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7、思わぬ再会

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 さすがは鳥の速さだった。
 ぐんぐんと王宮の姿が近づいてくる。
 
 この分であれば、王宮にたどり着けるのは間違いはない。
 では、次だ。
 この体でどう情報を集めていくのか?
 その点について考えを巡らせていると──不意に目に入るものがあった。

 眼下の森である。
 その木々には、黒い野鳥の群れがあった。
 カラスの群れだ。
 彼らはじーっとこちらを見ている。
 何故なのか?
 非常に悪い予感があった。
 アザリアは農村の出身だ。
 野鳥の習性というのも多少知っている。
 おそらく、彼らは子育ての時期にあるのだ。
 そして、子育ての時期にある彼らの気性はいかばかりのものか?
 自分の行いはどうなのか?
 自分は彼らの縄張りに無神経に足を踏み入れてしまってはいないだろうか?

(こ、これはちょっとっ!)

 慌てて彼らから離れようとするが遅かった。
 けたたましい鳴き声が響く。
 黒い飛影の数々が、森から飛び出してくる。

 後はもうよく分からなかった。

 カラスたちに囲まれて、自分はまったく上手く飛べていないことを自覚することになった。
 間断かんだんなく爪とくちばしが襲いかかってくるが、避けるなどと考える余裕も無い。
 
 とにかく飛んだ。
 全身の痛みに耐えて、とにかく飛んで──すぐに限界が来た。
 落ちた。
 翼には力に入らず、どうしようも無く体は地面へと落ちていく。

 どうやら、迷走の結果、人里近い場所まで飛んでいたらしい。
 落ちた先は、林の中にある土の敷かれた道路だった。
 墜落に痛みは無かった。
 代わりにあったのは、猛烈な悔しさだ。

(こんな所で……っ!)

 自分はこれで終わりなのだろうか?
 カラスに襲われ終わってしまうのだろうか?
 レドへの復讐も果たせず、ハルートの誤解も解けずに終わってしまうのだろうか?

 それだけは嫌だった。
 死んでも死にきれなかった。

(だ、誰かっ!)

 胸中で助けを叫ぶ。
 もちろん分かっていた。
 助けなど来るはずが無い。
 人の気配などまるで無い森の中だ。
 傷ついた野鳥の一羽などに、誰も手を差し伸べてはくれない。

 そのはずだった。

「あらまぁ」

 アザリアは耳を疑った。
 聞こえてきたのは間違いない。
 人の声だった。
 こんな場所で、確かに人の声が聞こえたのだ。
 しかもである。
 その声音に、アザリアは再び耳を疑うことになった。

(この声は……)

 軽やかな女性の声だったが、聞き覚えがあったのだ。
 地面に伏せていたアザリアは、痛みを推して慌てて頭上を仰いだ。
 聞き間違えでは無いようだった。
 10代と思わしき女性の顔がそこにある。
 いや、違うのだ。
 10代のように見えて、彼女の年齢は20をいくらか超えているはずであり……

(め、メリル!?)

 メリルは不思議そうに首をかしげた。

「ボロボロですが……カラスにちょっかいでもかけましたかね? 無謀ですねー。そりゃまぁ、こんな目にも会うでしょうとも」

 ちょっかいをかけたわけでは無かったのだが、そんなことはどうでも良かった。
 何故、彼女がこんな場所にいるのかもどうでもいい。
 アザリアは彼女を見上げ、出来る限りで訴えることになる。

(お願い! 助けて!)

 人の言葉を話せるわけが無い。
 ギーギーと、何か伝わるものがあると信じて必死で鳴き声を上げる。
 メリルは悩ましげにシワを寄せた。

「ふむ? 何やら助けを求められているような気はしますが……あのー? これはどうしたら良いでしょうかぁ?」

 その問いかけは、もちろんアザリアに向けられたものでは無い。
 メリルは横を向いていた。
 どうやら、彼女は一人では無く、その方向に同伴者がいるらしい。
 アザリアは思わず彼女の視線を追い……唖然と目を見開くことになった。

 ある種、再会を待望していた相手ではあった。
 しかし、ここで会うのは有り得ないのだ。
 メリルの同伴者として『彼』は有り得ない。

 しかし、事実として『彼』はそこにいた。
 二頭立ての馬車を前にして、見慣れた背格好と顔つきの男が立っている。
 レド・レマウス。
 アザリアを現状に追いやった、全ての元凶。
 彼は呆れの表情をメリルに見せた。

「いきなりどうすればと尋ねられても返答に困るぞ。で、なんだ? 何か落ちてきたような気がするという話だったが、何か見つけたのか?」

「はい。どうにもこの子みたいです」

 近づいてきたレドは、アザリアに目を凝らしてきた。

「ほぉ? 種類は分からんが野鳥だな」

「カラスにいじめられていたみたいです。どうされます? 怪我をしているみたいですが」

 呆然としているアザリアに、レドは眉をひそめてきた。

「……そうだな。まぁ、我が屋敷の道に落ちてきたのだからな」

「お客人ですか?」

「そうなる。手当ぐらいはしてやるとするか」
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