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8、別れ
「……あの、エメルダ様?」
「これからが貴方にとって大事な時期だから。そんな時に、悪女となんて会っていたら貴方の将来にどう響くか。分かるわよね? 賢明な貴方だったら」
彼の賢さに期待して訴える。
頷きが返ってくるはず。
そう願って、しかし彼は少々賢すぎた。
「……彼女ですか? まさか彼女が貴方に会いに行きましたか?」
剣呑な目つきで問いかけてくる。
彼女とは先日のメリスに違いなかった。
さすがの賢察だったが、聞きたいのはそれでは無い。
彼と婚約者を仲違いさせたいわけでもなければ、エメルダは首をかしげて見せる。
「えーと、何の話? よく分からないけど、とにかくそういうことだから。じゃあね、クレイン。アルミス侯爵家を継ぐにふさわしい、立派な男性になってちょうだい」
別れは告げた。
あとは、彼が頷いてくれるだけだ。
反応をうかがう。
クレインは眉間にシワを寄せて立ち尽くし……ぽつりと呟くように口を開いた。
「……嫌です」
「クレイン?」
「お断りします。そんな今日でもう会わないなどと、私は嫌です。決して頷けません」
エメルダは4年前を思い出していた。
その当時の彼は、達観した雰囲気をまといつつも、不意に年相応の笑みを見せてきた。
(今も同じかしらね)
年相応に聞き分けが悪いところもあるということだ。
エメルダはなだめる笑みをクレインに向ける。
「ねぇ、クレイン? 分かっているでしょ? これは貴方だけの問題じゃないの。アルミス侯爵家の嫡男として、どう振る舞うべきかは分かるでしょ?」
「それはもちろん」
「良かった。だったら、良いわね? 頷いてくれるわよね?」
しかし、彼の反応は変わらなかった。
「……嫌です」
うつむきがちに告げてくる。
これは一体どうしたら良いのか。
困ったエメルダはもう一度繰り返すことにした。
「だからね、クレイン? 私となんて会っていたら、貴方とその家の評判が……」
「嫌ですっ!! 私は、貴女の隣にいたいですっ!!」
切実な声音、そして狂おしいほどの何か感情を湛えた翡翠の瞳。
エメルダは呆然とすることになる。
「……クレイン?」
「いけませんか? 私は貴女の隣にいたいんです。ずっと、これからもっ!! 貴女と共に生きていきたいんです。だめですか? エメルダ様?」
すがるような目つきを向けられる。
その視線を受けて、エメルダの胸中に芽生えたのは……苦い後悔の感情だった。
(……ごめんなさいね、メリス)
内心でクレインの婚約者に謝ることにもなる。
クレインと彼女の仲を妨害したつもりなど無いエメルダだった。
しかし、現実は違ったのだろう。
思えば、当然なのかもしれなかった。
恐らく、クレインにとって自分は一番身近な大人の女性だったのだ。
4年の付き合いの中で、そんな感情が芽生えたところで致し方ない話かもしれない。
(……いえ、それ以上にね)
エメルダは罪悪感を覚えることにもなる。
もしかしたら、これは自身が望んだことかもしれなかった。
自身の理解者ということで、無垢な少年の好意が自らに向かうように仕向けた……そんな可能性も、エメルダは否定しきれなかった。
だとしたら、これは償わねばならないことだった。
自らが始末をつけるべきことだった。
「……つまらない子ね」
そう呟いて見せる。
クレインは「え?」と口にして首をかしげた。
「え、エメルダ様……?」
「せっかく賢い子だからと目をかけてあげたのに。情けない。結局、凡百と同じね。本当、つまらない子」
冷笑を向ければ、クレインは一歩後退った。
ここが勝負どころだろう。
エメルダは冷笑のままで「ふん」と鼻を鳴らして見せる。
「私と一緒に生きたい? 笑わせないでくれる? もう少し見どころがあれば、学院を出た後に会って上げても良かったけど……これじゃあ無理ね」
エメルダは笑みを消す。
出来る限りの無表情で彼に告げる。
「去りなさい。貴方みたいなつまらない子を相手している時間は無いの。ここを去って、二度と私の前に顔を見せないでちょうだい」
十分に伝わるものがあったらしい。
エメルダの耳に歯ぎしりの音が伝わる。
それは怒りの表情か。
クレインはエメルダをにらみつけながらに、静かに口を開いた。
「……よく分かりました。私は……貴方にとって子供の1人に過ぎなかったようですね」
彼はエメルダの返答を待たなかった。
背を向けてきたかと思えば、荒々しい足取りでこの場を去っていった。
つまり、だ。
エメルダは自らのなすべき事を成し遂げたのだった。
(……上手くいったわね)
エメルダは笑みを浮かべようと思った。
それにふさわしい状況だからだ。
だが、浮かべることが出来たのは笑みの出来損ないとも言えない引きつった表情だ。
「……あーあ」
思わず呟く。
エメルダはしばらくその場に佇み続けた。
自分は何を失ったのだろうか。
そんな思いと共に、夜空を見上げて続けた。
「これからが貴方にとって大事な時期だから。そんな時に、悪女となんて会っていたら貴方の将来にどう響くか。分かるわよね? 賢明な貴方だったら」
彼の賢さに期待して訴える。
頷きが返ってくるはず。
そう願って、しかし彼は少々賢すぎた。
「……彼女ですか? まさか彼女が貴方に会いに行きましたか?」
剣呑な目つきで問いかけてくる。
彼女とは先日のメリスに違いなかった。
さすがの賢察だったが、聞きたいのはそれでは無い。
彼と婚約者を仲違いさせたいわけでもなければ、エメルダは首をかしげて見せる。
「えーと、何の話? よく分からないけど、とにかくそういうことだから。じゃあね、クレイン。アルミス侯爵家を継ぐにふさわしい、立派な男性になってちょうだい」
別れは告げた。
あとは、彼が頷いてくれるだけだ。
反応をうかがう。
クレインは眉間にシワを寄せて立ち尽くし……ぽつりと呟くように口を開いた。
「……嫌です」
「クレイン?」
「お断りします。そんな今日でもう会わないなどと、私は嫌です。決して頷けません」
エメルダは4年前を思い出していた。
その当時の彼は、達観した雰囲気をまといつつも、不意に年相応の笑みを見せてきた。
(今も同じかしらね)
年相応に聞き分けが悪いところもあるということだ。
エメルダはなだめる笑みをクレインに向ける。
「ねぇ、クレイン? 分かっているでしょ? これは貴方だけの問題じゃないの。アルミス侯爵家の嫡男として、どう振る舞うべきかは分かるでしょ?」
「それはもちろん」
「良かった。だったら、良いわね? 頷いてくれるわよね?」
しかし、彼の反応は変わらなかった。
「……嫌です」
うつむきがちに告げてくる。
これは一体どうしたら良いのか。
困ったエメルダはもう一度繰り返すことにした。
「だからね、クレイン? 私となんて会っていたら、貴方とその家の評判が……」
「嫌ですっ!! 私は、貴女の隣にいたいですっ!!」
切実な声音、そして狂おしいほどの何か感情を湛えた翡翠の瞳。
エメルダは呆然とすることになる。
「……クレイン?」
「いけませんか? 私は貴女の隣にいたいんです。ずっと、これからもっ!! 貴女と共に生きていきたいんです。だめですか? エメルダ様?」
すがるような目つきを向けられる。
その視線を受けて、エメルダの胸中に芽生えたのは……苦い後悔の感情だった。
(……ごめんなさいね、メリス)
内心でクレインの婚約者に謝ることにもなる。
クレインと彼女の仲を妨害したつもりなど無いエメルダだった。
しかし、現実は違ったのだろう。
思えば、当然なのかもしれなかった。
恐らく、クレインにとって自分は一番身近な大人の女性だったのだ。
4年の付き合いの中で、そんな感情が芽生えたところで致し方ない話かもしれない。
(……いえ、それ以上にね)
エメルダは罪悪感を覚えることにもなる。
もしかしたら、これは自身が望んだことかもしれなかった。
自身の理解者ということで、無垢な少年の好意が自らに向かうように仕向けた……そんな可能性も、エメルダは否定しきれなかった。
だとしたら、これは償わねばならないことだった。
自らが始末をつけるべきことだった。
「……つまらない子ね」
そう呟いて見せる。
クレインは「え?」と口にして首をかしげた。
「え、エメルダ様……?」
「せっかく賢い子だからと目をかけてあげたのに。情けない。結局、凡百と同じね。本当、つまらない子」
冷笑を向ければ、クレインは一歩後退った。
ここが勝負どころだろう。
エメルダは冷笑のままで「ふん」と鼻を鳴らして見せる。
「私と一緒に生きたい? 笑わせないでくれる? もう少し見どころがあれば、学院を出た後に会って上げても良かったけど……これじゃあ無理ね」
エメルダは笑みを消す。
出来る限りの無表情で彼に告げる。
「去りなさい。貴方みたいなつまらない子を相手している時間は無いの。ここを去って、二度と私の前に顔を見せないでちょうだい」
十分に伝わるものがあったらしい。
エメルダの耳に歯ぎしりの音が伝わる。
それは怒りの表情か。
クレインはエメルダをにらみつけながらに、静かに口を開いた。
「……よく分かりました。私は……貴方にとって子供の1人に過ぎなかったようですね」
彼はエメルダの返答を待たなかった。
背を向けてきたかと思えば、荒々しい足取りでこの場を去っていった。
つまり、だ。
エメルダは自らのなすべき事を成し遂げたのだった。
(……上手くいったわね)
エメルダは笑みを浮かべようと思った。
それにふさわしい状況だからだ。
だが、浮かべることが出来たのは笑みの出来損ないとも言えない引きつった表情だ。
「……あーあ」
思わず呟く。
エメルダはしばらくその場に佇み続けた。
自分は何を失ったのだろうか。
そんな思いと共に、夜空を見上げて続けた。
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