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8話:現状と開拓神②

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 不明瞭な問いかけだったが、何を尋ねたいのかは理解出来た。
 
 フォレスは横目で自身の肩を視界に入れる。
 そこにいるのはマグヴァルガだ。
 脱力感たっぷりにぐでーと寝そべっているが。

「そう言えば、ずっと静かだったな、マグちゃん」

「もちろん。まぐちゃん、くうきがよめるまぐちゃんなので」

「ほぉ? さすがだなマグちゃん。やっぱり素敵だなぁ」

「えへへー。そうなんです。まぐちゃんすてきなんです。えへへへへー」

 そうして笑みを交わすのだが、「おっと」であった。
 フォレスは意識を切り替える。
 いつまでもこうし続けたいのだが、ルイーゼの疑問に答えなければならない。

「そういうことで、マグちゃんだ」

「すみません、まったく理解出来ません。あの、何かしらの妖精さんなのでしょうか?」

 フォレスと同じような推測を見せるルイーゼだった。
 それに応えたのは彼女である。
 マグヴァルガはルイーゼに対して得意げに胸を張って見せた。

「ようせいじゃないよ、まぐゔぁるが!」

「はい?」

「かいたくしん、れいめいをもたらすまぐゔぁるが! わたしのなまえ。おぼえといて!」

 目を丸くするルイーゼだったが、とりあえずといった様子で頭を下げた。

「は、はぁ。それはあの、覚えさせていただきますが……『開拓神』? あのスキル神と名乗っているのでしょうか?」

 これはマグヴァルガへの問いかけではなかった。
 フォレスはもちろんと頷きを返す。

「あぁ。『開拓神』黎明をもたらすマグヴァルガ。それがこの子の素性だ」

「……あの、本気でおっしゃっていますか? 妖精がイタズラをしているだけでは?」

「俺もそう思ったんだけどなぁ。どうにも本当みたいだぞ」

 スキルを授けてもらってもいるのだ。
 実感をもって頷きを見せる。
 だが、そのことを知らないルイーゼとしては、いぶかしげに首をかしげるしかないようだった。

 そんな彼女の疑いの態度だが、マグヴァルガはまったく気にしていないらしい。
 それよりも気になるところがあるようで、にこにこしながら興味深そうに彼女の顔を見つめている。

「おねーさん、だれ? おなまえは?」

「へ? わ、わたしですか? 私はその、ルイーゼ・テスと申しますが」

「るいーぜ! いいね、かわいい! すっごくすてきなおなまえ!」

「は、はぁ。その、あ、ありがとうございます。貴女もはい、すごくかわいらしいお名前だと思います」

 マグヴァルガは心のそこから嬉しそうにゆるっゆるの笑みを浮かべた。

「えへへ、ありがとー。おねーさんって、ふぉれすのともだち?」

「友達? 友達とは違うような気はしますが……同僚だったと言いますか、仲間だったと言いますか」

「なかま? え、え? じゃあおねーさんも?」

「も?」

「おねーさんもかいたくしゃ? ふぉれすとおんなじかいたくしゃ?」

 目を輝かせての問いかけだったが、ルイーゼは即答とはいかないようだ。
 「か、開拓者?」と呟いた上で戸惑いを見せる。

「え、えーと、開拓者でしょうか? 私はその、開拓者というわけでは……」

「え? ちがうの? ふぉれすのなかまなのに?」

 マグヴァルガが悲しそうな顔をする一方で、ルイーゼはフォレスに戸惑いの表情を見せてきた。

「あの、なんなのでしょう? そもそもですが、フォレス様は開拓者などでは……」

「いや、今は開拓者だな。追放されて、この森を切り開いて生きるしかないのだから。立派な開拓者だ」

 特に他意のない言葉だったが、彼女にはどこか響くところがあったらしい。
 ルイーゼはどこか切なげに目を伏せた。

「そうですね。故郷を追われて、私たちはもう……はい。開拓者。そうですね。私は開拓者です」

 悲壮な決意を感じさせるものだった。
 マグヴァルガもまた、決意を感じとったらしい。
 表情から笑みが消える。

「お、おぉ。なんか、やっぱりたいへんなかんじ?」

 その心配の声にルイーゼは頷きを見せた。
 ただ、そこに悲壮さは無く、表情には笑みがあった。

「はい。大変です。だからこそがんばらないといけませんね。フォレス様もいらっしゃるのですから。きっと何とかしてみせます」

 フォレスは胸中で頷くことになる。
 元同僚としてよくよく知っていたのだが、彼女はやはりそういう人間らしい。
 見かけの華奢な印象とはまるで違う。
 彼女はやはり簡単には折れないたくましい女性なのだ。

 感心はマグヴァルガにもあるらしい。
 腕組みで唸り声を上げる。

「うーむ、すごいかいたくしゃがまたひとり……よし、まかせて!」

 フォレスはマグちゃんに目を丸くすることになった。

「ま、マグちゃん? いきなりどうしたんだ? まかせてって?」

「まぐちゃんにおまかせあれ! しょくりょうもんだい、まぐちゃんがなんとかしてみせよう!」

 とのことだった。
 しかし、ではお任せとはさすがになれない。
 フォレスは彼女に怪訝の表情を見せることになる。
 
 「な、なんだ? マグちゃん、そんなことが出来るのか?」

「できる! でも、まぐちゃんげんじょうぱわーぶそく!」

「ふ、ふむ? パワー不足?」

「ねぇ、みんなも? ほかのみんなもかいたくしゃなの?」

 他のみんなとは難民たちのことなのだろう。
 ルイーゼは肯定の頷きを見せる。

「そうですね。私と同じ境遇ですので、そういうことになると思いますが」

「じゃあ、みんなけいやくしてくれる?」

「はい?」

「けいやくしてくれたらできちゃう! まぐちゃんにおまかせあれ!」

 胸を叩きながらに豪語するマグヴァルガだった。
 ルイーゼも含めた彼らが契約を結ぶと、なにか良いことが起こるらしい。だが、

「いや、それは無理だろう。契約は出来まい。俺と違って、君たちは何かしらのスキル神と契約しているのだろう?」

 基本的に、人間が契約出来る神様はひと柱のみ。
 フォレス自身のようにスキル神たちの協力があって二柱との契約を実現出来た例はあるが、それは例外中の例外だった。

 そして、普通の人間は何かしらのスキル神と契約しているものだ。
 当然、ルイーゼたちもそのはず……だったのだが。

 フォレスは眉をひそめる。
 何なのだろうか。
 彼女は寂しげな笑みを向けてきた。

「いえ、その点は大丈夫です。私たちは誰もスキル神と契約を結んではいませんから」

「え?」

「それぞれが『武芸神』や『農業神』と契約を結んでいたのですが、どうやら私たちは彼らとは敵対する陣営に属していたようで」

剥奪はくだつされたのか?」

「気づいた時には。おかげさまで、あのような低俗な襲撃者にも刃が立たないようになってしまいました」

 そう言えばと納得することになった。
 ルイーゼもまた、裏方とは言え魔王討伐に活躍した強者なのだ。
 スキルを剥奪でもされていなければ、あんな連中に苦戦するはずが無かっただろう。

「……ふーむ。良くも悪くも障害は無いわけか」

「はい。新たな契約を結ぶための障害は何も。ただ……本当なのですか? この子がスキル神だなんて。そして、この窮状を解決する力を持っていると?」

 首をかしげるルイーゼに対し、フォレスは何とも反応のしようが無かった。

 前者に対しては肯定出来た。
 だが、後者に関しては何ともかんともである。
 はたして、彼女に食料問題を解決してくれる力があるのかどうか。

 マグヴァルガは自信満々だった。
 自信満々の表情で胸を張り続けている。
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