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エピローグ
3、デグ・ブラントのその後
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当然と言うべきか、メアリの処刑で最も影響を受けたのは彼だった。
デグ・ブラント。
彼は執務室にて頭を抱えていた。
うず高く積まれた書類を左右にして、何も出来ずにうめき声を上げていた。
(こ、怖い……)
彼にとってメアリの存在は癒やしだったのだ。
息子に似て、プライドが高く批判を嫌い……なおかつ臆病なところがある彼にとってメアリの存在は大きな安心材料だった。
失敗しても悪女が背負ってくれた。
もちろん、デグは国王としての責任を問われることはあった。
だが、それと同じ程度に不出来な娘をもってしまった親という同情もあった。
よって、十分に耐えられた。
しかし、これからは違う。
自分の失敗は全て自分が背負わなければならない。
もっとも、それは当たり前の話だった。
そしてそれは、彼自身が十分に気をつけて、真面目に職務に向かえばすむ話だった。
そうすれば、たまの失敗は仕方ないと同情を買うことも出来たはずだ。
しかし、デグの頭にはそんな当たり前は無い。
生来怠惰であれば、全てが人任せ。
彼には自分でがんばろうという発想が無いのだ
そんなデグは頭を抱え続けるが……不意にビクリと背筋を震わせることになった。
その原因はと言えば、静寂の室内にノックの音が響いたことにある。
「な、なんだ!?」
デグが怯えのにじんだ叫びを上げると、扉の向こうからは動揺の声が返ってくる。
「い、いえ、決裁の終わった書類を受け取りに参ったのですが……」
デグは慌てて机上に視線を左右にした。
決裁の終わった書類とやらを探したのだ。
しかし、彼は頭を抱え続けることしかしていない。
当然、そこにあるのは何の手もつけていない綺麗な書類の山だけだ。
「す、すぐに終わる! 後にしろ!」
とにかく、そう叫んでおいた。
だが、文官は扉から離れなかった。
「そうはおっしゃられても、ここ10日はまるで進展が無く……陛下? 陛下はこの国の主なのです。陛下が決定を下していただかなければ、誰も動くことが出来なければ……」
直接的なものでは無くとも、それは紛れもなく苦言だった。
デグが最も忌避する非難の言葉だった。
「……ひぃ」
思わず悲鳴に似た声が上がる。
メアリが邪魔をすれば執務がはかどらない。
そう言いたいのだ。
だが、言えない。
彼女がいなければ、そんなことを言えるはずが無い。
デグは両手で顔を覆って苦悩する。
どうすればいいのか?
一体どうすれば自分を救えるのか?
「陛下? どうされましたか? 陛下?」
文官の問いかけがデグの焦りを助長する。
そして、だ。
どうしようも無くなった彼は立ち上がった。
扉に向かえば開く。
そこには文官の男性が困惑の表情を浮かべて立っている。
「へ、陛下?」
彼に対して、デグは蒼白の表情で口を開く。
「隠居する」
「は、はい?」
「ワシは隠居する。全てはロイに任せる。ワシはな、もう何もしない。何もしないぞ」
そうして、自らの私室に向かおうとしたのだが、当然これで話が終わりとなるわけでは無かった。
「へ、陛下!? お気は確かで!? 突然そんなことをおっしゃられても、そんなことが通るわけが……っ!!」
文官に追いすがられるのだった。
当然の話だ。
国王の隠居などは、十分な根回しの末に平穏の内にすまされなければならない話だ。
こんな混乱しか産まない突然の宣言を、政務に関わる文官が承知出来るわけが無かった。
だが、デグは止まらない。
国のことなど頭に無ければ、デグは足早に私室に向かう。
「う、うるさいっ! もうワシは知らんぞっ! ワシは何も知らんからなっ!」
デグ・ブラント。
彼は執務室にて頭を抱えていた。
うず高く積まれた書類を左右にして、何も出来ずにうめき声を上げていた。
(こ、怖い……)
彼にとってメアリの存在は癒やしだったのだ。
息子に似て、プライドが高く批判を嫌い……なおかつ臆病なところがある彼にとってメアリの存在は大きな安心材料だった。
失敗しても悪女が背負ってくれた。
もちろん、デグは国王としての責任を問われることはあった。
だが、それと同じ程度に不出来な娘をもってしまった親という同情もあった。
よって、十分に耐えられた。
しかし、これからは違う。
自分の失敗は全て自分が背負わなければならない。
もっとも、それは当たり前の話だった。
そしてそれは、彼自身が十分に気をつけて、真面目に職務に向かえばすむ話だった。
そうすれば、たまの失敗は仕方ないと同情を買うことも出来たはずだ。
しかし、デグの頭にはそんな当たり前は無い。
生来怠惰であれば、全てが人任せ。
彼には自分でがんばろうという発想が無いのだ
そんなデグは頭を抱え続けるが……不意にビクリと背筋を震わせることになった。
その原因はと言えば、静寂の室内にノックの音が響いたことにある。
「な、なんだ!?」
デグが怯えのにじんだ叫びを上げると、扉の向こうからは動揺の声が返ってくる。
「い、いえ、決裁の終わった書類を受け取りに参ったのですが……」
デグは慌てて机上に視線を左右にした。
決裁の終わった書類とやらを探したのだ。
しかし、彼は頭を抱え続けることしかしていない。
当然、そこにあるのは何の手もつけていない綺麗な書類の山だけだ。
「す、すぐに終わる! 後にしろ!」
とにかく、そう叫んでおいた。
だが、文官は扉から離れなかった。
「そうはおっしゃられても、ここ10日はまるで進展が無く……陛下? 陛下はこの国の主なのです。陛下が決定を下していただかなければ、誰も動くことが出来なければ……」
直接的なものでは無くとも、それは紛れもなく苦言だった。
デグが最も忌避する非難の言葉だった。
「……ひぃ」
思わず悲鳴に似た声が上がる。
メアリが邪魔をすれば執務がはかどらない。
そう言いたいのだ。
だが、言えない。
彼女がいなければ、そんなことを言えるはずが無い。
デグは両手で顔を覆って苦悩する。
どうすればいいのか?
一体どうすれば自分を救えるのか?
「陛下? どうされましたか? 陛下?」
文官の問いかけがデグの焦りを助長する。
そして、だ。
どうしようも無くなった彼は立ち上がった。
扉に向かえば開く。
そこには文官の男性が困惑の表情を浮かべて立っている。
「へ、陛下?」
彼に対して、デグは蒼白の表情で口を開く。
「隠居する」
「は、はい?」
「ワシは隠居する。全てはロイに任せる。ワシはな、もう何もしない。何もしないぞ」
そうして、自らの私室に向かおうとしたのだが、当然これで話が終わりとなるわけでは無かった。
「へ、陛下!? お気は確かで!? 突然そんなことをおっしゃられても、そんなことが通るわけが……っ!!」
文官に追いすがられるのだった。
当然の話だ。
国王の隠居などは、十分な根回しの末に平穏の内にすまされなければならない話だ。
こんな混乱しか産まない突然の宣言を、政務に関わる文官が承知出来るわけが無かった。
だが、デグは止まらない。
国のことなど頭に無ければ、デグは足早に私室に向かう。
「う、うるさいっ! もうワシは知らんぞっ! ワシは何も知らんからなっ!」
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