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7話:現状と開拓神①

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 ルイーゼとその一団には、切り開いた森の1画に来てもらうことになった。

「……すみません。取り乱してしまいまして」

 フォレスは頭を左右にした上で、無造作に置かれた材木をを指差す。

「とりあえず座るといい。他の皆もな」

 あらためて数えると、およそ30人ばかりだろうか。
 その彼らはホッと一息を吐くと共に続々と腰を下ろした。
 ルイーゼもまた材木の1つに腰を下ろす。
 フォレスは彼女のほど近くに腰を落ち着ける。

「しかし、一体何があったんだ? 説明してもらってもいいか?」

 問いかけに、彼女は1つ頷いた上で口を開いた。

「まず彼らの素性について説明させていただきます。フォレス様は私の身分については覚えておられますか?」

「覚えている。確か、地方領主の娘だったか? 領地はこの近くだったと記憶しているが」

「はい。彼らは我が一族の領地の者たちです。一族の者も少しばかり混じっていますが、ほとんどはそうです」

「農民やら商人やらということになるか。しかし、なんだ? 君は何故彼らを率いてここに?」

 その理由がさっぱり思いつかないのだが、当然のこと明るい話題にはなりえないらしい。
 ルイーゼは暗い表情でうつむきながらに口を開いた。

「……難民になったと申せば良いでしょうか。生計を立てる土地を失い逃げ延びてきました」

 少しばかり考える時間が必要だった。
 難民になった。
 土地を失い逃げ延びてきた。
 そんな人々を、フォレスはかつては数え切れないほどに見てきた。
 自然と表情を険しくすることになる。

「まだ残党が生き残っていたのか? あるいは、まさか魔王当人か?」

 かつての悲劇は魔王災害などと呼ばれたこともあった。
 再び、その災厄が訪れたのかと予想したのだ。
 難民が発生するとなると、その可能性しか考えられなかった。
 だが、

「違います。魔王とそれに類するモノが復活したという事実はありません」

 フォレスは大きく首をかしげることになった。

「無いのか? 幸いなことだが、それでは一体君たちは何故……」

「戦争です」

 時間が止まったような感覚があった。
 じっくり考えて、しかし理解が及ばず、

「は?」

 唖然と疑問を声にする。
 ルイーゼは緊迫感をたたえた目つきで応じてくる。

「大陸を東西に分かる大戦争が起こっています。私たちはその結果として難民に」

 いまだに胸中に理解は生まれない。
 フォレスは呆然とルイーゼに尋ねかける。

「それはまた……どういうことだ?」

「私もまた詳しいところは分からず、お伝え出来るのは事実のみです。今大陸は東西に分かれて争っています。東西の大国をその主役として、スキル神たちもいずれかに分かれて争いに加担していると」

 まったく二の句が告げなかった。
 脳裏には魔王災害時の大陸の光景があった。
 あの地獄が終わって、人々はようやく復興の段にたどり着けたはずなのだ。

「……なんとまぁな。正直、理解出来んぞ。何故わざわざ戦争などと」

「私はその、少し理解出来ます。すでに魔王討伐戦の末期から、両大国の戦後を見据えた主導権争いは始まっていたようですから」

「そ、そうだったのか?」

「はい。そして、フォレス様もご存知でしょうが、スキル神たちは決して仲良しこよしというわけでは……」

 フォレスは天を仰ぐことになる。

「……それはそうだったな。『武芸神』と『魔術神』などは、見事に犬猿と呼べる仲だったが……それにしても、はぁ。戦争か。情けない」

 肩を落とすと、ルイーゼは暗い表情で同意の頷きを見せてくる。

「まったくです。情けないことこの上ないですが、フォレス様が追放されたのもこの辺りに理由があるのかもしれません」

 流れ弾ではないが、予想にしていなかった話の流れである。
 当然首をかしげることになる。
 
「あー、ん? 俺の話だろうが、え? そうなのか?」

「邪魔だったのかもしれません。フォレス様がいらっしゃれば、戦争の阻止に動くに決まっていましたから」

 果たして、自身が追放された原因がそれなのかどうか。
 それは分からなかったが、そこは今において大事なことでは無い。

「ともあれ戦争があり、君たちはそれで追い落とされてきたわけか。辛かったろうな」

 心底の同情しかない。
 ルイーゼは苦しげに目を伏せる。

「……はい。辛くなかったとは虚勢も張れません。もっと人数がいたんです。多くの領民たちがいれば、父も……」

 フォレスはあらためて周囲を見渡した。
 ようやくひと息をつけている彼らだが、ルイーゼも含め、相当の悲劇をくぐり抜けてきたらしい。

「……そうか。そんなことがあったのか」

「はい。しかし、本当にすみません」

「ん? すみません?」

「はい。逃げ落ちる先が思いつかず、フォレス様を頼ることしか頭に浮かびませんでした。フォレス様も窮地にあることは分かっていたのですが……」

 心底申し訳無さそうなルイーゼだった。
 確かにその通りではある。
 だが、フォレスは笑顔で首を左右にする。

「だから、気にするな。もちろん面倒を見てやるなどと大口を叩くことは出来んがな。迷惑だなんて欠片も思ってはいないぞ」

 正直なところを口にする。
 すると、初めてだった。
 ここに来て初めて、ルイーゼは控えめながらに笑みを見せた。

「ありがとうございます。フォレス様は……本当にどんな状況にあってもフォレス様なのですね」

「まぁ、別に変わる理由も無いからな。ただ、うーむ。なかなか難しい状況ではあるな。俺を含めて30人弱か」

 彼女も同じことを考えているようだ。
 にわかに笑みが消えて、表情は曇る。

「はい。非常に申し訳ないのですが、逃避行の中で食料のほとんどは……」

「だろうなぁ」

 当面の食料問題ということだった。
 フォレス自身にしたところで大した量の食料は持っていない。
 この状況でどう30人弱が生き残っていけばいいのか。

「……しかし、あのー」

 悩んでいるところでルイーゼだった。
 控えめに声をかけてきた。
 何か妙案を思いついたのかとフォレスは笑みで応じる。

「どうした? 良い考えでも浮かんだのか?」

「すみません。そういうわけでは無いのですが、質問させても良いでしょうか?」

「質問? もちろんいいが、なんだ?」

「いえ、ずっと気になっていたのですが……肩にある……いえ、いる? あの、何と言いますかどなたと言いますか」
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