Wish Upon A Star

アオ

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時計とにらめっこ

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 朝、誰よりも早く秘書である結は来るようにしている。

 いつものようにコーヒーメーカーをセットし、パソコンを立ち上げる。

 隣にある社長室を眺め、ふっと微笑んだ。

 最近の社長がほんのわずかであるが、変わってきた。

 仕事に厳しいのは変わらない。部下が震え上がるほどの威圧感があるのは全くというほど変わらない。

 しかし、時折携帯を眺めてほんのわずかだが口角が上がってる姿が見た。

 最初、二度見してしまったが、時計を見ながら確かに笑ったのだ。

 それから度々表情が柔らかくなる時があり、結はそれを見逃さなかった。
 
 「ん~。ようやく人間らしくなってきたというところかな」

 
 かなり人間離れしている社長のことは仕事の面では尊敬はしているものの、

 人として心配してしまうことが多々ある。

 まるで、機械人間のような社長がとても痛々しかった。

 社長の心を誰が占めているのか知らないが、女性である事はなんとなくわかり

 結にとっては微笑ましい限りだった。

 

 結がコーヒーの準備を整え終えようとした時、社長室のドアが開く。
 
 「有森、コーヒー頼む」

 いつもはシワ一つないスーツを着こなして髪もセットして無駄の一つもないのだが、

 ネクタイを緩め、ボサボサ頭で出てきた慧を見て正直驚いた。

 今までどんなに仕事が押しても身なりが乱れていたとこはなかった。

 「社長、もしかして徹夜ですか?」

 慧は、苦笑いしながらうなずいた。

 結からコーヒーを受け取り一口飲む。

 「社長、本日のご予定ですが」

 「ああ、前から言っていた通りだ。6時には帰らせてもらう」
 
 6時に帰るために、慧は徹夜したのだった。

 その事は、結は気付いていたが、あえて何も言葉にしなかった。
 
 「かしこまりました。では朝の会議まで少しお時間あるようですので朝食の準備いたしましょうか?」

 「そうだな、ちょっとシャワールームで整えてくる間に準備してくれると助かる」

 社内には徹夜したもののためにシャワールームが完備されており、

 誰でも自由に使っていいようになっている。

 もっとも社長である慧が使用することが多い。

 慧が、部屋を出るのを見送ると結は電話の受話器をとり近くのホテルのモーニングを持ってくるように伝えた。
 
 このホテルのモーニングは定評があり、味だけでなく栄養バランス的にもかなり気を配られているもので、

 時折こうやって頼むことがあった。

 慧が実家にいる限りお抱えシェフがきちんと朝食を出しているが、

 出社時間が早いときなどは会社で取るようにしていたため、

 いつでも電話一つで会社に持ってきてもらえるようになっていた。

 

 電話の受話器を置きながらふと結は考えた。

 仕事人間で、決まったことを几帳面に毎日こなしている社長の行動を

 こんなふうにかえた人間とはどんな人物なんだろうかと。

 先々代の頃より、代々白石家につかえ、支えている結の家系では今の社長である慧の両親、祖父母が

 どんな人物であったのかよく知り尽くしていた。
 
 祖父母は戦時中にも関わらず、小さな不動産業者だった白石家を大企業に繁栄させた人物で

 何よりもお金、権力を大事にしている二人だった。

 父親は、繁栄させた会社をいろんなジャンルへと幅広く手をひろげ、

 建設業や、ホテル関係では知らないものはいないくらいになった。

 仕事人間であった父親は子供にも同じように経営者の一員として幼い頃より教育していた。

 愛情をもって接しているとはとても言えず、厳しい上司としか結の目には映らなかった。

 母親は良家のお嬢様で、世間知らずの子供がそのまま大人になったような人間であり、

 とても心が幼かった。

 慧に対してそれなりに愛情は見られたが、どちらかというと、世間体から幼い慧が母親を

 守るようにしているとしか見えない。

 そんな母親も慧がまだ母親を必要としている年齢でこの世を去った。

 このような状況の中で慧ははやく大人にならざるえなくなり、今のように

 サイボーグのようになってしまった。

 幼い頃から年が近いため慧を影で支えるように仕える事になっていた結は、

 慧が不憫でならなかった。

 といっても恋愛感情で思っているのではなく、慧より5歳年上で仕事上は仕える身であるも

 どこか弟のような感情に近い。そのため、どんどん感情を失くしていってしまっている慧を

 影で見るたびにどうにか力になりたいと思っていたのだった。

 

 もし彼を変えれるような人物が現れたのなら、周りがどんなに敵になろうとも

 自分だけは味方になろう。

 

 結はそう心に強く決めていた。




 自分用のマグカップにコーヒーを注ぎ、立ったまま一口飲むと結いは想い出にひたるのを止め

 仕事モードに頭を切り替えると自分のデスクに向った。










 ちひろは時計をちらりと見る。

 さっき見た時間から数分も経過していないわかっていてもつい見てしまっていた。

 今日と明日はパン屋の定休日で、いつもならのんびりと本を読んだり

 映画を見に行ったりしているのだが今日は違う。

 ちひろは壁にかけてあるシンプルな時計をもう一度チラリと見た。

 さっき見た時間から数分も経過していない。

 そうわかっていてもついつい見てしまう。

 今日は慧から以前約束していた通り、夕食を食べに来たいといわれた日だったのだ。

 メニューはもう決まっている。グラタンを希望された。

 健太の一番好きなメニューで、慧もそれが食べてみたいと言ってきたのだった。

 ちひろは作りなれているものなので助かったが、

 本当にこれでいいのか何度もたずねてしまった。





 「グラタンだけじゃ足りないから、パエリアとサラダを足したらいいか」

 まだ、午前中だというのに夕食の心配ばかりしている所など

 瞳に見つかるときっと笑われるだろうな。

 でも、でも・・。

 恋人と呼べる立場の人物に手料理を食べさせるなど、

 かなり久しぶりでしかもいつも高級そうなものを食べていそうな相手に自分の手料理が

 口にあうなんてちひろはとても思えなかったが。

 


 そんなことを思っているちひろだったが、

 アドレスを慧と交換してから毎日のように電話もしくはメッセージが来ていたことで

 気持ちに変化が見られていた。

 

 『今日は会議が長引いてつまらん。』

 『今日は一歩も外に出れなかった。』

 『今日はパンが買いに行けそうだ。』


 など、一行で終わる内容ばかりだが、それが慧らしく感じられ

 ちひろにとってなにより毎日連絡くれることがうれしくてたまらない。

 恋愛からしばらく遠ざかっていたため、

 ちょっとのことでドキドキしたり、舞い上がったり。

 毎日連絡来ることで慧の声が待ち遠しくなっていた。

 自分は今まで恋愛していても別に毎日連絡がほしいなど思わなかった。

 この変化はどうしたものだろうかと、クスリと笑ってしまう。

 別々の人間だし、お互い仕事をしていると24時間一緒にいるという事は不可能だ。
 
 ならば合えない時間を束縛するより、

 共有できるときに楽しく過ごせたらそれでいいと思っていたのだった。


 


 なのにこんなに声やメールが待ち遠しく思うなんて。

 これが恋焦がれるということかしら。

 


 30歳近くになって初めてのこの感情に戸惑いを感じながらも

 幸せを感じるちひろだった。

 





 時間が3時の音楽を奏でる。

 「あ、こんな時間だ。もうそろそろ、健太が帰ってきちゃう」

 慌てて家の前の道路に立ち、健太が帰るのを待つ。
 
 しばしまったところで、健太をはじめ子供の集団が見えてきたかと思うと、

 健太は集団の皆に手を振りちひろのもとに飛んできた。

 「今日、おじさんがくるんだよね」

 健太はこの質問を朝から何度もしていた。

 慧が一緒に食事をする事が楽しみで仕方がないらしい。

 自分を見ているようで少し恥かしかったが、ちひろは笑顔で答える。

 「そうよ、だから夕食までに宿題を済ませておかないと沢山お話できないから」

 「わかった。今からやる。終わったら御手伝いするからね」

 そういって、すぐに自分の部屋へと階段を駆け上がっていった。

 




 そんなに慌てなくてもまだ時間があるのに・・・・。

 それにおやつのことをすっかり忘れるなんて。


 

 健太の行動に笑いつつちひろはエプロンをつけ、夕食の準備にとりかかった。

 

 

 

 


 
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