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7、依存

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 クレインとの約束の日が来た。
 
 エメルダはいつも通りに夜会を抜け、庭園の奥へと向かっているのだが、その足取りは重い。

(……けっこう依存してたのねぇ)

 そもそもはクレインが会いたいと言い出したのだ。
 であれば付き合って上げているような意識は多少あったが、なんてことは無い。
 真に望んでいたのは自分だということだった。

 ただ、それも今日ばかりだ。

 もう二度と会わないようにする。
 そう彼に告げなければならいのだ。

 特に揉めるようなところは無いはずだった。
 クレインは賢い子だ。
 事情を話せば、すぐに頷いてくれるだろう。

 となると問題は自分自身だ。

(……よし)

 1つ意気込んで歩を進める。
 必ず言い出して、途中で撤回したりはしない。
 その決意を固める。

 彼は先にその場にいた。
 大人びて、しかしまだ線の細い少年が噴水の側に立っている。
 無論クレインだ。
 いよいよその時が来たと緊張を覚えることになるが、同時にエメルダは疑問の思いも抱くことになった。

(どうしたのかしら?)

 彼は常ならぬ様子を見せていた。
 今にもため息を漏らしそうな憂鬱な表情を浮かべている。

 これで最後なのだ。
 多少の寄り道は許されてしかるべきだろう。

「クレイン、その表情は何?」

 歩みよれば疑問の声を向ける。
 クレインは軽くを頭を下げてきた上で、悩ましげに口を開いてきた。

「少しばかりです。厄介なことになってしまいまして」

「厄介?」

「はい。いよいよと申しますか、貴族学院に入れられることになりそうなのです」

 あぁ、とエメルダだった。
 このシェリナには貴族学院というものがある。
 王女であれば縁は無かったが、多くの貴族の子女はそこに籍を置くことになる。
 間違いの無い礼儀作法を学ぶことが出来れば、将来の人脈作りに役に立つ。
 そんな場所であれば、両親がそこに子女を入れない理由が無いのだ。

「エメルダ様とお話をさせていただく方が、よほどためになるのですけどね」

 クレインはしかし、学院に意味を見いだせないようだった。
 嘆かわしげな表情を見せているのだが、一方でエメルダだ。
 思わず安堵の意味を浮かべる。

(助かった……かな?)

 これなら、自身が別れを言い出す必要は無いかもしれなかった。
 学院に在籍するとなれば、クレインはその寄宿舎に寝泊まりすることになる。
 夜会に参加するようなことはもちろん出来ない。
 エメルダがわざわざ言い出さなくても、この関係の自然消滅が見込めるのだ。

「ふふふ、何を言ってるのよ。私と学院じゃ学べることが違うでしょ? 行かない選択肢なんてある?」

 クレインは渋々といった様子で頷きを見せた。

「まぁ……そうでしょうな。ですから、えぇ。エメルダ様に相談があります」

「相談?」

「はい。どうにも、夜会での再会は難しそうですので。次の場をどう設けるかと、その相談です」

 笑顔のまま固まることになった。
 そうそう上手くはいかないということか。
 エメルダは苦笑を作って彼に応じる。

「なに言ってるのよ。まずは学院の生活でしょ? そんな話はそこに慣れてからにしなさいな」

 実際は、話に応じるつもりなど無かった。
 手紙を送られたり、じかに来訪されても、全てに無視を決め込む。
 それによって、関係の解消を果たそうと考えたのだ。

 だが、これもまた上手くはいきそうに無かった。 
 クレインはいつも澄まし顔で首を左右にしてくる。

「そうはいきません。これは私にとって非常に重要なことですから。決めずして学院になど行くことは出来ません」

 とのことだった。
 エメルダは内心でため息だった。
 痛み少なくなど考えてはいたが、現実はそう楽にはいかないようだった。

(……仕方ないわね)

 軽く息を吐く。
 緊張を和らげた上で、エメルダはクレインに作った笑みを向けた。

「もう会うのは止めましょう?」

 端的に告げる。
 クレインは眉をひそめて首をかしげてきた。
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