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1、庭園での出会い

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 夜会において、淑女たちの口は慎ましくない。

 自分たちこそが主役。
 その意識が口を軽くするのかどうか。
 エメルダは軽く眉をひそめる。
 よく聞こえてくるのだった。
 自分にまつわる、忍んでもいない話し声がよく聞こえてくる。

 またらしい、と。
 婚約話をまた破綻させたらしい、と。
 領地の加増の話をまた立ち消えにさせたらしい、と。

 王女であれば嫉妬でも無いだろう。
 そんな推測の声も聞こえてくる。
 では、理由は何なのか?
 何が彼女をそうさせるのか?
 思案を深める声も聞こえてくる。

 そうして、彼女たちは一様の結論を得るのだ。
 まぁ、仕方ない。
 彼女は悪女なのだから。
 悪女であれば、それも仕方ないと……

「ごめんなさい。少し外の風に当たってくるわね」

 エメルダは笑顔で侍女たちにそう告げた。
 返事を待たずに、足早に外に向かう。
 燭台しょくだいの明かり煌めく大広間を出て、静かな中庭へ。

 その庭園の奥へと進む。
 そこには、生け垣に囲まれるようにして小さな噴水があった。
 エメルダはその前にたたずめば、深々とため息をつく。

(……まったく、人の苦労も知らないで)

 エメルダ・シェリル。

 それが彼女の名だった。
 大国シェリナにおいて、王女と知られる彼女の名だ。

 ただ、世間の人々に彼女をその名で呼ぶ者は少なかった。

 悪女。

 侮蔑の響きと共に、彼女はそう呼ばれていた。

「……ふざけないでよ」

 思わず、そんな呟きがもれる。
 不本意だったのだ。
 そんな悪名は、エメルダにとってはなはだ不本意なものだった。

 理由があった。
 確かに、多くの婚約を無いものにし、領地の加増の話を取り消させてきた。
 父親であるシェリナ王にそう働きかけてきた。
 だが、そこに私情は無かった。
 全ては王家のためであり、ひいてはシェリナの人々のためだった。

 しかし、それに理解を示してくれる者はまるでいない。
 
 政治に興味の無い貴婦人たちなどは、特にその傾向が顕著だ。
 悪人であるという噂をそのままに鵜呑みにすれば、皆が口にしているのであればと聞こえよがしに話の種としてくる。

 慣れたようで、無邪気な悪意は辛いものだった。

(……戻りたくないわね)

 エメルダはその場でじっとうつむく。

 自分が担うことになった役回りを呪うだけの時間が続く。
 
 そして、

「……っ! 誰っ!?」

 叫ぶことになった。

 生け垣が、わずかにガサリと音を立てたのだ。
 その原因が、風や獣でも無く人であれば問題だった。
 
 自らの打ちひしがれる情けない姿など人には見せたくはない。
 エメルダは音の方向を鋭くにらみつけ、

「……え?」

 すぐに目を丸くすることになった。
 人影はあった。
 ただ、そこにいたのは自らの侍女でも、興味本位の令嬢や貴公子では無い。
 
 いや、貴公子ではあるかもしれなかった。
 予想だにせず小さな貴公子殿。
 そこにいたのは子供だった。
 10ほどにも見える小さな男子だ。
 
 エメルダは思わずじっと見つめることになる。

 妙に印象的だったのだ。
 幼い顔つきながらにも、どこか達観したような雰囲気を漂わせる翡翠ひすい色の瞳。
 
 妙に心惹かれるのだった。
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