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葛藤の先には
しおりを挟むパソコンのデスクトップ画面がスクリーンセイバー画面へと切り替わる。
それをただ眺めるだけで、慧は指ひとつ動かしていなかった。
そんな様子を遠くから結が心配そうに見つめていた。
昨日はあんなに楽しそうに仕事を切り上げていったのに、
朝来たら社長がこの状態で動くことなく、
呆然としているなんて。
何かあったのかしら。
まさか振られたとか。
でも社長に限ってそんなこと・・・・。
自分の考えに恐れをなし、頭をふって振り払った。
すると、静かな社長室に携帯の振動の音が鳴り響く。
その音に、びくびくした結だが、
慧がゆっくりと携帯をスーツの胸ポケットから
ゆっくりととりだし画面を見た。
慧の表情が、一瞬だけふっと緩む。
結は今まで見たこともない表情でおもわず手にしていたカップを
落としそうになってしまう。
そして慧にあんな表情させる女性にぜひ合ってみたいと
わくわくしながら自分のデスクに戻っていった。
一方、慧の心情は穏やかではなかった。
欲望のまま、一度体を重ねてしまえば自分の気が納まるかと思っていたが、
自分の考えが甘かったと深く後悔をしていた。
絡み付く彼女の髪が。
甘いマシュマロのような肌の感触が。
切なく慧を呼ぶ声が体中を熱くさせる。
何度も何度も忘れようと努力するも脳裏から離れない。
この俺が深みにはまるとは――――――――。
フッと自傷ぎみに笑うともう一度携帯の画面を見つめた。
『おはようございます。
朝、早く出ましたが大丈夫でしたか?
忙しいでしょうが、お昼ご飯はきちんと食べてくださいね』
ちひろの言葉、表情どれをとっても愛おしく感じてしまうのは、
慧にとってもう否定できるものではない。
ちひろの存在は、慧の中から追い出せるものではなくなってしまったのだった。
慧がどんなにあがいてももう無理である。
自分のことをすべて打ち明け、気持ちを伝えることがでるのならどんなに楽か。
自分がちひろにとって敵である存在であっても、
きちんと話をすれば彼女ならきっと受け入れてくれるのでは。
慧は自分が起こすべき行動はなんなのか、
携帯を握り締めたまま考えるのであった。
そんな慧に会議の知らせのコールがなる。
大きなため息をついた慧は、必要なものを手にし、
いつもの硬い表情にもどって会議室へと向かった。
ちひろは、慧にメッセージを打ったあと、シャッターを上げていつものように
開店する準備を整えた。
いつもと同じ動作であってもなぜか楽しくてしかたがなく、
自然と鼻歌がでる。
そんなちひろを瞳はにこやかに見つめながらパンを戸棚に並べていく。
すると、窓ガラスの向こうから男がこちらを眺めているのが見えた。
しかもとても紳士的ということから程遠いといっていいほどの風貌で、
顔のあちこちにピアスをし、
髪はほとんどが金髪か、グレーに染まっている。
一人は肩にバッドを担いで、
明らかに数人みながこちらを眺めている。
ただ眺めているだけでなく、
ニヤニヤといやらしい目つきで見ていた。
瞳はぞくりと背筋が凍りついた。
いやな予感がしたと同時に、その男たちは店の中へと入ってきた。
来客のチャイムでちひろはその男たちの存在に気づく。
「お客様、申し訳ございません。まだ開店してません」
にこやかにちひろがその男たちに声を掛けると男たちはクチャクチャと
わざと音をたててガムを噛む。
「あの・・・。お客様?」
そうちひろが再び声を掛けた瞬間、ガシャンと大きな音が店内に鳴り響いた。
男の一人がトレーの置いてある棚を蹴り上げたのだった。
「ひっ」
「あー、ごめんごめん。足がぶつかっちゃった。あーこっちも」
そういった瞬間、反対の足でパンを並べていたテーブルを蹴り上げ、
床に焼きたてのパンが散らばった。
ちひろも瞳も呆然と立ち尽くしたまま。
店は男たちによってどんどんと破壊されていく。
思わず瞳が男たちにどなろうと食って掛かったところをちひろが無言で止めた。
瞳の袖を握った手は震えていた。
それを見た瞳は何も言えなくなった。
一人の大男がそんな二人の前にスッと立つ。
そして顔をちひろの前に持ってくると、ニヤリと笑ってこう言った。
「素直にココを明け渡せばこんなことにならなくて済んだのにな。
ま、これに懲りたらさっさと紙にサインするんだな。
かわいい子供のためにも」
笑っているが、眼は笑っていない。
今にも自分を襲い掛かってもおかしくない眼をしていた。
人を傷つけてもなんとも思わない、
それどころか、それを喜んでやりそうだと、
ちひろは感じた。
「あんたがサインするまで、俺は毎日ここに来るから。お前ら行くぞ」
かったるそうにぞろぞろと男たちは店を後にした。
ちひろと、瞳はしばらく動けないまま出口のほうを
ただ見つめていた。
「どういうことだ」
明らかに怒りをあらわにした声が会議室に響く。
「ですから・・・・・。その・・・・。
少々手荒な方法ですが、業者に頼んで・・・・」
だんだんと声が小さくなっていくのをイライラしながら聞く。
「もう一度聞く。どういうことだ」
「例の件は業者に頼んだので今日中にはサインをいただけるかと
思います」
「業者というのはいったいどこのだ」
慧は答えは想像できたがあえて聞いた。
「あまり評判はよくないですが、確実にサインをもらえるという話だったので・・・」
守屋は、最初自分が行ったことは社長が褒めてくれるだろうと
喜々として報告をした。
しかし、徐々に社長の表情があまりにも恐ろしく変化していくのを見て、
声が小さくなってしまった。
すべて報告が終わり、慧が大きくため息をついた。
「守屋」
返事をすることすら、怖くて声が出ないくらいに低い声で男の名前を呼ぶ。
「お前は、仕事のやり方を履き違えているようだ。
明日からもう会社に来なくていい。
会議は以上だ」
これだけを告げ、会議室を後にした。
残された重役たちはただ呆然と社長の後姿を見、
守屋と呼ばれた男は青ざめて手元の資料を握り締めた。
会議室を後にした慧は社長室に戻る。
そして秘書に今日の仕事、人との会う約束などをすべてキャンセルするように、
自分はこれからとても重要な用事があるため、
連絡は緊急以外は取り次がないことを告げ自分の車が置いてある駐車場に向かった。
運転手が意外な時間に慧が現れたため、あわてて車を出そうとしたが
自分で運転していくと運転席に乗り込み急スピードで出発した。
彼女だけは、無事でありますように・・・・。
今の慧にはそう願うことしかできなかった。
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