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17話:展望とおもわぬ来客①

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「そういうこと。すべてのすきる、いちだんかいきょうか」

 ルイーゼが笑顔で口を開く。

「これが非常に大きいようなのです。伐採、建築、開墾。3割増し程度でしょうか? 全ての効率が大幅に上がっているように見受けられます」

「さ、3割? それはまた、ずいぶんと大きいな」

「はい。この分であれば、人数が増えたところで家屋の確保については何も問題は無いでしょう。他にも、対飢餓、対病のスキルなども底上げされたのが大きいです」

 なるほどであった。
 開拓系スキル群には、『対飢餓(開拓)』『対疫病(開拓)』『耐寒(開拓)』など、生存性に直結するスキルも多い。

「これから冬を迎えることを考えるとな」

「本当にありがたいかぎりです」

 2人して、マグヴァルガにほほ笑みかけることになる。
 彼女は引き続き満足そうに胸を張っていた。
 しかし、である。
 彼女は不意に真剣な表情を見せてきた。

「でも、ゆだんたいてき。わたしも、むりなものはむり。しおとか、ほんとむり」

 フォレスは表情を曇らせることになる。
 なるほどでしか無かった。
 汎用性の高い開拓系スキル群でも、無理なことは無理なのだ。
 彼女が言ったしお……塩もそうであり、鉄などもそうだ。
 スキルだけではまかないものが確かに存在する。

「……どうにか入手方法を考える必要があるな」

 呟いて、ルイーゼに視線を向ける。
 優秀な彼女の意見を伺おうということだったが、

(はて?)

 内心、首をかしげる。
 予断の許さない現状のはずだが、彼女の顔には笑みが浮かんでいる。

「あー、ルイーゼ?」

「その辺りについては、フォレスさまのおかげで当分心配する必要はないかもしれません」

「は? 俺のおかげ?」

「はい。行商人が来ているのです」

 フォレスは驚きに目を丸くする。

「ぎょ、行商人? こんな地の果てにか!?」

 ルイーゼが笑みのままに頷きを見せ、フォレスは唖然と言葉を続ける。

「そ、そうなのか。こんな地の果ての、しかも支払い能力の無さそうな連中の所に? 酔狂すいきょうな連中もいたもんだな」

「ふふ、酔狂なとは怒られますよ? 彼らは貴方のために来たのですから」

「へ?」

「英雄フォレスが難民に頼られて困っているらしい。彼らは情報通ですからね。そう聞きつけて、いてもたっていられなくなったとのことです」

 素直に喜ぶとはいかなかった。
 なにせ、釈然しゃくぜんとしないところが大いにあるのだ。

「別に、俺は彼らのために何かした覚えはないが……」

「そうでしょうか? 魔の軍勢を排除して、交易路の安全を確保した。これで十分では?」

 フォレスは小さいながらも商家の出である。
 そう言われると納得しかなかった。

「あぁ、うん。結果的にという話ではあるが」

「はい。結果的にという話ではありますが、彼らにとってフォレスさまは救世主ということです」

面映おもはゆい話でもあるが、塩やら鉄やらを売ってくれていると? いや、そもそも買えるのか? 代価が無いぞ?」

「そこはフォレスさまに狩っていただいた魔獣を当てています。毛皮は冬に向けて無理ですが、加工用に牙や爪などを。ドラゴンもまた十分な代価になり得るでしょう」

 これまた納得であり、苦労した甲斐があるというものだった。
 そして、感謝の思いもまた湧いてくる。

「いずれにせよ、ここまで来てくれたんだ。あとで頭を下げにいかないとな」

 ルイーゼはほほ笑んで頷いた。

「それがよろしいかと。しかし……」

 しかし……なんなのか?
 待ち受けて、言葉はなかなかやってこない。
 彼女はじっとほほ笑みを向けてきていた。
 ルイーゼに見つめ続けられるのは、なかなかじっとしていられるものではない。
 フォレスはたまらずベッドの上で身動ぎをする。

「る、ルイーゼ? いきなり、その、なんだ? どうした?」

「……いえ、フォレスさまのお力はすごいなと今あらためて」

 ふむ、だった。
 この小屋には、木枠をはめこんだだけの窓がある。
 そこからは解体が進むドラゴンの姿が見えた。
 フォレスは笑みを返す。

「まぁ、討伐隊でも実力は有数だったからな。これからも気兼ねせずに頼ってくれ」

 的を射た返答だと思ったが、どうやら違っていたらしい。
 ルイーゼの顔に苦笑が浮かぶ。

「そうではありません。もちろん、武人としての実力も素晴らしいとは思っていますが……なんと言いましょうか。人間的なと申しましょうか」

「に、人間的な? なんと言うか、掴みどころが無いことを言い始めたな?」

「そうとしか言いようがありませんから。フォレスさま。窓からですが、彼らの姿が見えますか?」

「あぁ、見えてる見えてる。ドラゴンの解体に四苦八苦しているな」

「その彼らです。笑顔です。先が見えない現状で、本来であればもっと沈んでいてもおかしくありません。ここまでの辛い経緯から苛立ち、あるいは争いが起こっていてもおかしくありません。ですが、彼らは笑顔です」

 ルイーゼの発言の意図はともかくである。
 フォレスは笑みで頷く。

「あぁ、良いことであり、頭が下がる。彼らは強いな」

「はい、本当に。ですが、フォレスさま? 彼らが笑顔であれるのは、貴方がいてこそなのですよ?」

 なかなか同意は難しかった。
 フォレスはルイーゼに苦笑を返すことになる。

「ルイーゼ。君は少々と言うか、俺を過大評価しすぎだな」

「そうでしょうか? 仮に私が貴方と同じ力を持っていたとして、団長であったとしたら、彼らがあのように明るくあれるとは到底思えません」

「ははは、そしてそれは自己評価が低すぎるな。そもそもだが、彼らが笑顔になれるのはマグちゃんのおかげだろうさ。マグちゃんがいてくれるからこそ、俺たちは希望を見ることが出来るのだからな」

 間違いなく、マグヴァルガがいてこその開拓団である。
 感謝の思いを込めて見つめる。
 すると、彼女は「んー」だった。
 何故か腕組みで首をかしげてきた。

「それはうーん。ちょっとちがうかもかなー」

「へ? マグちゃん?」

「そうはいっても、きょくげんじょうたい。かいたくは、ないらんのれきし。さいだいのてきは、かなしいけどみかた」

 フォレスは首をかしげ返す。
 非常に難しいことを言われているような気がするが、相変わらず言葉が頭を滑ってすぐには理解が難しい。
 一方で、ルイーゼである。
 彼女は理解しているようで、真剣そのものの表情で頷きを見せる。

「でしょうね。人は平時であっても争うものです。ましてや、先の見通せないこの状況で、さらには東西の区別なく見知らぬ者たちが肩を寄せ合っているこの現状です」

「そそ。だから、うん。りーだー、だいじ。ほんと、だいじ。とくしゅなさいのう、やっぱりひつよう」

 そうしてである。
 マグヴァルガはにへぇとした笑みを見せてきた。

「ふぉれすはすごい。まぐちゃんはそうおもうかなー」
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