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2、悪女と少年

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 言葉なく男子を見つめていたエメルダだが、軽く頭を振って我に帰ることになる。

(なに子供に見とれてるのよ)

 18にもなる自身なのだ。
 例え、くだんの悪女を見物にと追ってきたのだとしても、相手が子供となれば取るべき態度があるはずだった。

「どうしたの? 迷子にでもなったかしら?」

 笑顔で問いかける。
 彼は真顔で首を左右にしてくる。

「いえ。迷子にはなってはいないと思います」

 その返答に、エメルダは思わず苦笑を浮かべた。

「ふふ、思いますって何? ちょっと曖昧ね?」

「道は覚えていますから。ただ、まだ試していなければ思いますとしか言えません」

 理屈っぽい変な子供。

 そんな感想を抱かせるが、悪い印象では無かった。
 何分、自身も感情よりも理屈を優先させる方なのだ。
 エメルダは笑みを浮かべて問いかける。

「そう。それで、多分迷子じゃない貴方は何故ここにいるの?」

 ふるまいからして、悪女を見学に来たわけではないことは理解出来る。
 では、目的は何かという話になるのだが、彼は今回も淡々として答えてくる。

「散歩です 」

「散歩?」

「はい。退屈でしたから」

 退屈。
 何が退屈なのかという話になるが、この場にも大広間の明かりがわずかに届いてきている。

「夜会は退屈だった?」

 彼が頷きを見せれば、エメルダはわずかに目を見張ることになった。

(珍しい子ね)

 エメルダの理解するところでは、多くの子供にとって夜会は楽しい場所だった。

 非日常が味わえるということはもちろんだ。
 ただ、それ以上に見知らぬ大人たちに褒めてもらえるということが大きい。

 社交の場であれば、当然そのような流れになるのだ。
 そして、夜会に出る年頃の子供たちは、とかく背伸びしたがりである。
 大人たちからの賛辞は、そんな彼らの自尊心を満足させるのに十分すぎるものに違いなかった。

 しかしである。
 この少年はどうにも違うようだ。
 服装が立派なものであれば、親の立場も相当なものだろう。
 であれば、多くの大人たちに褒めそやされたであろうことは想像に難しくはなかったが、

「いっぱい褒めてもらったでしょう?」

 率直に尋ねかければ、彼はこくりと頷いた。

「はい」

「楽しくなかった?」

「別に。褒める気が無いのに褒められても困ります」

 エメルダは「ふーむ」とうなることになった。

 確かに、本心では無かったことだろう。
 多くの場合、大人たちの称賛は子供たち自身へのものでは無い。
 その背後の親であり爵位を透かして見てのものに違いないのだ。

 それが、この年頃で理解出来るのか。
 はたまた、大人ぶってひねくれた物言いをしているだけなのか。

 分からなかったが非常に好みの反応だった。
 エメルダは目を細めた笑みを少年に向ける。

「面白い子ね。お名前を聞いてもいいかしら?」

 少年はこくりと頷きを見せた。

「クレイン・レフと申します」
 
 なるほど、だった。 
 服装からも察してはいたが、かなりの貴公子殿であるらしい。
 エメルダは納得の頷きを返す。
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