもあんのかな」

 適当な呟き。それに答える声は、若草が風に揺れる音だけ──

「あるよー」
「っ!?」

 いきなり聞こえた声に、思わずビクッとした。
 思わず周囲をキョロキョロと見回すと、背後に誰かが立っていた。
 20代後半くらいの女性だ。
 金髪ロングと、修道服に似た白基調の服が印象的な女性は、オレに向けてニコッと笑った。

「びっくりした? 私がキミのガイド役をやらせてもらう、その名も天の声ナレーター! よろしくね!」
「よろしく……」

 思ったより高いテンションに押され、オレはおずおずと返した。
 あと天の声なのに物理身体あるのか。

「……それで、自動で復活する魔法があるんだっけ?」
「うん。《ソウル・蘇生サヴァイブ》っていう、魂が無事なら自動で蘇生する魔法の効果だね」

 ひとまず歩き出しつつ、首をひねる。
 魔法の効果なのは分かったが、問題はその前だ。

「そんな魔法使った覚えないんだけど」

 オレの言葉には答えず、天の声ナレーターはオレに向けて手を伸ばした。

「《鑑定サーチ》!!」

 いきなり叫んだ天の声ナレーター
 その手の先で白い魔法陣が展開、入れ替わるように、ゲームのポップアップウィンドウみたいなものが表示された。

「任意の対象の情報を読み取る魔法だよ!」
「ふむふむ……」

 覗き込んでみると、そこにはオレのステータスのようなものが記されていた。

名前:カイト
職業:転生者
特性:全属性高適性、《ソウル・蘇生サヴァイブ》自動発動

「えぇ……」

 あまりのぶっ壊れ具合いに、口から呆れ声が出た。
 こんなもの、強さに飽くなき探求心を燃やす系キャラが見たら暴動が起きる。

「神様のいきな計らいじゃない? お陰でキミは、強い上に、死んでも魂が無事なら問答無用で蘇生する」

 微妙に納得しきれず、顔をしかめる。
 そのとき、何かが聞こえた気がした。
 顔を上げると、10メートルほど離れた場所に、2つの小さな人影が見えた。
 ゴブリンの類だろう。灰緑色の肌の亜人が、石剣を乱暴に振り回している。

「人族のガキだ!」
「殺して肉にするぞ!」

 ……人間もゴブリンも言語は同じなんだな。
 などと思いつつ、天の声ナレーターに訊ねる。

「魔法ってどうやって使うの?」

 向こうはやる気満々だし、ならばサンドバッグ代わりにしてもいいだろう。
 そう思っての質問の答えは、またしても雑だった。

「まぁとりあえず、手から炎の弾がバーッ!! って出るイメージすればいいよ。魔法なんて結局は気合いだよ」
「世の魔法使いに謝れ」

 魔法の説明が脳筋すぎたが、他に方法はないため、仕方なく従う。
 ゴブリン達に向けて右腕を伸ばす。
 そして広げた手の平から、炎の弾がバーッ!! と発射される様子をイメージする。

「おわっ!?」

 てのひらの先に、赤い魔法陣が出現した。
 同色のオーラに包まれた炎弾が発射される。
 まっすぐに飛翔した炎弾は、当たると同時に炸裂さくれつした。
 炎の中からゴブリン達が飛び出てきた。同時に悲鳴。

「ギャアアーッ!! 熱い! 熱ぃぃいい!!」
「ママァーッ!!」

 ……いや、やりづれぇよ。

「まぁ魔族にも家族はいるしね」

 天の声ナレーターからいんを踏みながらの追い打ちが来て、さらにえる。
 しかし、相手が魔族なる存在ならば、闇魔法での反撃もあるかもしれない。
 そう思って警戒するが、ゴブリン達は既に一目散に逃げ出していた。なんだか呆気あっけない。
 拍子抜けしていると、天の声ナレーターが笑った。

「闇魔法は、ゴブリンみたいな下賤げせんやからに使えるものじゃないよ。もっと上位の魔族にしか使えないから」
「当たりキッツ」

 初めてリアルで聞いた下賤の輩というフレーズに苦笑しつつ、オレは自分の右手を見下ろした。
 人生初の魔法、悪くない感覚だった。ものすごく中二心をくすぐられる。
 自然と、もっと色んな魔法を使ってみたいという気持ちが湧いてきた。
 自分は異世界に転生したのだと、ようやく実感する。
 口許に笑みを浮かべるオレに、天の声ナレーターが自慢げに続けた。

「魔族の頂点たる魔王の闇魔法はすごいよ! 魔王の座に就いている者にしか使えない《魔王魔法》なんてのもあるしね!!」
「へー、魔王魔法……ん?」

 魔王魔法。
 馴染みのある、というかすごく大好きなフレーズだ。
 そんな引っかかりが一瞬でふくがる。
 直後、オレの絶叫が草原に響き渡った。

「あああぁぁ──ッ!! 異世界にいたらマオマホ観れねぇ────ッッ!!」

 アニメ、それも推し声優の出演作が視聴できない。
 オタクにとっては死活問題だった。


(つづく)
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