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あたたかい食事
しおりを挟むフロントガラスに強く打ち付ける雨は、まだ止みそうになく大きな雨音をたてている。
雨があまりにも強すぎて正直前が見えにくく、
とても運転しやすいとは言えない状況でありながら
車は静かなエンジン音とともにゆっくり安全にと目的地まで進んでいた。
それに、外の雨音とは裏腹に、カーステレオからはどこかのんびりとした音楽が流れて、
不思議と安心させられた。
ちひろは規則正しく動くワイパーを眺めながらこれでよかったのか、
何度も何度も自分に問い悩んでいた。
着替えに二階に上がってやっぱり断ろうと戻ってきてきたとき、
健太と男はなぜか楽しそうに話をしていた。
何を話していたのか問うと、お笑い芸人の話だという。
ちひろはこの男性に、お笑いなんて想像すら出来なかったため、
いったい誰の話をしていたのかとても興味があって健太に聞こうとしたところ、
あっという間に車に促され話しが流れてしまった。
ああ・・・・・。気になる。
いや、私が気にしなければいけないのはこんなことではない。
どうにかしてる。
どんな人かもまだよくわかっていないのに健太がいるからといって簡単に車に乗ってしまうなんて。
瞳が知ったらなんというか・・・・。
・・・・・・・。
多分、喜ぶでしょうけど。
いや、絶対喜ぶでしょうけど。
ちらりと男を覗き見をして、
何度も溜息をついてはシートベルトをしっかりと握っていた。
すると、男は前を向いたままクスリと笑った。
「すごく、色々と考えているようだね。そんなに怪しい人間じゃないと
自分では思ってるんだが」
低い低い声で笑う声は、ちひろにとって媚薬みたいにドキドキさせ、落ち着きをなくしてしまうものだった。
「そういえば自己紹介がまだだったね。
私の名前は 白石 慧。普通の会社員だ。
君の名前は?」
慧の声に聞き惚れていたちひろは慌てて答えた。
「あ、私は大塚 ちひろ です。この子が・・・」
「健太だよ」
ひょっこりと二人のシートの間から顔を出し、おしゃべりを続けた。
「おじさんはちーたんと知り合いじゃなかったの?」
「これからお知り合いになるんだよ。だからよろしくね」
意味ありげな表情をしながらも運転を続ける。
「それから、焼肉食べたいって言ってたけどどこでもいいかい?」
「あ、特に・・・・」
そう答えながら、慧の顔を見てとても焼肉に行く服装ではないことをちひろは心配した。
心配しているうちに、店の前に着いた。
「さあ、どうぞ。ここなら気兼ねなく食べれる」
ドアから出ようとしたところに傘を差した店員が待ち構えていた。
「いらっしゃいませ、白石様。お待ちしておりました」
初めてエスコートというものをされたちひろはどうしていいのか戸惑ってしまい、
とりあえずぺこぺこと頭を下げながら店員の後をついていった。
案内された店内は、どこかの料亭のように静かでとても焼肉屋とは思えないつくりで
健太とちひろは場違いなところにきてしまったと今更ながら後悔していた。
それに慧が普通の会社員といったのはうそではないかと思い始めていた。
でなければ、こんなところを知ってるはずがないと。
「足元にお気をつけ下さい」
そういわれながら、店内にある小川を越えるための橋を越え、
どんどんと奥へ案内された。
健太は、珍しく豪華な店にキョロキョロと見回しながら歩き、
ちひろはひたすら店員置いていかれないように必死についていき、
慧はそんな二人の様子をじっと見ながら前に進んだ。
三人は一番奥の部屋に案内されメニューを渡された三人は一人を除いて
ただ見ているだけでどうしたらよいのかわからなかった。
結局、慧がすべてオーダーし、テーブルに並んだものを見てちひろは
すべてが高級品ですぎて本当に食べていいものか悩んでしまった。
「さあ、たくさん食べるんだよ」
慧がそういうと、健太は満面の笑みで食べ始め、
となりのちひろはあまりにも遠慮がない健太にひやひやしていた。
「君も食べるんだ。誘ったのは僕の方なんだから」
そういった慧の笑顔に、またもやくらくらしながら箸を手にし、
せっかくの食事を楽しめないのはもったいないと思い、
ちひろは健太とともに食べることにした。
一方慧は、どんな高級料理でもあまりかわらないと思っていたが、
一緒に食べる人が変わるだけで味覚がかわったような感覚におぼれていた。
箸を動かしながらも健太とちひろが交互にいろんな話をしてくる。
最初は、行儀が悪いのではと思っていたが、
だんだんとそれにつられ笑っており、話しながら食事をすることがこんなに楽しく、
食が進むことを慧ははじめて知った。
慧は、こんなふうにワイワイと話しながらの食事をしたのは生まれて初めてだったのだ。
幼い頃から、広い広いテーブルにたった一人。
両親はお互い仕事でその時間はどこの国に行っているのかさえわからない。
それがさびしいと思ったこともしばしあったが、自然と自分の中でそれが当たり前なんだと
思うようになってからは、食事はただエネルギーを摂取する手段の一つか
商談に活用するものとしか感じられないようになっていた。
毎日、こんな食事が出来るなら・・・・。
慧は、不意にそんなことを思ってしまった。
ここに来たのはちゃんと目的があることを忘れそうにすらなっていたのだった。
それほど慧にとってこの温かい食事が、
一緒に食事をするということが感情を動かすなにかがあった。
俺は、何を考えていたんだ。今は、そんな余裕はない。
一瞬、食事していた手を止めちひろと健太を眺めていたがすぐに二人の会話に混ざった。
そうだ、俺には温かい食事なんて必要ないんだ。
今は、会社のことだけ、仕事のことだけを考えるんだ。
慧は、そう何度も何度も自分に言い聞かせるように心に呟いた。
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