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25、アザリアの願い

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 本当は、今すぐにでもレドに駆け寄りたかった。

 駆け寄って、その流血を手当てし、今までについて言葉を費やしたかった。

 だが、その前にまずは彼を相手しなければならないようだった。
 アザリアが見つめる先に、その人物がいる。
 ハルート・スザン。 
 彼は「奇跡だ」と呟いたかと思えば、手にある血にまみれた長棒をその場に落とした。
 腕を広げてくる。
 そのまま、アザリアに駆け寄ってくる。

「アザリア! 我が妻よ! もはや何も問うまい! あぁ、本当によく……本当によく戻ってきてくれた!」

 ハルートはアザリアを抱きしめようとしているようだった。
 以前ならばである。
 アザリアは喜んでそれを受け入れていただろう。
 
 だが、今は当然違った。

「……近づかないで下さい」

 短く拒絶を告げる。
 彼の想定には無かった事態らしい。
 ハルートは目に見えてたじろいだ。

「ど、どうしたのだ? 私だぞ? 君の婚約者であるハルート・スザンなのだぞ?」

 心当たりなどまるで無いといった様子だった。
 自然、アザリアの目つきは鋭くなる。

「……殿下は自らの行いを覚えておられないのですか?」

 その疑問の声が、ハルートにようやくの自省を促したりしい。
 あっ、と彼は声を上げた。

「……もしやだが、君を捕らえたことについて怒っているのか?」

 彼は慌てたように視線を左右にする。

「そ、それは、確かに申し訳ないことをしてしまったが……し、しかしだっ!」

 ハルートは、膝を突いているレドを指さした。
 その上で、笑みをアザリアに向けてくる。

「私は君のことを疑ったことなど無かった! 全てはこの男だ! この男の奸計に、私はまんまと乗せられてしまっただけだ! この男はすぐに処刑する! 今日にもすぐにだ!」

 だから、自分は許されるはずであり、アザリアもそれで満足するだろう。

 そんな楽観の透けて見える笑みだった。
 アザリアは妙に悲しくなった。
 こんな醜悪な笑みを浮かべる男に、何故自分は心底惚れてしまっていたのか。
 情けなかった。
 自分の人を見るが。
 自分に多少の人を見る目があれば、あるいはこんな状況に──レドがこんな目に会わなかったのかも知れないのだが……

 だが、現状はこれだ。
 アザリアはハルートを見据える。
 自分は何のためにここに来たのか?
 それを思って、口を開く。

「……お願いがございます。ケルロー公爵殿の処刑の件、無かったことにはしていただけないでしょうか?」

 へ? と首をかしげるハルートに、アザリアは深々と頭を下げる。

「お願いいたします。代わりに、私が皆さんに説明いたします。私に疑われても仕方がない理由があったと。殿下には何の非も無かったと公のものにいたします。なのでお願いたします。お聞き届け下さい。どうかお願いいたします。どうか……」

 アザリアは頭を下げ続ける。
 これがレドを想っての結論だった。
 正直なところでは、ハルートへの憎悪の念は確かにあった。
 全てを明らかにし、ハルートを断罪することでレドを救うという道もあった。
 だが、この国を乱したくないというレドの願いだ。
 それを考えた上で彼を助けようと思うと、この結論しか思いつかなかったのだ。
 
 とにかく、アザリアのこの言動は彼にとっては意外なものでしか無かったらしい。

「聖女殿……?」

 レドが唖然と呟きを発する。
 そして、ハルートだ。
 彼にとっても、この状況は意外以外の何物でも無いらしい。
 たじろいで声を上げる。

「な、何だ君は!? この男が君を処刑に追いやったのだぞ? 何故かばおうなどとする!?」

 真相を知るアザリアからすれば、滑稽以上に殺意すら湧く発言だった。
 だが、何も口にはしない。
 真相を明らかにするのはレドの意思に背くことだからだ。
 黙って頭を下げ続ける。
 すると、

「で、殿下っ! それで……それでよろしいかとっ!」

 しわがれた叫び声が上がった。
 発言の主には見覚えがあった。
 白髪をたくわえた老人だが、恐らくはこの国の宰相だ。

 上がった声は彼の一つでは終わらなかった。
 周囲からも賛同の声が次々に上がる。

 様々な意図があってのこの状況なのだろう。
  
 まず、アザリアさえ帰還すれば、いずれハルートへの批判も収まるという打算か。
 その上で、高位の貴族を処刑することへの忌避感があるのかもしれない。
 あるいは、レドへの個人的な好意などあるのかも知れなかった。

 いずれにせよ良い状況だった。   
 アザリアは内心でほっと安堵する。
 この流れならばハルートもきっと同意してくれるだろう。
 そう思って、彼の様子をうかがう。
 彼はおどおどと周囲をうかがい、

「い、嫌だっ!!」

 そう叫んだ。
 
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